蜂と言われて思い起こすのは、花に群がるミツバチ、他の蜂を襲うスズメバチ、そういえばアリも蜂から進化したという話も聞いたことがある、という程度。しかし本書に紹介されたのは、他の昆虫を狩り、寄生して子孫を増やすというハチ。この種の蜂の生態を読むと、進化の無情、弱肉強食、個体の優劣による子孫繁栄序列化の恐ろしさを身に染みて知ることになる。
昆虫には100万の種があり30の目がある。哺乳類が6000種、鳥類には9000種というから昆虫の多様さが伺える。その昆虫の15%が蜂の仲間の膜翅目で、その4分の3が寄生バチと狩りバチが占める。昆虫の中で翅をもつ翅目中でも、セミ、カメムシ、アブラムシなどの半翅目は変態をしない。しかし、
蜂を含む膜翅目、甲虫を含む鞘翅目、ハエ、蚊、アブの双翅目、蝶や蛾の鱗翅目は幼虫と成虫の姿や生態が大きく異なる完全変態を行う。トンボやバッタは小さな変態なので不完全変態の昆虫で、そこからさらに進化したのが完全変態昆虫である。こうした進化は石炭紀の中頃、3億5000万年前には起きていた。狩りバチや寄生バチはその後のペルム紀に枝分かれ、産卵管を使い、他の昆虫の幼虫や成虫に産卵したり、ジュラ紀には毒針の機能を手に入れた。スズメバチの種はこのころ誕生、その後白亜紀には花粉採取のハナバチ類が誕生する。
狩りバチ、寄生バチの特徴としては、植物食から肉食への転向があり、卵を寄生主に送出する産卵管と、寄生主の内側から皮を食い破る大あごがある。植物組織を食べていた蜂の幼虫がたまたま出くわした昆虫の幼虫を食べると栄養に富んでいたため早く成長できたので、母バチは、産卵管を寄生主の幼虫に差し込むように進化した。さらに幼虫が動き回ると圧殺されてしまうので、毒液を同時に注入。くびれた腰により、効率よく寄生主の幼虫の狙った場所に産卵できる。寄生主を殺傷して餌にするやり方に加えて、生かしたまま飼い殺しにする方法も編み出す。さらに進化したケースでは、クモの成虫に産卵し、その卵が蛹になるときに、寄生主のクモが蛹が安定してクモの巣のなかに固定されるようにクモが巣自体を作り変えてしまうような寄生主行動変化促進酵素まで編み出した。さらには寄生主の免疫を免れる免疫無力化酵素も生み出している。
ここまで進化していても、母バチの大仕事は寄生主の虫を森の草むらの中から探して産卵すること。そして、その他の競争相手には、産卵させないこと。すでに産卵されている場合には、その競争相手の卵を無力化すること。競合相手の卵と共存するようになったケースにおいては、競合相手に負けないことなどである。母バチは、寄生主の幼虫などが、餌の植物を齧るその微かな匂いを頼りに寄生主を探索しながら草むらを飛び回る。寄生主には競争相手の寄生バチの幼虫もいたりして、大変な生き残りと殺し合いの世界である。
狩りバチは、産卵する自分たちの子たちに与える餌になる昆虫を殺傷して与える。寄生バチが、寄生主に毒液を注入して産卵することに加え、狩りバチは獲物を自分の巣まで持ち帰る。こうすることにより餌になる昆虫の種類を画期的に広げた。狩りバチは大あごを寄生主の皮を食い破ることから、獲物を仕留めて持ち帰ることに目的を広げた。
そしてさらなる進化系が社会性をもった蜂の出現である。自分の卵だけではなく、同じ種族の親戚の蜂の卵を利他性を発揮、協力して守り育てていく蜂の出現である。不妊の姉が母たる女王バチを助け、新女王になる妹を助ける。母と娘は2分の一のDNAを共有するが、姉妹蜂は4分の3のDNAを共有するため、姉妹協力したほうが、自らの子孫を残すよりDNAを残す観点からも有利になるという。社会性の発展はこうしたDNAの仕組みが大きな助けになっているという。
大きな進化の道筋としては、植物食性ハチから殺傷寄生バチに進化。その後、飼い殺し寄生バチ、虫こぶ形成ハチ、狩りバチ、そして花粉・花蜜食ハチへと進化する。進化の先に社会性を持った蜂のグループがいる。
本書には動画を紹介する情報が掲載されている。寄生バチが幼虫に産み付けた100匹の卵が孵化して幼虫から一斉に顔を出し、自らの殻を寄生主の幼虫の表皮に残しながら幼虫の皮を食い破るさまは見ものであり、夢にでも出てきそうな迫力がある。食い破られた幼虫はその直後、吸い出された養分の分量だけその大きさを減らしながらも、数センチメートル進んで息絶えるのである。神様は本当にいるのだろうか。
最近、読んだ本の中では異色で出色、2020年6月発刊の大変興味深い一冊であった。