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毎年この時期恒例の「ワッパ騒動ゆかりの地めぐり」が模様された。コンテンツは下記の通り。
◯開催日時:2024年5月16日(木曜日) 9:00-15:00
◯集合解散:出羽庄内国際村駐車場
◯工程:
1.荒川寺[こうせんじ]9:15−9:30
2.荒川[あらかわ]村八幡神社 9:35−9:55
3.郷[ごう]の浜 10:05−10:15(車窓より)
手向ふるさとセンター 10:20着(トイレ休憩)
4.黄金堂・芳賀七右衛門家・芳賀兵左衛門家、
及び裏道散策 10:30−11:00
5.加藤和助寿碑 11:05−11:15
6.東堀越新山神社 11:25−11:45
7.鷺畑古墳群・鷺畑、無音等近隣集落(車窓)
昼食 草介 12:00−13:00(ワッパ騒動概略説明)
8.藤島村八幡神社・藤島城址 13:10−13:30
9.東田川文化記念館 13:35−14:20
10.六所神社 14:30−14:45
◯主催:ワッパ騒動義民顕彰会
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一、 指定年月日:明治41年4月23日 (昭和25年8月29日)
一、 告示番号:内務省告示 第43号 ( 建 第497号)
一、 指定理由:文化財保護法第27条の規定による
一、 沿革
黄金堂は同境内(現在は道路によって分断)の正善院の所有である。正善院は黄金堂の別当職で往古「手向山」中禅寺正善院と称し、のち、羽黒山長寿寺正善院と称してきたが、維新後、羽黒山荒澤寺正善院として現在に至っている。もと羽黒山には羽黒山寂光寺・添川山賀我寺・広澤山荒澤寺・堂塔山瀧水寺・南流山禅定寺・金色山福王寺・手向山中禅寺・来迎山千勝寺・医王山機乗寺・不動山嘉祥寺の十大寺により構成されていたが、次第に羽黒山に統合し殷盛を極めたが、明治の神仏分離後は荒澤寺・正善院・金剛樹院の三ケ寺が現存するにすぎない。黄金堂は、山上の大金堂(今の三神合祭殿)に対して、小金堂と言います。金堂とは本堂のことで、33体のご本尊が金色に映えしより、黄金堂と書き、コガネドウと訓む。
一、 神亀5年(729) 聖武天皇勅願建立との伝承あるも詳ならず。
一、 建久4年(1193) 源頼朝建立とも伝う。建築奉行土肥次郎実平。
一、 元応2年(1320) 出羽国判官代栄家修覆。
一、 文禄3年(1594) 酒田城主甘粕備後守景継公大修覆。
一、 後世しばしば修理模様替えあり、昭和39年解体修理工期満2ヶ年、同41年解体修理完了。同61年防災設備完備。お堂の中には貴重な文化財が多くお祀られております。
一、 私達国民の宝・文化財を大切に愛護しましょう。
山形県教育委員会・羽黒町教育委員会・羽黒山荒澤寺正善院
(境内案内板より)
(境内案内板より)
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この『黄金堂[こがねどう]』は、建久4年(西暦1193)源頼朝が平泉の藤原氏を討つにあたり、戦勝祈願のため寄進したと言われている。
その当時は『長寿寺金堂[ちょうじゅじこんどう]』(小金堂[しょうこんどう])と言われていた。また、羽黒山頂にある三神合祭殿の前身『寂光寺金堂[じゃっこうじこんどう]』(大金堂[だいこんどう])と共に、大小2つの『金堂』と言われていた。
現在の堂は、文禄5年(西暦1596)に甘粕備後守[あまかすびんごのかみ]が大修理したもので、正面5間(9m)、奥行4間(7.2m)の『方形造り[ほうぎょうづくり]』である。
境内には黄金埋蔵の伝説が残っており、国の重要文化財にも指定されている。
(境内金属プレートより)
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Mt.Haguro Shozen-in Koganedo
羽黒山の門前町、手向地区にあり羽黒山頂の『大金堂[だいこんどう]』(現在の三神合祭殿)に対し、麓の「小金堂[しょうこんどう]』と呼ばれ等身大の三十三体の聖観世音菩薩[しょうかんぜおんぼさつ]を御本尊として祀る。また、明治時代の神仏分離政策の際、麓に下りた大金堂の三尊像(聖観世音菩薩、大日如来、阿弥陀如来)も本堂に遷座する。境内の於竹大日堂の於竹大日如来は、江戸と出羽国を行き来する山伏による出開帳[でかいちょう]などで広められ、江戸庶民を出羽三山に呼び込んだ。
(最新の案内表示版より)
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〇指定年月日 昭和49年6月1日
この欅は、地上約4メートルで三枝し、大きく枝を張り全体が冠状となっている。根回り7.25メートル、目通り幹回り6.45メートル、樹高約25メートルに及び、育成も旺盛である。
樹齢は約500年と推定されるが、庄内地方では鶴岡市日枝神社、立川町阿古屋の欅と並ぶ名木で、由緒ある六所神社の歴史と共に歩んできたものであり、神木として保護されてきた貴重な欅である。
昭和52年3月
藤島町教育委員会 (境内案内板より)