鳴滝塾

地方創生にいみカレッジ「鳴滝塾」は終了し、
地域共生推進センター「鳴滝塾」として開講いたします。

第43回鳴滝塾

2019-07-20 | ☆定期講座

 
 7月20日(土)午後2時から新見公立大学学術交流センターで、シンポジウム「地域共生社会の実現に向けてⅣ 地域ぐるみの子育て支援」が開かれた。新見市民や学生ら130人が熱心に耳を傾けた。

 
 第1部「総社市の取り組み」では、三宅真砂子・山本裕子(吉備医師会)、中島久美子・白神栄子(NPO法人・保育サポート「あい・あい」)、中村敏恵(総社市保健福祉部こども課)の5氏が「子育て王国そうじゃ」に至った経緯を述べた。

 
 総社市は、人口69,077人(令和元年5月末)、12歳以下8,333人(同)、出生数524人(平成30年度)。同市の子育て支援は病児保育に顕著で、NPO法人・保育サポート「あい・あい」と三宅内科小児科医院の病児保育室「ほっとチュッピー」が市から病児保育を業務委託されている。両施設の連携は密で、前者で保育中に病児の体調が悪化した場合は小児科医が「サポートドクター」として保護者の代わりを果たしている。協力医療機関は小児科、内科、外科、耳鼻科、歯科など40施設。診断書を無料で発行している。
 また、総社市は平成28年度に保健・教育に関する業務のすべてが一括して行えるように、ワンフロア化(こども課、こども夢づくり課、学校教育課、教育総務課を西庁舎1階に配置)して窓口を1本化、待合室には子どもの遊び場や授乳室を設けた。
 「子育て支援は未来への輝かしい投資。医師会との連携はすぐにできあがったというのではなく、長きにわたって作りあげたシステム。地域ぐるみの子育て支援で大切なことは、長い年月をかけて連携し、めげずにやるということ。多くの機関の連携、顔の見える関係、リーダーの存在も大切で、どの職種の人とも人見知りせず、壁を越えて積極的に発言する――何か問題が起きるといつでも連絡をとりあい、集まって問題を解決していく――そのことを繰り返し行ってきた」と話した。
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 第2部「新見市の現状と課題」では、金山時恵(にいみ子育てカレッジ)、戎千鶴子(たんぽぽ病児・病後保育室)、溝尾妙子(新見市ドクターネットワーク)、大田好江(新見市福祉部こども課)の4氏が、にいみ子育てカレッジ、病児・病後保育、ファミリーサポートセンターなどについて話した。

 
 新見公立大学内に設けられた「にいみ子育てカレッジ」は11年目になった。親子交流ひろば〝にこたん〟は、学内だけでなく市内への出張サービスも行っている。保護者の急用などで育児の援助を行う保育サポーターの養成も行い、本年度から拠点になるファミリーサポートセンターを同カレッジに置いた。「病児保育について知らない人が多く、施設もあることを伝えたい。女性の仕事と家事・育児の両立は、周囲の理解と施設を利用することで成り立つ。働きながら子育てできる支援策や環境づくり(ワークライフバランス=仕事と生活の調和)の充実を図りたい」などと話した。
 また、子育てをしやすくなるような〝意見箱〟を同カレッジや保育施設に置いたらという提案もあった。
 





ドラムサークル

2019-06-15 | ☆ワークショップ


 
 6月15日(土)、新見公立大学体育館で「第1回にいみドラムサークルトライアル~人と人をつなぐ新しいコミュニケーション」(企画協力・ヤマハ音楽の街づくり)が開かれた。新見公立大学の主催、鳴滝塾などの共催で、午前と午後の2回、各種の打楽器を叩くオープントライアルとファシリテーション養成ミニ講座を実施した。
 一般市民や学生らが午前の部に130人、午後の部に180人が参加。車座になり、ファシリテーターの合図で音の強弱やリズムを合わせ、約30種類の打楽器を奏でた。参加者は即興演奏で心の扉を開き、心地よい一体感を味わっていた。また、音楽を活用し、「人のつながり」や「地域づくり」の推進を目的として活動するファシリテーターを育成する講座も開かれた。

 

 
 ドラムサークルは、音楽を通した新しいコミュニケーションとして注目されている。

第42回鳴滝塾

2019-06-08 | ☆定期講座

 

 
 6月8、9の両日、新見市菅生の別所アウトドアスポーツセンターで、第37回逆手塾in新見&第42回鳴滝塾が開催された。

 
 広島県北が拠点の逆手塾(前身は過疎を逆手にとる会=通称〝カソサカ〟)は、毎年6月の第2土、日曜日に全国からメンバーが集って開かれている。本年はカソサカ時代から交流のある新見市で、新見公立大学の地方創生にいみカレッジ「鳴滝塾」との共催で開かれた。

 会場に掲げられた「カソサカメンバーと新見市民との座談会を伝える33年前の備北民報」
             (昭和61年=1986年1月1日号)

 
 参加者は92人(新見市51人、広島県26人、東京都、京都府各3人、静岡県2人、鹿児島県、福岡県、埼玉県、石川県、山口県、兵庫県、香川県各1人)

 
 逆手塾(過疎を逆手にとる会)のテーマ曲「ここは地球のど真中」が歌われ、午後1時、逆手塾の和田周大事務局長の司会で開会。熊原保会長、公文裕巳学長、池田一二三新見市長があいさつ。3月に逝去された和田芳治氏(逆手塾主宰)が悼まれた。

         左から池田市長、公文学長、熊原会長(合成)
 第1部・パネルディスカッション<新見版「里山資本主義」>は、㈱日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏をコーディネーターに、新見市で活躍している峠田一也氏(「辰五郎塾」塾長)、橋本正純氏(新見庄たたら学習実行委員会委員長)、高橋竜太氏(tetta㈱代表取締役)の3人をパネラーに開かれた。進行は、鳴滝塾の郷木章コーディネーターが務めた。会場は同センターのバーベキューハウス。

