萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.16-another,side story「陽はまた昇る」

2017-02-04 23:20:01 | 陽はまた昇るanother,side story
同行二人、
harushizume―周太24歳3下旬



第85話 春鎮 act.16-another,side story「陽はまた昇る」

人波を君と渡る、その先は?

「…、」

ため息かすめる、かすかな揺らぎ。
ざわめくキャンパス振りむいて、止まりそうな瞳に微笑んだ。

「だいじょうぶ?美代さん…もう少しゆっくり歩く?」

笑いかけて瞳が見あげる。
こまやかな睫ゆっくり瞬いて、大きな瞳が訊いた。

「湯原くん、私…落ちてたら私、もう研究室に行けないかなあ?」

きれいな瞳が凍える、漲る黒目ゆらぎだす。
ふるえだすベージュのコートの肩かぼそくて、その不安に笑いかけた。

「必ずおいでって青木先生が仰ってたよ、賢弥も研究室に戻って来いって…みんな美代さんを待ってるよ?」

待っている、どんな結果でも。
伝言と笑いかけた隣、黒目あざやかな瞳が瞬いた。

「ね…それって落ちていてもってこと?」
「うん…結果どっちでも、」

うなずいて見つめる真中、黒髪やわらかに木洩陽ゆれる。
あわい風そっと髪ひるがえして、紅い左頬が微笑んだ。

「よかった、私…まだ居場所あるのね、」

微笑んで歩きだす、ひるがえる髪に紅いろ瞬く。
左だけが紅色あざやかで、気になって尋ねた。

「居場所って…美代さん何かあった?左のほっぺ…赤くなってるけど、」

両頬が赤いなら寒さ、または走ってきた紅潮だろう。
けれど左だけ紅い微笑そっとこわばって、そして立ち止まった。

「湯原くん、私…落ちたらもう居場所ない、の、」

居場所がない、

そう告げて大きな瞳が見つめる。
いつも明るい朗らかな瞳、けれど涙が漲りだす。
こんな貌するなんて?

「居場所ないって…どうして美代さん?JAでなにかあったの?ご家族になにか?」

問いかけながら心臓が締まる、だって知っている。
この実直な女の子が職場も家族もどれだけ大切にしているか?その瞳から光こぼれた。

「どっちもよ…JAを退職したの父にばれて、」

どうして?

「…退職って美代さん…」

訊きかけてすぐ気づく、これは覚悟だ。
大切にしていた職場を辞めた、その瞳が微笑んだ。

「大学生との両立は無理でしょ?だから退職願を出したの、センター試験の後で…バカなことすると思ったけど、自分を追い込みたかったの、」

こんなふうに実直だ、潔癖まっすぐで。

―JAの研究も大好きだったのに、美代さん…本気なんだ、

大好きで、本気で、だから退職願でけじめつけた。
それくらい追いこんで道を選ぶ、その実直がまぶしい。
だから大好きになって友達になった、この潔い女の子に微笑んだ。

「美代さんらしくって好きだよ、そういうの…潔くて、」
「そうしないと夢なんて叶わないと思って…でもね、」

あかい紅い左頬が微笑む。
その紅色にもう解る「でもね」の続き、桃色の唇が開いた。

「JAにお父さんの友達がいてね、それで大学受験のことばれちゃって…自分で話すつもりだったのに、先に、それで、」

ちいさな唇がふるえる、漲る瞳ゆれてゆく。
ちいさな白い顔ふるえて唇、桃色しずかに言った。

「こんな齢から大学なんてバカだ、婚期逃すぞ親不孝者って…叩かれたの、」

紅い頬ふるえる、瞳きらめく光ふる。
こぼれる涙は紅色ふくんで、白い顎はたり零れた。

「大学に行くなら親子の縁切るって、勝手にJA辞めて親の顔つぶしてって、でもわたしっ…どうしても勉強したいって飛び出してきちゃっ…だから」

ソプラノふるえる、大きな瞳ゆれて光こぼす。
頬つたう紅い涙きらきら綺麗で、トートバッグひとつの泣顔は笑った。

「だからもう帰るとこないの私、これで落ちてたら…ほんとバカだけど、泣くけど、でも…後悔しない、」

泣くけど、それでも後悔しない。

そんなふうに泣いて笑うから、だからだ?
だから僕は君と友達になりたかった、そんな当たり前に今さら気づく。

「ん…そうだね、美代さんは、」

うなずいて見つめる真中、瞳まっすぐ涙こぼれる。
泣いて、それでも深く明るい瞳に微笑んだ。

「でも美代さん、きっと美代さんのお父さんはもっと後悔してると思うよ…叩いたほうが手が痛いから、ね?」

きっと後悔している、今きっと。
そう信じたい願いに実直な女の子は笑った。

「そうかも?だけどきっとね、今もし帰ったら家から出してもらえなくなると思うの…ほんとよ?」

ほんとうに本当だよ?
そんなふう訴える眼ざしは真剣で、思案すこし訊いた。

「ん…だったら光一に頼むってだめかな?」
「光ちゃんに?」

涙の瞳かしげて見あげる。
どうして?尋ねる視線に考え、考え口開いた。

「うん…光一は説得力があるでしょ?美代さんとは幼馴染で親戚だし、美代さんのお父さんも話を聴きやすいかなって…、」

こんな提案ちょっと立ち入りすぎ?
我ながら考えこんで、けれど涙の瞳は肯いた。

「そうね、光ちゃんなら…でも合格した場合は難しいと思う、結婚の責任どうってなるから、」

肯いて困って、それでも涙と笑ってくれる。
話しているうち少し落ち着いた、そんな眼に呼吸ひとつ微笑んだ。

「じゃあ、合格発表を見て考えよう?…僕も一緒に考えさせて?」

一緒に、君と。
そう約束したのは一年前、今歩くこの場所だった。
ふたり訪れた雪のキャンパス、公開講座、そうして歩く今に笑いかけた。

「一緒に勉強しようって僕と約束したから、美代さんは受験もしたんでしょ?だから僕は一緒に考える権利と責任があるよ、ね?」

権利と責任、そう告げて自覚そっと鎮む。
この女の子と歩いてきたのは自分だ、想い掌そっと手をつないだ。

「美代さんには僕もいるから…行こう?」

つないだ掌、ちいさい。
もう何度かつないだ手、その数だけ懐かしい温度くるむ。
指先すこし冷たくて、それでも優しい温もり握り返してくれた。

「うん…ありがとう湯原くん、」

掌の中ちいさな手かすかにふるえて、それでも温かい。
握りしめる温度は懐かしくなる、この温もりがくれた記憶と想いただ優しい。

『ね、約束よ?』

もう何度もくれた約束、いつも何度も嬉しかった。
いくども笑っていくつも宝物くれたひと、その掌かすかに今はふるえる。

『私…落ちたらもう居場所ない、の、』

あの言葉は彼女の本音、だから掌ふるえる。
この本音に自分は何ができるだろう、結果を見て、そのあとは?

『でも合格した場合は難しいと思う、結婚の責任どうってなるから、』

不合格、合格、どちらも道は揺れる。
それでも約束に手をつなぐ、そうして歩くキャンパスは風冷たくて、けれど明るい。

そして思いだしてしまう、こんなに手は温かいのに?

―…それなら傍にいさせてよ、周太?

ほら、キャンパスの隅が呼ぶ。
あの木立のむこうベンチに記憶が座る、白皙端正な長身。
あの眼ざし忘れられない、今、こんなに手は温かいのにどうして?

(to be continued)


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