萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.12side story「陽はまた昇る」

2020-03-19 21:38:00 | 陽はまた昇るside story
現場と感情のはざま、
英二24歳3月末


第86話 花残 act.12side story「陽はまた昇る」

自分=東京、それが佐伯をイラつかせる。

―へえ…俺が東京って感じだから佐伯をイラつかせる、か?

今、言われた言葉たどらせて、雲ゆるく月を解く。
藍色の底は街の灯はらんで昏い、そんな夜に英二は笑った。

「浦部さん、警視庁は東京の警察ですよね?」

警視庁第七機動隊、そこにいながら「東京」が「イラつかせる」原因になる。
その感情はありきたりかもしれない、けれどある意味かなり皮肉だ?

―俺は場違いだって言いたいんだろうけど、ある意味で卑下だろ?あいつ、

警視庁第七機動隊、そこに自分たち山岳レンジャーは所属する。
この現実と言われた言葉の相克に先輩が口ひらいた。

「宮田くんさ、警視庁拳銃射撃競技大会での国村さんのこと、知ってるだろ?」

懐かしいこと言われたな?
まだ数か月前、それでも遠い時間に微笑んだ。

「あのとき、俺も会場にいました、」
「そうだったんだ、あのとき湯原くんも出てたよな、」

切長い眼なつかしそうに細めてくれる、その眼差しが夜闇にほの明るい。
けれど名前に肚ちょっと妬けて、唇さらり笑った。

「浦部さんは湯原のこと、よく構ってくれますよね?」

ほんと構うよな、悪気ないんだろうけれど?
そんな心裡すこし見せた隣、あわい月光に青年が笑った。

「弟みたいに可愛いってあるだろ?あの感じだよ、」

くったくないトーンが闇を明るむ。
裏などない、そう解るけれど嫉妬かすかに微笑んだ。

「浦部さんは兄さんって感じですね、」

だから周太も浦部と親しんだのだろう。
ひとりっ子の周太は兄弟に憧れもある、それが解るから責められなかった。

「それ、よく言われるよ。宮田くんは兄弟は?」
「姉が一人います、」

答える先、笑い返してくる眼は朗らかに明るい。
この明るさは家庭環境から肚底まで「いいやつ」だと納得させられる。
だからこそ自分は肚立つのだろうか?そっと溜息ついた隣、穏やかな声が言った。

「あの大会、湯原くんと国村さんが揃って優勝したけどさ。あの開会式で国村さんが言った言葉、宮田くんはどう思った?」

問いかけに、あの瞬間あざやかに立つ。

『山岳救助隊員にとって隊服こそ制服であり活動服だからです。』

あざやかなオレンジとカーキ色の山岳救助隊服、あの背中が言い放った声。
あの背中ただ眩しくて、今、なおさら眩しい想い唇が動いた。

「…山岳救助隊服は正式な制服として認められないのでしょうか?山岳地域の警察官と山岳警察の任務を、警視庁では『正式』と認めていないですか、」

記憶つづけて言葉なぞる唇、夜の空気かすめてゆく。
月ひるがえす風かすかな甘い、ほろ苦い冷たさに先輩が微笑んだ。

「そう、その言葉だよ。隊服で大会に出たことを咎められて、国村さんは言ったんだろ?」

問いかけが記憶たどらせる、硝煙の匂いたつ。
薄青い煙くゆらす会場、あの場所に隠される扉は今も弾痕あざやかだろうか?

「かっこよかったですよ?」

応え笑いかけて時間が蘇る、想いが感情が鼓動を灼く。
なぜ光一が隊服で出場したのか?
あの弾痕を刻んだのか?

“人間の尊厳を守るため命を懸け任務に就く、これは全ての警察官に同じ誇りです。その誇りに私も任務に就いています”

高らかに響いた声、あのとき光一はどんな貌していたのだろう?
たどらす想いと今に笑いかけた。

「浦部さん、あの大会から佐伯さんは国村さんを崇拝しているんですか?」

この話が出た理由の一つだろう?
推測に白皙の顔は頷いた。

「崇拝までイッたのは、あの大会のあの言葉らしいよ。その前から佐伯くんは憧れてたから尚更だろうな、」

崇拝、憧れていた。
そんな感情たちに「東京」が絡まって、佐伯の言葉になっている?

