ニック・ザペッティは実在の人物で、GIとして占領地の東京に来て混乱の地で一儲けしようと居残りを決めた。そしてピザレストランを1954年にオープンする、それが六本木の「ニコラスピザ」。来日した芸能人や政治家、東京に住む外国人、日本の野球選手、芸能人、政治家などがニコラスのお客になった。ニコラスの経営者ニックは実はとんでもない人物、1989年から1992年に亡くなるまでのあいだにホワイティングはニックに40回にもわたって取材をして話を聞いたという。元々は英語で書かれ日本の戦後史に関心があるアメリカ人(どのくらいの読者層を期待したのか不明だが)を対象として書かれたものを日本語訳している。そのため、日本の文化的背景や用語、日本人の考え方をアメリカ人にも分かるように書いていて、日本は外から見るとこういう風に見えるのか、ということが良くわかって大変面白い。これはヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」と同じような視点と言える。
登場する人物だけで200名を超えるが、それが誰もが知る戦後史のある意味「有名人」、まずは戦後の闇市を取り仕切った尾津マーケット、ヤクザの世界であり、戦後設立されたRAA(特殊慰安施設協会)や売春市場をも通してヤクザがはびこった時代である。この時にニックは詐欺まがいの商売で日本の裏社会に入り込んだ。この頃相次いで起きた政治家がらみの疑獄事件であるシーメンス事件や昭電疑獄にヤクザがどのように絡んできたか、政治家がどのようにして金を作る際にヤクザを利用してきたかが、ニックの目を通して解説される。それは、いかにも当たり前のように、日本の政治家の腐敗とそこにつけいるヤクザの手口を垣間見せる。ニックは闇市で手広く進駐軍からの物資を売捌き、巨額の金を手にする。日本人の女性と結婚し、子供ももうけるが、米国に送還されてしまう。しかしそれでも裏の手を使って日本に舞い戻り、日本の警察情報では札付きの悪人アメリカ人として登録されることになる。色々謎がある「M資金」についてもこの頃、闇市を通して児玉誉士夫やヤクザが絡んだ金儲けの結果であり、自民党設立の資金となって、児玉誉士夫と自民党の腐れ縁のきっかけになったとされる。
力道山に関しては相当詳しい取材がされたようだ。筆者自身が力道山(の未亡人)が経営するリキマンションに暮らし、力道山にゆかりの人たちに取材した。北朝鮮生まれの力道山が力士からプロレス入りする経緯から人気ものになる際に、アメリカ人レスラーたちに支払われた対価と、その試合に熱狂する日本人たちを、ニックがどのようにして見ていたか、そしてニックは力道山と彼を取り巻くヤクザたちとも深く付き合っていた。最後はヤクザたちに追いかけられてチンピラに刺殺された力道山だが、祖国への思いは強く、その思いは弟子のアントニオ猪木に引き継がれている。
ホワイティングは日本の建前と本音、上辺の法律とそれをすり抜ける方法などについても解説を加える。売春から始まり、ギャンブル、ヤクザと警察そして政治家の関係、在日韓国人と日本人、東京オリンピック前の建設ラッシュと立退きに絡んだヤクザビジネス、赤坂のキャバレーコパカバーナを舞台にして行われていたロッキードとダグラスの情報戦と日本の政治家、そしていまはデビ夫人と呼ばれるホステス根本七保子が持たされたスパイとしての役割、日本の裁判制度の長さと茶番劇、浜田幸一とヤクザなどを淡々と語る。
日本国籍を取得したニックが関わった日本の戦後史には驚くほどのリアリティと破天荒とも言えるニックの欲望と大胆さが加わり、こんなことが裏では行われていたのかと、ホワイティングの裏打ちされた調査がなければ信じられない程である。ニック・ザペッティは信じられない程のお金を稼いで、同じ程の信じられなさで大金と自分が作り上げてきたレストランなどのブランドを失う。今の六本木のニコラスは日本交通に乗っ取られたとニックが言う。横田にあるニックの3番目の妻が経営するピザハウスが今でも開店当初の味を受け継いでいるのであり、六本木のニコラスは日本人向けに改良されてしまったとのこと。
最後は糖尿病やその他の病気でぼろぼろになり死んでいくニックであるが、本書はキックの死後発刊されたため、ニックは読んでいないはずである。彼の妻は読んだであろうか。ここにこの本の素晴らしさを書き下ろすことは難しい、日本戦後史に興味がある方は、是非手にとって読んでみてほしい傑作である。
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三島涼子
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