NiU「鳴滝塾」

産官学民が連携して地域課題の解決策を探ろうと
新見公立大学に設置されています

地域共生「鳴滝塾」Ⅴ

2022-08-06 | ☆定期講座

 
 8月6日(土)午後2時から新見公立大学講堂で地域共生推進センター「鳴滝塾」Ⅴが開かれた。講師は島根大学法文学部准教授の板垣貴志氏。「中国山地 和牛のふるさと」をテーマにWebで講演、市民や学生ら約100人が聴講した=写真
 

 
 板垣先生は講演のキーワードとして、➀これまでの歩みを正確に理解して、これからの歩みを正しく展望すること ②身の周りにある近代的な生活基盤を見つめ直してみよう――の2つを挙げた。そして、地方の疲弊が叫ばれる現代のなかで地域課題を共有するためには「普遍と特殊、両面の重視」を要点に挙げた。
 島根県出雲市出身の板垣先生は、同県雲南市の親戚(博労=牛馬商だった)の家で歴史資料(帳簿)を目にしてから、山陰の庶民生活史(和牛の研究)をするようになった。現代日本の高齢者は、戦前・戦中・戦後と、生活や労働の環境が急激に変化した世代で、生活環境の大きな変化の記憶を記録にとどめ、それが今の日常生活にどのようにつながっているのか明らかにすることの必要性を感じるようになった。里山を利用して牛を農耕に使うなど、平成生まれの大学生には想像できない過去であり、あまりにも大きな変化を日本社会は経験してきた。
 現在の牛は牛乳とか牛肉のイメージが強いが、かつての牛は田畑を耕し物を運ぶ、そして糞を肥料にするという農業に不可欠な役牛だった。牛を通して時代と社会を描くのが目的。
 役牛は➀頑健であること ②温順であることが求められ、あまり大きくない牛が好まれた。こうした牛を育てるためには「放牧」が重要で、放牧(とくに若い牛)は➀筋骨の鍛錬と体躯の緊実強化(山野を歩き回ることで蹄は堅く体格は頑強になる)②肢蹄の強化 ③持久力の増大 ④飼育利用性の増加(粗食に耐えられるようになる)⑤性質の温順化(風雨を凌いだり群れの中で揉まれることにより温順な性格になる)⑥労力の節減――などの効果がある。
 放牧生産地を名乗る役牛が「上等牛」として売買されるようになってブランド化、放牧ができる中国山地の脊梁地帯では「蔓牛」と呼ばれる血統牛がつくられるようになった。メンデルの法則が発表(1865年)される以前から、中国山地で〝竹の谷蔓牛〟(1830年、難波千代平により始祖牛誕生)などの蔓牛が造成された。
 幾内の開発が進んで牛を生産するのが難しくなると、中国山地でつくられた牛が幾内に売られるようになり商品化が進んだ。四国などへも出荷。売るために中国山地で牛を生産するようになった。まさに中国山地は和牛のふるさと。

 中国山地のたたら製鉄を行っていた所では、農民が牛馬を飼っていた。砂鉄や木炭、出来上がった鉄の輸送に牛馬が使われた。牛は農宝で、米10俵(600㎏)と同価格。資金に余裕のない零細農民は牛馬を購入できないため、牛や馬を預託・賃貸借・共有する「家畜預託慣行」があった。
 牛を飼うには➀価格の個体差 ②価格変動 ③死亡――などの危険性があり、牛の預託慣行には金融機能と同時に保険機能もあった。ところが、1930年代(昭和5~14年)になると社会保障制度の整備が進展し、牛の預託慣行は衰退した。そして、1955年(昭和30年)ごろから農業の機械化と連動して、飼育は役牛から肉牛へと変わっていった。1966年(昭和41年)に第1回全共(全国和牛能力共進会)が開かれ、牛肉の肉質が競われるようになった。
 1930年代から1960年代にかけては「社会の土台」(普遍的制度)の形成期で、庶民の生活は大きく変化した。

 かつて中国山地では、農・畜・林・工業が一体化したような〝たたら製鉄〟が営まれていた。こうした中国山地の歴史文化は見直されなければならない。
 地方の疲弊が叫ばれる現代は、地域格差の解消を目指した全国画一的な普遍的制度(医療、教育、福祉、電気、ガス、水道、保険など)が普及し、地域では特殊で希少な〝日本一〟が求められがちだが、ありふれた希少性のない近現代資料から身の周りの生活を見つめ直すことも大事で、戦前・戦中・戦後にかけての生活環境の変化を記録にとどめ、それが今の日常生活にどのようにつながっているのかを明らかにする必要がある。
 歴史に根ざした地域的特色と地域格差の解消をめざした近代化の理念の両方を見なくてはならず、歴史を活かしたまちづくり活動では珍しいものを発掘するだけでなく、現代人には平凡に感じられる身の周りの制度や意義を再考することも重要。これまでの歩みを正確に理解して、これからの歩みを正しく展望する。身の周りの近代的な生活基盤を見つめ直す。地域課題を共有するためには、普遍と特殊の両面を重視する――などと冒頭のキーワードと要点で結んだ。
  ☆  ☆  ☆
 休憩をはさんでパネルディスカッション「日本最古の蔓・千屋牛の祖 竹の谷蔓牛とたたら製鉄」が開かれた。
 パネラーは、井石和美(竹の谷蔓牛活用推進協議会事務局長)林陽介(市民団体「つなぐ」代表)前原陽一(同副代表)橋本正純(新見庄たたた学習実行委員長)の4人。
 3団体がそれぞれプレゼンテーションを行い、板垣先生がリモート出演しアドバイスした。コーディネーターは新見公立大学地域共生推進センターの郷木章CD。
 

