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Northern Liquor Mountain

くじ引きによるリレー小説と書き手の生態など。

『じつは4代目の総入れ歯…というのも嘘』

2007-05-08 13:39:13 | リレー:2002 秋 たこやき
「ホンハフン(本田君)」
「はっはい。何ですか? 課長」
 
 わての声は笑いのせいでしまって震えていた。

「ハホヒガハフンハガ(頼みがあるんだが)……」
「わかってます、わかってますって。ちゃんとこのことは会社の連中には秘密にしときます」
「ヒハフ(違う)! ホンナホホガヒヒタヒンハハイ(そんなことが言いたいんじゃない)!」

 何を言うてんのかさっぱりわからへんかったけど、課長の迫力に押されて、わては口を噤んだ。
 情けなさからなのか、課長の目には涙が浮かんでいた。わかる。その気持ちはわかるで! 確かにな。こんなことを会社の人間、しかも自分の部下に知れたら、わてなら今頃号泣やで、きっと。恥ずかしさ度はズラとどっちが上やろうな? わてならズラばらされるよりつらいわ、うん。そう考えると課長への同情心がむくむくと育っていった。

「ハハヒハハホヤヒガハベハインハ(私はたこ焼きが食べたいんだ)!」

 でっかい声で課長は喚く。けど何を言うてんのかはさっぱりや。たこ焼きて聞こえた気ぃしたけど、たこ焼きが何なんか意味わかれへんし。

「あの、何を言ってるのか、わからないんですけど」

 無意識にゆっくり喋ってもうた。何かこんだけ言うてることがわかれへんと、外人と話してる気になってくんねん。

「ハハラ、ハハヒハ、ハホヤヒガハヘタインハ(だから、私はたこ焼きが食べたいんだ)!」

 課長は右手をベンチに強く叩きつける。
 いや、だからな、そんなんされても、何を言うてんのか全然わかれへんっちゅうねん!
 わての言わんとすることを表情から読み取ったのか、課長はわてとの会話を諦めたようだ。右手で悔しそうに涙を拭うと、自分のブリーフケースを空けた。そしてメモとボールペンを取り出すと、何かを書き始めた。

 ――私はたこ焼きが食べたいんだ

 差し出されたメモには、普段とはまるで違う乱れた字でそう書かれていた。

「………は?」

 こんなときに何言うてんねん、この人は。そう思ってわては課長を見た。そこには澄んだ瞳があった。ああ、この人はほんまに心からたこ焼きを欲してんねんな。そう思わせる輝きが課長の瞳には宿っていた。
 わては心を打たれた。感動した。関東人がここまでたこ焼きを愛してくれてるなんて……! 入れ歯が外れてまで、たこ焼きを食べたいなんて……!
 そうや、たこ焼きの味に国境はないねや! わては吉田課長に今まで持っていなかった敬愛と信頼を覚えた。

「課長! わて、感動しました! 今まで課長のことをすかしたカッコつけやと思ってたけど、実はそんなんちゃうかったんですね」
「ハハッテフヘハノハ、ホンハフン(わかってくれたのか、本田君)。ハハヒホヒハハデヒヒホホホ、ホンハッハラヒホヒヒハヘンハトホホッテヒハヘホ、ヒンヒョウハフヘフイイヒホハッタンハヘ(私も今まで君のこと、女ったらしのいい加減だと思っていたけど、人情味溢れるいい人だったんだね)」
「何を言うてんのかさっぱりやけど課長!」
「ホンハフン(本田君)!」
 
 わてと課長は右手を出して、がしっと握り合った。東京と大阪の心は強固に繋がった瞬間やった。きっと課長もそう感じているやろう。

「課長、待っとってください。わて鋏、持ってるんです。課長、ティッシュかハンカチ持ってはります?」
 
 思わず言葉が大阪弁に戻ってしまっていた。けれどそんなことはもう気にならなかった。すべてをさらけ出してくれた課長に、隠す必要なんかないやないか。そう、わてらはもう立派なたこ焼き仲間になっていた。重々しく吉田課長は頷くと、ブリーフケースから千鳥格子柄の臙脂色のハンカチを取り出した。わてはそれを受け取ると、自分の鋏を丹念に磨く。

「完っ璧や!」

 きらりと刃が輝いた気がした。

「課長! 行きまっせえ!」

 わては気合いを入れて、鋏をたこ焼きに突き刺した。そしてちょきちょきと動かして、たこ焼きを細かく刻んでいく。それを課長は温かく見守っていた。
 すべてのたこ焼きが流動食のように細かくなり、わてはそれを課長に差し出した。

