さかきの教授日記

九州産業大学 工学部 バイオロボティクス学科の教員である榊が、学生を教えていて気がついたことをつづった日記

ロボットと夢

2008年03月31日 12時29分24秒 | Weblog
◆妙に寒いなあと思ったら、、、霙混じりの雨でした。
◆さて、週末の新聞にホンダのアシモの開発が20年近くかけているという記事が載っていた。うん、結構長く時間をかけているんだね。
◆この20年をどう見るか、、、議論が分かれるところである。ほ~、最初のいかにもメカが歩いているという感じから、最近のCMのように共同作業までこなすようになったか、う~ん、えらい!、、、あるいは、え?20年もかけてまだこんだけしか進化してないの?移動スピードがあがっただけじゃん、たいしたことねえなあ、と。
◆いずれにせよ、一家に一台のレベルでいわゆる人間型ロボットが導入されるのは、まだ先のようである。共同作業や人の動きを認識するといっても、できる作業は簡単な品物の運搬に限られる。コスト・パフォーマンスが不足している。
◆単機能の機械にはまだ勝てない。(例:洗濯機や炊飯器、エアコンのような家電)
◆ロボット技術を追求する目的はどこにあるか?を議論する必要があるね。
◆朝日新聞

居酒屋

2008年03月28日 09時56分31秒 | Weblog
◆近所のお寺の境内の桜が2部咲きです。でも花見にはちと寒いですね。
◆さて、先日の卒業生との懇親会での余話その2.
◆車の話題の代わりにでたのが目の前の料理に対する批評。彼らのうち、半分は居酒屋でバイトをしていた(いるかも?)とみた。
◆かなりリーズナブルな居酒屋だった。ということは料理と酒もそれなりのものだ。逐一批判が出る。価格や手間、材料にいたるまで、実に詳しい。そしてこの店の売り上げはほぼいくら、利益はいくら、、、ときた。いや、まいりました。
◆バイトの弊害はもちろんあり、私も深夜のバイトは厳しく注意していた。しかし、こうしてみると、実にビジネス的な観点がある、つまり仕事としてしていたことがわかった。ま、どうせするなら、こんな形でしてほしいね。いや、ある意味実に感心、今後の仕事にもどこかで生きてくることだろう。

車はどこへいった?

2008年03月27日 09時45分27秒 | Weblog
◆午後から雨のようです。そういえば近所で桜の花を見つけました。
◆さて、卒業式の後の学生との懇親会での余話。
◆同窓会をしようとか、誰が一番出席するかなんて、他愛もない話が出たんだが、後から考えるとどうも何か話が足りないなあ、、、と考えていた。
◆そうそう、車の話が一度も出なかったね。そういえば、ここ数年、学生と飲み会をしても、車の話題が出たことは一度も無い。
◆自分の新入社員のときを思い出した。同期で飲み会すると、8割は車の話。ほとんどそればっかり、、、車=自分の人格というスタンスの人もいた。私は持っていなかったんで、友達が話すのを聞いていて、やや食傷気味だったのだが、ここまで様変わりするとは、、、
◆車に魅力を感じていない若い人が増えている、という記事をときどき見かける。乗るとワクワクする、、、ということを感じなくなってきて、身の回りの品物のひとつという位置づけかもしれない。
◆ロボットも同じ運命をたどる気がする。新しい魅力、使い方を提案しなくちゃね。

ロボット教育

2008年03月26日 12時03分22秒 | Weblog
◆昨夕といい今朝といい、短時間の豪雨、びっくりしますね。
◆さて、近隣の若手の先生方とロボット教育について話す機会を得た。
◆ヒューマノイドをはじめ、ロボットの先端的な研究は盛んだが、ちょっと待てよ、という意見が多かった。
◆確かにホビーレベルでも2足歩行のロボットが安価に入手でき、ロボットの大会も盛んである。しかし、市場からみると、ホームロボットが普及するには相当の人・もの・金、そして時間が必要なようだ。
◆A先生がいわく「障害者の社会参加が言われているが、社会が受容しているとはまだまだいえない。そういう時代であるのに、人よりもはるかに機能が劣るロボットが普及するなんて、、、夢物語ではないか」と。
◆う~ん、一理あるなあ。ロボット技術が形を変えて各分野に応用されていくとは思う。え?これがロボット?というように思いもかけない形をとって。でも、いわゆるロボットの形にこだわると、予測をまちがう気はするね。

まっとうな評価

2008年03月25日 10時34分12秒 | Weblog
◆今朝もさっぱりとした天気です。もう桜も咲いているとか?
◆さて、親戚が軽い痴呆症である。だんだんと身の回りの世話をする必要が出てきている。
◆正直ちょっと困ったのが、話が通じにくいことだ。昔のしゃきっとした姿を知っているだけに、何か違和感を覚えたりギャップを感じたりする。そういうことでは困るのはよくわかっている(というよりも知ってはいるといった方が正確か)。
◆介護するうちに感情的になるという話は聞いていたが、気がつくと自分もそうじゃないか、、、などと考える。ありのままを受け入れるのがよい、うん、そうだねと頭ではわかっているが、どうも実際にはうまくいかないなあと思う。頭だけでなく気持ちを切り替えるのには時間がかかりそうだ。そのうち慣れてはくると思うが、、、
◆してみると、そうした症状の人たちの相手をする介護職の人は、ずいぶんと訓練されているしすごい技術をもっていると思う。家族の単なる肩代わりではない。家族ができないことをプロとして実行している。
◆そういう意味からは、相応の報酬があってしかるべきだ。ところが、今、国をあげて介護の予算を削減する傾向にある。若い人たちが望んで集まるような仕組みになっていないのは、これまたどうだろうか。使命感に甘えてはいけない。