「もしかして佐伯さんは、国村さんのザイルパートナーの候補でした?」

推測を言葉にしながら記憶たどる。
これまで佐伯が向けてきた言動たち、その回答を先輩が言った。

「最有力候補だったらしいよ、」

納得できる、ようするに嫉妬だ?

「芦峅寺出身の佐伯さんからしたら、都会育ちで山の経験も浅い俺では納得できませんね?」

声にしながら納得してしまう。
もし自分が佐伯の立場なら何を思い、どうするのか?

―きっと蹴落とすだろうな、俺ならさ?

仮定に相手が見えてくる、もし自分が芦峅寺出身なら何思うだろう?
そんな解りきった答えに浦部は口ひらいた。

「山のことは技術とセンスで納得できるとこあるだろ、佐伯くんがこだわるのは都会出身の警視庁なんじゃないかな?」

穏やかな落ち着いた声に月ひるがえる。
雲ゆるやかに動く屋上の夜、穏やかな声は続けた。

「あの大会で解ったと思うけど、警視庁には山岳救助隊を低く見る意見もあるだろ?山と死人の相手なら警察官の能力は不要で楽だとか言ってね、」
「そういう意見を見返したくて青梅署は、国村さんの出場を推したと聴いています、」

肯きながら記憶がふれる。
あの大会に光一が宣言した声、スコア、そして撃った「扉」と視線。
あの日すら遠くなったコンクリートの屋上で、山ヤは困ったよう微笑んだ。

「ああいう意見は都会出身のエリートに多いんだ、だから佐伯くんは宮田くんもあっち側と思ってるとこあるかな、」

都会出身、エリート、そんな言葉たちに自分こそ嫉妬する。
その本音に英二は笑った。

「俺からしたら、芦峅寺の生まれながらに山ヤってほうが羨ましくて、悔しいですよ?」

羨ましいより嫉ましい、悔しいより潰したい勝ちたい。
ただ本音に笑った隣、長野出身の山ヤが微笑んだ。

「宮田くんはそうだろうってこと、今は俺にも解るよ?」
「今は、ってことは浦部さんも、前は俺をあっち側だと思ってました?」

訊き返しながら、立ち位置あらためて見える。
こういうことは疎ましい、それでも現実ありのまま言われた。

「思ってたよ?都会のぼっちゃんが、ファッション登山でカッコつけに来たかあってさ、」
「ファッション登山ですか、」

相槌うちながら笑いたくなる。
こんな評価も仕方なかったろう?納得に可笑しくて、つい笑った。

「言われても仕方ないです、自分でも坊ちゃん育ちな自覚あります。山のことも警察学校に入るまで知りませんでした、」

何不自由ない、そんな形容詞そのままな自分の生い立ち。
何かを手に入れる苦労、何かを求める想いの熱、知るということ自体を知らなかった。
それでも自分は山を知った、そうして佇む屋上の夜に山ヤが微笑んだ。

