ほばーりんぐ・とと

ただの着物好きとんぼ、ウンチク・ズッコケ・着付けにコーデ、
あちこち飛んで勝手な思いを綴っています。

早朝の空、きれいでした。

2020-03-11 06:56:06 | つれづれ

 

今年はとうとうとりそこねてしまった「フキ」。すっかりお花畑になっている裏庭です。

 

やたらと早く起きてしまったので、5時半にはゴミ出しに外へ出ました。

今日は暖かい、との予報どおり、割烹着だけでも寒くありませんでした。

玄関を出て見つけたのは西の空にポンと置いたような「まんまるお月様」、昨夜は満月でした。

そして東側は、少しずつ夜明けも早くなっていますから、家の屋根や大きな木の

真っ黒なシルエットを際立たせて広がる、トキ色の空でした。

 

まだ誰も通っていません。それでもポツリポツリと明かりのついているお宅もあります。

もう朝ごはんのしたくにかかっているのでしょうか。

2階に明かりがついているのは、早朝に仕事に出かけるお父さんが身支度をしているのかな。

向こうから、ゆらゆらゆれる人影、なんか右行ったり左行ったり…

えっなんだろ…と思ったら、人影の下にもうひとつ小さい影、ワンちゃんの散歩でした。

家に着く前には、反対側からヒタヒタと規則正しい足音、この音は「ジョギング」です。

 

寒さもなく、天気も上々、静かで穏やかな朝でした。

思い出してみればあの日、3月11日もお天気は悪くありませんで、いつもどおりの暮らしでした。

そしてあの大きな揺れ、停電、父と連絡が取れずやきもきしていたら、

自転車で父がやってきて「床屋行ってた」…「なんでケータイもっていかないの」と小言を言ったり…。

母の百か日が目前でしたが、中止になりました。

 

あれから9年になります。

毎年今の時期は「震災」についての放送があります。

少し内容がかわってきました。

「伝承すること」の大切さが聞かれます。風化は怖いです。

今朝の新聞に、震災で生後8ヶ月の赤ちゃんをなくされたご夫婦の話がありました。

奥様のご実家に赤ちゃんを預けておられ、全部流されてしまったと。

お子様のご遺体は、まだ見つかっていないのだそうです。

その後ご夫婦の住まわれているところの土地の一部を、嵩上げのために

提供してほしいという話しがあり、ご夫婦は迷われたそうです。

嵩上げした土の下に、わが子が埋まってしまうのではないか、その上を人が歩くのか…と。

でも結局、一角に花壇を作ることを条件に、土地の提供を承諾なさったそうです。

お子様が生きていた証に花を植え、それを育てることをがんばると。

 

9年という歳月は長いです。

ずっと気になっていたことがありました。記憶が薄れるということです。

人間にとって「忘れる」ということはとても重要なことでもあるそうです。

少しずつ忘れることで、生きていくことが出来る…言われてみればそのとおりだと思います。

でも「忘れてはいけないこと」もたくさんあります。特に災害などは、教訓も含めて、

後の世に伝えていかなければなりません。

地震国日本、台風銀座の日本、最近は「水害の日本」も考えなければなりません。

おきた当初は、連日報道されていた「リアルタイムの映像」。

いつのまにか「刺激が強い」ということで、テレビ放送されなくなりました。

ネットで見れば、今でもあの恐ろしい映像はいくらでも出てきますが…。

確かに、当事者にとっては恐ろしい思い出、見たくない聞きたくないは当たり前だと思います。

でも、あれを見ることで学ぶこともたくさんあります。

実際、私も津波は経験がありませんから、あのショッキングな映像は見るのしんどかったです。

でも、だからこそたとえば「これから○分後に放送します。見たくないかたはチャンネルを変えてください」

といってでも、放送するべきではないかと、ずっと思っていました。

だって、経験していないことだと、よけいに忘れてしまうんだもの。

すでに震災の経験も思い出もない子供たちが育っています。

伝えなければ、戦争を知らない私たちが、意識しなければ原爆も戦争も「知らなーい」で

終わってしまうのと同じです。

 

今はコロナで大騒ぎです。まだその真っ只中ですから、連日の放送にタメ息ついたり、

あれがいい、これはよくない、とやっています。

経済の面でも大打撃、この「結果」は、これから徐々に生活に影響してくるのだと思っています。

学校が休みで、親御さんたちが困っていることはよくわかります。

でも、あの日あの時、さっきまでいた学校や家が、目の前で流されてなくなり、

学友たちと離れ離れの暮らしになったりした子供もたくさんいます。

だからガマンしなさい、と言うのではなく、それを思って、なんとか乗り越えていかなければと

そんなことを思うのです。

 

コロナも一種の天災です。

震災のあとも、やたらな買占めや、差別、イジメなどが問題になりました。

「天災」に「人災」をプラスしてしまわないように、考えられるのが人間だと思っています。

「平穏」であることの大切さ、「いつもどおり」ということのしあわせ、ありがたいことです。

きれいで暖かくて静かな朝の道をせかせかと歩きながら、そんなことを思っていました。

 

ありがたいことに、今日はこんな「当たり前」の空です。

         

          

 

 

 

 

 

 

 

コメント   この記事についてブログを書く
« 手を洗うのよ、と言っても… | トップ | これも「紙」です。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

つれづれ」カテゴリの最新記事