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Northern Liquor Mountain

くじ引きによるリレー小説と書き手の生態など。

2008冬リレー 5

2008-06-27 22:30:21 | リレー:2008 冬 猫と男たち
遅くなってごめんなさい……一体どれだけの人が覚えているのかわかりませんがリレー完結編です。

★★★★★

「これは……?」

おずおずと書類を受け取るおれに遠藤さんは、猫を抱いてほんわかとしたヴィジュアルフェイスをきりりと引き締め、

「わたくし、株式会社さかもと不動産埼玉支部の営業部長をしております、遠藤龍馬と申します」

白くて指の長い右手で子猫を抱き、左手を背広の内ポケットに入れて、

シャッ

と、舞台の効果音みたいな音をさせて名刺を取り出した。

「今日は営業先から直帰でして。ちょうどお客様にぴったりの、学生さん向物件があるんですよ」

すっかり営業モードになった遠藤さんの語尾に、ハートマークが見える気がする。
さかもと不動産といえば、全国的規模で展開している大手不動産会社である。
学生のおれには実感としてはピンと来ないのだが、遠藤さんの若さで部長とは、結構すごいことなのではないだろうか。
いやいや、このルックスがあれば、ありえない話じゃないな。
ふーん、とおれが不動産物件の書類に向き合った、そのとき。
ガタッ、と音がし、背後で人が立ち上がる気配。

「さかもと不動産の……遠藤――?」
「え?」

佐藤さん(猫)を抱っこしながら佐藤さん(猫)と同じ姿勢でコタツに入ってぬくぬくとしていた学生風の男――そういえばこの人にも名前をきいていない――が、佐藤さん(猫)は離さないまま、一転険しい表情で仁王立ちになっているではないか。

「まさかこんなところで会うとはね」
「……君は、一体」

ただごとではない男の声色に、遠藤さんは営業モードから、今度は若くして高い地位を得たデキる男の顔になった。

「直接お会いするのは初めてですね。先月の熊谷の件ではあなたの部下に大変お世話になりました」
「熊谷……!」

まったく展開についていけないおれと伊藤を挟んで、遠藤さんと学生風の男の間には暗雲が立ちこめ、空気が低く振動しているかのような緊張感が漂う。

「おいっ、何なんだ、猫が好きなだけの男たちの集まりじゃないのか!?」
「いや……そういう趣旨のオフ会のはずだったんだけど……」

おれが伊藤を肘でつっついている間にも、二人が醸し出す雰囲気はどんどん苛烈さを増して行く。
――腕に抱いた各々の愛猫は離さないまま。
対峙した飼い主たちの間で円らな瞳を見交わす佐藤さん(猫)と黒猫。
先ほどのほんわか顔が嘘のように、遠藤さんは叫んだ。

「じゃあ君は……君があの“童顔(ベビーフェイス)の虎”――徳川デベロップメント営業部の若手ナンバーワンホープ、沖田虎鉄!!」

学生風の男、もとい沖田さんは、フっと笑って佐藤さん(猫)を肩に担ぎ上げた。
この部屋にいる猫の中では唯一成猫している佐藤さん(猫)は、その成長しきった長い体で沖田さんの肩に腰かけ、彼の頭のてっぺんにちょこんと前足をのせる。
慣れてるな、きっといつもこうして担ぎ上げて、この姿勢で二人、歩き回ってるんだろう。
どう見ても学生にしか見えなかったが、どうやら沖田さんは社会人らしい。
おれの思考を読んだかのように、遠藤さんが眉間に皺を寄せながら続ける。

「昨年度入社の新人ながら研修後すぐに営業所の成績トップに躍り出、古い縄張り意識をぶち壊す新世代営業術の申し子と誉れ高い沖田虎鉄に、こんなところで会えるとはね……」

徳川デベロップメントといえば、デザイナーズマンションの扱いを中心として、ここ何年か業績をぐんぐん伸ばしている革命的不動産会社だ。
五年前に会長が交代して以来、因習をなぎ払うかのような、斬新でリスクを恐れぬやり方で不動産業界に旋風を巻き起こしている。

「詳しいね、お前」
「面接受けようかと思ってたんだよ」

今度は伊藤がおれを肘でつっつく。
会社自体が恐れを知らぬ若さの象徴みたいなもんだが、沖田さんはその中でも際立ってデキるようだ。

「柔和な印象と安心感を与える童顔からは想像もつかない大胆な営業……噂通りでした。熊谷の件は部下だけでは君に対抗しきることはできなかった」

遠藤さんが黒猫にほお擦りしながらそう言うと、佐藤さん(猫)を頭に乗せたままの沖田さんは、

「いいえ、僕なんてまだまだ……若干二十六歳で、支店のみならずさかもと不動産営業部全体の中核を担うといわれる遠藤龍馬――“破滅への刹那の龍“の入社初年度の成績にはとても敵いません」

