例の久喜の天王様(提燈祭り)が、7月12日(日)に開催されました。
お祭りの最終日の7月18日(土)にも、山車の運行が予定されています。
天明3年(1783年)のあの浅間山の大爆発により、久喜市周辺にも大きな被害がありましたが、復旧・復興に向け、がんばろうという主旨で、宮本家にあった山車を曳き廻したとの縁起が伝わっています。
久喜の山車の特色は、何といっても、昼間は華麗な人形山車が、夜になると500個もの提燈山車に早変わりすることです。
私が若者の頃は、人形山車から提燈山車への準備を、出来るだけ短時間で済まそうと、他町内と競い合ったものでした。
また、提燈が飾ってある山車の上部がグルグルと回転することが、大きな魅力です。このような機能がある山車は、全国的にも珍しいといわれています。
それと、別名「喧嘩まつり」といわれる勇壮な祭りが特徴です。平成2年に、久喜駅西口駅前が整備されてからは、広場を利用して、夜8時過ぎに各町内の山車が集結いたしますが、この時に山車と山車をぶつけ合います。
今年も、何回かそんな場面がありました。時には、多少の怪我人が出ますが、若衆にとっては「そんな傷くらい何でもない」ということでしょうか。
各保存会の責任者は、怪我人が出ないよう、また、山車の補修費用が多額にならないように祈りながら、山車の動きに注目します。
私は、かつて志ん二祭典保存会長でしたが、その頃は、責任者として、山車運行が許可されている午後10時が早く来ないかと、祈るような気持ちで安全運行に努めていました。
18日も楽しみですね。
お祭りの最終日の7月18日(土)にも、山車の運行が予定されています。
天明3年(1783年)のあの浅間山の大爆発により、久喜市周辺にも大きな被害がありましたが、復旧・復興に向け、がんばろうという主旨で、宮本家にあった山車を曳き廻したとの縁起が伝わっています。
久喜の山車の特色は、何といっても、昼間は華麗な人形山車が、夜になると500個もの提燈山車に早変わりすることです。
私が若者の頃は、人形山車から提燈山車への準備を、出来るだけ短時間で済まそうと、他町内と競い合ったものでした。
また、提燈が飾ってある山車の上部がグルグルと回転することが、大きな魅力です。このような機能がある山車は、全国的にも珍しいといわれています。
それと、別名「喧嘩まつり」といわれる勇壮な祭りが特徴です。平成2年に、久喜駅西口駅前が整備されてからは、広場を利用して、夜8時過ぎに各町内の山車が集結いたしますが、この時に山車と山車をぶつけ合います。
今年も、何回かそんな場面がありました。時には、多少の怪我人が出ますが、若衆にとっては「そんな傷くらい何でもない」ということでしょうか。
各保存会の責任者は、怪我人が出ないよう、また、山車の補修費用が多額にならないように祈りながら、山車の動きに注目します。
私は、かつて志ん二祭典保存会長でしたが、その頃は、責任者として、山車運行が許可されている午後10時が早く来ないかと、祈るような気持ちで安全運行に努めていました。
18日も楽しみですね。
本壱の人形山車(素戔鳴尊)
本二の人形山車(武内宿禰)
本三の人形山車(神功皇后)
<下記、広告は、田中けんじ とは関係ありません。>