 
 ――逆手塾と新見は古くからつながりがあります。37年前、逆手塾の前身、過疎を逆手にとる会が設立された昭和57年に新見青年会議所はまちづくりスライド「新見歴史創造計画」を制作しました。そのなかで「桃太郎が滅ぼそうとした鬼は、じつは我々の先祖であった。鬼たちの戦いは地域を守ろうとする正当な行動であって、むしろ桃太郎が侵略者である。我々が新しいまちづくりに取り組もうとするならば、鬼たちが掲げた独立の旗を現代にどう立て直すのか。そこに新しい新見の出発点がある」と語られました。和田芳治さんは「この発想にこそまちづくりの原点がある。一人ひとりが燃えるためには〝鬼〟ですよ〝鬼〟。〝鬼〟なら新見は日本一になれる」と熱っぽく話され、鬼サミットや鬼だらけの里に発展しました。
 現在〝鬼〟は鳴りを潜めていますが、本日パネラーを務められる3人は、いずれも新見の資源を世に問うて発信している〝鬼〟のような方ばかりです。
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 峠田氏は新見市のブランド牛〝千屋牛〟について、「地元では千屋牛をチヤウジと呼んでいる。もともとは鉄山業の労役牛で、チヤギュウというようになったのは食べるようになってから」と前置きし、新見市最北端の千屋で活動している辰五郎塾について話した。「都会の人に千屋の良いところを知ってもらい交流しようと立ち上げた。千屋といったら昔から炭と牛。まず炭をとことんやろうと。山を掘って、窯を自分たちで造って、木材を焼いて…。焼けば焼くほど、炭焼きは奥が深い。最近は茶の湯の表千家や裏千家から菊炭を頼まれるようになり、おもしろくて炭焼きをやめられなくなった。木はたくさんあるし、土壌は良いし…。近所からは遊んどるといわれるが、南海トラフ地震でも起きて電気も止まった、何もなくなったというとき、何で暖をとるか、何で煮炊きをするか。千屋へ来て炭を売ってくれという時代が来ると思う(笑)。そんなばかなことを夢見て一生懸命やっているんです」と炭焼きへの意欲を語った。
 千屋牛を肥育し千屋牛肉の販売も手がけている峠田氏は「特産というのは、他の地域の人がまねをしようとしてもできない。千屋の奥でないとできない。ここの水と気候でないと、あの味は出ない。ここでないとできないものは何だろうかと探すと、牛と炭なんです。だから自信をもってやっている。炭も、ほんとうに良い炭なんです。1時間ぐらい火もちする。牛肉もおいしい。これからも自信をもって頑張りたい」と話した。
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 橋本氏は「新しいものばかりに目を向けるのではなく、われわれの先祖がたどり開発してきたもの、鉄、紙、漆をおろそかにしてはいけない」と語り、新見市の西方から千屋、神郷高瀬にかけて新見庄という荘園だった時代に、「鉄、紙、漆を領主の京都・東寺へ送っており、天皇陛下が浩宮徳仁親王のころ新見庄の故地を視察され、ユネスコの世界記憶遺産になっている『東寺百合文書』には新見の農村女性、たまがきさんが書いた〝たまがき書状〟をはじめ新見のことが記された文書がたくさん残っている。このように、われわれの先祖が残した〝宝物〟が多くある」と話した。そして、〝たまがき書状〟やボーイスカウトの〝たまがきハイク〟〝備中国新見庄まつり〟に言及。「東寺との交流は今も続いている中で、平成11年から毎年秋に〝中世たたら製鉄〟に取り組んでいる」と述べた。
 そして「新見だけで行っている〝中世たたら製鉄〟を大切にしよう。できたら商品化にもっていきたい」と抱負を述べ、「これまで茶釜や鉄鏡、守り刀をつくっており、最近では新見市章と新見公立大学章をつくっている。小学生も小さい炉でたたら製鉄を行い、文鎮や風鈴、トライアングルに仕上げた。いずれも試作品なので、これからはいろいろな物への商品化を検討していきたい」と付け加えた。
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 高橋氏は平成21年設立の若い会社の代表取締役。「地域の資源を新しい価値観で…と経済活動している。新見市の南部、山を越えれば高梁市成羽町という哲多町で、10年前は荒れ果てたブドウ畑、雑木林になっていた耕作放棄地を再生しようとベンチャーを立ち上げた。ブドウを作ってワインに加工し、それを全国に売って、新たな6次産業、新たな雇用、新たな価値観を新見から外へ発信するビジネスを行っている」と述べ、屋号のdomaine tetta(ドメーヌ テッタ)については「ドメーヌはフランス語で、ブドウの栽培からワインの醸造、瓶詰め、販売まですべてを1つの生産者が行うワイナリーのことで、ぼくたちはブドウ畑を再生するというのがコンセプトにあるので、農業スタイルの製造業、原料を100%自分たちで作り、ワイナリーを哲多で育てようということから屋号をdomaine tettaにした」と話した。
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 コーディネーターの藻谷氏は、開会前に入った千屋温泉やそこで食べた千屋牛の肉うどんに触れ、「アルカリ性のいい温泉で、肌がつやつやになって、いわゆる〝美人の湯〟だった。肉うどんは、これまでの人生で最も肉がたくさん入ったうどんだった。しかも、おいしかった。(温泉付近を)見渡す限りほとんど人がいないし、どういう人が牛を飼っているのか。いま峠田さんの話を聞いて、ここにしかないものをちゃんと出すという考えでやってらっしゃる」