と、にやり不敵な笑みを見せる。

「……不動産屋って、破滅していいのか?」
「ヴィジュアル系っぽいことをまず第一に強調してんだろな」

ひそひそツッコミ合うおれと伊藤。

「熊谷での戦いは敵ながら天晴れでした」
「ええ、僕も本気の刹那の龍の手腕を、部下の方を通してとはいえ目の当たりにできて、大変いい勉強になりましたよ」

にっこりと笑顔を見せ合う遠藤さんと沖田さんだが、その目は決して笑ってはいなかった。
ごくりと生唾をのみながら伊藤がおれにささやく。

「どうやら不動産史に残る戦いだったようだな……」
「不動産史って何だよ!?」

そんなおれたちの会話をよそに、二人の男の敵意はついに渦を巻き、冬のワンルームの空気を振るわせるまでになった。

「龍虎、相打つ……!!」
「お前、雰囲気に飲み込まれてるぞ!!」




さきほどまでは濃厚に漂っていた、猫を愛でるだけのオフ会のでれでれした空気は、今や外気よりも冷たく凍りついていた。
固唾をのんで事の成り行きを見守る伊藤。
伊藤からこっそりハニー(猫)を奪えないものかと横目で機会を窺う、おれ。

「オフ会って、最初に自己紹介とかしねえの?」
「いっやあ、それが」

すると伊藤は、おれのハニー(猫)を抱えなおしてデレンと笑い、

「にょんちゃんがあまりにも可愛いもんだから、自己紹介もそこそこにお二人とも夢中になっちゃって☆」

ぐっふふふふふ……と、地獄まで響きそうな声を出した。
これ以上に不気味な思い出し笑いをおれは知らない。

「お前、ハニー(猫)に変な名前つけるのやめろ! なんだよにょんちゃんって!?」

そう、おれのハニー(猫)は“にょん”という。
意味がわからない。

「うるせえなあ、つべこべ言うなよ。可愛い名前だろうが。なー、にょんちゃん」
「ミャ」
「ほれ、にょんちゃんも自分のことにょんちゃんだって思ってるぞ」
「ああっ、ハニー(猫)、君は騙されてるんだ! そんなその場のテンションでつけた名前は希代の美姫たるハニー(猫)にはふさわしくない!」

ハニー(猫)を腕に抱いた伊藤に舌を出されて懊悩するおれは、歯がゆさのあまり遠藤さんと沖田さんの言い争いが静かにヒートアップしていることに気づかなかった。
パーカーのフードを後ろからぐいと引っ張られ、

「ぐえっ」

息を詰まらせて振り返れば、

「ならば、勝負だ!」
「いいだろう、受けて立つ!」

遠藤さんと沖田さんが二人しておれのフードを握り締めたまま、拳を握り、瞳にライバルへの憎悪の炎をともしてユニゾンで高らかに叫んだ。

「「どちらかこの学生に、先に部屋を売りつけるか!!」」

え――――!?

「ちょっ、ちょっと、やめてえ! 巻き込まないで! つーか売り“つける”とか言わないで! 本音見えてる!」

おれ一般人だから!
慌てて抗議する。
だが、おれのパーカーを決して離さないままこちらに向き直った若き不動産屋二人は一転、にっこぉ! と、瞬間周囲のワット数があがったような特上スマイルを顔面に貼りつけ、

「高杉様、ご心配には及びません、我々さかもと不動産は決してお客様にご無理を強いることはございません」
「我が徳川デベロップメントの物件をご覧いただきましたら、きっと高杉様のほうから紹介をご所望していただけることと自負しております」
「まだ見ぬ愛するお嬢様(猫)、ご子息(猫)と共に光溢れるまばゆい生活を。さかもと不動産は愛ある暮らしを応援する会社でございます」
「高杉様、猫とは室内で共に暮らす、いわばご家族。ご愛猫様にも、高杉様にもご満足していただける物件が、いまわたくしが思い出せるだけでも三十七件。どんどん条件をご提示くださいませ、その条件を全て満たし、尚且つ新たな便利さ・暮らしの喜びを提供するお部屋を、必ずご覧にいれます」

