蟹多摩学園アイドル教師・高松塚純平(担当科目数学、29歳)とその教え子である3年蜜柑組・朱川雀は、当学園第45回卒業式途中にひょんなことから会話を交わし、厳かな式の雰囲気を乱してしまっていた。
「私、先生がポン酢をお好きだと聞いて…。ぜひ、使っていただきたくて…」
「……あ…うん。ポン酢は好きだけど…」
「当社の新製品なんです…」
二人のやりとりに呆気にとられる教職員、にわかにざわつく保護者席、聞き耳たてて殺気を放つ全校生徒、そして名物カルテットの残り…白井虎子・玄田武美・青山龍那の3人は、神の啓示にも似た絶対の結論にいきつこうとしていた。
(((こうなったら私も…!)))
先手必勝の高松塚の愛を巡る戦いに一歩出遅れてしまった…。しかも、あの恋愛に最も向かないと思われる朱川に先手を取られてしまった!? それではいったいなんのために、勉強そっちのけで己の外見に磨きをかけてきたのか。高松塚の興味を惹きたい一心でやってきたのではなかったか?
いやいや、まてまて。どうやら高松塚のあの戸惑いの表情から察するに、事件の決着はまだ付いていない。たとえ先手を取られたとしても、どう二手目を返すかによって結末がどんでん返しになるかもわからない。決断しなくては。この愛の戦争に《躊躇》という二文字は命取り。
「ホ、ホワイトー!」
「黒崎ぃい゛っ!!」
「藍原~~っ!!」
体育館内の誰もが雷でも落ちたかのような衝撃を受けた。
なかでもその雷が直撃したのはホワイト・黒崎・藍原の3名である。保護者席の最前列で藍原は式次第のパンフレットを取り落とし、最後列では白目を剥いた黒崎をホワイトが介抱しているが、だがそんなことは、すでに現在進行中の卒業式のことまで忘れ去ってしまった虎子・武美・龍那には関係ない。ここは戦場だ。自分はソルジャーだ。この戦いに決着を付け戦利品をいただいて帰るのだ!
いまこそポン酢を出すとき!
「先生っ! 私もとても美味しいポン酢を作ってまいりましたのよ! コラーゲンが配合されておりますからお肌にも優しいポン酢ですわ! ホワイト!? いるのでしょ? ここにポン酢を持ってきて!!」
「ダメダメっ!! 純たんはうちのポン酢使うの! うちのポン酢は原材料が良いから鍋はもちろん、煮物にだって使えるんだ。黒崎ぃ? どこだー」
「なーに言ってんの? りゅーなのが良いにマジ決まってんじゃん? 藍原のアイディアで使い切りパックよ? 超おもろくね? つか、新鮮さが違うしぃ」
(な…なに、この人たち…)
(えー、ポン酢ってなに? 純たんどういうこと?)
(そ、卒業式どうなるの…? 誰かなんとかしようよ)
ようやく冷静さを取り戻し始めたのか、それともポン酢の話についていけないのか、一部の列席者が救いを求めるように高松塚へと視線を送り始めた。
一連の流れからして彼が話のキーマンになることはまず間違いない。そして、なんと言っても彼は教師で、暴走を始めた女子生徒の担任であり、生徒の点呼をしていたから丁度マイクの前に立っている。彼が一言でも彼女たちを諫めたら、ずぐにこの場は収まるだろうに。
「……みんな」
「「「……っ!」」」
空気を読んだのかおずおずと口を開いた高松塚に、嵐のごとくだった3人が静まりかえる。
「ごめんね…みんな。みんなの気持ちは嬉しいけど、僕は受け取ることができないよ」
「なっ……!」
「ええーー!?」
「ぶっ」
「だって僕……人にあれこれしてもらうのって嫌なんだよ。頼りなく見えるけど、こう見えて男だし。それに…今日みんなが卒業するとは言っても、3月31日までは僕たちは先生と生徒。生徒との恋愛関係と生徒から身に余るプレゼントを受け取るのは、僕の職業倫理に反します。はい! 分かったらみんなさっさと席について。引き続き、3年蜜柑組4番…喜多川ルリ子」
「……」
「繰り返します。3年蜜柑組4番、喜多川ルリ子」
「はっ…はい!」
館内の大多数が望んだ通り高松塚の一言で蜜柑組の点呼は再開された。
もちろん彼の言葉が、名物カルテットおよび彼のファンに大きなショックを与えたことは言うまでもない。
(男らしい先生も素敵…)
(萌えーーーー!!)