「ハヒハホウ、ホンハフン(ありがとう、本田君)」

 もう爪楊枝では抓めないので、課長は男らしく手掴みでどろどろになったたこ焼きに手を伸ばした。噛む必要はないが、じっくりと口中で味わっているのか、時間をかけて飲み込んだ。

「味はどうてっか? 課長」

 わてはにっこり笑って問いかけた。もう愛想笑いやない、心からの笑顔や。
 そして課長はわての顔を見て言うた。

「……ヒヒョウ(微妙)」



                                 【完】

『たこ焼きが三人前…というのは嘘』

2007-05-05 15:00:35 | リレー:2002 秋 たこやき
「課長は召し上がらないんですか?」
「私は猫舌だからね。冷めてからじゃないと駄目なんだよ」
「残念ですね。たこ焼きは熱々なのが美味しいのに」

 わては冷めてしまう前にたこ焼きを急いで口に運ぶ。温いたこ焼きほど味気ないもんはないからな。冷めてからやないと駄目やなんてほんま関東人は何もわかってへんなあ。
 そんなことを考えていて、わてはふと気づいた。
 何となくタイミングを失のうて、結局吉田課長と二人で、仲良くベンチに座ってたこ焼きタイムになってしまっている。これはあかん! 傍から見たらごっつ怪しい光景やと思う、これは。ええ年いった男二人、何が悲しゅうて夕暮れのベンチで肩並べてたこ焼き食うてんねん!
 けれど相手は上司やさかいに、向こうが立ってくれんとこっちから「じゃ、また」とは言い出しづらい。
 わては心中で課長に呼びかけた。
 じゃあそろそろ私はこれで、と言うてください!
 けれど課長はそんなわての言葉には気づかず、アホみたいにたこ焼きを食ってるわてを見ている。

「じゃあそろそろ私も食べようかな?」

 そう言って課長は爪楊枝に手を伸ばし――

「ほふう!」

 と奇声をあげた。口元を右手で押さえて、真っ青になっている。まだたこ焼きを口に運んだわけやないから、熱くてのことではない。
 するといったい何やねん。
 わてと視線が合うと、課長は露骨に顔を背けた。
 何やねん、いったい何やっちゅうねん。
 さっきまでのホンワカムードはどこかへ行ってしまって、緊迫したムードが漂っていた。って言うても、一方的に課長が醸し出してるだけやねんけどな

「課長。どうしたんです? 大丈夫ですか?」

 わてはとりあえず声をかけてみた。が、課長の反応は何もない。ただわてに向けている背中が小刻みに震えて、とにかくかまってくれるな、と語っていた。しかし身体に異常をきたしたらしい上司を一人置いて帰るわけにもいかへんし、わては課長の肩をトンと叩いた。

「課長? どうしたんです?」

 しばらくの間。
 そしてついに覚悟を決めたんか、課長がくるりとわてに向き直った。

「ホンハフン」
「っ!」

 そのときのわての驚きをわかってもらえるやろうか。いや、これは実際その場にいてへんとわかれへんと思う。まさに青天の霹靂。あと五つ若かったら、わては確実にちびってたやろう。下手な妖怪よりも怖かった。
 わてが見たのは、梅干しばあさんの顔をした吉田課長やった。つまり鼻の下がしわしわになってて、少し窪んでいる。
 どうしたんですか? そう聞かずとも理由は明白。
 つまり、課長は入れ歯が抜けたらしい。
 驚きなんは、まだ若いのに差し歯やのうて、総入れ歯っちゅうこっちゃ! ありえへん! こんなんありえへん!
 わては胸中で絶叫して現実逃避をしようと思ったが、現実は現実やった。そう、わてがどんなに見んふりしても、課長は入れ歯なのである。
 これを知ったら女の子ら引くやろうなあ。丼だけ顔立ちが渋くてええ声しとっても、この年で入れ歯はきついやろう。
 驚愕の波が引いていくと、笑いが込み上げてきた。けれど課長はわての上司や。指を刺してげらげら笑うわけにはいかん。ここはぐっと我慢や。わてはそう言い聞かせて吉田課長を見た。決心はぐらりと崩れて、やっぱり笑ってしまった。