淀みなく流れる営業トークがおれに襲いかかる。
眩しいほどの笑顔で次々に言葉を紡ぎ出しながら、遠藤さんはアタッシュケースの中身を手で探り、沖田さんは携帯でカチカチと、おそらく自社のサイトにアクセスしていた。

「ひっ、ひぃ!」

どういうことだ。
新しい部屋を契約しなければ帰れない、みたいなこの流れは一体何だ!?
新しい部屋を契約するのは、いい物件があるなら、考えてみてもいいかもしれない。
だがこの場合、おれが選んだほうが“勝ち”であり、選ばなかったほうが“負け”なのだ。
そんな責任を、ひと撫でたりとも猫を愛でてもいないというのにそんな責任をなぜ負わねばならないんだ!!
大体にして、新しい部屋に住んで猫を飼いたいな~というのは今のおれの場合、宝くじを当てて一生遊んで暮らしたいな~という呟きと同じようなもんだ。
すぐには実現しないだろうし、そのための努力なんかも今はしないけど、自分はこういう願望を持ってるんですよ~という、会話のテンプレートみたいなものなのである。
つまり、そりゃあ死ぬほど猫は飼いたいが、当面は引越する気などさらさらないのだ。
だが、この事態を招いたのはおれの不用意な発言だ、この上“口ではああ言ったけど引越する気なんて全然ないで~す”などと言おうものなら、眩しいほどの笑顔なのにオーラが般若の遠藤さんと沖田さんに、どんな目に合わされるか分かったもんではない。

「うう……」

高杉様、高杉様、高杉様。
途切れることなくおれに降り注ぐ営業トーク。
どうする、どうするおれ!?
縋るように伊藤を見る。
いや、正確には――にょんちゃん(猫)を。

「みゃあ」

おれには解った。
彼女(猫)は言った。

“一緒に逃げましょう”と。

おれは一瞬の隙を衝いてにょんちゃん(猫)を伊藤の腕から奪い取り、部屋を突っ切り玄関先に脱ぎ散らかしたスニーカーに足を突っ込んだ。

「あ、……え?」
「ハニー(猫)、君と一緒ならおれは何も怖くない!」

ガチャガチャガチャ、と三秒で玄関のチェーンと鍵を開ける。
ハニー(猫)の小さくほのかな温もりを抱きしめ、おれは身を切るような深夜の寒気へ飛び出した。

「って、おいいいい高杉いいいぃぃぃにょんちゃん(猫)に勝手なアテレコしてんじゃねえ!!」
「違う、おれには聞こえたんだ!」
「幻聴だぁ!!」

我にかえった伊藤の後ろから、

「逃げたぞ!」
「逃がすか!」

遠藤さんと沖田さんも着の身着のまま追ってくるのがちらりと見えた。




「はあ、はあ」
 
寒くないようににょんちゃん(猫)をパーカーの胸元に入れ、顔だけのぞくような姿勢にして手で支えながら、おれは走った。
自分の口から出る白い息が、凍てついた深夜の景色とともに、びゅんと後ろへちぎれていく。
高校時代陸上部のホープだったおれに、さすがに三人は追いつけないようだ。

「くく……」

走りながらほくそえむ。
おれの専門は長距離だ。
長く走れば走るだけ体がほぐれ、エンジンがかかるのだ。
このまま逃げきってやる!
にょんちゃん(猫)の後頭部の柔らかな体毛をノド元に感じながら走っていると、公園へさしかかった。
よし、ここで撒いてやる。
ハードルを飛ぶ要領で、公園を囲む植込を飛び越える。
これでさらに距離は開いたはずだ。

「見たか!」

走る速度は落とさないまま、振り返ったおれが見たものは――

「絶対に逃がさん!」

距離が開き、このままでは追いつけないと判断したのであろう伊藤が、遠藤さんが手に持ったアタッシュケースをひったくり、振りかぶったその瞬間であった。

「うおおおおお!!」

薄く照らす月の光に鈍くかがやく銀色のビジネスケースが宙を舞う。
それはスローモーションのようにゆっくりと見え――たと思ったら、見事ごいんとおれの頭に直撃した。
書類が入っていただけだから、さほど重くはなかったが、それでも鞄そのものの重量がおれに目眩を起こさせ、おれは逃げる足を止めざるを得なかった。

「う、うわー……」
「大丈夫……?」

遠藤さんと沖田さんが若干引き気味におれに駆け寄る。
空中でパッカリとケースが開き、鉢かぶり姫よろしくアタッシュケースを被りながらも、胸元に抱いたにょんちゃん(猫)だけは決して振動が伝わらないよう死守した。

