十勝の活性化を考える会

     
 勉強会や講演会を開催し十勝の歴史及び現状などを学ぶことを通じて十勝の課題とその解決策を議論しましょう

スタグフレーション

2022-11-13 05:00:00 | 投稿

スタグフレーションという言葉をご存じだろうか。スタグフレーションとは、不景気にもかかわらず物価上昇が続く状態のことを言う。現在の日本経済のことである。

この状態が長く続くと、財政赤字を穴埋めする目的で金利上げ政策がとられ、景気悪化を招くという悪循環に陥りやすく、国債が暴落する恐れがある。日本はいま超インフレに陥っており、10月の入ってからの物価の値上げが、約6千項目に及ぶという。

 国際通貨基金(IMF)は今月(10月)、世界経済見通しの悪化を警告した。IMFによれば、今年度の世界経済のGDPは昨年度よりマイナス予想となり、世界の景気悪化が懸念されている。日本にも様々な影響がでるのは必至で、新型コロナ禍を機に、全ての価値観が変わるかもしれない。ロシアによるウクライナ侵攻や中国の景気減速等によって、不況に陥る可能性を示しているのだ。

 最新の世界経済見通しでIMFは、来年、世界の約3分の1の国の経済が縮小する恐れがあると予想している。そして、アメリカとヨーロッパ(EU)、中国などは、失速するとの見方を示している。

  IMFは、来年の世界成長率予想を2.7%とし、7月時点の2.9%や1月時点の3.8%から下方修正している。米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締めの影響は世界的に波及するとし、新興国通貨に対するドルの上昇は、インフレの進行や債務への圧力につながると予想した。

一方、財務省は2022年度末の国債残高の普通国債残高は、累増の一途をたどり1,026兆円に上ると発表した。国民1人当たり、約840万円になる。財政の持続可能性を見る上では、国の経済規模(GDP)に対して、総額でどのぐらいの借金をしているかが重要である。日本の債務残高はGDPの2倍を超えており、主要先進国の中で最も高い水準にある。

国が巨額の債務を抱えるということは、将来世代への負担を意味し、膨張し続ける社会保障費の抑制など、財政改革が待ったなしの課題となっている。膨れ上がる国債残高をみて、スタグフレーションや将来的に新円切り替えがあるのではないかと危惧している。

ただ、これには多くの問題があり、まじめにコツコツと一生懸命に働いてきた人が損をするというモラルハザードにならないかと心配している。それにもましてグローバル経済であるので、世界経済が大変になることが必至だと思っている。

「十勝の活性化を考える会」会員


中島みゆきさんの祖父

2022-11-12 05:00:00 | 投稿

 

歌手 中島みゆきさんの祖父“中島武市”さんは、岐阜県土貴野村(合併で糸貫町のあと、現在の本巣市)で生まれた。貧しい家庭環境で育ち、大阪に出て呉服店で丁稚奉公。20歳で独立を決意し北海道にわたり、旭川を経て帯広を拠点に呉服店を経営するなど事業を拡げている。

篤志家であり、糸貫町の名誉町民第1号にもなっている。目まぐるしい時代の中で、いつか孫の“中島みゆき”さんは、帯広市と岐阜県本巣市の縁をつなぐ糸になりえるかもしれない。

彼女の父親“中島眞一郎氏”は医師であったが、後志の岩内町でバイクの単独事故を起こし重傷を負った。やむなく帯広に戻って中島産婦人科病院を開業している。

彼女は、1975年(昭和50)に『アザミ嬢のララバイ』でデビューしたが、帯広の病院で父親を介護している時に、その歌詞を思いついたそうである。その年11月の世界歌謡祭で歌った“時代”でグランプリを受賞したが、翌年の1月、父親はバイク事故の後遺症による脳溢血で他界している。53歳の若さで、時代」という歌詞は次のようなものであるが、この歌がなぜ作られたのかが分かるような気がする。

“時代”

今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて

もう二度と笑顔にはなれそうもないけど

そんな時代もあったねと

いつか話せる日が来るわ

あんな時代もあったねと

きっと笑って話せるわ

だから今日はくよくよしないで

今日の風に吹かれましょう

まわるまわるよ時代は回る

喜び悲しみくり返し  (後略)

私の先祖も土貴野村出身で、現在の本巣市糸貫町屋井であった。小さい村であったから、曾祖父同士は顔見知りであっただろう。曾祖父は1907年の57歳の時、北海道に入植している。

中島みゆきさんが歌った唄は限りなくあるが、その中でも2002年の紅白歌合戦において、“地上の星”は、勇気と感動を与えている。

<地上の星>

風の中のすばる 砂の中の銀河

みんな何処へ行った 見送られることもなく

草原のペガサス 街角のヴィーナス

みんな何処へ行った 見守られることもなく

地上にある星を誰も覚えていない

人は空ばかり見てる

つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を

つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう

 

崖の上のジュピター 水底のシリウス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう

名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む 風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう

「十勝の活性化を考える会」会員     


障害があっても楽しく運動がしたい!

