萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.17-another,side story「陽はまた昇る」

2017-02-17 23:30:41 | 陽はまた昇るanother,side story
Hold me, Hold onto hope.
harushizume―周太24歳3下旬



第85話 春鎮 act.17-another,side story「陽はまた昇る」

繋いだ手そっとほどく、ちいさな手に受験票一通。
紅い頬の横顔は掲示板を仰いで、瞳そっと瞑った。

「…、」

唇ちいさな声、人波に喧騒に聞こえない。
彼女の独り言、それは祈りの声だろうか?
想い見つめて、それから周太も掲示板を見た。

「…あ」

記憶の番号なぞる、確かにそうだ?
そのあるべき場所を見つめて隣、ちいさな声こぼれた。

「あった…」

番号ふるえる声、ちいさな、でも澄んだ声。
キャンパスの片隅に掲げられた番号表、その一点に周太はふりむいた。

「美代さん、おめでとう、」

言祝ぎたい、今はただ。
だって努力を知っている、どれだけ彼女は懸けてきた?
積まれた時間は出会う前からで、その瞳から涙こぼれた。

「…ほんとに…わたし」

ソプラノかすれて涙になる。
澄んだ瞳あふれて光こぼす、紅い頬きらきら軌跡ひく。
腫れた左頬に涙やわらかい、きらめいて零れて瞳は泣いた。

「私、ほんとに…?ゆはらくん、ほんとにわたしっ…」

ほんとに、本当に?

くりかえして涙こぼれる、紅い頬を光つたう。
涙の底まっすぐ見つめる瞳に周太は深く笑った。

「ん、本当だよ?美代さんの受験番号ちゃんとある、合格おめでとう、」

努力が実る、そんなことばかりじゃない。
そのままに彼女の左頬は紅い、ひっぱたかれた痛みの痕だ。

『こんな齢から大学なんてバカだ、婚期逃すぞ親不孝者って…叩かれたの、』

話してくれた彼女の現実は「今時」じゃないかもしれない。
時代錯誤と笑う人もいるのだろう、それでも彼女に壁は現実たちはだかる。
そうして紅い頬は腫れる痛覚だけじゃない、責められ否定された努力の疼きだ。

「おめでとうって…よろこんでくれる?ゆはらくんは、」

紅い頬が訊く、澄んだ声が問いかける。
こんなこと普通なら訊かないだろう、けれど訊かずにいられない痛みに肯いた。

「ん、僕はすごく嬉しいよ?美代さん合格おめでとう、」

肯いて笑って断言する、だって本当に嬉しい。
この先が見えなくても喜びは真実だ、その想いに微笑んだ。

「おもいっきり喜んでいいんだよ美代さんは、それだけ頑張ってきたよ…だから、胸張って笑って美代さん?」

社会人で24歳、女性、進学を理解しない家族。
それでも働きながら勉強を続けてきた、その時間まっすぐ笑いかけた。

「美代さん、難関突破おめでとう!」

難関だった、今ここにいる誰よりきっと。

それくらい今この大学は「選ばれた」人間だけが二次試験を受け、合格つかむ。
それだけじゃない関門も破る彼女を讃えたい、素直な賞賛にフラッシュ瞬いた。

「合格おめでとうございます!」

え、なにこれ?

「合格したんですよねっ、お話しいいかなっ?」

驚いた視界にフラッシュ弾く。
向けられたカメラとマイクに紅い頬が途惑う、ちいさな手が縋る。
縋る瞳も困惑して、それなのにマイクまっすぐ彼女に向けられた。

「おめでとうございますっ、どこの学部志望ですか?」

なんでそんなこと訊いてくるの?
そんな瞳がこちら見あげる、その横からマイク向けられた。

「君は余裕あるよね、もう前期で合格してるのかな?」

え、僕にまで訊いてくるの?