「正義は勝つ!」

息を切らしながら伊藤が高らかに宣言する。
すると何か、おれは悪なのか?
頭上にかぶさっている不動産書類とアタッシュケースをひっくり返して薙ぎ払い、おれは伊藤の襟を掴み上げた。

「ゴルァァァ伊藤おぉぉぉおれはともかくハニー(猫)を危険に晒すとは何事だあ!」
「フッ、おれはそんなヘマはしない! 知ってるさ、にょんちゃんに(猫)夢中なお前は命に代えてもにょんちゃん(猫)を守ると!」

ズボっとおれのパーカーの胸元からにょんちゃん(猫)を抜き取る伊藤を見つめて、遠藤さんと沖田さんはすっかり毒気を抜かれたように

「……ずいぶん遠慮のない友人関係なんだねえ……」

と、顔を見合わせ呟いていた。




ライバルってものは、立場や境遇が似ているからこそ張り合うのだ。
共通点は多いはずだから、落ち着いて話をするきっかけさえあれば、すごく仲良くなる可能性は高い。
伊藤のアパートへ戻る深夜の道すがら、おれはそんなことを考えた。
視線の先には、これからの不動産業界について熱弁を振るいあう遠藤さんと沖田さんがいる。
隣を歩く伊藤は、

「なんだぁ、もう和解しちゃったんだ、これから面白くなるところだったのに。ね~にょんちゃん(猫)」

と、ハニー(猫)にやに下がりながらも面白くなさそうな顔をした。
なんて器用な顔面だ。
そして、おれはと言うと、――なぜだろう、さっきから「随分遠慮のない友人関係なんだねえ」という遠藤さんと沖田さんの呟きが、頭から離れないのだ。

(……おれたちって、遠慮のない友人関係だったのか)

伊藤とは大学に入ってからの付き合いだが、遠慮がない間柄だとは思ったことはなかった。
なんと言うのだろう、そう、おれたちは薄情さが同じくらいで、お互いに、こいつにはこの程度ひどいことをしてもいい、というボーダーラインがはっきりとわかるためにつきあいやすいのである。
世間一般ではそれを“遠慮がない”というらしい。
今度は“営業とはかくあるべき”という仕事論へとテーマが変わった遠藤さんと沖田さんの会話に、ハニー(猫)の愛らしさにたまらず洩れた伊藤のグフフフフ、という不気味な笑い声が重なる。
彼らの声も二月の深夜の夜道も、吹きつける冷たい風をもどこか他人事のように感じながら、おれは思った。

あるじゃないか、手間がかからず、お金もかからず、且つ猫と一緒に暮らす方法が。

おれは、まるでこの世に愛しいものはハニー(猫)しかいないかのような伊藤の横顔を見た。
こいつも鬼じゃない、始発まではまだまだなこの時間、まさか今日これからおれを追い返したりはしないだろう。
今日、泊まる。
明日もその流れで泊まる。
明後日は帰ろうか、明々後日はまた来よう。
そうして、徐々に伊藤の部屋に入り浸るのだ。
伊藤の部屋なのだから、家賃は当然伊藤が払う。
おれは今住んでいる部屋を解約するだけでいい。
伊藤の部屋には猫がいる。
おれは伊藤の部屋に住んで、結果、猫と一緒に暮らすことができる。
しかも、その“猫”とは愛しいこの、ハニー(猫)だ!
伊藤のグフフ笑いに、おれの口から漏れるクックックという声も重なる。
伊藤はにょんちゃん(猫)のピンクの鼻をつっつきながら、不思議そうにおれを振り返ったので、おれはにやりと笑って見せてやった。
おれたち、遠慮のない友人同士なんだもんな。
なあに、きっとうまくやっていけるさ。
いつの間にか猫馬鹿トークへと変わった遠藤さんと沖田さんのディベートを意識の外で聞きながら、おれは伊藤と、そしてにょんちゃん(猫)に、ちいさく呟いた。

これから、よろしく。




『深夜 公園で 大学生と子猫が ビジネスケースを ひっくり返した』完


★★★★★

終わったああああぁぁぁぁ
長かったよ~
途中なんら関係ないエピソードを書いて終わって話を進める気がない人がいたよね。
怒らないから出頭おし。

笹井  4
照夫  4.5
コココ 4
笹井  4
照夫  17.5

私はwordに20文字×20行×2段のリレー用書式を作ってそこにコピペ&執筆しておりまして、いずれ本にしようと思っているのですが、上記は今回のリレーの文章量を原稿用紙に換算してみた数です。
つまり、私の書式の1ページの半分が400字詰原稿用紙1枚なのだな。

ラストの私のパートだけ桁が違うんですけど!!
原稿用紙17枚半も書いてるんですけどちょっとー!!

