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Northern Liquor Mountain

くじ引きによるリレー小説と書き手の生態など。

第2章 (あ、完結した)

2006-09-06 15:12:09 | リレー:2002 夏-1 用務員植田
 
 保健室にはクーラーがある。
 涼しい部屋の中で冷たい麦茶を飲んでいると汗が引き、火照った体の温度が下がってゆくのが分かる。喉の渇きも癒され、随分気分も良くなった。
 この場所の他に職員室、視聴覚室、用務員室にはクーラーがある。資金のある私立の学校や排気ガスで空気の汚れた都会の学校は、全校舎冷暖房完備だと聞く。
 植田の勤めるこの学校は公立だ。真夏には炎燃地獄と化すこの学校では、クーラーのある四つの教室だげが極楽だ。
 極楽で麦茶を啜りながら植田は座っていたが白波は帰ってこない。
 と、ノックの音がしてドアが開いた。白波が帰ってきたのかと思いきや、そうではなかった。
「あの、失礼します」
 保健室に入ってきたのは一人の男子生徒だった。体操着を着ている。
「保健の先生は今いないぞ」
 植田の声を聞いて、そうなんですか、と少年は小さく声をあげた。
「さっき出て行った。どうしたすりむいたのか」
 少年のひざ小僧から血が流れている。行程で転んだ時にできるようなすり傷だ。
「なんだ、大したことないな。水で洗ったか?」
「はい」
「それじゃあ。後は消毒液を塗って終わりだ」
 植田はガラス戸の入っている棚へ近づくと、扉に手をかけた。中には様々な薬品の入ったビンが並んでいる。
(それにしても、アレだ、何と言うか……)
 消毒液を探しながら植田はちらちらと、座って待っている男子生徒を見やった。
(見れば見るほど、その……)
「オオキボンドそっくりだ……」
「え?」
「え? ……ええ!?」
 少年が怪訝な顔をして聞き返してきたところで、植田の意識はやっと正常にもどった。夏の日差しにのぼせた後遺症が未だ残っていたらしい植田は、無意識に心の声を口に出してしまっていたらしい。
「おおき……なんですか?」
「えっ? いや、その~……こ、ここの薬品棚は、お、おおきいな、と思って! ハハハ!」
 己はトミー・リー・ジョーンズに似ているのをいいことに、植田はやけにでかい不自然な笑い声でもってその場をごまかした。幸いオオキボンドの生き別れの双子とも見紛う少年は素直な性格だったらしく、
「そうですね、大きいですよね――」
と、のんきな感想をもらした。
 それにしても、棚が大きいのはその場を取り繕うとっさの言い逃れだったのだが、実際事実でもあった。
 何せなかなかお目当ての消毒液が見当たらない。水ですでに傷口は洗っているというなら絆創膏でも貼っておけばいいのかもしれないが、その絆創膏すらもどこにあるのかサッパリ分からないのだ。
 ケガ自体は大したこともないし、別に自分は校医でもなんでもないのだから放っておいてもいいのだが、この暑いさなか生徒達が授業を受けているのに時運は冷たい麦茶を飲んでいた、という引け目が植田にはあったし、まぁこういう場合で手当てしてやるのは大人として当然でもあった。
「………」



 ミーンミーンミ-ン

 棚の端から端まで視線をさまよわす植田の耳に、どこからともなくおもむろに蝉の声が聞こえ始めた。同時に正午をいくらか過ぎて高度を落とし始めた真夏の太陽が、クーラーの冷気に癒された横顔をジワリと照らすのに気付く。
(そういえばこの部屋は西日がきつかったな)
 急に不快指数が上がった気がした植田は、間が持たないし気晴らしに、と、背後に控える少年に話しかけてみた。
「ケガをしたのはどうしてだい?」
 すると少年は、えっ、と小さく体を震わせ、そしておもむろにボンドそっくりヘアーの乱れを直すと、
「なんだか……視線を感じたんです。僕を見つめるまなざ」
「勘違いじゃないのか!?」
 少年が最後まで言い終わらないうちに音速でツっ込みを入れてやった植田だが、少年はボンドそっくりのメガネの奥の瞳をきらきらと輝かせ、
「いえっ、確かです! 僕の推理では視線の主は四組の小磯さん……!」
「……」
 どんな娘か知らないが、様々な意味で微妙にかわいそうな子である、小磯さん。
(お、これかな? あった……)
 小磯さんに深く同情したそのとき、植田はやっと薬品棚に消毒液を発見した。植田としてはマキ○ンのようなものを仮想していたのだが、彼が棚から見つけたのは大仰なボトルに入った大量の消毒液であった。
 傷口にいつけるようなものとはまた別に、手を洗ったりする用なのだろう。まあ消毒液には変わりないのだし、死にゃしない。
 植田がでかい消毒液のボトルを手に取った、その瞬間であった。


