意思による楽観のための読書日記

赤朽葉家の伝説 桜庭一樹 ****

通奏低音のように背景に流れるのは、日本に昔いたとされる縄文人とその末裔、山の民「サンカ」と、朝鮮半島から稲作と製鉄技術を携えて新しく入ってきた弥生人とその末裔が共存し、一部分の接触点でつながってきた歴史。本書の舞台は出雲の国、島根西部の紅緑村、その昔、たたら製鉄技術で砂鉄から鉄を作り出し生活していた民がいた地である。時代は1953年から現代まで、第一部が1953年から1974年ころまで、登場するのは紅緑町という田舎の町に存在する二つの大きな家で、ひとつは「上の赤」と呼ばれた赤朽葉家、製鉄業で財をなし大きな屋敷を丘の上に構える。もう一つは「下の黒」と呼ばれた黒菱家で、造船業を営み財を成した。昭和の時代になってもまだ神話の時代の息吹が感じられるような田舎の街であった。

第一部は「万葉」という女性の話。製鉄で栄える町の人達が暮らす井戸端に置いて行かれるように捨てられていた3歳にならないくらいの女の子、それは万葉と名付けられたが、町にはめったに現れない山の民の顔つきをした娘だった。その娘を自分の子供として育てたのは多田という夫婦もの。読み書きはいくら勉強してもできるようにはならなかった万葉だったが、なぜか未来の出来事が見えた。万葉は「ひろわれっ子」とクラスでいじめられたが、特に下の黒の娘みどりにはさんざんいじめられていた。その万葉が10歳の頃、茶店でたまたま出会った上の黒の息子耀司、何も知らずに会話を交わした万葉だったが、その息子の母タツは万葉を見るなり「その子と将来は結婚すること」と息子に命じた。その後もみどりと万葉の因縁は続いたが、このつながりは憎しみからその後は友情に変わり一生消えることはなかった。

そして万葉が耀司の嫁になる日が来た。広い広い屋敷に若奥さまとして入った万葉は戸惑うばかりであった。耀司は洋書や物理の本を好んで読むようなインテリだった。しかし将来、その耀司の首が体から飛ぶように離れていって死んでしまう未来を見てしまう。実際にその事件が起きるのはずっとずっと後のことである。そして万葉は最初の息子 「泪」を出産する。しかしその息子は22歳になるといなくなることを万葉は出産するときに未来視してしまう。泪は男の子にしてはおとなしい、どちらかと言うと女性っぽい傾向があった。しかし勉強は良く出来たので村の中学から進学校に進み、地元の国立大学にまで進むことになる。

赤朽葉家には大勢の女中がいたが、その中で真砂と呼ばれた女中は耀司のお手つきだった。しかし、万葉が来てからはおおっぴらには耀司に近づけず、真砂は真っ裸になり家の中をストリーキングする、などというパフォーマンスをして耀司の気を引こうとするようになった。真砂は分家に引き取られたが、耀司はそんな真砂が不憫になり、その家に通うようになった。万葉は第二子である女の子「毛毬」を産んだが、時を同じくして真砂も耀司の子を産んだ。「百夜」と名付けられた。百夜はその後、毛毬を慕い、同時に嫉妬して毛毬の異性のパートナーをすべて寝取る、という一生を送る。

万葉は耀司の父である康幸が先の長くない身であることを知った。そして当時の好景気は続かず、1974年には石油危機が到来し、その時に康幸の命も絶たれることを義理の父に告げる。その時までまだ数年あったため、康幸は耀司に製鉄業の事業を継承するということ、そして石油危機が来ても倒産しなくてすむような多角化の手当を時間をかけてするようになった。万葉はその後、女の子の「鞄」、男の子の「孤独」を産んだ。奇妙な名前の名付け親はすべてタツであった。百夜も真砂が死んだために本家に引き取られ4人の万葉の子どもたちと一緒に暮らすようになった。