話が起承転結の承から進んでなかったからラストパートで一気にまくりましたゆえ、かなりむちゃくちゃに転!結!終わり!ってなりました。
最後のくだりの高杉、こいつやっぱかなりホラーだな……と思って書いてたんですが、読みようによってはほのぼの。
私は怖いと思って書いてました。
はー、まあなにはともあれ終わった!
これでこころおきなく夏の修羅場に入ります!

今年もまた夏がおたくで終わる……照夫でした。
頑張った!!

あ、久しぶりにもう書くなってブログが怒ってる……

リレー

2008-05-13 01:09:42 | リレー:2008 冬 猫と男たち

がっくりと立ち尽くしていると足の甲にずっしりとした重みを感じた

「え、何だ」

足元を見ると大きな猫が足に擦り寄っていた。

「お前でっかいなー」

抱き上げると予想以上にずっしりとくる。ここまで太っているのは逆に貴重なのではないか? と思うほどの大きさである。
抱かれるのが好きなのか腕の中で暴れることもなくすんなりと収まって気持ち良さそうに喉を鳴らしている。

かわええぇ~

きっと気持ち悪い顔になってる。しかし、そんなことを気にしてはいられない。
ここ最近不足しがちな猫エネルギーを補給しなければ、と床に座り込み大きい猫を撫でる。

「あ、あのこの子の名前はなんて言うんですか?」

「佐藤さんです」
リーマンの隣に座っていた恐らく自分と同じ学生らしき男がにっこりと笑って答えてくれた。

「佐藤さんっていうのかー」
その場に座り、佐藤さんを膝の上に乗っけてもふもふと撫でる。
長毛種だがよく手入れされているのかサラサラの毛並みに感動する。それにすごく大人しい。

「高杉ってホント猫好きなんだな」

ジッと様子を見ていたらしい伊藤が少し呆れた様な声音で声を掛けてきた。

「何回も言ってるだろう。実家にも猫いるし」
「そう言えば、そう言ってたな」
「今も猫欲しいけど……オレんとこすげぇ厳しいからなー」
「ああ、前言ってたヤツ? ハムスター飼ってるのバレて一騒動っての」

伊藤の言葉に頷くと猫好きメンバーの二人も驚いて「さすがにそれは……」と信じられないようだった。

確かにそうだろう、犬猫ならば禁止される理由もわかる。
ペット禁止の物件でもハムスターをこっそり飼っている人も沢山いるはずだ。
だが……オレの所では全面ペット禁止なのだ。
精々、金魚ぐらいしか……。
金魚がはたしてペットと言えるのかどうかは分からないが……とにかく大家は動物全般が嫌いらしく、それらの匂いが部屋に移るのを極端に嫌っている。

まぁ、騒動の元凶となった人物自体に前科ありの住人だったからこその大騒動になったのかもしれないが。
前科と言っても犯罪やそう言った類ではない、自分が引っ越してくる前にも部屋で犬を飼っていたとか無かったとかで一悶着あったと、その騒動の際にお隣の近藤さん(OL/32歳)に聞いた。
蛇足だが近藤さんはこっそりと爬虫類を飼っているという、中々変わった人だ。

その騒動の発端はどうも家賃を3日程滞納し、その問題の家に大家が尋ねて部屋に少し入ってハムスターの存在に気が付いたらしい。
それからがもう騒がしかった。
「これは預かった」と言い張るその部屋の住人。
「契約違反で出て行け」の大家。
あまりの騒動で他の住民も集まってくるほどの大騒ぎ。
結局は他の住人が仲裁に入り、その場はなんとか治まった。

「……いろんな意味で、引っ越した方が良くない?」

黙って聞いていた佐藤さんの飼い主さんがポツリと呟くと隣のリーマンも頷いた。

「後が面倒臭そうだね」
「でも、すっごく安いんです!」
「でも、お前猫飼えねぇじゃん。それじゃあ、ねぇ? 遠藤さん」

伊藤がリーマンの方を見る。
そう言えば、猫の方にばかり気が行って飼い主さんの名前は聞いてなかった。
黒い子猫の飼い主(リーマン)さんは遠藤さんと言うのか……と今更なことを考えていると遠藤さんはコタツから抜け壁に立てかけてあったアタッシュケースを取り中から何枚かの書類を取り出して、「よければ」と差し出された。

