僕のつぶやき

服や音楽が好きな、現代の夢見るフリーターsanboさんがお送りする戯言やイラストなどなどです。

無関心事

2007年01月07日 10時57分08秒 | つぶやき




そういや、先日サダムフセインが処刑されたとニュースでこっそりやっていました。














アメリカ、イラク攻撃!なんていうときには嫌と言うほどサダムだなんだと騒いでいたニュースもその話題が終結し、その張本人の一人であるサダムが処刑されるというイラク人にしてみたら大きな問題であろうことが、さぞ遠い国の小さなニュースですくらいの枠で放送され、内容も薄く、時間も短かった。まぁ、今現在「イラク」「サダム」というワードに関心のある人が日本にどれほどいるのか。















ニュースの話題は処刑されたことよりもその様子をこっそり携帯のムービーを撮っていた兵士がいた!ということで盛り上がっていた。結局、サダムの処刑シーンはなかったけれど…まぁ子供もみているし、そんな残虐なシーン普通のテレビで放送されるわけがないんだけれど。2chとかyou tube探せばあるかも?気になる人はチェックしてみたください。みなさんはあまり知らないかもしれませんが、この世には不思議なサイトもたくさんありますよ。死体の画像を集めたサイトや、ゲロやうんこの写真を集めたサイト、暴力や虐殺シーンを集めたサイトなどなど。いろいろな人がいるから、その人たちの趣味を否定することはできないけれど、決していい趣味とは言えないだろう。死体サイトには何度か行ったことがある。最初は興味本位だった。「これにせものじゃないの?」と高をくくってみていたわけだが、喉に棒が突き刺さった死体、交通事故で頭がなくなった死体、内臓が飛び出た死体、目ん玉をほじくられた死体、腐乱した死体…こんなものが人目にさらされていいのかというものがたくさんあった。にせものだろうという思いもあったが、やはり気分が悪くなった。気持ち悪い。でも、怖い物みたさで何度か行ってしまった。最近も行った。。。やはり思いは変わらなかった。














中にはそういうのをみて興奮したり、高揚したりする人がいることだろう。日本では人権がどうとかそういうことになり訴訟されてしまうので、そういう死体の大半は海外のものだった。でも怖いよね。もし自分が交通事故とかにあって、その死姿を誰かに写真に撮られてネットに流されて何万、何十万という人の目に触れるということは。実際自分は死んでしまっているわけだからわからないけれど、もし家族や恋人、友達の死体がそのようになったらどうだろうか。正気の定でいられるわけがない。そう思う。関心のない人はそんなサイトにいこうとも思わないし、存在さえ知らずに死んでいくことだろう。黒魔術のやり方、人ののろい方をレクチャーしたサイトもある。















まぁなんでそんなこと知ってるの?














って話だけど。いろいろ検索していったことがあるから。黒魔術で人を呪い殺すとか、わら人形を作って、釘を打ち付けるとかやっぱりそういうことに少しでも興味を持つとどんなものなのか知りたくなるというのが人の性ではないかと思うわけで…別に実際に人をのろったりしたことはないですけどね。どういうものなのか気になっただけで… 呪いの代行とかもあるんですよ。そんなんでいいの?とついつい言いたくなってしまいましたけど。















人は関心のない事には興味を持たず、たくさんの情報が錯綜する中で必要なものだけをピックアップして生きている。世界の裏側で銃の乱射事件が起きようが、EUに今年から2カ国が新しく加盟しようが、国連の事務総長が変わろうが、その人がはじめての極東アジア出身の人であろうが、興味がないことならば聞き流してしまいそれで終結する。気になればニュースを見たり、本を読んだり、ネットで調べたりする。それだけの差。無理に関心をもてといったところで人の心情まであやつれるものではないのでそんなものはうわべだけのものだろう。まぁ価値観なんて変わる。昔は服に興味なくて、着れればいいと思っていたし、髪形だって毎回同じように床屋のやりたいようにさせ、みんなが聞く音楽を聞いていきていた僕だが、今はそうじゃない。雑誌をみてどんな服を買おうか考えたり、髪の色や長さをどうしようか考えたり、ネットやテレビで新しいアーティストが台頭していないか調べたり、それがよければCDを買ったりする。昔は興味なかったことが今はすごい興味津々だったりする。その逆も然り。昔はポケモンにのめりこんだり、ゲームをずっとしたり、次回作を調べたり、攻略本を買ったり…そんなところに興味があった。10年後、今と同じ生活をしているわけもなくまた価値観、関心のあることも変わっているだろう。そうやって人は生きていく。













結局のところ「サダムフセインが処刑された」という事柄が今の日本人に興味がない、関心ごとではないということでニュースでもほとんどとりあげあれないわけだ。そんな人が死んでも、生きていても関係ないという、なんとも薄情でもあるように思えるが、それが現実だった。どんなに関心があることだって、いつかはみんな記憶から風化して消えていく。それが諸行無常ということ。でも、新しいことに関心を持って自分を高めていくことができたらそれはとってもすばらしいことだと思う。常にそういうことができる人でありたいとそう思う。