民族音楽いわゆる民謡(イコールではないが)、特に土着性の強い音楽は実に素晴らしく、
人を昂揚させたり、静粛にさせたりする特別な力を持っていると思う。
スコットランドやアイルランドの民謡、アフリカの強烈なリズムを持つ音楽、
アルゼンチンのフォルクローレ、バリのガムラン、そしてハワイアンミュージック……。
もちろん日本各地の民謡もそれぞれが同じような力を持っている。
そもそも、民謡とは大衆の謡である。
しかし、その始まりは祭祀にある。
つまり、その土地の信仰につながっているのだ。
祭祀には厳粛な祈りのあとの踊りと唄が欠かせない。
その唄が民衆のものとなったのが、民謡である。
民謡は、信仰だけじゃなく、その民族の生活や風習なども歌われる。
民謡とはその民族にとってとても大切なものなのだ。
しかし、時の為政者によって、信仰それにつらなる踊りや唄が禁止されてしまうことがある。
ハワイがまさしくそうだ。
ハワイは1778年にクックによって発見され、すぐさま欧米に侵略される。
なぜ、ハワイが簡単に欧米の手に落ちたか?
それはクックをハワイの人々は神の使い(もしくは化身)と思ってしまったからだ。
それでもまだハワイは王国として存在した。
アメリカの属することになった。最後の女王リリウオカラニの話は有名だ。
アメリカはハワイの文化だけでなく、言葉までを禁止した。
そしてフラもハワイアンも何もかもが一時廃れてしまった。
フラやハワイアンが復活を遂げたのは1970年代に入ってからのことである。
ハワイアンという民族の言葉、文化、風習に対する様々な検証が行われ、
民族の誇りを取り戻そうという動きが現れたのだ。
その動きに大きく関わったのが、イズラエル・カマカヴィヴィオレという一人のミュージシャンだ。
通称はIZ。
僕も彼のアルバムを聴いていると、いわゆるハワイアン・ミュージックのゆったりとした流れの中に、
何か人を奮い立たせるような強さ、彼の伝えたいメッセージを感じる。
ハワイのホテルに着いた時にテレビをつけると流れる、ハワイの観光情報番組のBGMとは違う力を。
実際に「HAWAII ’78」という曲はストレートな歌詞でハワイ民族、ハワイ文化の復興を歌っている。
為政者は地元民の信仰、文化、時に言葉までも否定し、自分たちの文化を押し付ける。
それは、もちろん統治しやすいからだ。
同じ価値観を持たせれば、あとは簡単な話だ。
民族性よりも国民性が強くなる。
沖縄も同じことだ。
琉球王国崩壊後(琉球処分という)、方言は禁止され、ノロ、ユタといった信仰は否定された。
ただ、音楽だけは残ったが、変容を遂げていったいったことは間違いない。
僕は古謡についてはよく知らない。
でも、少し前に公開された「ミュージック・オブ・ミャーク」のように、
それを掘り起こしていくという作業は必要なのだと思う。
僕は登川誠仁という人物を直接知らない。
ステージ上で歌っている姿しか見たことがない。
ただ、数多く放送された彼の追悼番組で、必ず言われていたことが、
「誠小師匠は新しい歌を作りながら、地方の歌の掘り起こしていった」と。
今、ほかの都道府県と比べて、沖縄の民謡がこれほどまでに盛んなのは、
やっぱりそのような人たち(ほかには嘉手苅林昌さんや前川朝昭さん、照屋林助さんなど)
のスターが存在したことが大きいのだろう。
さらに、沖縄の特殊な歴史の中で、歌というものが果たした役割は大きい。
ここではあえてでに亡くなったミュージシャンばかりに触れてた。
ご存命の素晴らしい人たちはもちろんいるし、若い人たちも彼らの意思をしっかりと受け継いでやっている。
音楽は土着性が強ければ強いほど、その民族の心を動かす。
それはいくら為政者たちに禁止、迫害されても最終的に生き残っているのだ。
それは、ワールドミュージックが世界的に認知されたことで証明されたのではないだろうか。
人を昂揚させたり、静粛にさせたりする特別な力を持っていると思う。
スコットランドやアイルランドの民謡、アフリカの強烈なリズムを持つ音楽、
アルゼンチンのフォルクローレ、バリのガムラン、そしてハワイアンミュージック……。
もちろん日本各地の民謡もそれぞれが同じような力を持っている。
そもそも、民謡とは大衆の謡である。
しかし、その始まりは祭祀にある。
つまり、その土地の信仰につながっているのだ。
祭祀には厳粛な祈りのあとの踊りと唄が欠かせない。
その唄が民衆のものとなったのが、民謡である。
民謡は、信仰だけじゃなく、その民族の生活や風習なども歌われる。
民謡とはその民族にとってとても大切なものなのだ。
しかし、時の為政者によって、信仰それにつらなる踊りや唄が禁止されてしまうことがある。
ハワイがまさしくそうだ。
ハワイは1778年にクックによって発見され、すぐさま欧米に侵略される。
なぜ、ハワイが簡単に欧米の手に落ちたか?