「全員手をあげて壁に手をつきなさい!」
「えっ!」
 矛盾した内容の甲高い少女の声が聞こえたかと思う間もなく、植田と少年めがけて異臭を放つ白い液体が降り注いできた。
「ギャーッ!!?」
(な、なんだあ~~!!?)
 見れば戸口に思い詰めた表情の可愛らしい少女が立っており、少女は小脇に牛乳パックを抱えているのだった。
「こ、小磯さん……」
「なにっ、アレが」
「動かないで! 私語も許しません! それはそうと、テメー、浜田! あんたよくもあたしがあんたを好きだとか、あることないことっていうか、全くないことばっかり吹いて回ってくれたわね!」
「あ、あの、ちょっと、落ち着いて、君」
「喋るなって言ったわ! 黙ってて!! さもないともう一度この半年放置した牛乳を食らわすわよ! あったかいところに放置して腐りに腐りきってるから開けた瞬間に四方八方に飛び散るわよ!」
「あっあっあっ…」
 浜田と呼ばれたオオキボンドは、魚のように口をぱくぱくさせたりしながら腰を抜かしていた。植田は何とかして小磯嬢を落ち着かせようと頭をひねるが、いいかげん、この腐臭が不快指数を急騰させたために、思いつくものも思いつかない。
 そもそも、なぜこの自分がこんな腐った牛乳をかぶらなくてはいけなかったのか、ふつふつと怒りがわきあがってくる。
と、
「キャーーー! どうしたんですか!? これはっ!!」
 校医の白波が悲鳴を上げた。外出から帰ってきたのだ。
「あっ、先生……」
 突然の第三者の出現に小磯嬢もあっけにとられている。植田は好機とばかりに、小磯嬢の手から牛乳パックの山をもぎ取り、裏口から部屋の外へと放り出した。
(ああ、これでひと安心だ……)
 室内へと視線を戻すと、浜田ボンドはいまだに床に座り込んだままであり、小磯嬢は、校医白波に質問攻めにあっている。かわいそうなのは白波である。ちょっと出た間に、神聖な仕事場が腐りきった牛乳に汚染されていたのだから。
(このニオイ……。一週間は取れないよな……)
 全くもってついてない。植田はついでに全ての窓を全開にした。空気を入れかえるのだ。顔をジリジリと照らす太陽すら今の植田には憎々しかった。
「話は分かりました……。ですが、みんなで掃除です」
 ため息混じりに白波が肩を落とし、植田、オオキ浜田、そして小磯嬢には掃除をのがれる権利がないので、四人そろって後片付けをはじめる。
 トイレットペーパーで床に飛び散った牛乳を拭き取り、雑巾で水拭きするが、臭いはなかなか取れない。
 窓を開けたものだから、クーラーも効きが悪い。心地よくひいていた汗もまた植田のシャツを濡らしていく。
(そういえば……頭もタオルで拭いていただけだ……)
 むしょうに水をかぶりたくなった。頭を洗うぐらいなら白波も許してくれるだろう。
「おい、浜田君。君も頭を洗ったらどうかな?」
「え? あ、そうですね……臭いが少しだけ取れるかも」
 あんなに派手に好意を拒絶されても、のんきである。植田はそんな彼の様子に若さを感じながら目を細めながらも、蛇口をひねった。
 ザァッ
 と出るべきものが出ない。その時、植田の脳裏に『断水』という二文字がひらめいた。


