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辞書引く日々

辞書が好きなのだ。辞書を引くのだ。

フルトヴェングラー指揮によるブラームス交響曲第1番の整理メモ

2006年09月04日 | 言葉
フルトヴェングラーのブラームス交響曲第1番のCDを買おうと思ったが、じつにさまざまなものが売られていて迷う。録音が知られる演奏だけでも 11 とも 13 とも言われ、それぞれが色々な盤で発売されるものだから、すっかり混乱する。

ファンのコメントもあちこちにあるが、多くが録音されたディスクに対するコメントで、演奏自体よりも録音に対する興味によるものが少なくない。

で、録音のことはおいておき、単純に演奏自体はどれがいいのかということになると、そもそもどういう演奏が知られているのかという点から整理しないとはじまらない。

ネット上のあちこちから引っ張ってきて、ともかく次のようなリストを作成してみた。(自分用につくったいいかげんなリストであるから、信じてはいけないよ)。せっかくだからコピペしておくのだ。

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1945.1.23/ベルリン ※第四楽章のみ
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/1947.8.13/ザルツブルグ
 ルツェルン祝祭管弦楽団/1947.8.27/ルツェルン
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/1947.11.17~20/ウィーン
 コンセルトヘボウ管弦楽団/1950.7.13/アムステルダム
 北西ドイツ放送交響楽団/1951.10.27/ハンブルグ
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/1952.1.27/ウィーン
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1952.2.10/ベルリン
 RAIトリノ交響楽団/1952.3.7/トリノ
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1953.5.18/ベルリン
 ベネズエラ交響楽団/1954.3.21/カラカス


ひとり案内

2006年07月03日 | 言葉
大言海をめくっていたら「獨案内(ひとりあんない)」という言葉が載っていた。「人ニ問ハズトモ、讀メバ獨ニテ了解セラルルヤウニ作リタル書物」とあり、ようするに独習書のことである。先生につく余裕のない人のためという感じが出ていて、なにか寂しい印象を与える言葉ではないか。なかなか趣きがある。

ぜひこの言葉を復活させて「C言語ひとり案内」とか「Microsoft Word ひとり案内」とかいうタイトルをつけてほしいものである。

口ぐせを封ぜらる

2006年05月23日 | 言葉
「何か面白いことないかなあ」というのが私の口ぐせであったのだが、あんまり言っているものだから、妻に禁止されてしまった。

仕方がないから、「静電植毛で髪の毛を植えた人いないかなあ」とか「牛乳の賞味期限をイスラム暦で表示するよう法律で義務化されないかなあ」とか、いちいち具体的に言わなければならぬようになってしまった。

ああ面倒くさい。

毛筆体フォント、ここまでやってくれんか

2006年05月19日 | 言葉
昔のフォントはラスタ的な点々の集合だったが、最近はベクタ的なアウトラインになった。つまり、文字の輪郭を、なめらかでとぎれのない曲線として定義しているってわけだ。だが、毛筆体においては、もっと別の表現方法がありそうだ。そもそも、カリグラフィ的なフォントの仕様は、毛筆による文字の定義には不十分なのではないか。

(よく言われることだが) 筆による文字を見るということは、x, y 軸上にどのように表現されるかだけを見ているわけではなく、筆を紙に押しつける力をも見ている。となれば、フォントが持つべきデータは、筆の中心の x, y 平面上の位置、筆先の x, y 平面上の位置、筆を紙に押しつけている力、などのデータから成っていてもよい。ラスタライズするときには、こうした運筆用筆情報をもとにいちいち(仮想的に)書くというわけである。もちろん、運筆の速度も問題になるので、時間的な情報も加える必要がある。

宛名などを描くために、本物の筆を持たせたロボットアームを使っているのを見たことがある。あれを洗練させて、運筆用筆情報をフォントデータとして一般化できたら面白いだろうということだ。同じフォントでも、ラスタライズするときの環境によって、違った字になったりもするであろう。


怒りの柏餅

2006年05月04日 | 言葉
端午の節句ということで、柏餅を買う。

柏の葉が、やけに緑色だと思ったら、木から取ってきたまま葉を餅部分にまいただけである。おかげで餅の部分に、葉っぱの青臭さが移っただけで、柏餅の匂いとはほど遠いのだ。

これには閉口した。ほとんど、詐欺である。大いに驚き憤概した次第である。名古屋には柏餅を食う習慣がないのであろうか。こんなものは柏餅ではない。みんなこんなものを柏餅だと思っているのであろうか。残念である。

さて憤概のあまり、みんなが大好きな広辞苑とかいう辞書を引いてみる(第4版)。

「円形の扁平状のしんこ餅を二つに折り、中に餡を入れて、カシワの葉で包んだもの。五月五日の節句の供物とする」

とある。なるほど、これでは柏の葉をただ餅に巻けばいいようである。これではいかんと思い、「大言海」を引く。

「しんこノ餅に餡ヲ包ミテ、又、枯ラシタル柏ノ葉ヲ二ツ折リニシテ、包ミテ蒸シタルモノ。端午ノ節句ノ節物トス」

そうだよ。これだよ。「枯らしたる柏の葉」&「蒸したる」ってとこが大事なのだ。そうでなくては、柏餅の匂いなど出ないのだ。

私年号

2006年03月30日 | 言葉
元号といえば、たいへん権威のあるものだと思っていると、一方にやんごとなき方面からオーソライズされていない年号というのがあるという。たとえば白鳳文化などというときの「白鳳」というのも、この私年号のひとつらしい。そういうものが結構な数、知られているそうだ。

