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意思による楽観のための読書日記

上杉鷹山「富国安民」の政治 小関悠一郎 ***

米沢藩の藩政改革は「富国安民」というコンセプトにより鷹山公のリーダシップで進められた。それを支えたのが、米沢藩家臣竹俣当綱(まさつな)と莅戸(のぞき)善政、その子政以だった。改革の要諦は民の生活を地の利を生かして富ませることが藩のためにもなる、ということ。決して明治維新以降の「富国強兵」ではなかったことである。その成果は米沢を訪れる他藩、他国の旅人により何度も目撃されている。明治維新直後に日本を旅行した「日本奥地紀行」の著者イザベラ・バード、「農地はこの上なく見事に手入れされ完璧な耕作が行われ、気候に適した作物があふれるほど取れるのである」。江戸時代の出羽国代官だった林鶴梁、「貨物は市にあふれ、領民は農作業や機織りに勤しんでいる。土地は漆、桑、苧麻の栽培に適して作物に満ち溢れ、人々の風俗は質実で飾り気がなく人情に厚い」。しかし、明治の戊辰戦争では官軍たる新政府軍に敗れたのが奥羽越列藩同盟の一つであった米沢藩。幕末維新の動きを支えた西南雄藩の藩政改革とは結果は対照的だった。鷹山公による藩政改革の歴史的意義はどのように考えるべきなのか。

鷹山自身は、日向国高鍋藩6代藩主秋月種美の次男で、母方の祖母の豊姫が米沢藩4代藩主上杉綱憲の娘である。このことが縁で、10歳で米沢藩8代藩主重定の養子となる。重定は暗愚な藩主だった。そのため、藩の将来を憂う家臣たちの中には、養子に来た鷹山に期待するところが大きく、教養習得と農民たちの苦労について学んでもらえる機会をもうけるよう仕向けたという。鷹山による改革には、家老であり奉行となっていた臣下の竹俣当綱を中心とし、鷹山が35歳に隠居するまでの前半の改革と、鷹山が隠居後に藩政を見守る立場から、莅戸善政、その跡継ぎであった政以が進める改革を後押しした後半の改革があった。いずれも主導的に動くのは竹俣当綱であり莅戸善政、政以であったが、その改革を書物「翹楚篇(ぎょうそへん)」にまとめたのは臣下の莅戸善政。鷹山の言行録として、殿を天下の名君「鷹山公」としてのイメージをみごとに描いてみせた。

江戸家老となった竹俣当綱は若き殿である鷹山教育のために藩医の藁科松柏のアドバイスを受けた。儒学者細井平洲の招聘は、政治は学問に基づいて行うべし、という荻生徂徠に学んだ竹俣当綱の信念からのものだった。荻生徂徠の経世論は、徳政よりも政治による結果を求めることこそ大切、というもの。政治の結果は武士の困窮、農村の疲弊を立て直す方策としてもたらされるとして、武士土着、金銭的経済の必要性などを述べた。その竹俣当綱の信念を表す言葉が「富国安民」だった。この思想を若き鷹山にも学んで欲しい、という竹俣当綱の狙いは聡明で誠実な性格を持つ鷹山自身により達成された。

稲作中心で、凶作、干ばつ、相場変動などで藩の収入は不安定が続き、藩の幕府返上まで議論されていたのが米沢藩だった。竹俣当綱による改革では、養蚕、青苧、楮による布や和紙製造などを進めることで米以外による現金収入を増やすことに成功した。そのためには保守的な農民たちに、農業技術を指導し、より良い働き方と生活の方法まで教えることが必要だった。郷村出役は、改革を進めた竹俣当綱、莅戸善政が部下の武士たちに命じて実際に農村に住まいを設け、灌漑や桑植え付けから蚕の育て方までを手取り足取り教える方法を取った。他人の成功を見れば自分もやってみようかと思うのが農民のつね。こうした改革には藩の武家階級による反発があり、武士たるものが金銭的欲求を持つとは何事と捉えられ、実際何度もお家騒動が起きる。

しかし、藩財政は地道で気長な改革の努力と、昔は藩に出入りしていた御用商人たちの信頼を取り戻すことが大切だった。これを進めたのが竹俣当綱と莅戸善政であり、時には竹俣当綱や莅戸善政に叱責、激励されながらもその後押しをし続けたのが鷹山であった。本書内容は以上。

江戸時代の名君によく挙げあられるのが、備前岡山藩主池田光政、会津藩主保科正之、水戸藩主徳川光圀そして米沢藩主上杉治憲(鷹山)となる。他にも、熊本藩主細川重賢、越前藩主松平春嶽などの名前も上がるが、なかでも鷹山公が注目されるのは、経済でも成果を上げて、農民指導を郷村出役により行ったという、やってみて、させてみる改革が現代若者への指導にも通ずるところがあるからか。仁政、徳政の先にある経世済民論、義のある政治、これが荻生徂徠の教えではなかったか。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

コメント一覧

dankainogenki
それぞれの地域で、歴史がありますね。
すばらしい。
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