「???」

受け取って見てみると、間取りとその物件の詳細何かが載っていた。他の書類も見ると一枚目のとは違う物件が載っていた。



2008年冬リレー3

2008-03-02 15:12:39 | リレー:2008 冬 猫と男たち
全速力で駆けつけた男子学生向けコーポ、1階の右端が伊藤の部屋だった。
その所々ペンキの剥げた玄関ドアの前で、息の上がった体を鎮めている間にも、室内からは楽しげな談笑の気配と数匹の猫の鳴き声が漏れてくる。

許せん……許せん!

コンビニからこのコーポまで約10分間に、高まりに高まりきったおれの嫉妬心はもう爆発寸前だった。
会えない時間が愛育てた。目を閉じれば…いや、閉じなくたっておれの脳裏には、おれをきょとんと見上げてきたクリンとつぶらなにゃんこの瞳がよみがえる。
その瞳が、飼い主の伊藤だけならまだしも、その他大勢の猫バカにまで覗き込まれるだなんて考えるだけでもゾッとする! 断じて耐えられない!


ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン………


「はーいはいはい、誰ですかって……高杉っ」

「じゃまするぜっ」

は?何言ってんのお前、という伊藤の呆れ声への反応もそぞろに、おれは部屋へ踏み込んだ。しょせんは学生向けのワンルーム。目を走らせれば、こたつに猫ならぬ猫バカと思わしき人間2名。そして、一番奥の隅で、2人の猫バカのどちらかが連れてきたのであろう細めの黒い子猫とじゃれあうおれのキティ(子猫)……。

ああ、こんな狭い一室で、間違いでも起こったらどうするんだ。
あの黒猫は去勢してるのか?
ところかまわずだなんて実にけしからん。飼い主の顔が見てみたい。
伊藤も伊藤だ。猫が冬から春にかけて発情期であるのは猫好きには一般的常識。
あんな可愛い子とどこの馬の骨ともしらない猫を一つ屋根の下で…浅はかな!
おれのハニーが無関心な飼い主のせいで意に添わぬ妊娠だなんて、もうこのこたつみかんごと引っ繰り返してやる!

「あれ……君は?」

鼻息も荒く子猫へ向かって駆け寄りかける、猫バカのひとり、Yシャツにゆるめたネクタイというサラリーマン風の男がすっと立ち上がった。

「あっ、どうも……すみませんお邪魔して。おれ、伊藤の大学の友達で、高杉って言うんですけど…終電を逃しちゃって」

「ああ、そうか。泊りに?」

「はい、まさか誰か来てるなんで思いもしなくて……すみません、持ち金もなかったものですから……」

「それは、困りますよね。私も学生時代はよく友達の家に転がり込んだもんです」

しまった。バイトのくせでついそつのない対応をとってしまった。
ハッと後悔しているあいだに、男は慣れた手つきで黒猫を抱き上げる。
にゃぁ、と黒猫が大人しく抱かれているところをみると、どうやらこの男がこのハレンチ小僧の飼い主らしい。
そうだった、こいつだって伊藤と同じ穴のムジナ、猫バカオフ会の1人。猫をあやす手つきから見ると愛好家歴は長いようだが、憎き伊藤と同類であることに違いはない。
おれのキティによくも……その顔、目に焼き付けてやる。

「………」

「なんだよー、タクシー代くらいねぇのかよ? ………おい、高杉?」

「………」

ゆるめたネクタイのかかった太めの首の上、およそサラリーマンには見えないビジュアル系の顔…茶色い二つの猫目がおれを見下ろしている。
伊藤よ、見てみろ。彼に抱かれた黒猫の安心しきった表情を。
お前の子猫はお前の腕の中で安心できるのか?
こういうのを美男美猫っていうんじゃないのか?