「ぼっちゃん育ちが国村さんのザイルパートナーを務めるってさ、努力なんて言葉じゃ言えないモノがあったろ?」
「努力?」

問いの言葉くりかえして時間がふりむく。
あの山っ子を追って駈けぬけた、あの瞬間たち微笑んだ。

「ただ楽しかったです、俺は。ひどい筋肉痛も成長できるって楽観してました、」

最初は体が辛かった、それでも身体能力が育つ感覚に喜んだ。
あの痛みもう遠くなった屋上の夜、山の先輩が笑ってくれた。

「そういう楽観がザイルパートナーとして認められたんだろな、国村さんは面白いけど厳しいヒトだから、」

朗らかに穏やかな声が肯定してくれる。
ただ微笑んで返した真中、先輩は言った。

「国村さんが宮田くんとザイルを組んだのは事実なんだ、でも認めたくないから佐伯くんは、宮田くんをあっち側の人間と思いたいのかもな?」

認めたくない、そういう感情は当然かもしれない。
たとえば立場が逆だったら?仮定ありのまま微笑んだ。

「俺も佐伯さんと同じだと思いますよ?もし逆だったら嫉妬しています、」

嫉妬深い負けず嫌い、そして思ったことしか言えない、それが自分の本性だと知っている。
だからこそ今も嫉妬するまま笑いかけた。

「本音を言えば今も俺、嫉妬をだせる佐伯さんを嫉妬していますよ?正直に生きられていいなって、」

正直に生きていたい、そうずっと願っている。
けれど叶わない現実の屋上の夜、月あかり山ヤが笑った。

「山ヤなら正直にならざるをえないだろ?山で誤魔化してたら死ぬだけだ、」

山で誤魔化していたら死ぬ。
本当にそうだな?言葉あらためて肯けて、ため息ひとつ微笑んだ。

「浦部さんも良いこと言うんですね?」

こんな言い方、警察世界では先輩に失礼だろう。
けれど自分たちは先ず山ヤだ、その信頼に山の男さわやかに笑った。

「経験からの実感だよ、正直な感想ってヤツ?」
「俺も同じ感想です、」

笑い返しながら月の屋上、夜はるかな雲が駈けてゆく。
朧ふる光あらわれる銀盤の位置、明朝あと数時間。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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福寿の春へ

2020-03-19 13:19:25 | 写真:花木点景
三月に光ひらく、福寿ことほぐ黄金の春。
花木点景:福寿草ふくじゅそう


今年は撮りに行けてないんで去年の写真ですけど・こんな時だからめでたい花を、笑
【撮影地:奥多摩山塊@東京都檜原村2019.3.2】

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深夜雑談、春山の距離

2020-03-19 01:45:11 | 雑談
平日は在宅対応→電車の乗り方ってなんだっけ?になりそうなコノゴロ、
そんなワケで今日もずっと自宅だったんですけど、

率直なところ・コレはコレで悪くはないのかな?
なんて想いもあり・けれど日常どおりの時間は懐かしくて、
まあ通勤電車の混雑はイヤだなあーとも思っちゃいますが、笑

ソンナワケで自宅PC時間が長くなっており、
そんなこんな休憩合間にヤマレコとかツイ見ちゃうんですけど、笑
そこに載っているヤマレコ山行記録にちょっと「アレ」なコトが書いてありました。

ここんとこ罹患者ゼロだった県にも患者が出ていますが、
原因とされるのが無自覚感染者が他県移動→感染拡大ってことで。
そんな現実から→遠出を避けて感染拡大を防ぐ・って対応もナルホドだと思う。
この無自覚感染者っていうのは他人事じゃあないなーと誰もが思うトコ、
そんなナルホドから遠出の山行もしないでいるんですけど、
けれど「アレ」な山行記録あること、残念だなあと。
・・・・・・
山を登る人は体力も免疫力も高いから感染しても無自覚が多い、
無自覚だから自分は発症しないで周囲に感染させているという批判もあるけど、
でも体力も免疫も本人が登山で努力して培うものなんだから、みんなで登山して免疫力とかアップするほうがいいんじゃない?
・・・・・・
っていうカンジのコトを山行記録の最後に本人が書いていたんだけど、
コレって登山ルールの自助も相互扶助もカンチガイ解釈してるじゃん残念だなあと。

山は自助と相互扶助が大前提ルールだけど、
自助=自分の安全は自己努力でガンバレ他人に迷惑かけるなよ?
相互扶助=山では助けあい=遭難者を見たら救助要請・出来るならファーストエイド+危険個所からの移動手伝い。
っていうのが山ルール=命ちゃんと守れよ主義なんですけど・まずソレが出来ないなら登山なんかやるなよっていうわけです。

休校・イベント中止・在宅勤務、どれも感染拡大を防いで命を守る→感染症を終息させる方法で、
よーするに・人を移動させない=感染経路を作らせない+人を集まらせない=集団感染を防いで命を守ることが目的。
山の自助も相互扶助も命を守ることが目的で、感染しない・感染させないに協力するのも同じなんだよなー思うんですよね。

“登山する人は健康体だから感染しても無事、感染危険なヒトは健康になる努力をしてないんだから悪いんでしょ?”

