私の書くことは、だいたいこれまで聞いたこともない『トンデモ…な』事柄・・・が多い。
しかし、今日のは我ながら『トンデモ』かな、とちょっと思った。
還暦の歳、2012年に、私は生まれて初めて『投票』という行為をした。
それまで政治には全く関心がなく、遠目で見ても政界というのが薄汚く見えて、できるだけ政治から距離を置きたかったのだ。・・・
これって一見、それなりに筋が通る話のようであるが、今考えると、『大人気』のない、他人に対する思いやりに欠けた狭〜い視野の
アンポンタンの考えであった…と心底反省している。(それにしても遅すぎ!)
『3・11』がなければ、私はそんな反省することもなく、『在外投票』なんかもしなかったであろう。
『3・11』がなければ、日本の政治が国民に対してこんなに『無慈悲』であることに、気が付かなかったのだ。
日本では18歳を越えれば誰でも『投票権』を持つことが出来る。そして、それを使うか使わないかは、その人の自由なのだ。
だから、悪徳政治家は国民に政治に対して無関心でいて欲しい…。生活が苦しくなっても、その原因が政治にあると気付いて欲しくない。
たとえ自殺者が増えても、それは各自の問題で、政治のせいではない…と思っていて欲しい。
そんなことをごちゃごちゃ考えていたら、我々人間は『悟り権』をも持って生まれているのに、
まったく行使せずに死んでしまっている事に気付いたのだ。
自(他)に対する『慈悲心』を観ないまま、自殺する人がいる… 。
他人が困っていても『投票』もしないし『悟り』もしない。
世の中を良くしようと思うなら、『投票権』と『悟り権』を無駄にしてはいけない。
『投票権』と『悟り権』二つ合わせて『太極拳』なり・・・図
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