現場と感情のはざま、
第86話 花残 act.12side story「陽はまた昇る」
自分=東京、それが佐伯をイラつかせる。
―へえ…俺が東京って感じだから佐伯をイラつかせる、か?
今、言われた言葉たどらせて、雲ゆるく月を解く。
藍色の底は街の灯はらんで昏い、そんな夜に英二は笑った。
「浦部さん、警視庁は東京の警察ですよね?」
警視庁第七機動隊、そこにいながら「東京」が「イラつかせる」原因になる。
その感情はありきたりかもしれない、けれどある意味かなり皮肉だ?
―俺は場違いだって言いたいんだろうけど、ある意味で卑下だろ?あいつ、
警視庁第七機動隊、そこに自分たち山岳レンジャーは所属する。
この現実と言われた言葉の相克に先輩が口ひらいた。
「宮田くんさ、警視庁拳銃射撃競技大会での国村さんのこと、知ってるだろ?」
懐かしいこと言われたな?
まだ数か月前、それでも遠い時間に微笑んだ。
「あのとき、俺も会場にいました、」
「そうだったんだ、あのとき湯原くんも出てたよな、」
切長い眼なつかしそうに細めてくれる、その眼差しが夜闇にほの明るい。
けれど名前に肚ちょっと妬けて、唇さらり笑った。
「浦部さんは湯原のこと、よく構ってくれますよね?」
ほんと構うよな、悪気ないんだろうけれど?
そんな心裡すこし見せた隣、あわい月光に青年が笑った。
「弟みたいに可愛いってあるだろ?あの感じだよ、」
くったくないトーンが闇を明るむ。
裏などない、そう解るけれど嫉妬かすかに微笑んだ。
「浦部さんは兄さんって感じですね、」
だから周太も浦部と親しんだのだろう。
ひとりっ子の周太は兄弟に憧れもある、それが解るから責められなかった。
「それ、よく言われるよ。宮田くんは兄弟は?」
「姉が一人います、」
答える先、笑い返してくる眼は朗らかに明るい。
この明るさは家庭環境から肚底まで「いいやつ」だと納得させられる。
だからこそ自分は肚立つのだろうか?そっと溜息ついた隣、穏やかな声が言った。
「あの大会、湯原くんと国村さんが揃って優勝したけどさ。あの開会式で国村さんが言った言葉、宮田くんはどう思った?」
問いかけに、あの瞬間あざやかに立つ。
『山岳救助隊員にとって隊服こそ制服であり活動服だからです。』
あざやかなオレンジとカーキ色の山岳救助隊服、あの背中が言い放った声。
あの背中ただ眩しくて、今、なおさら眩しい想い唇が動いた。
「…山岳救助隊服は正式な制服として認められないのでしょうか?山岳地域の警察官と山岳警察の任務を、警視庁では『正式』と認めていないですか、」
記憶つづけて言葉なぞる唇、夜の空気かすめてゆく。
月ひるがえす風かすかな甘い、ほろ苦い冷たさに先輩が微笑んだ。
「そう、その言葉だよ。隊服で大会に出たことを咎められて、国村さんは言ったんだろ?」
問いかけが記憶たどらせる、硝煙の匂いたつ。
薄青い煙くゆらす会場、あの場所に隠される扉は今も弾痕あざやかだろうか?
「かっこよかったですよ?」
応え笑いかけて時間が蘇る、想いが感情が鼓動を灼く。
なぜ光一が隊服で出場したのか?
あの弾痕を刻んだのか?
“人間の尊厳を守るため命を懸け任務に就く、これは全ての警察官に同じ誇りです。その誇りに私も任務に就いています”
高らかに響いた声、あのとき光一はどんな貌していたのだろう?
たどらす想いと今に笑いかけた。
「浦部さん、あの大会から佐伯さんは国村さんを崇拝しているんですか?」
この話が出た理由の一つだろう?
推測に白皙の顔は頷いた。
「崇拝までイッたのは、あの大会のあの言葉らしいよ。その前から佐伯くんは憧れてたから尚更だろうな、」
崇拝、憧れていた。
そんな感情たちに「東京」が絡まって、佐伯の言葉になっている?
「もしかして佐伯さんは、国村さんのザイルパートナーの候補でした?」
推測を言葉にしながら記憶たどる。
これまで佐伯が向けてきた言動たち、その回答を先輩が言った。
「最有力候補だったらしいよ、」
納得できる、ようするに嫉妬だ?
「芦峅寺出身の佐伯さんからしたら、都会育ちで山の経験も浅い俺では納得できませんね?」
声にしながら納得してしまう。
もし自分が佐伯の立場なら何を思い、どうするのか?
