
本日「過去の栄光写真」再び…です。30少しです。まだ体重42キロだったころ。
染の縞柄、呉服屋さんでこのカッコで立っていて、店員さんに間違えられました。
さて、今日は着付けのお話になりますかね。
私は着付け教室も行っておりません。しいて言うなら「実家着付け教室」で、講師は「母」。
流派は「我が家流」ですね。
かつてみんなが自分で着られた時代は、毎日の着物暮らしの中で、
母親や祖母など、家族の着付けを見て育ち、いつの間にか覚えたわけです。
私が子供のころは、まだ周囲にいるおばぁちゃん、おばさんで着物を着ている人がいました。
みんな自分流で適当。自分が一番楽なように着ていましたから、
衿元グサグサだったり、おはしょりまがってたり…。でも、だらしなくしているわけではないのです。
というより、そういうものを見慣れた眼には、たまに何かのお出かけできちんと着ているときは
あっおでかけだ、と思うだけで、普段がみっともないとは思わない…。
「慣れ」ってそういうものなのですよね。
だから、着物姿を見なくなって、教室で覚えたり、きれいな着付けばかりの着物写真を見ていると、
それを見慣れて、それが自然になってしまうわけです。
キレイに着ないと、恥ずかしい…ですね。
例えば洋装なら、同じジーンズでもダブダブのタイプもあれば、足にぴったりのものもあれば、
普通の色合いのものもあれば、穴が開いてボロボロもあれば…ですね。
それにあわせたボトムやバッグ、靴、アクセなども、それなりにボロボロファッションだったり、
キッチュなタンクトップだったり…それは見た目にそれぞれ「チャーミング」とか「ワイルド」とかになりますね。
オバサンの私にはうまく表現できませんが、同じ素材でも違って見えるように着こなしますよね。
着物はデザインがありませんから、それをカバーするのは色柄と組み合わせ、そして「着方」です。
その人のイメージに合わせて、またその日の目的に合わせて…着こなせれば、
何センチ基準なんて、いらないと思うのです。
昔々のことですが、中村玉緒さんが、たしか「じゅんさい物語」というドラマでしたか、
虐げられながらもけなげに生きる主人公を演じたとき、インタビューに答えて、
「けんめいに働く女性ということで、着物は紬ばかり、イメージをあわせていつもより短く着付けています」と
そういいました。どれくらい?という質問に答えは「ほんの5ミリくらいですがな」と。
たった5ミリですが、私はその意味わかりました。自分の中のイメージなんですね。
この「イメージ」が大事なわけです。お正月の晴れ着も、ちょっとお出かけのウールも、
おんなじ着方ではつまらないと思いませんか?
洋服なら簡単に、意識もせずにやっている「着わけ」を、着物だとなぜ画一的にしてしまうのか。
それはたぶんに情報量の少なさです。ついでに言うなら「想像力と創造力」の不足。
かつて、洋装に押されて押されて、着物はアップアップしながらなんとか活路を見出そうと、
「そんなに洋装がいいなら、着物だって洋服っぽくすりゃいいんだ」と、ムリをしました。
かなり昔の記事で出した写真です。 チャイナカラーみたいですよね。くっくるしい~。
実際にこういう着方がされたかどうかは不明ですが(信じたくないですわ、こんな着方)、
同じ本には「美しく着る補正」、まずは肌じゅばん。「寸胴に作る」のではなく「メリハリボディ」です。
そのあとがじゅばん、こちら右側からですよ。
出来上がりが一番左。どうなっているかといいますと、まず腰をきゅっと締めて、
そのあとはじゅばんの余分を、みんなくくって紐でひっぱって…です。
この説明に「このように着れば、初めての方でもラクにきれいに着られる」とありましてねぇ。
少なくともラクではないだろうと…。でもねぇ、指導者は山野愛子さんだったんですよ。
で、これで着るとこうなる…普通に着てもコレくらいには着られると思うんですが…。
人間は、やっぱり「今、自分が置かれている状況」を重視しますから、
グサグサに着ている人、きっちり着ている人、ゆったり粋に着ている人、ほんとに無神経に着ている人…
そういうさまざまな「着姿」が周囲にないと、いつも見えているもの、きちんとしたものに倣います。
経験がないことは不安ですからね。
このブログをごらんになる方は限られていますけれど、すこしでも「なんだ、こんな時代もあったんだ」
「そうか、好きに着ればいいんだ」と、思ってくださったらいいなぁと思っています。
薄ら寒いGW後半です。
暖かくしてお過ごしください。
ネット巡りをしていて見つけたサイトで
とにかく腰の補正にこだわった着付けをされている方がおられました。
振袖や花嫁着付けがメインなのですがここまでしないといけないのかな~と思いながら見ていました。
人体の骨格がどうとか。。。
個人の個性の表現は帯や帯揚げの変り結びやモリモリの髪型になったようで、かえって皆同じに見えるような気がするのですがどうでしょう。
しかし、「じゅばんの余分を、みんなくくって紐でひっぱって」の左端の写真。。。縄で縛られているように見えるのは私だけでしょうか?