「一緒に合格発表なんて仲いいんだね、受験も一緒に?」
「同じ高校なのかな、それとも君は在学生?」

質問フラッシュぶつけられる。
とまどって途惑って、ちいさな手そっと腕ふれた。

「…ゆはらくん、なにこれ?」

ちいさな声が見あげて縋る。
どうしよう?そんな瞳の横からマイク向けられた。

「彼氏彼女で合格っていいね、今日から東大カップルだね?」

は?

「…」

言われた言葉に止まる、なに言っているんだろう?
向けられるマイク見つめて呼吸して、状況に訊いた。

「あの…これニュースになるんですか?」

そういえばこの時季、こんなニュースよく流れるな?
記憶ゆっくり落ち着いた視界、カメラとマイクが答えた。

「そうです、今もう中継しているんですけど大丈夫かな?」

大丈夫、だろうか?

ためらい瞬いて昨日が戻る、昨日に知ったこと。
迷惑をかけるだろうか?

『湯原の退職は体調不良を表向きの理由にする、だから退職手続も本人は来られない、』
 
昨日ちいさな部屋で告げられた配慮、それを裏切ることかもしれない。
今ここで中継カメラに映されて、それが今どんな「次」を連れてくる?

それとも「何も」起きないだろうか、伊達が告げたように?

『あのひとのサシガネだよ、もう二度と警察とは関わらせたくないそうだ、緊急措置も辞さないとな?』

あの言葉そのままなら今、こんなふう映されても何も起きない。
そんな状況なのか試験紙になりうる?

―おばあさまの意思がわかる…?どんな力を持ってるのかも、

いつも優しい大叔母、けれど直截な性格と知っている。
あの率直が理性コントロールして自分を匿う、その砦もテレビカメラは壊す?
そうなれば困らせるのだろうか、母も困るだろうか、それもこれで解るかもしれない?

それに、あの名前も。

『違反しても辞めさせられない権力があるってことだ、鷲田という名前にはな、』

名前、どうして、あなたは何も言ってくれなかった?

―逢いたい英二、でも…もうあわないほうが、いい?

あなたは来ない、携帯電話も繋げられない。
もう誰にも望まれていない自分の想い、それくらい解っている。
それでもあがく一通すら返らなくて、それに本当は解っている。

『男の愛人は邪魔な立場になったんだ宮田は、』

ほら昨日の言葉くりかえす。

あの言葉ほんとうは解っていた、ずっと前から最初から。
初めから誰にも望まれていない恋、そんなこと知っている、解っている。
それでも声になれば穿たれる、痛い、苦しい、解っていても疼かされる。

それでも、ああどうか、どうかもう一度だけ。

「君?テレビに映るのマズかったかな?」

マイク突きつけられる、視界が瞬く。

「あ…、」

フラッシュ遮られた思考が今を見る。
引き戻される、今、自分がいるべき場所。

―英二だけじゃないんだ、僕がいる場所は…行くべきところは、

あなただけ、そう世界を抱いていた。
けれど今は違う、もう進むべき先がある、望まれる場所が。
どうして今ここに何のため自分がいる?そして隣の手そっと掴んだ。

「…行こう、美代さん?」

だって今、この手を連れてゆく場所がある。
掴んだ現実に綺麗な瞳が見あげた。

「行くって…ゆはらくん?」

どこへ行くの?

途惑う瞳に声が戻る、さっき彼女は言っていた。
今日のために後悔しないと言った、彼女の涙は。

『だからもう帰るとこないの私、でも…後悔しない、』

ほんとバカだけど、泣くけど、でも後悔しない。
そう言いながら泣いていた、あの涙は自分も同じだ。

同じだ、だから手をつないで歩けばいい。

「行こう?一緒に、」

微笑んで掌さしだして、ほら、視界がにじむ。
見つめる瞳も赤くにじんで、その左頬も腫れて紅い。
ふたり無傷じゃ選べない道、それでも行きたい先へ手をつなぎ、駆けだした。

君も泣く、僕も泣く、それでも行きたい生きたい場所へ。

(to be continued)

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