一歩づつ踏みしむる坂金糸梅
姫女苑訪うものは吾と蝶
忘れたき忘れえぬ日の百日紅
夕立やり過ごす「百日白」の下
急に見たくなった。
何故だか、不意に浮かんだあの日の公園の百日紅。
二年前の夏。
五年生だった孫娘。夏休みが明けた翌日か翌々日の朝、学校へ行きたくないと言い、着替えもせず断固として動かなかった…。
その、約一年前から、そんな登校拒否が始まった孫。
長い長い苦悩の始まり、原因、経過などなどは、ここでは省略するが。
実際は、登校しない日は一度もなく、ただ授業に出られない。教室に入るのが怖くて出来ない。
つまり保健室登校。
両親も、じじばばも、青天の霹靂だった。
一体何故?何が起きたか、どうしてこの子がこんな事に…。
学校が嫌、そして家にいるのはなお苦痛。
闇の中を彷徨うこの子が、最終的に出した答えは、ばあばの家に住む。だった。ばあばの家からなら、登校する。ばあばの家なら、夜も安心して眠れるから。
両親は、ことに父親は納得しなかった。妻の実家に迷惑などかけられない、これは自分たち夫婦、子の親の責務。断じて賛成できない。
その本心は、この子は絶対に自分のそばに、懐に居させたい。
この子と離れて暮らすなんてあり得ない。この子の理解者はこの世で自分一人。
明白だった。だからこそ子は離れたがっていたのに。
深過ぎる愛情は、この子の闇の一因だった。
記さないと言って、ここまで書いてしまったが…。
ばあばの家に寝泊まりをする事、一年半。
だが週に1、2回は家に帰っていた。
その日の朝9時すぎだったろうか、父親から電話が入った。
⚪︎⚪︎が、学校へ行かないと言い、動きません。自分も、仕事が間に合わないので、そろそろ出かけたいのですが。
学校へ電話して、欠席する旨伝えたら、担任が来るそうです。
だけど⚪︎⚪︎は、嫌だ。それならばあばんちに行く、ときかないのです。お義母さん、お願いできますか?
一も二もなく、すぐに行くから、と、身支度もそこそこに孫の家へとんでいった。
父親は出かけた後。孫は虚な顔で、それでも、きちんと登校の準備はしている。
「ばあば、給食前には学校へ行くつもり。だけど、今すぐは無理。」
いいよ。ばあばんちに来る?それともドライブしようか?
すると、行きたい所がある、と言う。
助手席の孫に道案内され、着いた所は、小高い丘のそんなには広くない公園。
小さい頃、と言っても三年ほど前のようだが、父親に連れられ、妹と三人で来て遊んだ、と言う。
雰囲気や、周りの景色が好きなんだと、少し笑う。
ふた組ほどの、幼児と母親と遊ぶだけで、静かな公園。遊具でひとしきり遊び、周りを散策する。
咲き終わっていた百日紅の木が数本ある、公園の脇道。
まだ、身長もばあばを越してはいなかったその頃。
この子の苦悩が、痛いほどわかる。小さな胸に抱えきれない不安に日々苛まれ…不憫でならなかった。解決策は見いだせないまま。
ただ、とにかくこの子の側で、この子の思いや言いたい事を、全て聞く。それを心掛けた。
大丈夫、いつかきっとこの闇から抜け出せる。
元の明るい⚪︎⚪︎に戻る日が来る。
公園に小一時間居ただろうか、学校へ行くね、と言う孫。
学校へと送る道中は、何を話したかは覚えていない。
だけど、表情は随分柔らかくなっていた。
今現在、中学生になり、朝は自然に早く起きれるようになったようだ。
完全に回復した、とは言えないのかもしれないけど、あの頃のあの子とは思えない快活な学校生活。学校が、勉強が楽しい。という。
土日は、小学校の友達と何かしら約束していて、遊んだり、でかけたり。
日曜の夜はやはり、明日が不安と、毎回LINEしてくるが、月曜の朝はきっちり起きて、登校。夕方夕飯を届けるときには、何と晴れやかな顔。
だから、憂う事などない、だけど何故だかあの場所へ行ってみたくなった。
誰もいない公園。
初めて見る金糸梅。
姫女苑も沢山咲いている。
百日紅は、白い百日紅だった。
調べると確かにある。
漢字にすると「百日白」
写メを撮っていると、急に雨が降り出した。
白い百日紅、百日白の下で雨宿り。
ここに、もう思い出は置いて行こう。きっと雨が洗い流してくれる。
夕方、いつものように夕飯を届けに行く。
孫娘は、完成したイラストを見せてくれ、おやつのエクレアをパクつく。
明日は何がいい?
に、なんでも!と言う姉妹。ありがとう!と大きな声で送ってくれた。