(怒られちゃった…vV)
(かっこ可愛いってコレかぁ~!)
しかし明らかな彼の拒絶もなんのその、一日サイクルで更新される純たん萌ポイントに《男らしさ》がプラスされ、ファン心理が高まるばかりであった。
さらに恐るべきことに、高松塚がそのことに全く気付かず「混乱を静めました」という達成感に充ち満ちた笑顔で彼女たちの熱をさらに煽り続けたことが、その後の謝恩会にとんだハプニングを巻き起こしたのだが、それはまた別の話…。
(彼も大人になったのね)
(なんであの時、まともなことが言えなかったんだ…)
(純平……)
(…でもりゅーなはやんね)
さらに言えば保護者席で胸を撫で下ろした某4人が、この日を機会に親交を取り戻し、互いにライバル会社に勤めつつ生涯にわたる友情を育んだこともまた別の話である。
【終】
☆★☆ ★☆★ ☆★☆ ★☆★
尻切れトンボで申し訳ないです。私がラストの場合は、おおかた伏線を上手く回収できません(←ヘタレ)。
ああ、もうすこし純たんをいじれたら良かったか? 主役って彼だっけ?(今更!)
実はあと2パターンくらいラストを考えていたのですが…どちらも純たんが危険な男になりそうなんで考えるのをやめました。「性癖だからしかたがない…」とか言っちゃダメだよね、純たんは! とりあえずいちばん無難だと思われるところに着地してみました。私に女子高生の若さがあれば…!! 謝恩会まで書けたかも(いや、それはない)。
「私、先生がポン酢をお好きだと聞いて…。ぜひ、使っていただきたくて…」
「……あ…うん。ポン酢は好きだけど…」
「当社の新製品なんです…」
二人のやりとりに呆気にとられる教職員、にわかにざわつく保護者席、聞き耳たてて殺気を放つ全校生徒、そして名物カルテットの残り…白井虎子・玄田武美・青山龍那の3人は、神の啓示にも似た絶対の結論にいきつこうとしていた。
(((こうなったら私も…!)))
先手必勝の高松塚の愛を巡る戦いに一歩出遅れてしまった…。しかも、あの恋愛に最も向かないと思われる朱川に先手を取られてしまった!? それではいったいなんのために、勉強そっちのけで己の外見に磨きをかけてきたのか。高松塚の興味を惹きたい一心でやってきたのではなかったか?
いやいや、まてまて。どうやら高松塚のあの戸惑いの表情から察するに、事件の決着はまだ付いていない。たとえ先手を取られたとしても、どう二手目を返すかによって結末がどんでん返しになるかもわからない。決断しなくては。この愛の戦争に《躊躇》という二文字は命取り。
「ホ、ホワイトー!」
「黒崎ぃい゛っ!!」
「藍原~~っ!!」
体育館内の誰もが雷でも落ちたかのような衝撃を受けた。
なかでもその雷が直撃したのはホワイト・黒崎・藍原の3名である。保護者席の最前列で藍原は式次第のパンフレットを取り落とし、最後列では白目を剥いた黒崎をホワイトが介抱しているが、だがそんなことは、すでに現在進行中の卒業式のことまで忘れ去ってしまった虎子・武美・龍那には関係ない。ここは戦場だ。自分はソルジャーだ。この戦いに決着を付け戦利品をいただいて帰るのだ!
いまこそポン酢を出すとき!