「うわっ! くせぇ!」
 日頃、校医が若いのをいいことに保健室をタマリ場にしている不良達が足を踏み入れた時、そこは保健室らしからぬ、腐った牛乳の臭いがしたという。
 そして、各々、両目の目に眼帯、口にはマスクをした校医及び用務員と生徒が二人が消毒液らしい液体を部屋に噴霧していたという。
 その努力のかいあってか、保健室の臭いは二、三日で清浄になり、以前とおなじ不良達のタマリ場と戻った。



 〔終わり〕
 

第1章 (というほどでもない)

2006-09-06 14:58:47 | リレー:2002 夏-1 用務員植田

 暑い。
 太陽を頭上に、植田は心中で呟いた。暑いと思うたびに日射しがいっそう強さを増す気がしたが、思わずにはいられなかった。九月の半ば。暦上では秋に移ったとは言え、気候はまだ夏のままであった。
 植田は一度大きく伸びをして、肩にかけてあるタオルで額の汗を拭って、再び作業に取りかかった。黙々と右手の鎌で行程の草を刈る。この学校の用務員は植田を含めて三人だが、一番若いことを理由にこの手の肉体労働はほとんど植田にまわってくる。八月の終わり頃から草刈りを始めたが、見渡せばまだまだ雑草が青々と生い茂っていた。
 二時間も作業を続けていると、いつのまにかTシャツは汗でぐっしょり濡れていた。腕や背中も熱を持っていて、風呂上がりのように体が火照っている。
 今何時だろう?
 植田は行程の中央の時計に視線を動かした。一時四十分を指しているのを確認したら、くらりと視線がぶれた。
 炎天下で防止も被らずに作業をしていたせいだろう。二・三度瞬きをして、平衡感覚を取り戻した。
 冷たい麦茶でも飲んで、少し休憩しよう。
 そう思うと心なしか気分がよくなってきた。大きく伸びをして体をほぐすと、関節が小さく鳴った。ゆっくり腰を上げると、一瞬目の前が暗くなる。立ちくらみだ。
 学生時代は野球部だった。夏の日射しの下で一日中練習をしていても何ともなかったのに、今は数時間草むしりをしただけでこのザマである。
 歳はとるもんじゃないよなぁ。
 考えてこの台詞自体が年寄りくさい発言だと気づき、植田は嘆息した。
 汗で濡れた髪をタオルで拭きながら、植田はふらついた足取りで校舎へ向かった。


 校舎内に入ると授業中の教室にかかっているクーラーの冷気が充満していて、植田の気分は少しましになった。
 静かな廊下を、植田は授業の邪魔にならないように歩いて用務員室に向かった。
 ああ、本当に喉が渇いた…。
 ふと横を見ると、すぐそこに飲料用の水道があった。用務員室まであとあの角を曲がるだけだが、植田は喉の渇きには勝てなかった。
 水道の蛇口をひねってみるが、水が出てこない。植田はもう一度蛇口をひねってみる。が、やはり先程と同じく水が出てくる気配は無い。
「何でだ?」
 植田は独り言を呟き、頭を傾げた。
「どうかしたんですか? 植田さん」
 植田が考えていると背後から扉が開く音と共に、女の声がした。
「白波さん。水が出ないんですよ」
 振り向くと保健室から、よくお世話になっている校医の白波が扉から顔を出していた。そして、植田が水が出ないことを言うと、白波はクスクスと笑った。
「この時間は断水だって、さっきの休み時間に放送がありましたよ」
「えっ、そうなんですか? 今さっきまで草むしりしていたので」
「よっぽど集中していたんですね。今、保健室に誰もいませんから休憩していきません? ちょうど話し相手が欲しかった所ですし。お茶ぐらい出しますよ」
 植田は一瞬悩むそぶりを見せ、頭を縦に振った。

 しばらく、植田と白波がお茶しながら世間話をしていると保健室の内線が鳴った。
 白波は慌てて電話を取り、植田はその姿を出してもらったお茶を啜りながら見ていた。
 電話を切ると、白波はすまなさそうな顔を植田に向けた。
「すみません。ちょっと出てきます。すぐに戻ってきますんで留守番お願いします」
 そう言うと白波は、保健室から慌てて出て行った。
「何かあったのか?」
 植田はそう呟くと、残っていたお茶を飲んだ。