 これに対し、峠田氏は「どの牧場も餌はほとんど同じ。何が違うか、寒暖差と水です。特に中国山地の花崗岩から湧き出る清水です」と述べた。
 藻谷氏は中世たたら製鉄について、「中国山地のたたら製鉄で、今も商売としてやっているのは島根県の奥出雲。新見の奥出雲、どちらが本物なのか。新見が本物だと言える根拠が1つだけある。阿哲(あてつ)哲多(てった)哲西(てっせい)、地名に『てつ』が付いているのは、日本でここだけ。鉄が多かったから哲多。鉄がたくさん取れて、たぶんたたらの中心だったところが新見なんです」
 橋本氏は「奥出雲横田でやっているのは近世たたらで、出来上がった鉧(けら)から取り出した玉鋼(たまはがね)は日本刀の材料になっている。新見は中世たたらで、銑(ずく=銑鉄)をつくっている」と述べた。
 藻谷氏は哲多ワイナリーについて、「どんな人が造ったんだろうと思っていた。あれだけのすごいワイナリー、高橋さん、どうやって造ったんですか。また、ホームページに上がっているのでネタバレですが、なぜあそこでワインなのでしょうか」
 高橋氏は「儲かる儲からないは別にして、耕作放棄地を再生しようという事業に賛同した出資者がたくさんいます。新見はピオーネ(大粒ブドウ)の産地ですが、食べるブドウとワインにするブドウは品種も栽培方法も違います。新見市南部は石灰岩土質が多く、ブドウ栽培に適しています。フランスのワイン銘醸地も石灰の土質。ピオーネを作れば新見の特産に協力できますが、『新たな価値をつくる』ということから栽培から製造販売まで一貫して行うベンチャー事業を立ち上げた」と述べた。
 藻谷氏は「阿哲台は〝鉄〟も出るんだけど石灰岩地帯。(石灰岩地帯は)全国に幾つかあるが、上が平ったくて畑ができるというのは意外に珍しくて、ここは基本的に日本一のブドウ産地の石灰岩地帯なんです。それを生かしてワインをつくる、だれかがやってもおかしくなかったんですけど、ついに初めてやられた。新見はすごいですね。北は千屋牛の花崗岩地帯で砂鉄が取れるし、お酒にもなるいい水がある。南は石灰岩地帯でピカイチのブドウの産地。歴史的には、東寺文書の中に、たまがきさん、日本で唯一、庶民の女性が書いた手紙が残っている。世界でもほとんどないといわれている。王族でも貴族でもない庶民の女性が今から5~600年前に書いた手紙が名前ごと息づかいも鮮やかに残っている。新見ってすごいものばかりがそろっている」と語った。
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 峠田「炭焼きイベントでは、人力で山に穴を掘って窯を建て、木を切り出して炭を焼く――その苦労――牛でいうと草を刈って束ねておんぶして帰って牛を育てる――そういう過程を知っていただきたい。いい炭だ、おいしかっただけではなく、その過程の苦労を知ってほしい。みんなで一緒に汗をかいて千屋の魅力を発信し、また行ってみようというような塾にしたい」
 橋本「(たたら操業の)半年前から山へ行ってチェーンソーで木を切り出し、それを割って薪(まき)にします。また、大量の木炭を適度な大きさにする炭切りを行います。一番きついのは下灰作業で、薪を燃やして棒で叩き締める作業を何度も繰り返し、灰の層(炉床)をつくります。たたらは3年ほどやったら『もうやめたい』という気持ちになるんですけど、魅力があるんですね。やった人しか分からない、共に汗をかいて心が通う、人の痛みが分かるんですね。現代に失われたものが、たくさん分かってきます。先人のやってきたところを辿って。これからは、新見に住む子どもたちが手軽で楽しく体験できるたたら製鉄も行い、地域が活性化するようになればと思う」
 高橋「ブドウとワインは、やることは毎年同じで、1シーズンに1回しかつくれません。生きている間にあと何回できるか分からないのですが、自然を相手に、自然と共存してやっていくしかない。高い品質のワインをつくるという前提のもとに、幸い会社には優秀な若者が全国から集まっています。ワインビジネスに興味があって、格好いいことをやろうと――。地元の資源を使って地元で生産し市外へ展開して〝外貨〟を稼ぐビジネスなので、楽しいことをどんどんやって地元の人たちとワインが身近になるような発信をしていきたいし、tettaがワイン業界だけでなく飲食や農業の関係者に広く知られることで新見市を発信していきたい」
 峠田「(千屋牛ブランドは全国的にはそう知られていない。その原因の一つに肥育頭数が少ないといわれているが)いっぺんに増やそうとすると無理がきて弊害がでる。おいしいから1年でも2年でも待つと言われるほうがいい。地道にじっくりと、あわてないで。千屋牛は150年を超える伝統がある。伝統の強みは、火が消えそうで消えないところにある。次の代、次の代へとじっと我慢して耐えていたら、千屋牛がぐっと増えて世に出る時がくる。少ない? 結構じゃあないですか。そう思って毎日頑張っている」
 橋本「(たたら製鉄で生産された銑鉄を土産物に加工することは)鍛冶屋さんなど職人が必要で、今の組織ではできない。根付けや守り刀などの要望はあります。いいアイデアがあればご教示いただきたい」
 藻谷「地元の酒と地元の食材は合うわけで、さらに食器。たたらで作った鍋とか千屋牛を切る包丁とかがあれば、よりいいんじゃあないでしょうか」
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 最後に郷木コーディネーターが「新見は古くから黒いもの(鉄と炭)と白いもの(石灰)だといわれてきました。これら黒いものと白いものを、いかにして新産業に生かしていくかが課題でしょう」と結んだ。

