風にとまれと言っても無駄だ
風に止まる場所はない
風にあるのは方向だけだ
それも重なり合う雲のせいで
目標は常に不可視
それでも風は止まらない
流れるのが宿命
どこか
としか言えないが
どこかは
必ずどこかにある
風にとまれと言っても無駄だ
風に止まる場所はない
風にあるのは方向だけだ
それも重なり合う雲のせいで
目標は常に不可視
それでも風は止まらない
流れるのが宿命
どこか
としか言えないが
どこかは
必ずどこかにある
街
空の下
陽の下
雨の下
人が歩いている
自転車に乗る人がいる
走る人がいる
今時だ
スマホに夢中な人が歩いている
ずっと目を離さない
車が走る
大きさに物言わせ
横暴に無礼に走る
立ちすくむ人がいる
歩道だというのに座り込む人
大声で周りを震わせ
塊を組む集団
街の上
道と建物とほんの樹木と
看板に電線
そして信号
信号は街の象徴だ
赤なら止まれ
青なら進め
止まれとも進めとも言わぬ黄色
黄色は
人の核心だ
160億年で1秒しか狂わない時計を東京大学の研究チームが開発したというニュースが伝わった。
160億年で1秒。
仮に人生80年とすれば、80年で0.000000005秒しか狂わないということになる。
生きている間、時間は全く狂わない。
人の時間はそうはいかない。
人によって違うし、生まれたとき、10代、20代と続き人生のステージで時間の流れ方がまったく異なってくる。
しかも、同じステージでも早かったり、遅かったり、時には止まったりすることもある。
ただ、だからといって160億年の1秒で過ごしていくのもきっと苦痛に違いない。
人はそんな風にできてはいない気がする。
こころの動きで時間も変わるのだ。
といっても時計は正確なほうがいい。一日で1分、2分と狂うような時計ではやはり困る。
そういえば、今身に着けている腕時計、早く直さなきゃ・・・。
そうすればもう少し、正確に生きていけるかも・・・・なんて。
木のガラリ戸
ガラッと開ける
夜風が待ちわびて
入って来る
身じろぎせず
すくっと立ったまま
月が見下ろし
青みが深まる
下界に向かって
やおら豆を握りしめ
精一杯の距離まで
振り撒くのだ
鬼は~外
福は~内
願っているだけではだめだ
何が鬼なのか
何が福なのか
それさえわからぬ
事情になってきた
自分自身に寄る
寄るためにしっかり立つ
ひとつのりんごが
重力に降伏して
ぽとりと落ちた
その重みで
幹は震えたが
空はまだ青く広がっている
幾つかのりんごは落ち
また新たに実がなり
そうして生きてきたはず
落ちたリンゴを惜しむより
明日の実を見よ
大地の養分と
天の恵みがあれば
呼吸と希望は残ったままだ
晴れているから
今日は気分がいい
雨なので
憂鬱だ
一粒の人間の
自分の心なのに
たどり着けない
そこは未知
そんなたわいない
いいわけで
ほっとするなら
それでいい
曇りの時の
いいわけが
気分の有り様が
難しいけど
海か山か
巨人か阪神か
少年に遡れば
ファーブルか
シートンか
ぼくはどちらかといえば
シートンだ
だが
人生の悩みは
そうはいかない
こっちか
あっちか
と問われても
どちらか一つは選べない
面倒くさいものだ
人生は
面倒くさいものだ
人間は
今が旬の倍返し
しかし、倍返しはだめだ
相手を零か
さらなる倍返しに追い込む
ちょうどいいのは
7割返しぐらいか
数字は任せる
好きでいい
ちょうどいいのが
ちょうどいい
長い坂道を前にして
その頂の向こうに青空だけが見える
そういう坂道を歩いていたんだ
その坂道のてっぺんと
向こうに見える真っ青な空の間に
何があるんだろうと思って
ずっと歩いていたんだ
ぜえぜえ唸って
足を引きずって
歩いていたんだ
坂道の頂が遠いほど
空に近づき
空とてっぺんの間は狭くなり近づいていく
頂が空と一緒になるほど
高くはならないと思うけど
そんなことになったらいいなと思いながら
こんな長い坂道を今でも
ぜえぜえ言いながら
足を引きずって
歩いているんだ
重力があるから
人は歩くことができる
重力があるから
人は横たわり眠ることができる
重力があるから
人は飛ぶことができない
重力があるからといって
人が安らかな眠りを得るとは限らない
この地球の大きな力のもとでも
ひとりひとり皆
異なる力をもち
一人一人が異なる戦いをしている