それはクックをハワイの人々は神の使い(もしくは化身)と思ってしまったからだ。
それでもまだハワイは王国として存在した。
アメリカの属することになった。最後の女王リリウオカラニの話は有名だ。
アメリカはハワイの文化だけでなく、言葉までを禁止した。
そしてフラもハワイアンも何もかもが一時廃れてしまった。
フラやハワイアンが復活を遂げたのは1970年代に入ってからのことである。
ハワイアンという民族の言葉、文化、風習に対する様々な検証が行われ、
民族の誇りを取り戻そうという動きが現れたのだ。
その動きに大きく関わったのが、イズラエル・カマカヴィヴィオレという一人のミュージシャンだ。
通称はIZ。
僕も彼のアルバムを聴いていると、いわゆるハワイアン・ミュージックのゆったりとした流れの中に、
何か人を奮い立たせるような強さ、彼の伝えたいメッセージを感じる。
ハワイのホテルに着いた時にテレビをつけると流れる、ハワイの観光情報番組のBGMとは違う力を。
実際に「HAWAII ’78」という曲はストレートな歌詞でハワイ民族、ハワイ文化の復興を歌っている。
為政者は地元民の信仰、文化、時に言葉までも否定し、自分たちの文化を押し付ける。
それは、もちろん統治しやすいからだ。
同じ価値観を持たせれば、あとは簡単な話だ。
民族性よりも国民性が強くなる。
沖縄も同じことだ。
琉球王国崩壊後(琉球処分という)、方言は禁止され、ノロ、ユタといった信仰は否定された。
ただ、音楽だけは残ったが、変容を遂げていったいったことは間違いない。
僕は古謡についてはよく知らない。
でも、少し前に公開された「ミュージック・オブ・ミャーク」のように、
それを掘り起こしていくという作業は必要なのだと思う。
僕は登川誠仁という人物を直接知らない。
ステージ上で歌っている姿しか見たことがない。
ただ、数多く放送された彼の追悼番組で、必ず言われていたことが、
「誠小師匠は新しい歌を作りながら、地方の歌の掘り起こしていった」と。
今、ほかの都道府県と比べて、沖縄の民謡がこれほどまでに盛んなのは、
やっぱりそのような人たち(ほかには嘉手苅林昌さんや前川朝昭さん、照屋林助さんなど)
のスターが存在したことが大きいのだろう。
さらに、沖縄の特殊な歴史の中で、歌というものが果たした役割は大きい。
ここではあえてでに亡くなったミュージシャンばかりに触れてた。
ご存命の素晴らしい人たちはもちろんいるし、若い人たちも彼らの意思をしっかりと受け継いでやっている。
音楽は土着性が強ければ強いほど、その民族の心を動かす。
それはいくら為政者たちに禁止、迫害されても最終的に生き残っているのだ。
それは、ワールドミュージックが世界的に認知されたことで証明されたのではないだろうか。