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郷土の歴史と古城巡り

地名由来「下徳久・林崎」

地名由来「下徳久・林崎」
【閲覧数】1,421件(2010.9.17~2019.10.31)

地名の由来(宍粟ゆかりの地及び周辺の地)







■下徳久(しもとくさ)

 千種川中流域、南北に細長い谷間。地名の由来は、峠の際にあることによると思われる。地内重近(しげちか)には砦跡がある。旧美作街道が土井から現在の徳久トンネルのある小さい坂を登り、千種川を渡って重近へ入り、山道をたどって円応寺へ出ていた。重近の追分が因幡街道の分岐点であった。

 下徳久は、南北朝期に「下得久」として見える地名で、上津(うわつ)とも呼ばれ、その名称は徳久駅前の中学校を上津中学校として今に残る。江戸期の上津郷は、南光町の下徳久から南、三日月町の西部を含む13か村であった。もとは東徳久・西徳久と当地を合わせて徳久と称したという。氏神は八幡神社。寺院は法覚寺。

 千種川筋で洪水の被害が大きく、なかでも大田井は、民家に浸水することも稀ではなかった。明治5年法覚寺に徳林小学校設置。明治14年佐用坂改修、同22年と徳久村の大字となる。昭和30年からは南光町の大字。
明治25年前後から養蚕・畜産を副業に導入して生計の支えとし婦女子はわら芯切りをして家計を助けていた。昭和25年前後まで続いた
 明治23・25・29・年に洪水、同32年には千種川の大増水で溺死者があり、同年9月台風で家屋が倒壊、その他病害虫発生。大正3年、4年に佐用坂峠再改修により、東西の交通が至便になる。同11年電気架設。昭和10年姫津東線が開通、播磨徳久駅設置、駅前通りに商店街が形成された。畜産・養蚕は昭和25年頃から衰退していった。昭和38年・40年豪雪。同38・40・43・47・51年には大洪水があった。






■林崎(はやしさき)

 千種川中流左岸。東と南は山の尾根が突き出しており、林の先にあることが地名の由来か。

 享保14年(1729)大風洪水、延享2年(1430)洪水・大風、寛延3年(1750)暴風雨、明和7年(1770)日食、同年6月2日から8月10日までは雨なく百日照りといわれる。文化12年(1815)暴風雨洪水、天保7年(1836)雨天続きで凶作。文久3年(1863)には凶作で百姓騒動が起こる(佐用町史)。氏神は山王七神社。大広村から宇野峠を越えて当村を通過、佐用坂峠から佐用村に通じている。道路は、明治14年に峠を改修した。同22年徳久村の大字となる。

 明治30年前後から養蚕・畜産を副業にする人が多くなり、やがて農業経営の主軸をなして、昭和25年前後まで続いた。明治24年大地震が起こり、同26年、大正2年・13年豪雨、同16年台風で被害を受ける。




◇今回の発見
・徳久(古くは得久)は独特の味のある地名だが、その地名の由来は、「峠の際にある」ことによるとあるが、どうもしっくりしない。
・佐用郡東部では、千種川を古くは上津(うわつ)川と呼んだ。上津中学校にその地名が残る。
・千種川流域の度重なる洪水、干害、病害虫発生、暴風雨、地震、日食等の気象異変、そして凶作にともなう百姓騒動の詳しい記録が各村の庄屋の文書に残されている

コメント一覧

takenet5177
コメント返信
なるほどです。歴史を知った方ならではのお答えだと思います。
 得平氏については、よくわかっていませんが、『太平記』には南北朝時代赤松円心・則祐父子を助けた赤松の一族衆のようです。
 この徳久には徳久城跡があり、柏原氏がかかわっています。柏原氏についてもよくわかっていませんが、同じく赤松一族衆です。
 基本的には武将たちの姓名は地名から来ているので、得久の地名は、得平氏からのものではないと思われます。

 この地名は、観応元年(1350)足利尊氏が赤松則村の子範資に則村の遺領を安堵した記録の中に、下得久という地名が出ています。『角川日本地名大辞典』 室町時代にはすでにこの地名がありました。
 ただ、得久から徳久に変わったのは、江戸時代に村の繁栄を祈ってのことだと思われます。地名に福や豊、栄、賀等の字が村名に多く見られるのも同じ理由です。
 いずれにせよ地名の由来は、峠の際にあることとありますが、意味がわかりません。
木南
徳久の由来
徳久の由来を「得久」(「とくひさ」がなまって「とくさ」)とするのは面白いですね。戦国の有力武士・土井の「得平氏の世が久しく」と解釈できます。
後に「徳久」に変化したのは、「徳川の世が久しく」ということでしょうか。
それとも、法覚寺の影響により、仏教でいう「三徳が久しく広まるように」と解釈すべきでしょうか。
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