                         【続く】

『サラリーマンが二人…』

2007-05-04 20:00:19 | リレー:2002 秋 たこやき
 黄昏時のだぁれもいない公園に屋台が一軒。
 確かにちぃと薄気味悪いが、わても男や。そんなことちっとも気にせぇへんみたいにその屋台に向かってん。どんな時もビビッた素振りは見せへん。相手に内心を気取らせず顔には百万ドルの輝くスマイル。営業マンの基本や。
 わては外回りでお得意様を伺う時みたいに颯爽と肩で風切って行った。そしたらなんてことないその屋台、タダのたこ焼き屋やってん。なんや、気張って損したわ。
 夕暮れのそよ風が、たこ焼きの香ばしい匂い、ソースの甘辛のコッテリした匂いをわての鼻に運んで来よる。
 あかん、この匂い嗅ぐとわて、体がウズウズしてしまうねん。わての中に流れる生粋の大阪人の血が騒ぎよるんやっ!
 屋台の内側でオバチャンが一人でたこ焼きをプラスチックのペラいトレイに詰めとる。わては大声で言った。

「オバちゃん、たこ焼きひと…」

 一つ、と言い終わるかどうかっちゅうその時や。

「たこ焼き、一つ、青海苔多め」

 わての後ろからその声が聞こえてきたんは。
 カチンときよった。人の注文押しのけて青海苔多めとはなんじゃワレぇ。早いモン勝ちでは敵無しのわての注文押しのけるとは、いい度胸じゃ。わては声のした方へ思い切りガンつける。

「あんさん、今わてが注文しとったんやで。もうちっと待っ…あれ?」

 習った東京弁なんぞ糞くらえ、こういうときはやっぱり大阪弁でガツンと言わなあかん。息巻くわての目の前には予想外の奴がおった。
 地味やけどモノのいいスーツ、それによく合う色のネクタイ、片手にはダイヤルロック式のブリーフケース。

「……吉田課長」

 アホみたいな声を出すわてを見て、今さっきわての注文を遮ったそいつ…やなくて、吉田課長はいつも疲れたような顔に驚きの表情を浮かべて言いよった。

「君も、ここのたこ焼きが好きなのかね、本田君」

 好きなのかね、本田君。
 っか~~~~何が、好きなのかね? や!
 

 この男、吉田吉男。わての直属の上司で営業一課の課長や。

「いえ、ここのたこ焼きは初めて食べるんで」

 あー、びっくりしてもうて一瞬頭回らんかったわ。
 なんとかわては冷静さを取り戻して、東京弁で吉田課長の質問に答えた。
 しっかし、何でこないなとこにおんねん、女の子から聞いた話やったら―――吉田課長はわてより十五ほど上やねんけど、なかなかしっぶい顔立ちしとって、なかなかええ声してはんねんなぁこれが、そう言った理由からか、女の子らにもけっこうな人気や。まあ、わてには敵わんけどなっ―――会社の東っ側に住んどったhずや、せやからここは吉田課長の家とは反対側になるはずや。

「そうか、ここのたこ焼きは最高だよ。しかしさっきの迫力ある大阪弁には驚いたよ。いつもの君は標準語だからね」

 あかん、話をそっちに戻すなや。

「私は大阪出身なのでたまに向こうの言葉が出てきてしまうんですよ。あぁ、おばさん、たこ焼き一つよろしく」

 ハハハと吉田課長に笑って見せ、笑顔でオバチャンに注文した。

「まぁ、立ちながら食べるのもあれなのであそこのベンチにでも座って」
「あぁ、そうだな」

 何が悲しゅうて男と二人でたこ焼き喰わんといかんねん! っても会社の上司や邪険にあつこうたらいかん。
 二人でベンチに座って吉田課長が推薦するたこ焼きを食い始めた。
 しっかし、コレ美味いことは美味いんやけど……わての好みとちょっとばかりちゃうわ~。
 わての好みはこう、外側はもっとカリッと中はとろ~りってな感じがすきやねん。しかもなんやねん、たこ小さいやんけ。
 まっ、人の好みはそれぞれやし、第一東京人に関西人の味を理解できてるとは思えんし、関西やったらこれ以上のたこ焼きが仰山あるんやけどなぁ。
 あかん、こんなこと考えとったら向こう戻りたくなってくるやん。

「本田君どうかね? ここのたこ焼きは」
「なかなかいけてると思いますが」
「そうかそうか」

 ほんまは嘘やけど、ここでほんまのこと言えば印象わるぅしてまう。すまんたこ焼き、嘘ついてもうてなぁ。
 せやけどこんなニコニコ顔の課長の前でほんまのことなんてとても言われへんしな。わてはそう思って得意の愛想笑いを浮かべた。


  【続く】

『サラリーマンが一人…』

2007-05-02 10:22:44 | リレー:2002 秋 たこやき
 わて、本田勇作、二十七歳。脂も乗りに乗りきったピッチピチのサラリーマンや!