「先生っ! 私もとても美味しいポン酢を作ってまいりましたのよ! コラーゲンが配合されておりますからお肌にも優しいポン酢ですわ! ホワイト!? いるのでしょ? ここにポン酢を持ってきて!!」
「ダメダメっ!! 純たんはうちのポン酢使うの! うちのポン酢は原材料が良いから鍋はもちろん、煮物にだって使えるんだ。黒崎ぃ? どこだー」
「なーに言ってんの? りゅーなのが良いにマジ決まってんじゃん? 藍原のアイディアで使い切りパックよ? 超おもろくね? つか、新鮮さが違うしぃ」
(な…なに、この人たち…)
(えー、ポン酢ってなに? 純たんどういうこと?)
(そ、卒業式どうなるの…? 誰かなんとかしようよ)
ようやく冷静さを取り戻し始めたのか、それともポン酢の話についていけないのか、一部の列席者が救いを求めるように高松塚へと視線を送り始めた。
一連の流れからして彼が話のキーマンになることはまず間違いない。そして、なんと言っても彼は教師で、暴走を始めた女子生徒の担任であり、生徒の点呼をしていたから丁度マイクの前に立っている。彼が一言でも彼女たちを諫めたら、ずぐにこの場は収まるだろうに。
「……みんな」
「「「……っ!」」」
空気を読んだのかおずおずと口を開いた高松塚に、嵐のごとくだった3人が静まりかえる。
「ごめんね…みんな。みんなの気持ちは嬉しいけど、僕は受け取ることができないよ」
「なっ……!」
「ええーー!?」
「ぶっ」
「だって僕……人にあれこれしてもらうのって嫌なんだよ。頼りなく見えるけど、こう見えて男だし。それに…今日みんなが卒業するとは言っても、3月31日までは僕たちは先生と生徒。生徒との恋愛関係と生徒から身に余るプレゼントを受け取るのは、僕の職業倫理に反します。はい! 分かったらみんなさっさと席について。引き続き、3年蜜柑組4番…喜多川ルリ子」
「……」
「繰り返します。3年蜜柑組4番、喜多川ルリ子」
「はっ…はい!」
館内の大多数が望んだ通り高松塚の一言で蜜柑組の点呼は再開された。
もちろん彼の言葉が、名物カルテットおよび彼のファンに大きなショックを与えたことは言うまでもない。
(男らしい先生も素敵…)
(萌えーーーー!!)
(怒られちゃった…vV)
(かっこ可愛いってコレかぁ~!)
しかし明らかな彼の拒絶もなんのその、一日サイクルで更新される純たん萌ポイントに《男らしさ》がプラスされ、ファン心理が高まるばかりであった。
さらに恐るべきことに、高松塚がそのことに全く気付かず「混乱を静めました」という達成感に充ち満ちた笑顔で彼女たちの熱をさらに煽り続けたことが、その後の謝恩会にとんだハプニングを巻き起こしたのだが、それはまた別の話…。
(彼も大人になったのね)
(なんであの時、まともなことが言えなかったんだ…)
(純平……)
(…でもりゅーなはやんね)
さらに言えば保護者席で胸を撫で下ろした某4人が、この日を機会に親交を取り戻し、互いにライバル会社に勤めつつ生涯にわたる友情を育んだこともまた別の話である。
【終】
☆★☆ ★☆★ ☆★☆ ★☆★
尻切れトンボで申し訳ないです。私がラストの場合は、おおかた伏線を上手く回収できません(←ヘタレ)。
ああ、もうすこし純たんをいじれたら良かったか? 主役って彼だっけ?(今更!)
実はあと2パターンくらいラストを考えていたのですが…どちらも純たんが危険な男になりそうなんで考えるのをやめました。「性癖だからしかたがない…」とか言っちゃダメだよね、純たんは! とりあえずいちばん無難だと思われるところに着地してみました。私に女子高生の若さがあれば…!! 謝恩会まで書けたかも(いや、それはない)。