 第1部後半は、藻谷浩介氏の講演。テーマはフリー。

 

 
 藻谷氏は山形県で「地元の高校に進学しなければ」と言ったら、「それなら中学生に話をしてくれ」と頼まれ、「最近では中学生に話をするようになった」と話した。そして、「人が減ったら増えるものは何でしょう」と投げかけ、隣同士で話し合うよう促した。「話さないでいると、高齢化社会で孤立して死にますよ」とも。
 ――過疎を逆手にとる会が活動して37年。恐ろしいことに、過疎を防げなかったばかりか、鬼の復讐が乗り移って日本中が過疎になった。
 ――人口減少が関係して、平成30年の間に次の3つのうち増えたものは何でしょう? ①自殺 ②飲食店の売り上げ ③輸出
 ①人口が減っているから自殺や殺人は減っている(人口が減っているのに自殺や殺人が増えたら相当やばい国)。人口が減ると過疎地では「人の命の大切さ」に気がつく人が増えてくる。人が少なくなると一人ひとりの価値が高くなる。人が減れば減るほど一人ひとりの命が大事になる。過疎地ほど人間を大事にしている。②人口は減っているのに飲食店の売り上げは横ばい。いい物を高く売る人が出てきている。また、「今日はちょっと贅沢に、自分にご褒美」という人が増えている。③人口が減ると国内の消費者が減るから、輸出を増やす。日本製品が世界中に売れていて、人口が減れば減るほど日本製品の力は強くなる。
 藻谷氏は質問を交え、具体的な数字をあげて軽妙に解説。
 ――(出生数から)日本の人口が6,000万人まで減って、エネルギーや食糧を自給できるちょうどいい時期になっている。ここで子どもが減るのを止めて子どもの数を維持できれば、きわめて豊かな国になる。実際、ものすごく過疎になっている地から子どもが増えはじめている。みんなで助けようという雰囲気になっている。
 初めに投げかけた「人が減ったら増えるもの」について、「国際競争の輸出、国の儲け、食糧自給率、子どもの数」などを挙げ、「これがほんとに過疎を逆手にとった展開です」と結んだ。
 ※参考資料

 
 午後3時半のティータイムは、地元産の紅茶、桜茶、クッキーなどが振る舞われ、ミニコンサートも開かれた。

 
 午後4時から第2部・パネルディスカッション「打てば響く(助けて!と言える)社会づくり」が開かれた。
【コーディネーター】
 ・公文裕巳(新見公立大学学長・鳴滝塾代表)
 ・熊原 保(優輝福祉会理事長・逆手塾会長・新見公立大学客員准教授)
【パネラー(発言者)】
 ・髙月教惠(新見公立大学健康保育学科特任教授・教育支援センター長)
 ・栗本一美(〃    看護学科教授=訪問看護・地域看護コース責任者)
 ・道繁由香理(介護事業所㈱GreenLeafクローバー代表)
 ・吉田直記(特別養護老人ホーム「おおさ苑」施設長・社会福祉士)
 ・山本文子(香川県高松市、いのち咲かせたい代表、助産師)
【オブザーバー】
 ・上山和子(新見公立大学看護学科教授  =学科長)
 ・岡 京子(〃     地域福祉学科教授=学科長)
 ・住本克彦(〃     健康保育学科教授=学科長)

 
 この日は6月にしては寒く、会場のバーベキューハウスに炭を熾して開かれた。

 
 公文「新見公立大学は典型的な中山間地域にあり、少子・高齢化、人口減少が新見市の課題になっている。過疎を逆手にとると同じように課題が山のようにあるのを地の利ととらえて、中山間地域をどのようにしていったらよいか。幸い大学には保育、看護、福祉という人の生活に関係する学科がある。人口が減っても生きていけるためには、子どもが健やかに育つ、高齢者の健康寿命が延伸する、心の豊かさが向上するという3つを考えて、大学を4年制1学部3学科にした。今日はその3学科の代表の方に話していただき、そのあと皆さんを交えて討論したい」

 
 髙月「子どもが少なくなっているにもかかわらず、約半数の子どもが発達障害を含めた〝グレイゾーン〟にあり、子どもが育たない時代になっている。子どもを0歳児からどのように育てるか。意欲と思いやり。子どもは自ら生きる力を持っている。達成感を味わった子どもは、『生きてきて良かった。世の中は素晴らしい』と思える子に育っていく。グレイゾーンをもっている子どもには、充実感を味わえる保育環境を整える必要がある。新見市内のこども園、幼稚園、保育施設の全部を大学の付属とし、質の高い保育を考えようとカリキュラム(保育内容)を見直している。それは過疎だからできる。(人口3万人弱の)新見だからできること。子育てのしやすい町として注目を浴びるし、新見に行って子育てしたいという気持ちになる。そういうことを実現したい」

 
 栗本「ある日、山の中の一軒家を学生と訪問看護に訪れた。健康管理と服薬管理、社会的な交流が目的で、そこでは脳梗塞で右の上下肢が不自由な夫と足が不自由な妻が畑で作物を作って生活している。よそとの交流はなく、郵便局員が配達の途中、ふたりの様子を見ている。夫妻は80代で、県南の息子さんが引き取るという話もあったそうだ。学生は『どうして不便な所で生活しているんだろう。息子さんに引き取られた方かいいのでは』と思ったが、自然の恵みをいただいて、それに感謝し、互いに支え合って暮らしている夫妻と接しているうち、『便利さ=豊かさという自分の物差しが恥ずかしくなった。本当の意味での心の豊かさに気づいた』と言った。夫妻の人柄や家族の歴史、自然環境が相まって学生に教えてくれたと思っている。年々、訪問看護の需要は高まっている。患者さんが住み慣れた地域で一日でも長くその人らしく過ごせるために、学生は看護師としての専門知識を身につけると同時に、地域の人と接して心が豊かになるよう育てていきたい」
 道繁「平成15年に新見公立短大の地域福祉学科を卒業し、新見市内の病院や市外の特別養護老人ホームでの勤務を経て、23年に新見市南部で介護事業所を立ち上げ、デイサービスを始めた。その後、ヘルパー事業所とケアマネ事業所を開設し、現在3つの在宅介護事業所を運営している。従業員12人の小さな事業所だが、住み慣れた場所で生活したいという利用者の思いに寄り添えるよう、従業員が情報を共有し、きめ細かなサービスの提供に努めている。幸い施設はフル稼働で、新見公立短大の卒業生も2人、訪問介護職員として頑張っている。大学生にリアルな現場を体験していただきたいと、デイサービス実習も受けている。在宅介護では『できることを奪わない』ということを念頭に、できなくなったことも『どうしたら(以前のように)できるようになるか』を一緒に考えながらケアすることに努めている」
 吉田「おおさ苑がある大佐田治部地域では、地域振興福祉協議会(社協)、地区協議会(廃校舎の利用維持管理)、CIクラブ(青年団)、自主防災会の4組織があり、年間6回ほどイベントを開いている。4組織の役員メンバーはほぼ同じで、新見市が進める小規模多機能自治はこれらを統合する良いチャンスととらえている。イベントを行うのは得意なのだが生活ニーズの掘り起こしは苦手で、困りごとカードを各戸へ配ったが5年間で1件の相談もなかった。新見公立大学地域福祉学科の学生が福祉の実習(スーパー福祉人材)で田治部地域に入っていただくのを楽しみにしている。新しい風が吹いて、できれば卒業後も地域に残っていただけたならなお心強い。どうやったら若者が帰ってきてくれるのか、田舎に残っても成功できるビジョンを示したい。昨年、30代の若者3人がそれぞれ林業、車販売、重機修理の会社を興した。大丈夫かと聞いたら、一様に『(地域では)独占企業だ』と答えた。これは一つの方向を示している。これからも楽しい田治部をめざして頑張っていきたい」