―きっと蹴落とすだろうな、俺ならさ?
仮定に相手が見えてくる、もし自分が芦峅寺出身なら何思うだろう?
そんな解りきった答えに浦部は口ひらいた。
「山のことは技術とセンスで納得できるとこあるだろ、佐伯くんがこだわるのは都会出身の警視庁なんじゃないかな?」
穏やかな落ち着いた声に月ひるがえる。
雲ゆるやかに動く屋上の夜、穏やかな声は続けた。
「あの大会で解ったと思うけど、警視庁には山岳救助隊を低く見る意見もあるだろ?山と死人の相手なら警察官の能力は不要で楽だとか言ってね、」
「そういう意見を見返したくて青梅署は、国村さんの出場を推したと聴いています、」
肯きながら記憶がふれる。
あの大会に光一が宣言した声、スコア、そして撃った「扉」と視線。
あの日すら遠くなったコンクリートの屋上で、山ヤは困ったよう微笑んだ。
「ああいう意見は都会出身のエリートに多いんだ、だから佐伯くんは宮田くんもあっち側と思ってるとこあるかな、」
都会出身、エリート、そんな言葉たちに自分こそ嫉妬する。
その本音に英二は笑った。
「俺からしたら、芦峅寺の生まれながらに山ヤってほうが羨ましくて、悔しいですよ?」
羨ましいより嫉ましい、悔しいより潰したい勝ちたい。
ただ本音に笑った隣、長野出身の山ヤが微笑んだ。
「宮田くんはそうだろうってこと、今は俺にも解るよ?」
「今は、ってことは浦部さんも、前は俺をあっち側だと思ってました?」
訊き返しながら、立ち位置あらためて見える。
こういうことは疎ましい、それでも現実ありのまま言われた。
「思ってたよ?都会のぼっちゃんが、ファッション登山でカッコつけに来たかあってさ、」
「ファッション登山ですか、」
相槌うちながら笑いたくなる。
こんな評価も仕方なかったろう?納得に可笑しくて、つい笑った。
「言われても仕方ないです、自分でも坊ちゃん育ちな自覚あります。山のことも警察学校に入るまで知りませんでした、」
何不自由ない、そんな形容詞そのままな自分の生い立ち。
何かを手に入れる苦労、何かを求める想いの熱、知るということ自体を知らなかった。
それでも自分は山を知った、そうして佇む屋上の夜に山ヤが微笑んだ。
「ぼっちゃん育ちが国村さんのザイルパートナーを務めるってさ、努力なんて言葉じゃ言えないモノがあったろ?」
「努力?」
問いの言葉くりかえして時間がふりむく。
あの山っ子を追って駈けぬけた、あの瞬間たち微笑んだ。
「ただ楽しかったです、俺は。ひどい筋肉痛も成長できるって楽観してました、」
最初は体が辛かった、それでも身体能力が育つ感覚に喜んだ。
あの痛みもう遠くなった屋上の夜、山の先輩が笑ってくれた。
「そういう楽観がザイルパートナーとして認められたんだろな、国村さんは面白いけど厳しいヒトだから、」
朗らかに穏やかな声が肯定してくれる。
ただ微笑んで返した真中、先輩は言った。
「国村さんが宮田くんとザイルを組んだのは事実なんだ、でも認めたくないから佐伯くんは、宮田くんをあっち側の人間と思いたいのかもな?」
認めたくない、そういう感情は当然かもしれない。
たとえば立場が逆だったら?仮定ありのまま微笑んだ。
「俺も佐伯さんと同じだと思いますよ?もし逆だったら嫉妬しています、」
嫉妬深い負けず嫌い、そして思ったことしか言えない、それが自分の本性だと知っている。
だからこそ今も嫉妬するまま笑いかけた。
「本音を言えば今も俺、嫉妬をだせる佐伯さんを嫉妬していますよ?正直に生きられていいなって、」
正直に生きていたい、そうずっと願っている。
けれど叶わない現実の屋上の夜、月あかり山ヤが笑った。
「山ヤなら正直にならざるをえないだろ?山で誤魔化してたら死ぬだけだ、」
山で誤魔化していたら死ぬ。
本当にそうだな?言葉あらためて肯けて、ため息ひとつ微笑んだ。
「浦部さんも良いこと言うんですね?」
こんな言い方、警察世界では先輩に失礼だろう。
けれど自分たちは先ず山ヤだ、その信頼に山の男さわやかに笑った。
「経験からの実感だよ、正直な感想ってヤツ?」
「俺も同じ感想です、」
笑い返しながら月の屋上、夜はるかな雲が駈けてゆく。
朧ふる光あらわれる銀盤の位置、明朝あと数時間。
※校正中
(to be continued)
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英二24歳3月末
第86話 花残 act.12side story「陽はまた昇る」
自分=東京、それが佐伯をイラつかせる。
―へえ…俺が東京って感じだから佐伯をイラつかせる、か?