征露なんてのも私年号だとか。漱石の用例があるそうで、探してみると「達観しない証拠には現に吾輩の肖像が眼の前にあるのに少しも悟った様子もなく今年は征露の第二年目だから大方熊の画だろうなどと気の知れぬことをいってすましているのでもわかる。」というのが「猫」にあった。

それにしても、飛び地とか、私年号とか、権威あるものの縁(ふち)あたりにある怪しい溝ってのが、面白く感じられるのはなぜだろうか。

禁煙音楽 その2

2006年03月29日 | 言葉
禁煙して 17 日目となる。だいぶ気分は楽になってきた。

禁煙と関係があるのかどうかわからぬが、突然ブラームスを聴くようになった(禁煙に勝るとも劣らぬ悪い冗談だ!)。

バイオリンソナタだの、ピアノ三重奏曲だのを聴くと、どうもこれはイキっぱなしで、なかなかよろしい。モーツァルトなんぞと違って、この人が何を考えているのかは、いくらか追いかけられるような気がするのだ。交響曲にも挑戦中である。(それにしてもクラシックは安いレコードがたくさんあって良いね)

禁煙たぶん10日目くらい――禁煙的音楽

2006年03月23日 | 言葉
はずかしい話ではあるが、禁煙するとイライラする。

音楽を聞いて気をまぎらわさむとす。いかなる音楽が禁煙にはよろしいか。

グレゴリオ聖歌を試してみる。エリック・ドルフィーを聞いていても、家族は許してくれるが、グレゴリオ聖歌を聞くと嫌がられる。ヘッドホンで聞くことにする。

ある修道院で録音されたディスクを大音量で聞いてみて気づく。鳥の鳴き声が入っているのである。修道院の外の音を拾っているのだ。


マジ和風な英語(?)

2006年03月21日 | 言葉
英語を日本語として前から読める語順にしたらどんな興があるか、やってみる。
サンプルは Gissing の By the Ionian Sea 冒頭。

○日本語化した語順の英語
This of sirocco the third day is,
heavy-clouded , sunless.
Naples out of All the colour has gone ;
the streets dusty and stifling are .
I long for the mountains and the sea .
I To-morrow the Messina boat by leave shall ,
which Paola calls at .
now I Paola think of began to since a twelve-month more than It is ,
and of the place an image in my mind has grown .
I picture a little marina ;
just above a yellowish little town ;
and behind , grandly rising , of Calabria the shore guard which long the range of mountains .
I know of that special interest Paola has no ,
but it on the coast to Cosenza the nearest point is ,
which interest in abundance has ;

○和訳
今日はシロッコの3日目なり
雲重く陽射し無し
ナポリよりすべての色はすでに消ゆ;
街路は埃多くかつ息詰まるなり
余は欲す山をまた海を
余は明日メッシナ船にて発たむ
其の船はパオラに寄港するなり
今や余がパオラを想い始めてより一箇年以上過ぎたり
しかして其の地の姿余の胸中に育ちたり
余は想い描く小さき港を
その上の黄ばみたる小さき町を
そして後方にあるゆるやかに高台となりカラブリアの浜を守りたる長き山脈を
余の知るかぎり特段の興、パラオにはあらず
しかれどもそれは岸辺のうちでコゼンツァへ最も近き点なり
かの地は興尽きざるなり

○対訳
This(今日は) of sirocco(シロッコ吹きて) the third day (3日目) is(なり),
heavy-clouded (雲重く), sunless(陽射し無し).
Naples(ナポリ) out of(より) All(すべての) the colour(色は) has gone (すでに消ゆ);
the streets (街路は) dusty (埃多く) and (かつ) stifling (息詰まる) are (なり).
I (余は) long for (欲す) the mountains (山を) and (また) the sea (海を).
I (余は) To-morrow (明日) the Messina boat (メッシナ船) by (にて) leave (発た) shall (む),
which (其の船は) Paola (パオラに) calls at (寄港するなり).
now (今や) I (余が) Paola (パオラを) think of (想い) began to (始めて) since (より) a twelve-month (一箇年) more than (以上) It is (過ぎたり),
and (しかして) of the place (其の地の) an image (姿) in my mind (余の胸中に) has grown (育ちたり) .
I (余は) picture (想い描く) a little (小さき) marina (港を);
just above (その上の) a yellowish (黄ばみたる) little (小さき) town (町を);
and (そして) behind (後方にある), grandly (ゆるやかに) rising (高台となり), of Calabria (カラブリアの) the shore (浜を) guard (守り) which (たる) long (長き) the range of mountains (山脈を).
I know of (余の知る) that (かぎり) special interest (特段の興) Paola (パラオには) has (あら) no (ず),
but (しかれども) it (それは) on the coast (岸辺のうち) to Cosenza (コゼンツァへ)the nearest (最も近き) point (点) is (なり),
which (かの地は) interest (興) in abundance (尽きざる) has (なり);

○もとの英語
This is the third day of sirocco, heavy-clouded, sunless. All the colour has gone out of Naples; the streets are dusty and stifling. I long for the mountains and the sea.
To-morrow I shall leave by the Messina boat, which calls at Paola. It is now more than a twelve-month since I began to think of Paola, and an image of the place has grown in my mind. I picture a little marina; a yellowish little town just above; and behind, rising grandly, the long range of mountains which guard the shore of Calabria. Paola has no special interest that I know of, but it is the nearest point on the coast to Cosenza, which has interest in abundance