 
 山本「病院や施設の中だけでなく、さまざまな人との出会いがあって、今の私がある。病院勤務のころ、和田(芳治)さんから『ないということは何でもやれる。可能性がある。何にもない真っ白の紙にはいろんなことが書ける』と言われて、だったらやってやろうと思った。看護師に目をつけ、病院を活性化させるためにいろいろなことをやった。NHKのドキュメンタリーにも取り上げられた。それを見た和田さんは、『きみは命の応援団だね』と書いた葉書を送ってくれた。これが私の原点なんです。これがなければ、今の私はありません。そして、だれもが相談できる〝いのちの応援舎〟を立ち上げた。私は〝性教育〟に力を入れています。新見にも何度か講演に行きました。〝性〟という字は〝心〟が〝生きる〟と書く。〝いのち〟の話なんです。(出産・子育て支援・高齢者支援の小規模多機能型)施設を建てる資金を捻出するために、『私の夢を買ってくれませんか』という手紙を全国の賛同者100人へ送った。1億円集まった。一生懸命努力していたら認めてくれる人がいる。人に助けを求めなさい。だれかが助けてくれる。子どもたちには、命の大切さを伝えたい。どんな思いで親が産んだのか。子育ては楽なことではない。地域やいろんな人の助けを借りなさい。人の集まり、異業種の人たちに助けられて今の私がある」

 パネラー5人の発言を受けて、熊原保会長がマイクを持った。

 
 熊原「何のために生きているか。だれかのために、人のために、世のために。『困った』を聞いたときには、『ありがとう』と言われようと頑張る。〝感心〟〝感謝〟〝感動〟の感じ合える関係、それが共生、共に生きるだけでなく響き合って生きていくことになるのではないか。家の中にはそれがある。施設内では薄くなりがちなので、家に住み続ける、地域の中で共に生きていく、地域の中で協力し合って生きていくことが大事。そのためには訪問サービスも欠かせない。福祉は問題、課題、困ったを探せば、ほぼ終わりといわれている。それに気づいたら具体的にケアリング、コミュニティ、マネージメントです」
   ☆ ☆ ☆
 ここでオブザーバーの新見公立大学学科長3人に発言が求められた。3人は地域医療や地域看護、介護福祉、熊原会長の優輝福祉会、地域ぐるみで支え合う保育、大学が独自に授与する称号「こども発達支援士」、入試での地域優先枠などについて話した。
 続いて、池田一二三新見市長、藻谷浩介氏、徳野貞雄氏らがスピーチした。

 午後6時から夕食交歓会。メニューは、千屋牛のバーベキュー、アマゴの塩焼き、コウタケ煮、ウド・ヨモギ・山椒の天ぷら、ワラビ煮、ワラビの酢の物、ワラビの塩昆布和え、ワラビ和えの具、ゼンマイ煮、タキミズナ煮、ハチク煮、ハチクの油炒め、ハチク煮の具、葉ワサビの醤油漬け、ウドのきんぴら、ウドの酢味噌和え、ウドの味噌漬け、山椒の味噌酢漬け、焼きシイタケ、たくあんの油炒め、奈良漬け、むすび、焼き餅など。
 これに逆手塾の会員が持参した地酒や新見産のワイン・日本酒・焼酎、ビール、遠来の参加者には三光正宗の缶入り生原酒「ひのくち」(アルコール度数20度200㎖)が配られた。
 逆手塾の宮崎文隆副会長の発声で乾杯。

 

 

 
 日が暮れて、参加者はマイクを手にそれぞれスピーチを繰り広げた。

 
 あちこちで人だまりができ、会話がはずんだ。午後8時、中締めにより、会場本館の大広間に寝床を確保、入浴したり、夜なべ談義に花を咲かせたり。午前1時半ごろまで明かりがともっていた。

 一夜が明け、午前7時、地元産のパン、ピオーネとトマトのジャム、特産のキャビア、それにコーヒーの朝食。食後、駐車場でドローンを飛ばし、上空から会場周辺をさぐる参加者の姿もあった。
 午前8時、車に分乗して鳴滝へ。車で5分、そこから渓流沿いに歩いて5分。滝の轟音を耳に、雄滝(おんだき)滝壺へ。さらに七曲がり林道を少し登り、雌滝(めんだき)を背に記念写真を撮った。朝の澄んだ空気がすがすがしかった。

 

 
 午前9時、再び会場のバーベキューに集合し、宮崎副会長の司会でリレートーク「あなたの出番です」。参加者が一人ひとりマイクを持ち、自己紹介や日ごろの思いなどを語った。このあと、徳野貞雄氏が2日間のまとめを行った。