「きゃっ、見て見て、営業の本田さんよお~」
「あ~ん、渋い~!」

 自慢やあらへんけどワイ、見てくれはあんじょうイケとる方やさかい、こうやって退社しくさっとる間ァにも、すれ違うネエちゃんらは毎日大ハッスルなんや! いや~、モテる男はつらいわあ!

「ああ、さようなら、館さん柴田さん」

 若い子はええなあ、黄色い声上げてからにホンマ。ワイかて若い頃は特盛ブイブイいわしとったんやでえ……ほんな思いを込めてちょっと手ぇなんぞ振ってみたる。

「きゃ~!」

 ほとんど悲鳴みたいなケッタイな歓声を背に、ワイは天皇さん御一家みたいなアルカイックスマイルで会社の廊下を悠々と帰りましてん。あっ、わての東京弁なかなかのもんでっしゃろ? 通信教育で満点貰いましたんや! そらもーセンセもベタ褒めやがな! 大阪人ナメたらあかんでえ!

 会社を颯爽と出てきたワイの目に映ったんは、バーボンを一面ひっくり返したみたいなキレーな黄昏の空やった。東京でもこんな空見れるもんやなあ! 暗くなる一歩手前の、いっちゃん微妙な美しさ……いや~、すまんな、ワイ、詩人やさかい!(照)

(あ~、飲み行きたいわあ……)

 せやかて、あかん。わて、飲んだら最後いっぺんに関西弁出てしまうんや! 柄やないけど、ここまでコテコテやとみんな大概は引きよんねん。出世に響いても詮無い話やし、寂しいけど一匹狼気取ってるわけや。

(あ~……ナイトスクープ見たいわあ……)

 女にきゃあきゃあ言われんでもエエからホンマの自分をさらけ出すべきなんやろか……そう、こんなワイでも悩みがあるっちゅーハナシや。

(タコヤキ……食いたいわあ……)

 黄昏時は逢魔ヶ時言うてなあ、昔から色んな不思議なことがこの夕闇に溶けこんどる。恐いモンやで、わてみたいな人間すらこんなにセンチにさせてしまうんや……。
 いつのまにか目の端に浮かんだ涙をスーツの袖でぬぐいながら、わては鼻をぐずぐずいわして帰路を急いだ。



(それにしても、東京の夕空も捨てたもんちゃうなぁ~)

 夕日を背負っての帰り道、男もドキッとくるイカス流し目で曲がり角の児童公園をみ、至る自宅に想いを馳せる。本田勇作、独身。背中でものを語る漢、酒も入れずに、待ち人のいないマンスリー・マンションへ帰宅……。ちっ、だがしかし寂しいわ、めっちゃ孤独やわ。でもな、孤独を感じる瞬間の男ってな、北方○三のハードボイルドみたいや思わん? 帰宅して、後ろ手に鍵かけて、右手でシュルッとネクタイゆるめながら、ワイルドターキーをくっとイク。モテる男は私生活もあんじょうイケてなあかん。コレ男の美学! 男の世界! ワイを例えるなら、空を翔る一筋の流れ星野郎。分かるかな~? 男のロマンが。ロマンといや、早く三国志のPCゲーム買わな。ワイ、歴史を語れん新人社員はいじめてきたで。

(あかんあかん。こんなん考えてる場合ちゃうわ。この辺は…)

 いや、つい最近この近くでな、韓国系か北朝鮮系かのニーちゃんが小学校の女の子にボーコーしよってん。N○Kでもやっててん、このニュース。んな事件あった後やから、やっぱ親御さんも気ぃつけてんやろなぁ? ほら、営業マンはトークが命やから、時事問題も完っ璧。女を口説くときもな、最終的にはしゃべりが勝つんや。覚えとき、若造。
 しっかし、ホンマ、子どものいない公園ほどわびしいもんないわー! 影の長いブランコが風に吹かれてユ~ラユラなんて、ベタすぎてネタにもできへん。

「あ、あれ?」

 我が目を疑うってゆーのは、こういうことなんやろうなぁ。何度か目をこすっても、黄昏時の児童公園に屋台が見えんで。

(え、マジでなんか…出る?)

 幽霊とかUFOとか、ほんまにほんまにちょこーっとばかし苦手やねんけど…(震)。で、でもな、そんな怖ないでっ! 男は何からも女守るんが一生の仕事や。ここで逃げだすんは男の恥! 人間のクズや!



                               【続く】