現代人の私は、ヘチマ型の体型とゴムベルトのおかげで、苦しまないで暮らしておりますが、見た目は如何なものか、???
とにかく毎日着ています。
駅前でお友達とお待ち合わせのようで・・・楽しそうな雰囲気でしたので ご注意するのはかえってシツレイと思いましたが・・・ 周囲に着物の人が居れば気づくのでしょうが・・・
夫に ぶつぶついいましたら、
「足は生えてたか?」
「逆に着ている人が増えれば そうなるのかも」ですと。
どうすべきだったんでしょうか。。。。。。
首が詰まるのもとても耐えられ
そうもありません。
苦しいと思うと一日着物で過ごす
事なんて出来ませんね。
子供の頃、ネルの寝巻はあんな風に
着ていたように思いますが・・・
伯母などかなり襟を詰めて着ています。
そう、ちょうど宝塚の皆さんのように・・・・・
さすがに上の写真ほどではないですが・・・
昭和50年代の写真を見ても
私が近くの美容院で着せてもらった留め袖も
かなり襟が詰まっていましたね。
その着方がいやで・・・
襟をたくさん抜きたいのは
その反動でしょうか・・・
帯を下に下げたいのも
やっぱり反動・・・ですか。
ぐさぐさだったり、無神経だったり、
そう、そんな着方でも
お手本(反面教師?)になってる私なんですね。
そうですよね。
今日は柄半衿を見てもらいたいから、衿をたっぷり出すとか、雨の後は短めに着付けるとか、自然に考えて着てます。
これから着るのがよりいっそう楽しくなってきました。
コメントありがとうございます。
ゆったり着付けとだらしないのは、違うんですよね。
お母様の古着、大切にお召しください。
拙いブログですが、実践向き…と思って、書いております。
着物は楽しく着たいですもんね。
ありがとうございます。
ほんとに5月になっても、ちっとも「さわやか」な季節になりませんね。
おかげさまで、風邪の方もひどくならずに終わりそうです。それにしても、
トシのせいか治りも時間がかかるようになりました。
昔の人は、確かに体型も違いますけれど、毎日あんなに補正はしていなかったはずなんです。
そのことも今日書いてみようと思っています。
今は「外見」を重視しますね。モリモリとかヒラヒラとか…。
結果、おっしゃるように、みんな同じようになってます。個性的にあこがれるといいながら、
実は人と違うと不安…というのが、日本人のある種、特徴のような気がします。
あの「緊縛」は、最初にアップしたときも「まるでポルノ映画みたい」だのと、言われました。
たぶん、当時の人たちも「いや、ここまでやらんでも」と、思ったでしょうね。
表側のシワを全部裏に引っ張って…みたいな。今見ると、笑えるばかりです。
きれいになるためには…というのは、まぁこれでも一応女性ですので、
「キモチ」はわかる…ですけどねぇ。
コルセットで倒れたというのは、実際あったようですね。体にいいわけないですよね。
以前「医療関係」の記事で、太ももから腰にビッタシのジーンズの女性が、貧血で倒れたそうです。
しめつけちゃいけません。
着物は洋服より体の線が出ないんですから、それをありがたく利用しなければです。
ラクにゆったりでお過ごしください。