 
 打ち上げは、鳥取県境近くの新見千屋温泉いぶきの里で。千屋牛牛めし定食を口にし、のんびり温泉につかり、山里での出会いを名残惜しんだ。

第41回鳴滝塾

2019-05-11 | ☆定期講座

 
 5月11日(土)午後2時から新見公立大学学術交流センターで、本学の原田信之教授の講演会「地域の宝としての玄賓僧都伝承」が開かれた。新見市民ら65人が、玄賓僧都の足取りや伝説から功徳をしのんだ。原田教授は前年、玄賓僧都の没後1200年を記念して、『隠徳のひじり玄賓僧都の伝説』を出版している。

           公文裕巳学長(右)と原田信之教授(左)
 
 玄賓僧都(734~818)は南都法相宗興福寺の高僧で、河内国(大阪府)で生まれたという説が知られるが、備中国英賀郡水田(真庭市上水田小殿)にも玄賓生誕地伝説が残っている。ここには「高僧屋敷」という地名があり、近くの臍帯寺(ほそおじ・高梁市有漢町上有漢)には玄賓の母が臍の緒を納めたという伝承がある。また、小田郡矢掛町小林には玄賓僧都の終焉伝説があり、ここには「僧都」という地名と玄賓が葬られたという五輪塔があり、五輪塔周辺で玄賓が草庵を結んだと伝承されている。
 大同元年(806)大僧都に補任された玄賓は、備中国湯川寺(新見市土橋寺内)に隠遁。同年に大椿寺(新見市哲多町花木)、弘仁9年(818)に四王寺(新見市哲西町大野部)を開基したと伝わっている。
 湯川寺では「寺がある寺内集落あたりの茶はよく育つようになった」「湯川寺の横を流れる川のカワニナは先端部分(尻)がなくなった。以降、尻無川と呼ぶようになった」「寺内集落では西条柿がならなくなった」「湯川寺の向かいにある庚申山では雉が鳴かなくなった」などの伝説があり、いずれも玄賓僧都の逸話が端緒になっている。他に、湯川寺に隠遁中、日咩坂鐘乳穴神社(新見市豊永赤馬)で石鍾乳(鍾乳石)を採集、薬石として桓武天皇に献上した」などが言い伝えられている。
 大椿寺では「寺の下を流れている谷川で、玄賓僧都がコトブキノリ(コトブキダケ)を発見し、この水藻を僧都は好んで食べた」「寺紋の『吾唯知足』は玄賓僧都に由来する」などと伝わり、ここでも「鍾乳石を薬として京都へ送った」という伝説がある。また、玄賓僧都を謳った御詠歌が残っている。
 四王寺では「高梁市備中町へ通じる道を通って来られ、この地(大野部)に四王寺を開基された。その道は、弘法大師の通り道と重なるらしい」などの伝説がある。
 原田教授はこれらの逸話を紹介し、「玄賓僧都が亡くなって1200年。岡山県内のあちこちに豊かな伝承が今でも消えていない。このことは信じられないといわれるほどで、どうみても〝宝物〟。新見が中心となって県内でもりたて、これからも〝地域の宝〟として、次の1000年に向けて玄賓僧都の伝承を残していきたい」と述べた。

 
 後半は、玄賓僧都ゆかりの県内3寺住職によるフリートークが原田教授の司会で行われた=写真上

   左から鷲山晃道住職(大椿寺)吉田宥正住職(四王寺)柴口成浩住職(大通寺)
 
 3人の住職は、それぞれ寺に伝わる玄賓僧都伝説を語った。このうち、矢掛町の柴口住職は、僧都の遺徳をしのんで実行委員会が毎年開いている「玄賓まつり」も紹介した。
 原田教授は「玄賓僧都を地域の宝としてどう生かしていくことができるのか考えていきたい。いずれは玄賓僧都関連寺院のネットワークを作って全国発進させたい」と語った。
 




第40回鳴滝塾

2019-04-23 | ☆定期講座

 
 4月23日(火)午後6時から新見公立大学多目的ホールで第40回鳴滝塾が開かれた。新見青年会議所が37年前の昭和57年(1982)、創立15周年記念事業として、元映画プロデューサー・斉藤次男氏に依頼して制作したまちづくりスライド「新見歴史創造計画」(195カット、45分。ナレーターは元NHKアナウンサー・和田篤氏)を鑑賞し、約40年前の新見と現在の新見を比べながら、その間に新見はどう推移してきたのか、これからの新見はどうあるべきなのかを考えた=写真

 
 スライドは第1部「山と神々と独立の旗」(21分)第2部「未来は新見をよんでいる」(24分)の2部構成で、一人の旅人が見た新見の姿や新見の将来が描かれている。(「阿新」という語がたびたび出てくるが、平成17年に現在の新見市に合併する前の旧新見市と阿哲郡4町の総称である)
 スライド制作に携わった同青年会議所OB会員やスライドを初めて見るという同青年会議所現役会員、新見市職員、一般塾生など11人が鑑賞した=写真

 
 第1部では「時の政権に従わないものを鬼と呼ぶならば、吉備の山々にはそうした鬼があふれており、それを退治するためのシンボルとして生まれたのが桃太郎である」と語りはじめ、「だが、われわれは、ここで、一歩ひいて考えてみなければならない。桃太郎が滅ぼそうとした鬼は、実はわれわれ阿新の先祖であった。そして見方を変えれば、鬼たちの戦いは阿新を守ろうとする正当な行動であって、むしろ桃太郎が侵略者であり鬼であると考えて何らさしつかえないのである。そして、われわれが新しいまちづくりに取り組もうとするならば、彼らの掲げた独立の旗を現代にどう立て直すのか。そこに、新しい新見の出発点がある」と語られた。


 
 「新見は広い。広い新見の山や川を歩けば、白いもの、黒いものにぶつかる。白いもの、それはいわずと知れた石灰産業、昔栄えたという紙づくり、神に捧げた白い米を指している。黒いもの、それは鉄であり、木炭であり、千屋牛である。それら一つ一つの中に新見の喜び、哀しみが重くたれこめている」

