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意思による楽観のための読書日記

日本列島放棄 新井克昌 ****

2007年に発刊されたこの作品は、今の日本に本当に起きてしまったことを予言しているのだろうか。

最初に起きるのが宮城沖地震、M8.7という巨大地震で、実際に起きたのとほとんど同じような被害を三陸地方にもたらす。揺れ、津波、そして原発事故である。そして福島第1原発に続いて女川原発でも放射能漏えい事故が起きるという想定だ。そこから先がこれからの日本にも起きてもおかしくない事態ではあるが、こんなことには絶対なって欲しくない。三陸沖地震の5日後に起きるM9.4の東南海地震、そしてその1時間後に起きたこれもM9.2の南海地震である。最初に起きた三陸沖地震でも起きたことが、東海、近畿、四国、九州の太平洋沿岸地方で起きる。津波である。10-20メートルにも達する津波で沿岸の都市は壊滅的に被害を受ける。そして続いて起きたのが原発における放射能漏えい事故である。「想定外」という単語はすでにこの小説に現れている。東南海・南海連動地震では浜岡、川内、美浜、敦賀の4原発、続いて四国の伊方原発でも放射能漏えい事故が起きたのだ。その時を狙ったように大型の台風が日本列島を襲う。漏れ出した放射能は台風の風と雨により全国に拡散され、沖縄と北海道以外の日本列島を住居不能地域としてしまった。

国の指導者は情報収集に明け暮れて国民への情報提供もままならない中、国会議員たちは事態を国内退避という小さな対応で済ませたい気持をあらわにする。原発から50Km圏内からは避難するという案を出すが現実の放射能レベルから考えて現実的ではない。そうした中原子力事故諮問委員会の委員長が国会で演説する。「諸君はどう考える!国が大事か、国民が大事か!」小説ではこの一言が超党派議員の良識を目覚めさせる。その結果、国連に向けて複合災害による緊急援助を要請することになる。

こうした事態の中で、牡鹿半島に暮らしていた主人公伊澤一哉は、親友の木原が女川原発に勤めているはずなのに、津波の後連絡がとれなくなっていることに気づく。原発の事故を予感した一哉は、バングラデッシュにいるフィアンセのサーラとの子供を授かりたい、しかし親友の安否を確認したい、という板挟みに合う。サーラはバングラデッシュでの洪水で一哉が身を呈して救った少女であり、この救助劇は報道され一哉とサーラは国際的に有名になっていた。一哉は被曝を覚悟、精子を病院に保管し、木原を探しに女川原発に忍び込んで見ることを決意する。女川原発に夜行ってみると進入禁止のテープが貼られるだけで人がいない。原発に忍び込んで見つけたのは木原の死体、しかしそこは高濃度の放射能で汚染された場所であり、一哉は被曝してしまうのだった。

国際社会は、日本政府の要請を受け日本人受け入れを決めるが、どの国が何人受け入れる、という具体的フェーズになると決めかねてしまう。異文化の大量の日本人を集団で受け入れて自国がどうなるかを考え躊躇してしまう。しかし南米の小国が受け入れを表明すると、中国、韓国、欧州、北米各国が受け入れを表明、日本人一部は北海道と沖縄に残留するものの、日本人9500万人の日本脱出が始まる。日本沈没パート2を彷彿とさせるストーリーである。日本政府はスイスに代表部を置くこととし、ODA援助や日本における資金を担保に各国からの資金援助を受けることになるが、経済活動が滞る中での国際援助は先が見えない。

一哉はなんとしても自分の精子をサーラに届けたいと考えるが、日本脱出でアサインされたのは船、精子冷凍設備などない。そこで、一哉は日本に残ることを決めてしまう。サーラは悲しむが、どうすることもできない。一哉は3年間、一人で東北の地で人命救助犬と一緒に暮らす。一哉とサーラの状況を知ることになった国際的NPOメンバーは一哉がサーラを救助した一部始終を知っていた。そこでNPOのメンバーは、一哉の冷凍された精子をサーラに届けることを約束、実行に移してくれた。1年の後にサーラは女の子を出産する。

原発事故から4年が経過し、放射能レベルの減少が見られるようになる。80カ国に散らばった日本人達は職業、言語、習慣などで苦しみ、さらに放射能汚染の後遺症でガンなどを発病する人が増加している。出生率は低下し自殺者も多い。日本政府は帰国プロセスに入るための準備に入ろうとするが、資金力がなくなった日本政府を国際社会は冷たい目で見るようになっている。もう元の日本には戻れない。原発を100以上抱えるアメリカ、59抱えるフランス、そしてイラン、インドネシア、ベトナムなどでは日本の震災後も新規原発建設がされているのが現状である。これは小説の中での話であり、2011年12月現在の現実の話でもある。小説では日本から脱出する機会がありながら残留した一哉の意識がだんだん遠のいていくところで終わる。復活の日をも思い出すような小説、小松左京に影響されていることは間違いない。

強烈な反原発小説であり、現実に東日本大震災の被害を被り、原発事故が現実化した今の日本では大変重いストーリーの小説である。仮想小説であるとはとても思えない。現実の浜岡原発は停止されたが、それでも稼動状態の原発はあり、それよりも電力会社や政府の情報隠蔽体質は小説以上である。小説のような英断ができる政治家や諮問委員会委員長がいるとは期待しにくいのが現実である。原発をできるだけ早く撤廃すること、現実的な原発終息プロセスのデザインをすることが全世界に求められている、という強烈な主張である。


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