今、言われた言葉たどらせて、雲ゆるく月を解く。
藍色の底は街の灯はらんで昏い、そんな夜に英二は笑った。
「浦部さん、警視庁は東京の警察ですよね?」
警視庁第七機動隊、そこにいながら「東京」が「イラつかせる」原因になる。
その感情はありきたりかもしれない、けれどある意味かなり皮肉だ?
―俺は場違いだって言いたいんだろうけど、ある意味で卑下だろ?あいつ、
警視庁第七機動隊、そこに自分たち山岳レンジャーは所属する。
この現実と言われた言葉の相克に先輩が口ひらいた。
「宮田くんさ、警視庁拳銃射撃競技大会での国村さんのこと、知ってるだろ?」
懐かしいこと言われたな?
まだ数か月前、それでも遠い時間に微笑んだ。
「あのとき、俺も会場にいました、」
「そうだったんだ、あのとき湯原くんも出てたよな、」
切長い眼なつかしそうに細めてくれる、その眼差しが夜闇にほの明るい。
けれど名前に肚ちょっと妬けて、唇さらり笑った。
「浦部さんは湯原のこと、よく構ってくれますよね?」
ほんと構うよな、悪気ないんだろうけれど?
そんな心裡すこし見せた隣、あわい月光に青年が笑った。
「弟みたいに可愛いってあるだろ?あの感じだよ、」
くったくないトーンが闇を明るむ。
裏などない、そう解るけれど嫉妬かすかに微笑んだ。
「浦部さんは兄さんって感じですね、」
だから周太も浦部と親しんだのだろう。
ひとりっ子の周太は兄弟に憧れもある、それが解るから責められなかった。
「それ、よく言われるよ。宮田くんは兄弟は?」
「姉が一人います、」
答える先、笑い返してくる眼は朗らかに明るい。
この明るさは家庭環境から肚底まで「いいやつ」だと納得させられる。
だからこそ自分は肚立つのだろうか?そっと溜息ついた隣、穏やかな声が言った。
「あの大会、湯原くんと国村さんが揃って優勝したけどさ。あの開会式で国村さんが言った言葉、宮田くんはどう思った?」
問いかけに、あの瞬間あざやかに立つ。
『山岳救助隊員にとって隊服こそ制服であり活動服だからです。』
あざやかなオレンジとカーキ色の山岳救助隊服、あの背中が言い放った声。
あの背中ただ眩しくて、今、なおさら眩しい想い唇が動いた。
「…山岳救助隊服は正式な制服として認められないのでしょうか?山岳地域の警察官と山岳警察の任務を、警視庁では『正式』と認めていないですか、」
記憶つづけて言葉なぞる唇、夜の空気かすめてゆく。
月ひるがえす風かすかな甘い、ほろ苦い冷たさに先輩が微笑んだ。
「そう、その言葉だよ。隊服で大会に出たことを咎められて、国村さんは言ったんだろ?」
問いかけが記憶たどらせる、硝煙の匂いたつ。
薄青い煙くゆらす会場、あの場所に隠される扉は今も弾痕あざやかだろうか?
「かっこよかったですよ?」
応え笑いかけて時間が蘇る、想いが感情が鼓動を灼く。
なぜ光一が隊服で出場したのか?
あの弾痕を刻んだのか?
“人間の尊厳を守るため命を懸け任務に就く、これは全ての警察官に同じ誇りです。その誇りに私も任務に就いています”
高らかに響いた声、あのとき光一はどんな貌していたのだろう?
たどらす想いと今に笑いかけた。
「浦部さん、あの大会から佐伯さんは国村さんを崇拝しているんですか?」
この話が出た理由の一つだろう?
推測に白皙の顔は頷いた。
「崇拝までイッたのは、あの大会のあの言葉らしいよ。その前から佐伯くんは憧れてたから尚更だろうな、」
崇拝、憧れていた。
そんな感情たちに「東京」が絡まって、佐伯の言葉になっている?
「もしかして佐伯さんは、国村さんのザイルパートナーの候補でした?」
推測を言葉にしながら記憶たどる。
これまで佐伯が向けてきた言動たち、その回答を先輩が言った。
「最有力候補だったらしいよ、」
納得できる、ようするに嫉妬だ?
「芦峅寺出身の佐伯さんからしたら、都会育ちで山の経験も浅い俺では納得できませんね?」
声にしながら納得してしまう。
もし自分が佐伯の立場なら何を思い、どうするのか?
