メディアショップ駿河屋 なぜベス!

駿河屋ブログは移転いたしました。
(07/06/01)

ルート225

2006年08月13日 | 丁稚 定吉の映画日記
わてが丁稚の定吉だす。
静岡では2日間だけ上映された「ルート225」を観て来ました。
パラレルワールドに迷いこんだ姉弟のファンタジーと思いきや、これが実に良く出来た作品でビックリしました。たまにこういういい意味で期待を裏切られる作品に出会えるから年に何十作も観ちゃうわけですが。まさに間歇強化のモルモットみたいなもんです。
わてが盆暮れ関係なく仕事をしてるのに、まして今年は盆の真っ最中の15日に朝から夕方まで会議に出ろなんてメールが来てる一方で、焼津や藤枝あたりから静岡に遊びに来るような中高生がたくさん乗った電車や部活のために登校する姿とすれ違うたびに、思うことがあるわけですよ。幸せそうだな、って。
今まで秘密にしていたことですが、実はわてにも中高生だった頃があるんです。その姿って、今のわてから見ると…。でも毎日が必死だったのも覚えてます。勉強とか友達とか親とか、ストレスばかりで、それが原因で定期的に直径1メートルくらいの口内炎を定期的に作っていました。
わてにとっては口内炎が国道225号線だったのでしょう。
主人公の田部未華子は225号線を越えて帰らない弟を迎えに行きます。いじめられて公園でブランコをこいでいた弟を連れて帰ると、そこは死んだ弟の同級生が普通に生きていて、高橋由伸がちょっと太っていて、仲たがいした友達と仲直りしている世界。そして両親が蒸発した世界。母親とはちょっと太った高橋由伸のテレカでかける公衆電話でつながることもありますが、度数はあとがありません。
両親を疎く思い、あるいは隠しごとをしたがために迷いこんだ世界からなんとか戻ろうと試行錯誤します。
ありがちなテーマで、ストーリーは観ようによっては後味があまり良くない部分はありますが、それを力の抜けたトホホ感にも似た笑いで上手く包んで、全体的に暖かい雰囲気をかもし出す描きかた、これは最近の邦画の強みでしょう。
一昔前の邦画なら、観る方がげんなりするような芸術色という名目でのダウナーな雰囲気で満たされてたかもしれませんが、最近の単館系といわれる邦画でよく見られる脱力テイストの延長上に乗ったことが本作の出来の良さの一因だと思います。(それが監督由来なのか原作由来なのかは気になるところです)
母親は姉弟を案じこそすれど、決してあせったり取り乱したりすることはありません。なぜなら親は親離れを知っているからです。だから傘を持って行け、って。でも子は親離れをして初めてそれを知ります。二つの世界を貫いておさまる1枚の写真。その距離感をどの程度に保つかはまた別の試行錯誤がありますが、それはまた別のお話。
DVDは9月29日発売。親離れをした方とこれから親離れをする方に是非にお薦めします。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「右脳の達人 ひらめき子育て... | トップ | 1/6の夢旅人 »
最新の画像もっと見る

丁稚 定吉の映画日記」カテゴリの最新記事