 
 「新見、それは穏やかに見えながら、どこにもお目にかかれないような不思議な歴史が吹きすぎた街である。しかし、ふりかえってみれば、それらの歴史の中から、新見は一本の大きな綱をより合わすことはできなかった。時の流れを上手に泳いではきたが、四方の人々に愛想よく付き合ってはきたが、数千年の歴史の中から新見独自の確固たる統合目標をつかみだすには至らなかった。見あげれば、阿新の山のかなたから独立の旗はどっとおしよせてくる」と語られた。


 
 第2部は、歴史・風土から産業、教育へと展開していく。
 「阿新の山々に独立の旗をうち立て『栄光の吉備王国を復権させるときが来た』と力いっぱい旗をふる」
 「歴史は刻々と動いていく。鉄と石油とコンクリートの二十世紀文明はすでに限界に達しつつあり、いま人々が真剣に求めているのは、地球上の緑を守り、その中で人間の未来を創り出そうとする新しい生き方である。それは、ただれた大都市文明から緑の文明への転換である。そして、阿新の86%は山である。この緑の波の中へ独立の旗を一本一本打ち立てていく時、新見は二十一世紀において最も希望に満ちた台地となるのである」

 
 石灰産業が取り上げられ、「独立の旗は伝統を誇る石灰産業の中へ世界最新の砕粉技術を導入しようとする動きを歓迎する。それによって石灰をミクロ単位まで砕くことができたならば、医薬品、食料品、建材、セラミックなどの分野で新たな需要を生みだすことができる。それにともなう新たな石灰関連企業や研究施設も必要になってくる。それが白いものの伝統を生かした新見の新しい転換の道なのではないだろうか」

 
 次に、千屋牛が。
 「阿新…… それは牛とともに生きてきた歴史でもあった」
 「阿新全体で千屋牛ブランドの大々的PRを行い、新見へ来たらいつでもおいしい千屋牛が食べられる店をつくる。さらに千屋牛の直営レストランを大阪や東京にどんどんつくっていく。千屋牛の流通革命を成し遂げることは、とりもなおさず新見のまちの土台を変えていくことであると、太田辰五郎(千屋牛の祖)は墓の下から叫んでいる」

 
 そして、「むかし、人々は黒いものと白いものを結びつけて山の幸を増やすという優れた生き方をあみだした。その知恵をもう一度、現代によみがえらせることはできないであろうか」と、〝グリーン・コンビナート〟を提案する。



 
 「新見の未来は、教育都市構想の中に集約される。教育を大切にしてきた伝統、そして教育にふさわしい環境。それは新たな産学共同体制をつくりあげ、そこから生まれた人材は、新見の未来の扉を確実に押し開いていくであろう」


 
 スライドを制作した斉藤次男氏は、スライド冊子の中で「行政の上から目線ではない、住民による下からのまちづくりへと意識変革することの重要性」を示している。それは「自分のまちをよく知り、それを愛していくという、心の内から始まる」とも述べている。
 さらに「人々の間に利害対立があろうとも住んでいるまちを良くしていきたいという心は、皆同じであるはず。その共通目標を発見し、それに向かって行動を起こすことで、より次元の高い具体的な課題が浮かび上がってくる」と述べ、「意識開発、参加、行動という流れは、何度も繰り返され、次の世代へ受け継がれていく、決して終わることのない活動である」と締めくくっている。

第39回鳴滝塾

2019-03-16 | ☆定期講座

 
 3月16日(土)午後2時から新見公立大学学術交流センターで、本年度総会を兼ねて第39回鳴滝塾が開かれた。総会では郷木章コーディネーターが1年間の事業を報告。続いて、岡山大学医歯薬学総合研究科の浜田淳教授(医療政策・医療経済学)が「地域共生社会の実現に向けてⅤ―地域医療と地域包括ケア―」と題して講演した=写真

 
 岡山県の県南と県北では医師数や病院数に格差があり、浜田教授は「岡山大学では2017年度から『地域枠』の医師を医師不足地域に派遣している」と述べ、「岡山大学医療人キャリアセンターMUSCATでは、地域医療を担う人材の育成を目指して地域と協働した活動を進めている。とくに新見地区を地域医療人材の育成拠点と位置付け、キャリアセンターMUSCATのサテライトオフィスを新見公立大学内に設立して、県北の女性医師・医療人を応援する『PIONE(ピオーネ=Productive Interactive Okayama Niimi Empowermen)プロジェクト』を展開している」と話した。
 若い世代が激減して超高齢化社会に向かう中で、これからの健康づくりには「平たくいうと『あ・し・た』。あるく=しっかり歩く、しゃべる=社会に参加して閉じこもらない、たべる=しっかり噛んでしっかり食べる、これらのことが大切」と話した。
 そして、高齢者ができるだけ住み慣れた地域で自立した日常生活を続けることができるように、「医療、介護、介護予防、住まい、自立した日常生活の支援などが包括的に確保される体制、すなわち『地域包括ケアシステム』が求められている」と述べ、高梁市川上地区の川上診療所と岡山市の三門学区での取り組みを紹介。「地域包括ケアを実現させるためには地域の人たちが力を合わせることが必要で、家族・地域・そして新見市全体で『つながり』をつくっていくことが重要」と話した。
 講演の後、新見市の医療に関する広報活動の充実を求めて先ごろ新見市議会に陳情書を提出した新見高校2年生有志が陳情の内容や陳情に至る経過を述べ、浜田教授や鳴滝塾の公文裕巳代表(学長)らと話し合った=写真


第38回鳴滝塾

2019-02-26 | ☆定期講座
 第38回鳴滝塾は2月26日午後6時から新見公立大学多目的ホールで開かれました。東京から新見市唐松に移住して1年4カ月の京田貴央・甘奈夫妻を招いて「移住生活」をテーマに、京田夫妻を頼って同所に移住したジョナサン・カヌーセンさん(男性)も同席して、塾生ら16人が懇談しました。

