CHAPTER4 「俺も! 俺も、ずっと好きなんだよ! 愛してる!」
反町似でありジュノンボーイ並には華もあるてっちゃんが拡声器を構えて夏のビーチに向き直る様子は、誰がどう見ても異様だ。
明るい日差しに照らし出された無邪気な海水浴客たちも、何だ何だと半数ぐらいは興味津々といった体でこちらを見ていた。
「てっちゃん……」
「よっ……」
「よ?」
「よっ、よく聞け! 伊男! 俺は、俺は……っ」
こっちを見ないてっちゃんの横顔を見つめながら俺は――ドキドキした。
もしかして、もしかして思い違いなんかじゃなくて、俺たちほんとに――
「俺は……ずっと! ずっと好きだった!」
キィン!
拡声器が耳障りな音を立てるぐらい、てっちゃんの声はかなりでかかった。
「好きだ! 愛してるんだ! ずっと欲しいって、俺のものにしたいって思ってたんだあああぁ!」
「てっちゃん……!」
たちどころに充満する「ホモ……?」というざわめきも、頬を染めた俺たちが見つめ合うのに何の障害にもならなかった。
「てっちゃん、それって、それってさ!」
日に焼けた腕をとって俺が飛び跳ねると、てっちゃんはいつになく男らしく
「ああ……!」
と頷いてくれた。
そりゃあ男前だっていうのは分かってたけど、この男がこんなにカッコよく見えたのは生まれて初めてだ。
ああでも、何てこと!
(告白は絶対俺からだって決めてたのに!)
ヘタレのてっちゃんに先をこされるなんて――
「貸して!」
俺はてっちゃんの手から拡声器を奪い取ると、彼に倣って海へ向き直り、大きく息を吸い込んで、そして一気に叫んだ。
「俺も! 俺も、ずっと好きなんだよ! 愛してる!」
「伊男!」
「俺もてっちゃんと……同じ気持ち、だよ」
「俺たちやっぱり……同じものを求めてたんだな」
「うん……」
いつの間にかざわめきは「本物じゃん……」という哀れみを含んだものに変わっていたが、俺たちは断固気にしなかった。
「伊男、俺たち……幸せになろうな!」
「うんっ!」
キラキラと輝く夏の日差し、澄んだ青い海。
世界の全てが俺たちを祝福しているような気になってそんなことを言い交わす頃には、ざわめきはためらいがちな拍手にさえ変わっていた。
「さて……と。ねえねえてっちゃんところでさあ、さっきからこの海岸の人たち、何拍手してんだろうね?」
「あ~ん? さあな、何か勘違いしてんじゃね? なあっ、それよりさ、伊男、早くアレ」
「あっ、うん、そうだね! じゃあ、契約成立ってことでいいんだよね!」
「ああ、もちろんだろ! 俺は……俺は、一目見たときから自分の船なんかよりもう、お前の船のほうが断然好みでさあ~!」
「? ? ?」
くう~と拳をにぎって悦るてっちゃんの言葉に、ビーチの人たちはようやく自分たちの勘違いに気づいたようだ。
「あの色、あのライン……たまんねーよなあ~最っ高だぜ! あ~もう好き好き、俺ホント、お前の船のことめっちゃ愛してる!」
「てっちゃんて相変わらずセンスないよね! 交換してもらえるのはホント夢みたいに嬉しいけど、なんで自分の船のあのカッコよさ、分かんないかなあ!?」
「あ~お前は昔っからアレ好きだよな~マジ意味分かんねーしアレがいいとか言うの」
「意味分かんないのは自分だろ? 後でやっぱり返せとか言ってきても絶対返さないからな! ず~っと俺、あの船に恋してきたんだから!」
「そりゃオメー、俺のセリフだっちゅーの! 速攻名前書いちゃる! そんなことよりホラ、早くキー交換しようぜ! 持ってきてるだろ?」
「あっ、うん、ちょっと待って」
俺がそう言って荷物に手をかけた、そのときだった。
「うおおおおおおおーっ!」
「きゃーッ、ナニあれーッ?」
「キーモーいー! でもおっかしい~!」
背後の海から荒々しい雄叫びと、それに付随して海水浴客女性の黄色い悲鳴と笑い声が響く。
見れば、二艘の近海漁業用の船がいつの間にか起こったビッグウェーブに乗ってどんどんこちらへ向かってきており、その船の舳先にはそれぞれ赤フン一丁のおっさんらが二人、仁王立ちになっているのであった。
「父さん!」
「親父!」
俺とてっちゃんはちょっぴり嫌に思いつつ、突如現れたそれに向かって叫んだ。
そう、その赤フンおっさん二人はそれぞれ俺たちの父親で、彼らが乗っている船こそがたった今俺たちが目一杯愛を叫んだ対象の、松外家・情納家に代々受け継がれる伝説の船なのだ。
「お前らの心意気、この松外市京志(しょうがいいちきょうし)、しかと受け取ったあぁーッ!」
「オウ、ワシもよう分かった! 漢(おとこ)、情納左杉(なさけなさすぎ)、感激で涙が止まらん!」
ざっぱあ~ん!