2022-11-11 05:00:00 | 投稿

令和4年9月11日、東京でオンラインでの対談があった。対談の一人は、16年前に脳出血を罹患した66歳の人。人生100年時代を考えると、まだまだ若い年齢であるが、彼のすごいと思うことは、「有名大学に入ってから脳出血で倒れるまで止まっていた人生だった」と言っていたことである。すなわち、中途障害を抱えてから、人生はスタートしたらしい。

彼は脳出血で倒れて挫折したことに間違いないが、それからは一人で生きていけないことに気が付いたのである。人間は挫折して初めて、自分が分かってくるのだろう。東京工業大学の上田紀行教授も同じことを言っていた。同氏は若い時に様々な挫折を経験しており、「人間は挫折して初めて、生きる意味が分かってくる」と語っていた。

ところで、尊厳とは尊くて掛けがえないことをいう。人間の尊厳を尊重するということは、人間として存在していることをかけがえのない価値として、大切にすることを意味している。すなわちプライドを持つということは、自分らしく尊厳を持って生きることである。肩書などを失うとタダの人になってしまうプライドは、本当のプライドとはいえないだろう。

そもそもプライドとは、「自尊心」や「誇り」のことであり、他人より優れていることを誇りに思う気持ちである。能力が認められて、「自分は優れた人間だ」と思うことは大切なことであり、プライドを持つことは決して悪いことではない。

しかし、プライドばかりが高くなると、自分自身を過大評価して周りが見えなくなったりする人が多い。プライドを保つために他人よりも優位に立とうとするあまり、人間関係がギクシャクしてしまうこともある。

プライドの高い人は自分に対する評価が人一倍高いために、「自分が正しい」と思う傾向があり、何かと意見されることや否定されることを嫌う。何もプライドに傷が入るのではないと思うのだが・・・・。

挫折を経験した上田紀行教授は、次のようにも言っていた。 『プライドは、他人との比較によって生ずることが多いが、比較してはいけない。世の奥様がたは、自分の子供を学校の成績のみで判断する傾向があるが、意味のないことである』と。

プライドの高い人は、自分の意見が絶対であり、否定されると相手が折れるまで反論し続け、相容れなければ敵とみなす人もいる。プライドが不要なものであると気づけば、身近にいる人のことも大切にでき、彩りのある人生を送れるはずである。

着眼大局で視野を広げれば、自分よりも優れた人がたくさんいることにも気づき、自分のプライドがとるに足らないものだと分かってくる。なお、上田教授の妻はNHKアナウンサーの武内陶子さんである。

「十勝の活性化を考える会」会員


リハビリテーション講習会

2022-11-10 05:00:00 | 投稿

 

令和4年11月5日、地元のイベント会場でリハビリテーション講習会があって参加してきた。テーマは、“我々が周囲から理解してもらいずらい理由”で、講師は鈴木大介氏で1973年生まれの49歳。7年前に脳梗塞を発症し、その経験を活かして「脳は回復する」など、多くの本を出版している。

同氏は脳梗塞が原因で高次脳機能障害であるが、当事者であるので話に説得力がある。高次脳機能障害とは、交通事故や病気によって脳に損傷を負い、知的機能に障害が出て日常生活や社会生活に支障をきたす状態をいう。

典型的な例は、脳出血や脳梗塞を発症しリハビリなどによって体のマヒはある程度改善したものの、失語症が出て社会生活が営めないといったなどの状態である。

私も11年前に脳出血を患い長い闘病生活を経験したので、高次脳機能障害で認知症でもある。認知症は、約50%がアルツハイマー型認知症と、約20%がレビー小体型認知症、約15%が血管性認知症、その他の15%が脳腫瘍、交通事故、アルコール中毒などである。

ところで、私は囲碁に夢中であったが、高次脳機能障害のため四段から1級程度に4ランクも落ちたが、最近、1ランク下げまで回復したのである。3ランク回復した理由は、脳神経がつながってきたのだろう。

講師の方が言っていたように脳は回復し、脳細胞は再生するので、障害を克服するには諦めないことが大切だと思っている。私のフェースブックに載せている「介護士の何気ない一言!」があるので、参考までにのせよう。

私は週1回、機能回復型デイサービスを利用している。そして、その送迎車の中で介護士が、次のように言った。「脳の自然治癒力には、期間に限りがない」と。私は、ハットした。何故かというと11年前に脳出血を患い長期間にわたって頭の一部がしびれていたが、それが最近、治っているのに気づいたからである。このことは、知人が書いている“何故一歩が踏み出せないのか?”に通じるものがある。

何故一歩を踏み出せないのか?