 
 ――外から来た人にしか見えない新見(新見に移住した理由)
・水がきれいでインターネット環境が整っている…本業はIT関連の在宅ワーク。
・交通の便がよい…JRで上京するのに通常、乗り換えは岡山駅だけ。乗り換えが多い都市部よりも便利。不便だと感じたことはない。
・居住地区は交流が活発でよくまとまっている…優しい人が多く、声をかけられると安心できる。
・京田夫妻の生活を見て「これが日本だな。田舎の良さが生きている」と思った。(それから半年後に移住してきたジョナサンの発言)

          左からジョナサン、京田貴央・甘奈夫妻
 
 ――新見は可能性がある。もったいない。
・千屋牛(ブランド牛)があるのに、ステーキ店もハンバーガーショップもない。もったいない。
・古民家(空き家)の活用…都市部ではシェアハウスが増えており、またテレワーク(場所や時間にとらわれない仕事)の〝遊牧民〟(旅行しながら仕事をしている人)も多い。短期生活者(滞在者)の受け入れ体制が整えば、ネットワークを利用して呼び込むことができる。
・空き家バンクは写真をたくさん使って、トイレは使えるかなど詳しく載せないと目に留まらない。
・地域の良さを見つめ直さず、マイナス面を見てしまう。一度は外に出て働く必要があるかどうかを含めて、考え直す必要がある。
・気がかりなのは若い人が少なく、若い人との交流が少ないこと。

第37回鳴滝塾

2019-01-26 | ☆定期講座

 
 1月26日(土)午後2時から新見公立大学3号館合同講義室で、第37回鳴滝塾「地域共生社会の実現に向けてⅣ―地方と都会の高齢化大逆転! 事実を知り新見のすべきことを考える―」が開かれた。
 講師は、昨年10月に本学客員教授に就任の藻谷浩介氏(㈱日本総合研究所主席研究員)。この日は積雪20㎝の中、本学の学生や新見市民はもとより近隣市町からの参加もあり、160人が聴講した。

       開会あいさつする公文裕巳学長(左)と藻谷浩介氏(右)
 藻谷氏は三択(二択)クイズで参加者の「常識」を問われた。

 ……東京23区の生活保護率は、岡山県の約3倍。

 ……東京都の完全失業率は、岡山県よりも高い。
 藻谷氏は「『イメージ』や『空気』は事実と違う。常に事実を数字で確認しないと間違える」と力説された。
 





 
 藻谷氏は「75歳以上の高齢者が減少している新見市は、医療福祉費を子育て支援に回せるチャンス」とまとめられた。

第36回鳴滝塾

2018-11-29 | ☆定期講座

 
 11月29日(木)午後1時30分、新見公立大学本館前駐車場集合出発で、まなび広場にいみ1階ギャラリーで開催中の「阿哲台洞窟写真展~新しく見つけた新見~」(草間台エコミュージアム主催)を見学しました。
 日本洞窟学会やケイビングクラブのメンバーが、一般に入ることのできない宇山洞やゴンボウゾネの穴などで撮影した30点が展示されていました。どの写真も美しく、地底湖の天井から垂れ下がった鍾乳石、地底から伸びた石筍、地下空間に水しぶきを上げる滝、リムストーンプール(畦石池)など造形の神秘さに目を見張りました=写真

 

 
 このあと、主催者と参加者で懇談しました=写真
 


第35回鳴滝塾

2018-11-10 | ☆定期講座

 
 11月10日(土)午後2時から新見公立大学学術交流センターで、第35回鳴滝塾「地域共生社会の実現に向けてrⅡ-自治体の現状と課題について-」が開かれ、講演会とシンポジウム(パネルディスカッション)が行われた。
 【講演会】講師は中国四国厚生局健康福祉部地域包括ケア推進課(広島市)の高原伸幸課長。
高原伸幸氏
 高原氏は、団塊の世代が75歳以上になる平成37年(2025年)以降を目途に、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で能力に応じて自立した生活を続けられるよう、5つの要素(医療・介護・介護予防・住まい・自立した日常生活の支援)が“包括的”に確保される体制を構築する「地域包括ケアシステム」について話された。

 
 システムの構築にあたっては「医療と介護の連携」と「生活支援とまちづくり」が必要で、そのためには「自助・共助・互助・公助」をつなぎ合わせて体系化、組織化していくことが重要とし、すでに集落支援と介護予防の連携を図っている高知県越知町、住民共助による支え合い運動を行っている山口県萩市むつみ地域など各地で始まっている取り組みが紹介された。
 さらに地域包括ケア、地域共生社会、地方創生に向けて取り組んでいる島根県雲南市や島根県海士町などが紹介され、新見市の地域生活支援拠点「ほほえみ広場にいみ」も評価された。
 【シンポジウム(パネルディスカッション)】
 シンポジスト(パネラー)は、草間台エコミュージアム推進協議会会長の堀江利明氏(新見市まちづくり審議会会長)と熊野の将来を考える会会長の森田寿氏(新見市地域審議会会長)の2人。まず、新見市総務部企画政策課の小林保課長が「2045年には人口が半減、高齢化率は50%を超えると予想されている。人口減少と少子高齢化の抑制を図ると同時に、人口減少に備えたまちづくりを進めていかねばならない」と述べ、〝新見市版地域共生社会〟の意義と実現に向けた取り組み―小規模多機能自治と大学を活かしたまちづくり―を説明した。

 
 パネラーの堀江氏は、地域全体が屋根のない博物館(エコミュージアム)で素晴らしい自然、産業、歴史文化がたくさんあることに気づき、それらを活かして地域振興を図ろうと平成22年に「草間台エコミュージアム」推進協議会が設立された経緯を話し、ホームページなどでの発信、生物の多様性を維持するための里山保全、蕎麦オーナー制度などによる都市部住民との交流などを挙げ、〝地域の活性化と自立〟を目指していると話した。
 また、森田氏は、住民に困り事(手伝ってほしいことと手伝えること)についてアンケートを行い、その結果、買い物や通院などの移動支援、菜園や墓地の管理などの生活支援を地域住民同士で行うことにし、移動支援では平成30年9月から市の「協働のまちづくり交付金」を活用している―と、「熊野の将来を考える会」が取り組んでいる〝助け合い事業〟について話した。