みたいなコト言っちゃうハイカーさんとかいると、登山それ自体のモラルが問われることになるんですよね。
ソレって「自分さえ無事ならイイんだ」言ってるのと同じコトだから。
そーゆーのが・登山=社会悪にされちゃうキケンを解っていない。

まーね、在宅ばっかり息つまるから山登ってストレス発散したいとか・すっごい解るけど。笑
だったら・登山やり×感染防止もするんなら、遠出しないで地元山に登ればいいワケなんですよね。
もし感染を拡大させるかも?と知りながら遠出して、ソレ感染拡大の原因になれば「未必の故意」にも当たりかねず。
そうなると入山規制や国内も移動制限なんてことになりかねないんですよね。

山は密閉空間じゃないから感染リスクも低いとされていて、
風も流れているからウィルスも留まりにくいから、リスク低いんだろうなーとは思います。
そーゆー意味では引きこもっているよりマシだろう、でも・移動時に感染拡大させるリスクも高いことは認めざるを得ないのでは?と。
公共交通機関での密閉空間はもちろん、SAやPA、食事する店、コンビニ、そういう場所のことも考えないとなーと。

川崎も横浜も春を楽しめる里山けっこうあるんですよね、
都心でも自然に親しめる公園があります・小石川とか新宿とか、町田にも自然写真を撮れるとこアリ。
ほんとに山好きだ言うんなら、有名な山バッカじゃなくて近場の山や森にも楽しめるんじゃないのかな?と。

まー…ふぁっしょんとざんなやつはカッコツケこだわるのがもくてきだから、
ふぁっしょんこだわり=むめいのやまとかカッコわるい=ちかばさとやまいかないんだろーし、
ふぁっしょんつらぬくためならまわりのめいわくかんけーねーがカッコいいになってるのかもしれんけど。
そーゆー登山客(笑)は遭難救助する必要ないよねだって他人関係ない主義なんだろ?とかつい思ってしまいます、笑

登山も人間文化のひとつです、だから人間の生命を守ることを当然の山ルール=自助と相互扶助は登山する者の義務とされています。
命を危険にさらす感染経路に自分がなるかもしれない・その現実を認めることも登山者にとって山ルール×義務なんじゃないのかなと。

今は丹沢が地元山なんですけど、
あーゆーアレな山行記録のヒトが丹沢に多くなっているのは困るなあと。
丹沢って都内や川崎横浜からよく来ちゃうんですよね、東名高速+小田急線直通だから手軽感あるみたいで。
3月に入ってから神奈川西部にも罹患者が出ています。
で、地元民からすると・
そーゆーアレ登山客に来られるとメンドクサイに巻きこまれる→登りたくなくなるからホント迷惑です、笑
まじ来るんじゃねーほんとの山好きならソッチ地元の山で楽しむこと考えられるハズだろめいわく行為すんじゃねー、と思います。

命の尊さを知るからこそ、山が息吹く美しさを見つけられるんですよね。
そうしてホントの山好きになるんじゃないのかなーと。
だからホントの山好きなら・山ルール=自助&相互扶助=命ちゃんと守れよ主義に則るのがアタリマエ、
だから感染防止に努めてアタリマエ→遠出山行も控えて感染拡大をさせない・がアタリマエじゃないのかな?と。

ソンナワケで最近は買物ツイデな近場の穴場ドライブばかりです、笑
引越して来てまだ走ったコトがない道、行ったコトない集落、
そんな隣の未知に出会うのはナカナカに楽しいモンです。

そんなマイナー山路にも春は訪れて今、里山の桜森は静かな花見時。
【撮影地:丹沢山塊@神奈川県秦野市2020.3.7】



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