第二部は1979年から1998年、毛毬の話しである。毛毬は美人だったが暴れん坊の子供であった。中学生になって、不良のボスに上り詰めた。その頃仲良くなったのが同級生の穂積蝶子、成績優秀な蝶子だったが毛毬が乗り回すバイクの後ろには蝶子が乗るようになった。お金に困ることはなく、親もそんな毛毬に好きにさせていたので、二人は不良のたまり場に顔を出し、山陰地方の暴走族仲間では知らないものはいない有名人になっていった。その頃、泪は大学に入り、三城という親友がいた。泪が山で行方不明になり死体で川を流れてくるところを見つけるのは毛毬だったが、一緒に山に行ったのは三城、死ぬことを予言していたのは万葉だった。次女の鞄は中学生になりアイドルに憧れる年頃になっていた。何度もアイドル募集に応募するが予選で落とされていた。そして毛毬と蝶子が中学を卒業するとき、蝶子は突然、進学校に行く、もう暴走族には加わらない、と宣言した。なぜ、と思う毛毬だったが蝶子の意志を尊重した。末っ子の孤独は漫画がすきなひきこもり気味の男の子だった。毛毬は孤独の部屋に入り込んでは孤独の漫画を読ませてもらうのだった。

蝶子はそのまま上の学校にいくのかと思っていたら、少女売春の元締めをやっていることが見つかって退学、少年院に入れられ病死してしまった。悲しみにくれる毛毬、暴走族をやめて孤独の部屋に籠もるようになってしまう。そして1年後、漫画を書いて雑誌に投稿、これが編集者の目に留まる。突然雑誌編集者が赤朽葉家を訪問、毛毬と話をして、中学生から暴走族に入り、蝶子と知り合ったその実話を漫画にしてみないかと持ちかけられる。そしてその漫画がその後の毛毬の人生を変える。「製鉄(アイアン)エンジェル」と名付けられた漫画は売れに売れる。

毛毬の婿を決めたのはタツだった。耀司の会社で働く有望な男の中から選ばれた男美夫だった。そして売れっ子漫画家であった毛毬は街で出会った毛毬そっくりのフィリピン人女性アイラを家に呼び込んで、漫画家としての対外的な影武者に仕立てあげた。取材などはすべてアイラが毛毬となって行った。毛毬は多忙な漫画家となったが、結婚して子供も設けた。その子が瞳子、ごくごく普通の女の子だった。毛毬の漫画は12年にも渡り売れ続けた。その収入は莫大になり、バブル崩壊で傾きかけた赤朽葉製鉄の屋台骨を支えるまでになっていた。そして、毛毬は32歳になった時、アイアン・エンジェルの最終回を書き終えると同時に死んでしまう。

残されたのは万葉、美夫、鞄、孤独、瞳子、そしてバブル崩壊で倒産した黒菱家から万葉がひきとったみどりであった。赤朽葉家には瞳子の曽祖父母の康幸とタツ、祖父の耀司、叔父の泪、母の毛毬、叔母の百夜の写真が壁に飾られていた。瞳子は人並な恋をし、強烈な個性を持っていた万葉や毛毬のような一生を送るとは思えなかった。瞳子は万葉の送ってきた一生や毛毬の一生を振り返りながら、死んでいった家族たちの死因を調査する。そしてユタカという彼氏を一緒になることを決意する。

筋書きだけを追うと長い長いお話ではあるが、強烈な個性である万葉や毛毬の考え方を知り、行動を追っていくと読んでいて面白いし、飽きない展開がある。筆者はどこからこのようなストーリーを考えついたのだろうか。縄文人と弥生人の交雑は実際にこのように起きたのだろうし、ネアンデルタール人とクロマニヨン人も同様であろう。強烈な個性は中和され、日本の歴史も強烈な明治、大正時代から普通の時代に移ろっているようにみえる。しかし、強烈な個性を持つ人物は突然現れるのであろう。その個性がまた新たな時代や歴史を刻む。個性もうまく導けば万葉や毛毬のように、よいパートナーに巡りあえて子孫を残せるが、その出会いこそがポイントであろう。現実社会にタツや万葉のように強引で未来を見据えるような指導力を発揮する人物は滅多にいない。

「下の黒」の方の話も関心があるが、筆者はそちらは書かないのだろうか。


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