燈子の部屋

さまざまなことをシリアスかつコミカルかつエッセイ風に(?)綴る独り言的日記サイトです

『城』

2007-02-01 18:06:03 | 本棚

 測量師のKは深い雪の中に横たわる村に到着するが、
 仕事を依頼された城の伯爵家からは何の連絡もない。
 村での生活が始まると、村長に翻弄されたり、
 正体不明の助手をつけられたり、
 はては宿屋の酒場で働く女性と同棲する羽目に陥る。
 しかし、神秘的な"城"は外来者Kに対して永遠にその門を開こうとしない……。
 職業が人間の唯一の存在形式となった現代人の疎外された姿を抉り出す。
 (文庫カバーより)

 カフカの作品は『変身』以来敬遠していたにもかかわらず、
 なぜか、いつかは『城』を読まねば、と思っていた。
 年末に積読の山から取り出すと、不思議と引き込まれ、
 ほぼ一日という近頃では滅多にない速さで読了した。
 登場人物が改行なしで数頁もしゃべりまくったりするのに、
 予想外に面白かったのだ。

 Kが村に着いた最初の晩、酒場にいたお百姓たちの態度は、
 よそ者に対する好奇心と恐れがないまぜになっていて憐れなくらい滑稽だ。
 居合わせていた城の執事の息子シュワルツァーの態度も同様で、
 最初は丁重だが、Kが伯爵の許可証を持っていないと知るや、
 不法滞在者として伯爵領である村から追い出しかけ、
 城に問い合わせて最終的にはKが招聘されて来たことがわかると、
 今度は決まり悪そうに近づいてくるという滑稽さを見せている。
 権威に媚びへつらわぬというより、もとから重きを置いていないようなKは、
 この村では明らかに異質な存在で、冒頭から前途多難な様子が窺える。

 城の官僚機構は度が過ぎるほどややこしくて摩訶不思議でシニカルだ。
 村長の話によれば、伯爵府から測量師を招聘せよとの訓令を受け取った時、
 村では測量師を全く必要としない旨の回答を送ったが、
 どういうわけか間違った部課へ届いたために面倒な事態が生じた。
 それがようやく解決し、すっかり忘れられた頃にKが現れた。
 Kは、いわば招かれざる客だが、その行動に客らしいところはない。
 ラジカルなよそ者として絶えず周りとの間に摩擦を生みながら、
 城や村の掟とは異なる規範で行動する。
 彼の思考や言動は現実的で、傲慢でも卑屈でもなく、常にありのままだ。
 今の世の中では羨ましがられこそすれ、非難されることではないだろう。
 しかし、橋屋のお内儀(おかみ)はKに対して糾弾するかのように言う。

 「あなたは、お城の人でもなければ、村の人間でもない。
  あなたは、何者でもいらっしゃらない。
  でも、お気の毒なことに、あなたは、やはり何者かでいらっしゃる。
  あなたは、つまり他国者なのです。
  不必要な、どこへ行っても邪魔になる人、たえず迷惑の種になる人、
  おかげで女中部屋まであけてあげねばならない人、
  そのくせ、なにを腹にもっていらっしゃるのか、まるで雲をつかむようで、
  わたしたちのかわいいフリーダをかどわかし、こころならずも
  この子を奥さんにあげなくてはならない羽目に落とされてしまう人――
  あなたは、そういう他国者でいらっしゃる。
  こんなことを言ってお気にさわったかもしれませんが、
  これは、べつにあなたを責めているわけじゃありません。
  あなたは、ありのままのあなたでいらっしゃるしかない」
(104頁)

 これは、お内儀の事情――Kが寝取ったフリーダはクラム長官の恋人だが、
 そのクラムにかつてお内儀も呼ばれたことがあったという事情――
 を考慮しても、なかなか辛らつな言葉に聞こえる。
 はたして「他国者」と呼ばれる人に真の居場所はあるのだろうか?
 自国でもそう呼ばれてしまうような気がしてならない。

 私には、Kがタロットカードの「愚者」のように思える。
 どこからともなく現れ、どこへともなく消え去り、どこにも属さず、
 常にいずこかを流離っている旅人のような印象を受ける。
 彼だけが具体的な名前を与えられず、測量師という仕事さえ覚束ない。

 『城』は未完のため、Kの行く末は永久にわからないままだが、
 ひょっとすると、その存在さえわからなくなっていたところかもしれない。
 訳者のあとがきによれば、カフカは遺言で作品の焼却を望んでいたという。
 その遺志に反して世に出た作品を読むことには一抹の罪悪感を覚えるけれど、
 それはあくまで一抹に過ぎず、焼却されなくてよかったと思わずにはいられない。

 Franz Kafka(1883-1924)
 オーストリア=ハンガリー帝国領当時のプラハで、ユダヤ人の商家に生る。
 プラハ大学で法学を修めた後、肺結核で夭折するまで実直に勤めた
 労働災害保険協会での日々は、官僚機構の冷酷奇怪な幻像を生む土壌となる。
 生前発表された「変身」、死後注目を集めることになる「審判」「城」等、
 人間存在の不条理を主題とするシュルレアリスム風の作品群を残している。
 現代実存主義文学の先駆者。
(文庫カバーより)


 『城』
  フランツ・カフカ著/前田敬作訳
  新潮文庫 1971年4月 630頁 781円(税別)
  ISBN978-4-10-207102-1


(次を読む)


2 コメント

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カフカ (とほ)
2007-02-08 07:11:13
変身は読みました。
城は未完なんですね。
翻訳も大変そう。

城の主人公に自分がダブリました。
常駐先では協力社員、自社に戻っても居場所はない。
今度読んでみたいと思いました。
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改行 (燈子)
2007-02-08 13:21:05
 がないと、こんなに読みづらいものなのかと……。
 でも、とうとうと話している感じが伝わってきますけどね。

 >城の主人公に自分がダブリました。
 >常駐先では協力社員、自社に戻っても居場所はない。
 とほさんたら、ご謙遜を~
 女性にもてるところがダブっているんですよね?
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