大波と共に砂浜に降り立ったおっさん二人は、男泣きに泣いていた。
目を見開いたまま涙だけを滝のように流すアレだ。
我が父親ながら不気味すぎる。
「お、親父! どうしてここに?」
「ハッハッハァー! なあに、お前らがまた良からぬことを企んどるのかと思って尾行していたまでよ! 夢中になってついうっかり北海道のほうを回ってきてしもうたわい!」
「“までよ”の使い方間違ってるから」
「てか船で電車を尾行すんな」
すっかり遠巻きに俺たちを見物するビーチの人々を尻目に舳先から降り立つ父さんとおじさんは、さながら海をわったというモーゼのようである。
ひらひらと赤フンを風になびかせ、父さんは颯爽とした足取りで俺に歩み寄ると、
「伊男!」
と俺の肩をがっしり掴んだ。
「伊男! ワシは感激した!」
「聞いたよ」
「あれっ? まあなにがしその、あれだ! お前らはもう二人寄りゃあ代々受け継いできた大事な船にモンスターエンジンを搭載するとか小型テレビを積みたいとかGPSつけろとか馬鹿ばっかり言って、ワシは心底ろくでもないと思っとった! 仕舞にゃ向こうの船のがカッコいいから交換したいなどと言い出しおって、ワシは先日夢でお前を勘当してもうたほどだ! だが……」
「うむ、人目を撥ね返すほどのお前らの熱い志――漢であった! 漁師であるまえに漢であれ!」
「えっ……え~と、なんだかよく分かんないけど、父さん、おじさん、それってじゃあ……」
「うむ、許す!」
「ホントかよ、親父!」
「おおっ、漢に二言はない! 存分に交換するがいい! ほれ、許容の証に、お前らの嫁さんも連れてきてやったぞ! 大事な船のことだ、嫁さんにも立ち会ってもらわんとな!」
「え……」
おじさんがそう言ってバッと右手を上げると、今度は男の野太い声でオオオオーッと地鳴りのような歓声が響いた。
視線を向ければ今度は船の舳先に、黒のビキニのスレンダーな肢体と白いワンピースの水着の小柄な女性がそれぞれ出現しており、よく見ればそれは、
「あーっ、冴子!」
「ほのかちゃんだ!」
俺とてっちゃんのそれぞれの恋人、東城冴子さんと西園寺ほのかちゃんだった。
「鉄也」
まず冴子さんが、目でてっちゃんにお迎えを要求する。
つやつやサラッサラの黒髪ロングヘアに真っ白なすべすべお肌の二十五才、柴咲コウの顔に観月ありさの身体を持つ超絶美女の冴子さんにてっちゃんはメロメロなので、まるっきりワンコの顔で船のほうへ駆け寄る。
「伊男くん、なんだかおじさまが一緒に来てほしいって、それでついて来ちゃった~」
一方俺はと言えば、呼ばれたから行くなんて抜かりはない。
ほのかちゃんが何か言うより先に船体に走っていき、小さくて細い手を取って船からそっと降ろしてあげる。
「もう、ダメじゃん。俺の父さんだからいいけど変なおっさんにひょいひょいついていっちゃ。ほのかちゃんは世界一可愛いんだからさ!」
「やだ、もう、ばか

」
おっきな瞳に生まれつきくるんとカールした長い睫、これまた生まれつきミルクティ色のふわふわした髪に乳白色の肌。
欲目じゃなく真剣に世界一可愛いので芸能人で誰に似てるとかってホンットもうあり得ない。
強いて言うなら胸の大きさが乙葉に似ていた。
「ほら、伊男、鉄也くん。嫁もそろったところでそろそろ」
「あ、うん」
父さんに促されて、それぞれいちゃいちゃしていた俺たちはやっと我に返る。
俺はカバンから、てっちゃんはジーンズの尻ポケットから船のエンジンのキーを取り出し、お互いの恋人を片手に抱いたまま、満面の笑顔でそれを交換した。
「よかったわね、鉄也」
「ああ、冴子のおかげだ」
明らかにおかしいてっちゃんの言葉も、今だけはみんな見て見ぬふりをした。
明るい太陽と青く澄んだ海と空、白い大きな入道雲のもと、赤フン親父どもや海水浴客の拍手喝采に包まれて、俺たちは今度こそ本当に、世界の全てに祝福されていたのだった――。
「しかしアレだなあ、家はうちに住んで仕事も今までどおりやるっていうんだから別にかまわんけども……なあんで婿養子になるとかいうんだかなあ、うちのバカ息子どもは。いい名前なのに……」