「ま……」

「……?」

「……負けた」

「……何が?」

にゃー

おれの小さな呟きに、伊藤の戸惑ったような声と伊藤の子猫の声が重なって答えた。









子猫を増やしてみた。

2008冬リレー②

2008-02-12 00:14:58 | リレー:2008 冬 猫と男たち
それにしても、だ。

(世の中にはかんわいい猫がいるもんだあ……)

缶ではなく紙パック、80mlの『をいをいお茶』をストローでぢゅぢゅっとすすりながら、おれは伊藤の猫を思い出し、一人身もだえした。
やつの拾った子猫は、日本猫だった。
おれは以前は洋猫派だったが、あの子猫を見た途端、日本猫に宗旨変えした。
それほどまでに、伊藤の猫は可愛かった。
猫という生き物、特に子猫なんてものは大概が可愛いものなのだが。

(はぁ~……)

猫が好きだ。
猫が好きなのだ。
おそらく、おれは度を超えた猫好きだ。
猫が飼いたい。
たまらなく飼いたい。


おれの計画としては、まず彼女をつくる予定だった。
彼女ができ、同棲ということになれば、当然今のアパートは手狭だ。
猫を飼うのに対して寛容な、二人暮らしに適した部屋を借り、猫の面倒を彼女と交代交代でみる。

「馬鹿にしない~でよ~!」

おれの口からは思わずかの名曲の名フレーズが飛び出していた。
そう、その計画をコンパなどで話すと、女の子たちは皆一様に微妙な反応をするのである。

それって、猫を飼いたいために彼女をつくりたいってこと? と。

違う、そういうわけじゃない。
ただ、そうなったらいいなというか、そこは譲れないというか、一軒家で白い犬を飼って暮らすみたいな、ただ微笑ましい希望を述べているだけじゃないか。
年が明けて1ヶ月と20日。
凍てつく冬の夜気の中で、おれは流れてくる鼻水をすするべく、すんと鼻を鳴らした。
コンビニから遠ざかりながら周囲を見るともなく見る。
とっくに終電もなくなり、道路を走る車もまばらだ。
オレンジ色の街灯が、冷たい冬の夜の何もない空間を照らし出すのを見て、理由のない涙が出た。

おれは、淋しいのだろう。

猫が飼いたい。
たまらなく飼いたい。


そんなおれの涙が一粒夜のアスファルトに落ちたとき、パーカーのポケットにつっこんでいた携帯が派手な音で鳴った。

“最ッ高ッ級ッのッ 惚ッれ方~さ~ Zokkon!”

着うたである。
おれは懐メロも、猫と同じくらい好きだ。
滲む視界の中、発信相手の名前を確認する。
伊藤だった。

「……?」
 
伊藤本人よりも、伊藤の猫の愛らしい写メを思い浮かべながら、おれは通話ボタンを押した。

「もしもし?」

ざわざわ……

「?」

ぶわっはは、ちょっとおまえ……

「??」

にょんちゃん、そんな――めーでしょ……

数人の男のざわめきと、妙にデレデレした声がこもった感じで途切れ途切れに聞こえてくる。
どうやら、誤っておれに電話がかかってきたようだ。

にゃー!
みゃああああ!

なんだ……と電話を切ろうとしたおれの耳に聞こえたのは、子猫特有のか細い声だった。
思わず携帯にかぶりつくと、電話の向こうで野太い歓声が上がる。

んー! こっちおいで、こわくないでしゅよ~!

(これは……)

おれは、ここ最近の伊藤との会話を思い出してみた。
子猫を拾うまでは猫好きでもなんでもなかったヤツは、一転バカ親になり、ネットで猫馬鹿仲間と飼育方法や躾の仕方、はたまた単に自分の猫の可愛さをひたすら自慢するなどの会に入ったと言っていた。

近々親馬鹿おひろめオフ会やる予定なんだ。は? おまえ? 猫飼ってねーじゃん、ダメダメ~。

その瞬間、おれの頭の中でぱちりとパズルのピースが埋まった音がした。
幹事なのに1次会で早々に抜けるという不自然な行動、それは今日が猫バカオフ会の日だったからであろう。

「い……伊藤ぉぉぉ……」

おれは財布に10円玉一枚しか入っていない状態で、深夜ひとりとぼとぼ冬の寒空の下を歩いているというのに、同時刻、ヤツはたくさんの子猫に囲まれ、戯れ、やに下がっている。
おれより猫好きの歴史が浅いくせに、だ!