―きっと蹴落とすだろうな、俺ならさ?
仮定に相手が見えてくる、もし自分が芦峅寺出身なら何思うだろう?
そんな解りきった答えに浦部は口ひらいた。
「山のことは技術とセンスで納得できるとこあるだろ、佐伯くんがこだわるのは都会出身の警視庁なんじゃないかな?」
穏やかな落ち着いた声に月ひるがえる。
雲ゆるやかに動く屋上の夜、穏やかな声は続けた。
「あの大会で解ったと思うけど、警視庁には山岳救助隊を低く見る意見もあるだろ?山と死人の相手なら警察官の能力は不要で楽だとか言ってね、」
「そういう意見を見返したくて青梅署は、国村さんの出場を推したと聴いています、」
肯きながら記憶がふれる。
あの大会に光一が宣言した声、スコア、そして撃った「扉」と視線。
あの日すら遠くなったコンクリートの屋上で、山ヤは困ったよう微笑んだ。
「ああいう意見は都会出身のエリートに多いんだ、だから佐伯くんは宮田くんもあっち側と思ってるとこあるかな、」
都会出身、エリート、そんな言葉たちに自分こそ嫉妬する。
その本音に英二は笑った。
「俺からしたら、芦峅寺の生まれながらに山ヤってほうが羨ましくて、悔しいですよ?」
羨ましいより嫉ましい、悔しいより潰したい勝ちたい。
ただ本音に笑った隣、長野出身の山ヤが微笑んだ。
「宮田くんはそうだろうってこと、今は俺にも解るよ?」
「今は、ってことは浦部さんも、前は俺をあっち側だと思ってました?」
訊き返しながら、立ち位置あらためて見える。
こういうことは疎ましい、それでも現実ありのまま言われた。
「思ってたよ?都会のぼっちゃんが、ファッション登山でカッコつけに来たかあってさ、」
「ファッション登山ですか、」
相槌うちながら笑いたくなる。
こんな評価も仕方なかったろう?納得に可笑しくて、つい笑った。
「言われても仕方ないです、自分でも坊ちゃん育ちな自覚あります。山のことも警察学校に入るまで知りませんでした、」
何不自由ない、そんな形容詞そのままな自分の生い立ち。
何かを手に入れる苦労、何かを求める想いの熱、知るということ自体を知らなかった。
それでも自分は山を知った、そうして佇む屋上の夜に山ヤが微笑んだ。
「ぼっちゃん育ちが国村さんのザイルパートナーを務めるってさ、努力なんて言葉じゃ言えないモノがあったろ?」
「努力?」
問いの言葉くりかえして時間がふりむく。
あの山っ子を追って駈けぬけた、あの瞬間たち微笑んだ。
「ただ楽しかったです、俺は。ひどい筋肉痛も成長できるって楽観してました、」
最初は体が辛かった、それでも身体能力が育つ感覚に喜んだ。
あの痛みもう遠くなった屋上の夜、山の先輩が笑ってくれた。
「そういう楽観がザイルパートナーとして認められたんだろな、国村さんは面白いけど厳しいヒトだから、」
朗らかに穏やかな声が肯定してくれる。
ただ微笑んで返した真中、先輩は言った。
「国村さんが宮田くんとザイルを組んだのは事実なんだ、でも認めたくないから佐伯くんは、宮田くんをあっち側の人間と思いたいのかもな?」
認めたくない、そういう感情は当然かもしれない。
たとえば立場が逆だったら?仮定ありのまま微笑んだ。
「俺も佐伯さんと同じだと思いますよ?もし逆だったら嫉妬しています、」
嫉妬深い負けず嫌い、そして思ったことしか言えない、それが自分の本性だと知っている。
だからこそ今も嫉妬するまま笑いかけた。
「本音を言えば今も俺、嫉妬をだせる佐伯さんを嫉妬していますよ?正直に生きられていいなって、」
正直に生きていたい、そうずっと願っている。
けれど叶わない現実の屋上の夜、月あかり山ヤが笑った。
「山ヤなら正直にならざるをえないだろ?山で誤魔化してたら死ぬだけだ、」
山で誤魔化していたら死ぬ。
本当にそうだな?言葉あらためて肯けて、ため息ひとつ微笑んだ。
「浦部さんも良いこと言うんですね?」
こんな言い方、警察世界では先輩に失礼だろう。
けれど自分たちは先ず山ヤだ、その信頼に山の男さわやかに笑った。
「経験からの実感だよ、正直な感想ってヤツ?」
「俺も同じ感想です、」
笑い返しながら月の屋上、夜はるかな雲が駈けてゆく。
朧ふる光あらわれる銀盤の位置、明朝あと数時間。
※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊
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