【自己紹介】

2005年7月、50歳のとき脳出血を罹患。言語障害(失語症)、右片麻痺の後遺症が残っている。急性期病院の医師から「社会復帰は望めない」と言われ絶望感に襲われた。25メートル泳げたという自信が、その後「勇気・希望」がもて「変容」につながり、新しい自分(居場所)を発見した。

 現在、障害を持ったからこそ果たせる役割があると公益活動に従事しながら、大学で障害者福祉をゼロから学んでいる。

【はじめに】

多くの人は中途障害を抱えると、回復の停滞感や減速感から徐々に落ち込み、情緒が不安定になり、引きこもりになる場合も多い。

私も4年間にわたり希望を失い、どん底の毎日を経験した。しかし、ちょっとした「きっかけ」(出会い)から「動機づけ」(変容)の変わり、新しい自分(居場所)を発見した。

【存在意義の否定】

 私は救命されたものの、医師からの心ない言葉で失意のどん底に陥った。さらに仕事の仲間からは「三嶋は終った」と囁かれ、人間不信にもなった。こうなると、どんどんモチベーションが下がっていった。

自分が知らぬ間に「社会的弱者」と思うようになり、障害の有無にかかわらず、人間にとって最も避けたい存在意義を失った。これではいけないと思っていても、なかなか行動に移せない、一歩が踏み出せない日々が続いた。

【モチベーション(動機づけ)を上げるためには】

一番怖かったのは、目指す絶対的な価値観がなくなり、どこを目指したら良いのか分からず、空回りが続いた。それに加えて過去の自分と比較し、それが足かせになった。

心理学者のE.デシは、「自分がやりたいことをやった時、一番能力が発揮できる」と説いている。モチベーションを上げるためには、「これだったら、自分もできるかも知れない」ことを、一つ見つけることが大切。自分ができるところから、自分のペースでゆっくりやればいい。「自分で決めたこと」をやれば高いモチベーションが保てる。

【克服へのきっかけ(出会い)】

2009年、リハビリの一環として水中リハをはじめ、一年後に25メートルを泳ぐことができた。その時の水中映像で、麻痺側下肢がしっかり動いている自分の姿を見て、それまで「動かない」と思い込んでいたことにハッとした。

 泳げたという「自信」と脳の可能性を信じる「希望」。そこから克服のチャレンジがはじまった(心のスイッチが入った)。当初、泳ぐことに躊躇していたが、指導員から背中を押してもらったことも、「きっかけ」になった。

【きっかけ(出会い)から動機づけ(変容)】

 とはいっても、どうやったら「心のスイッチ」が入るのか? それには自分を信じることと、自分ができることからはじめる。私の場合は、泳げたという「自信」と麻痺側下肢がしっかり動いている姿を見て「希望」がでてきた。

しかし、それだけではスイッチは入らない。どうやったら、きれいに泳げるのか。そのための目標を、自発的に取り組むことで「これだったら、できるかも」と納得し、意欲も湧いてきた。この過程が、きっかけ(出会い)から動機づけ(変容)に変わった(スイッチが入った)。 (後略)

私は脳出血を患い介護3であったが、現在は右半身が不自由で歩く時にふらつくものの普通の生活をしている。だから、障害を克服するためには諦めないで継続すること、また、自分の体験を話すなど当事者同士の情報のやり取りが大切だと思っている。』

「十勝の活性化を考える会」会員


道の駅“おとふけ”

2022-11-09 05:00:00 | 投稿

 道の駅おとふけなつぞらのふる里は、令和4415日にオープンした。道の駅は十勝でも16カ所あり、17番目のオープンである。日本の食を支えている音更町だけあって、「十勝の食の集結」をコンセプトに9軒の飲食店が出店していた。

音更町(人口:約45千人)は、パンやうどんの原料となる小麦、納豆、豆腐などの原料となる大豆の日本一の収穫量を誇っており、小麦工場、納豆・豆腐工場、乳製品工場等々の食生活に必要なものを作っている会社がたくさんある。

道の駅は、道路利用者のための「買物、食事、休憩機能」、道路利用者や地域の人々のための「情報発信機能」、道の駅を核としてその地域の町同士が連携する「地域の連携機能」という機能を持って設置されている。

20年前までは十勝にも、幹線道路沿いにドライブインというものが多くあったが、魅力的な道の駅に押されて無くなった。これからは、国道241号線は、道の駅街道と呼ばれるようになるだろうが、一方で、どこもかしこも道の駅ができて共倒れになることを心配している。

地元新聞によれば、道の駅おとふけはインターチェンジのすぐそばにあり、ゴールデンウイーク中に管外からの人などで約13万人の人出であったそうで、5月連休明けの平日にもかなりの人出でにぎわっていた。

ただ、隣町の士幌町と上士幌町に作られた道の駅は閑散としていた。音更町で育った者として道の駅ができて音更町がにぎわうのは良いが、十勝は一つであり一極に集中しなければ良いと思っている。道の駅おとふけでパンや農産物を買ってきたが、購買客に尋ねると高級感を感じる道の駅として差別化を図っているらしい。

ところで、事業停止した国際ホテル筒井温泉付近の長流枝には、新しく高速道路のインターチェンジができて札幌・釧路方面の人々が利用するのに大変便利になるので、美人の湯の「モール温泉」である十勝川温泉が再興するのは間違いない。温泉は美人になるだけではなく健康にも良いので、食料基地である十勝が、長寿のまち十勝としても売り出していけると思っている。

ただ、十勝も過疎化現象によって、長い目で見れば都市圏のように二極化現象が避けられず、道の駅を十勝の活性化のひとつにしなければならないと思っている。道の駅おとふけの発展を期待したい。

「十勝の活性化を考える会」会員