「許せん」

小さく柔らかい子猫の肉球にぽふぽふもきゅもきゅされるのはおれこそがふさわしい。
容量いっぱいまで子猫の写真を撮るために、いらない写メを携帯のフォルダから削除しながら、おれは逆恨みに燃える瞳で伊藤のアパートへと向かった。


照夫でした。
いつも私が書いてるより一文を短くするのを意識してみました。
(一文が長くなるのが癖)
なんかちょっとしたホラーみたくなってきた……

2007? 2008? 冬リレー

2008-01-30 17:42:57 | リレー:2008 冬 猫と男たち
「明日私は旅に出ます~」

懐かしの名曲でよく聞くお気に入りの曲を口ずさみながら深夜二時。忘年会と言うにはもうとっくに年を越している飲み会に最後まで参加してきた帰り。
終電もなく、送ってくれる友人もなく、泊めてくれると言っていた友人はどこかに消え、タクシー代は三次会のカラオケの予想外の請求に消えてしまった。
誰だよ! あんなにパフェと酒を頼んだ奴は!!
そんなこんなでトボトボと一人誰も待っていないアパートに向かっていた。
新年会じゃねぇ? と何度言っても聞かなかった幹事だったはずの伊藤はちゃっかり一次会で抜けて(そんな奴を幹事と呼んでいいのかはわからないが)今頃自宅でこの前出来たばかりの彼女とヌクヌク眠っているのに違いないと思うと腹が立ってしょうがない。
彼女と言っても先週伊藤のバイト先に捨てられていた子猫だが、これがまた非常にめんこい。
堪らんほど可愛い。この間初めて見せてもらった時思わず小脇に抱えて持って帰りそうになったほどの愛らしさ。茶色と黒の微妙に入り混じった珍しい毛色にクリンとした瞳の可愛らしい子猫だ。
オレも欲しいと思うがバイトと学業で面倒を見る自信がない。その上ペット不可のアパートだ。この前、他の住人がこっそり飼っていた猫がばれて一騒動があったところだ。
とてもではないが、その騒動を見て知っている自分は何かを飼おうとは思えない。せいぜい鳴かないメダカかカメぐらいしか飼う勇気がない。
それに引き換え伊藤の家は表向きペット不可だが、実際の所10部屋中伊藤も含めると7部屋の人間は何かを飼っているらしいというのを大家が言っていたらしい。
暗黙の了解らしい。
実に羨ましい。
「ってか、この道で合ってんだよな?」
すっかり伊藤家の子猫に意識がいっていたが、ふと我に帰り辺りを見渡す。見覚えのある道だが自信はない。
酒はすっかり抜けきっているが前に通った時は車に乗っていた。
その時は20分もしないうちに着いたのにと比較しても仕方ないことを思いながら暗い道のりを進む。

「喉乾いた」

財布の中身は108円しかない。
これでは百円の自販を探さないと飲み物も買えない。コンビニも辺りを見渡すが見つからない。あったとしてもコンビニであるとしたら水か紙パックのお茶かジュースだけだ。
いや、それを飲めるだけ金が残っているのに感謝しないといけない……って誰に感謝すんだよ。
むしろ、三次会にいた奴を呪ってもおかしくないだろう、オレ!
金もないのにあんなに頼みやがって。ただでさえ深夜割増料金でその上頼んだ食い物をオレは一口も食べてない。
まぁ、次会った時に貸してやった分を回収すればいいだけなんだけどな。
更に歩いていると街灯も減り、車の通りが全くない道に出た。見回してみるとほぼ同じデザインの家が並んでいる。
どうやら住宅街に出たらしい。まずいぞ、知らない道だ。それにコンビニも無さそうだ。
もはや家に帰れる気がしない。
素直にコンビニで金を下ろしてタクシーという道を選べば良かったと約一時間前の自分を呪う。
しかし、悔やんだ所でコンビニを見つかるわけでも、ましてやタクシーが捕まるわけでもないただ歩くしかない。
ただ自分の方向感覚を信じて……。


ひたすらまっすぐ歩いているとようやくコンビニらしき看板が見えた。
また大通りに出てきたようで車の通りもある。
もう、金を下ろしてタクシーで帰るぞ! と意気込んでコンビニ入ってまずATMの機械に向かう。この辺がどのあたりかは正確には分からないので、多めに下ろしておこうと財布の中から郵便局のカードを探した。


……いくら探しても見つからない。

まさか、そんな、オレってうっかり属性なのか……?

そう言えば今朝余計な金を使わないようにと家に置いてきたような気がする。それか定期入れの中に入れたままだったのか、とにかくカードが見つからない。

もう一度冷静になってカードを探してみるが結果は同じだった。
これ以上ここにいてもどうしようもないので、108円で買える範囲の飲み物を探して購入しコンビニを後にした。





大変お待たせしました。
なんかもう色々ごめんなさい。
リレーのお題のはブログのメールに送ってありますのでそちらで。
たぶん、後者はみんな覚えてると思うんだけど前者の方なんだ……。
拾い物の癒し画像も付けておいた。