光と影のつづれ織り

写真で綴る雑記帳

科学博物館 日本館#10 日本に落下した隕石

2012年04月14日 | 自然科学

隕石のコーナです。  日本に落下した約50個の隕石のうち、半数を集めており、国内最大のコレクションとなっています。
隕石は地球以外の小天体の小片ですが、天体の構成材料や起源などの手がかりが得られる貴重なもの。

 

左の米納津隕石は「新潟天文情報センタ」のサイトから抜粋しました。

落下日 天保8年(1837)年7月13日16時頃

落下地  新潟県旧吉田町、現・燕市。

 最初に触れた人
 
田んぼ地中に落ちて埋もれた物がナンなのか知る
ために結成された村の掘り出し決死隊。 

星名と性質について

落下した天保8年時は富永村であったが、明治32年に帝国博物館へ移された
当時の村名にちなんで「米納津隕石」と呼ばれるようになった。
 石質(球粒)隕石。 回収重量  31.65kg(石質隕石では日本で2番目の重さ)


右の気仙隕石は岩手県立博物館のサイトからの引用です。
「気仙隕石(けせんいんせき)は、1850年6月13日《嘉永(かえい)3年5月4日》の明け方に、現在の陸前高田市気仙町丑沢(うしざわ)にある長圓寺(ちょうえんじ)前の畑に落下した日本で最大の隕石です。ちなみに、日本で最も重い隕石は、1885年に滋賀県田上山(たなかみさん)で発見された175kgの田山隕石で、これは鉄隕石)です。気仙隕石は、落下が目撃され、落下地点、日時、状況などが記録されている点でも貴重です。
気仙隕石は、何かの凶兆(きょうちょう)ではないかと恐れられ、悪魔退散(あくまたいさん)を願い気仙町で虎舞(とらまい)が行われました。それが「二日市(ふつかいち)虎舞」の始まりと伝えられています。しかし、後には村人達が漁業、養蚕(ようさん)、病気などに効き目があると信じて、くだいて破片を持ち去ったということもありました。明治27年に帝室博物館に献納されたときの重さは135kgでした。さらに研究用などに削られて、現在、国立科学博物館に展示されている最も大きな塊は、106kgです。」

 

下の写真の右端は、田上(たなかみ)隕石で、鉄隕石で重量は170kg

 

日本に落下した隕石の一覧です。  赤いマークが球粒隕石、青マークが鉄隕石、オレンジの三角マークが石鉄隕石。 

トップの直方隕石をウィキペディアから引用。

直方隕石(のおがたいんせき)は福岡県直方市に落下した隕石で、世界最古の落下の目撃記録のある隕石である。

貞観3年4月7日(861年5月19日)の夜、武徳神社(今の須賀神社)境内に落下。翌日、深くえぐられた土中から黒く焦げた石が掘出され、桐箱に納めて保存したという伝承が残っている。重量472gの石質隕石。   ※朱文字は2014年11月3日に修正したもの。

2012.12.24 追伸
直方隕石の年代については、コメントをいただいた牛嶋様の研究ノートを読ませていただき、修正した記事を載せました。

コメント (2)
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