伊男と鉄也をカキ氷の買出しに送り出して、ビーチパラソルの下で穏やかな風に揺れる赤フンが二枚。
「まあまあ左っちん。それよりも孫だ孫! 男と女ができたら縁組しようや!」
「そりゃええんだが、市ったん、男と女にならんかったらどうすんだ?」
「心配ねえ、うちの鉄也って見た目どおりアッチのほうもサルだし、冴子さんも細っこいように見えてなかなか腰のあたりはしっかりしてっしな! 五人は固ぇぜ?」
「あ~まあ五人生まれりゃあなあ、男と女も大丈夫か。伊男もけっこうやるこたやってるみてえだし……おう、うちの嫁、ほのかちゃん! ちっこいけどイイ身体してんべ? せがれだっつっても羨ましい~」
「ばか、左っちん、身体ちっこいからこそ具合がな、こう……」
どんどん下ネタに走ってしまうオヤジ二人の腹にサンオイルを塗ってやりながら、乙葉の胸を持つ美少女は
「お、オトナのお話です……」
と顔を赤らめ、スーパーモデルと見紛うオトナの美女は
「こういうのはね、ほのかちゃん、セクハラっていうのよ」
貼りついたような笑顔でブラックのスクエアカットネイルの指関節をボキボキと鳴らすのであった。
「く~っ、ほら、見ろよ、やっぱ冴子が一番映えてンだろ? あの水着、俺が買ってやったんだぜ」
自分、冴子さん、おじさん、の分のカキ氷を両手に抱えながら、てっちゃんは上機嫌でそう言ってきた。
うん、自分の彼女が美人だっていうのは本当に最高の気分だな!
分かる分かる、分かるけど、でも、
「あ~まあね。冴子さんもそりゃキレイだけど、俺はやっぱほのかちゃんだね。脚の間にすきまがあるのって俺ダメ~。女の子はさ、やっぱ細くなく太くなくの、まさにほのかちゃんぐらいがマイベスト」
「お前ってアレだよな、ガキのくせに見るトコやらしくね?」
「うるさいな! セカンド童貞は黙ってろ!」
「オメーこそがマジもんのセカンド童貞だろが!」
カキ氷を三つずつ抱えてギャ―ギャー言い合いながら、俺たちはせっせと父さんたちのビーチパラソル目指して歩く。
しかし、やったら遠いな、カキ氷屋から。
「ね、てっちゃん、結婚式までには免許とれよ」
「あ~やっぱそっかな~。冴子が持ってるからついついとりそびれて……」
「教会から出てくるとき花嫁が車運転してて花婿が助手席って最低じゃん」
てっちゃんの小さいカバンの中身は恐らく婚姻届が一枚きり、なのだろう。
「……船の交換が済んだらよお、勢いで言えるかと思って」
「今からおじさん立合いでプロポーズ? それもなかなか最悪だね」
「くそ~っ、早く東城鉄也になりてえな~!」
「いいなあ、俺も早くほのかちゃんと結婚して西園寺伊男になりた~い」
可愛くって、性格も俺好みで、相性もばっちりで、その上姓がカッコいい。
まったくほのかちゃんは世界一の恋人だ。
もちろん、てっちゃんにとっての冴子さんもそうである。
そろそろ俺たちの家族と、この先家族になる女性たちの姿も近づいてきた。
キツイ日差しと手のひらの体温のせいで、カキ氷が溶け始めている。
「あ~あ、もう、手がべたべたするなあ」
俺は困った顔をして言ったつもりだったけど、多分だいぶ失敗している。
だって今日はかなり幸せな日だ。顔の筋肉が締められない。
えへへへ、とにやけながらほのかちゃんに手を振っていると、隣で同じように冴子さんに手を振っていたてっちゃんも、俺と同じかそれよりよっぽどひどく顔面総崩れを起こしていた。
シャキっとしてれば俺たち、かなりの美男タッグなんだけどね。
「伊男」
俺に向かってというよりは、入道雲が立ち込める青空に向かって。
ふいにてっちゃんが俺の名を呼んだ。
「ん? なに?」
「俺たち、さ」
「うん」
「俺たち、 そ れ ぞ れ 幸せになろうな

」
「うん、頑張ろ

」
青い空と海のはざまで幸せアホアホ家族がまた二組誕生する様子を、太陽だけが見守ってくれていた、平和な昼下がりの午後だった。
HAPPY END!
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8月9日に
海で
美少年と美青年が
海に向かって大告白を
しやがった
を、照夫がお送りいたしました!