人類学、人類遺伝学を専門とする学者先生が筆者。人類学を学んできた半生を振り返り、日本人を中心とした人類の起源を解き明かす。後半は、人類学から文明と文化論、そして狩猟採集生活から定住農耕社会への移行に伴う、先住民族の権利についても言及。植民地主義からの現代文明論にまで発展する一冊。
大型類人猿とヒトを比べてのヒトの特徴は、直立二足歩行、縮小した咀嚼器官、大きな脳、貧毛。さらに、性差について、ヒトはペニスと乳房が必要以上に大きく、類人猿の中でも性的存在であると。言語、踊りと歌、共感、価値判断と反省などにヒトの特徴が見られる。ヒトに飼育されたイノシシが豚に、野牛が乳牛になったように、農耕生活で類人猿がヒトになった、との指摘はドキッとする、
日本人の起源については、遺伝子分析によれば世界の集団は大きくは6つに分類できて、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア・ニューギニア、北東アジア、東南アジアである。日本列島の集団は北東アジアに属するが、さらに本土日本人、アイヌ、琉球と分けられ、琉球とアイヌが近隣集団である。ハプログループの分析によれば、日本人に見られる16種類のハプログループの中でも、M8a,N9bが日本人特有。この分析からもアイヌと琉球の同系論が肯定的だという。現代日本人の65%は大陸由来で、35%は縄文由来。さらに歯型の分析によれば、縄文系は南方系が優勢で、渡来人は北方系が優勢であるという。
文明と文化について、文明とは農耕・牧畜とともに始まり、文明人とは都市化した農耕民である、というのが一般的な定義。農耕とは、麦、米、とうもろこしなどという主食の集約農耕であり、都市とは大規模集落と人口集住、商人や役人などの第一次産業以外の職能の存在、生産余剰の物納、神殿などのモニュメント、知的労働者、文字記録、暦・算術・天文学、芸術の存在、奢侈品、原材料の長距離移送等が挙げられる。八ヶ岳山麓や三内丸山に暮らした縄文人たちが、栗やトチなどの雑穀を植栽し収穫していたから文明人であったかどうかは、その他の条件からは議論が分かれるところ。
一方、狩猟採集民とは、少数者集団で出生間隔が長い、低い人口密度、縄張りはあっても土地所有概念がない、主食がない、食物を保存せず公平に分配する、リーダーはいても支配者はいない、自然を崇拝するアミニズム、殺人は存在するが戦争はない、など。現代においても、狩猟採集民は40ほども残っており、71万人と推定。しかし、1万年前には500-800万人はいた狩猟採集民が10分の1に激減する間に、農耕民はゼロから70億人以上となっていることになる。これは一方的な土地や資源の収奪が農耕民によって行われてきたことを意味する。現在起きている環境問題は、ここに原因しているのではないかというのが筆者の指摘。日本にも存在するアイヌや琉球民族などの先住民族の権利について、世界的レベルで議論される必要があるという主張である。
近代に起きて、現代でもくすぶる世界的課題が植民地主義問題と経済格差、差別の問題。植民地主義は文明人が行った最大の人権侵害だと。現代文明人たちが狩猟採集民が主たるメンバーである先住民族に学ぶことは多い。公平、平等、平和、相互扶助などは狩猟採集民の特色であり、世界的諸課題の解決の方法でもある。本書内容は以上。
文化と文明だと思いこんでいる現代社会の特徴が、格差や貧困、戦乱や環境問題など世界的諸課題の原因であるとの人類学者としての指摘、狩猟採集民からの視点が身にしみる。現代人が田舎暮らしやポツンと一軒家を見て憧れるのは、すでに問題点と解決策を実感しているからかもしれない。