 
 竹の谷蔓牛活用推進協議会の井石事務局長は、日本最古の蔓「竹の谷蔓牛」の歴史=写真下=を語り、➀遺伝資源の継承と保存、活用推進、海外流出や散逸の防止 ②歴史教育文化の継承、発祥地の保護 ③竹の谷蔓牛の増頭と認知度の向上など協議会の目的について話し、本年度事業として行う竹の谷蔓牛をメーンにした「ふるさと絵本」出版について述べた。

 
 市民団体「つなぐ」の林代表と前原副代表は、「新見の過去・今・未来を考え 新見人に笑顔を」という活動の目的を述べ、「新見にとって牛という存在は昔も今も切っては切れない関係にあり、その歴史を知ることで価値観を見直したい」と語り、その第1弾として取り上げた「牛の聖地新見市を巡る〜歴史の探訪と聖地ロードの策定〜」について話した。

 新見庄たたた学習実行委員会の橋本正純実行委員長は、山林から木出し→薪割り→炭切り→真砂土や赤土で釜土作り→混練した炉材をビニールに包んで保管→下灰作業(薪を井形に積み上げて燃やす)→長い枝で下灰を叩き、炉の下に数㎝の粉炭層を作る→築炉の準備(粘土をブロック状の炉材に)→炉材を積み上げて炉を築く→築いた炉に送風口をあけ乾燥させる→炭を投入し、ふいごで送風→砂鉄投入後5~6時間後に最初のズクが流出――などのたたら操業の工程をスライドで説明。千屋牛の歴史についても話した。

 
 3団体の発表を聴いて、板垣先生は次のように述べた。
 ――動態保存という考え方があり、たたら製鉄は動態的に保存され、竹の谷蔓牛は動態的に残っている。これはとても重要で魅力的なことで、大切にしてほしい。博物館に古いものを展示保存するだけでは、次の世代に伝わりにくい。今生きている人が直接関わることができ、大人たちが地域の資源にわくわくしながら遊ぶことができるのは動態保存。単に昔はこうだったという博物館にするのではなく、動態保存というかたちで未来へ継承していくような活動をされているのはとても素晴らしい。

当日のアンケートより<感想>
一般
・地域をいかに運営し将来に向けて活性化させていくかについて関心があり、参加しました。とても楽しく興味深くお話を聴かせていただき、とても良かったです。吉備中央町で畜産業(和牛)に従事しつつ、地元文化財の保全や活用にも取り組んでいて、このたびは近隣の新見での取り組みを知ることができ、とても参考になりました。
・たたら製鉄や蔓牛のお話を初めて細かく聞かせていただきました。先人の努力を純粋に受け止め、新見の活性化や発展に尽力したいと思います。ありがとうございました。
・新見の「地域共生推進」の姿が見えてきたように思いました。今後の「動態保存」に期待します。
・非常に興味深く拝聴しました。歴史から地域づくりにつなげることは素晴らしいと思います。
・たたらの映像はとても興味深いものでした。製鉄と蔓牛、ともに日本の心であると思います。ぜひ、新見市から世界へと発信してほしいと思います。
・(講演会)中国地域の和牛生産の背景を歴史的、社会的に知ることができました。そこで生活している人たちにとって、牛は生きるための手段であったことに驚きを感じました。私自身、牛業界の一人として、今の和牛の経済的価値や地域の資産的価値が、この中国地域で古くから醸成されていたことに感銘いたしました。
(パネルディスカッション)地域の財産を協調して守り、後世に伝えていく取り組みは、すばらしいと思いました。
・竹の谷蔓牛への関心が高まり、保全活性化が進んでいけばよいと思いました。
・島根県津和野町にIターンしてまいりました。牛を飼いたい、それも役牛としてでした。しかし、牛はちょっと体力的に難しいかなということで、烏骨鶏と山羊を飼って暮らしています。かしこく美味しい牛をとりまく人間社会の変化と自然環境の変動――学びが多く、うれしく思います。ありがとうございました。
・(講演会)親戚の蔵の発見から着眼されたこと、全国和牛発掘協会等と協力して古い資料を整理、デジタル保存、分析されていることなど敬服しました。「動態保存」のお話は新しい視点でした。
(パネルディスカッション)活動を始めている方々のお話でしたので、具体的な姿が分かり、応援したくなりました。新見の文化・産業を維持・発展しようという姿勢を続けてください。
・大変勉強になる内容で、新見という土地に、大変貴重なお宝がある。それを「動態保存」して、これからの世代に残していくということにも大きな望みを持つことができました。この大きな夢を実現するために新見市民の一人として応援し、協力させて頂きたいと思います。
・蔓牛の歴史を正しく理解することで、血統を守る重要性が改めて明確になりました。
・新見市が和牛の聖地として日本中に認知される可能性を官民一体となって高めてほしいと思います。
・「たたらと牛」というコンセプトで新見を大いにPRしてほしい。
・本日は地元に根付く歴史文化のお話を聴かせていただき大変興味深かったです。つなぐの活動も楽しそうで、今後参加していきたいです。ありがとうございました。
・板垣先生のお話は大変おもしろかったです。あと何時間でもお話をお聞きしたかったです。新見地域の歴史を深掘りして理解でき、誇らしい部分を再発見することができてとてもよかったです。
・郷土の歴史、和牛、農業のルーツを認識するにふさわしい、とても‟有意義“な講演会だったと思います。
・公立大学で開催しているのに、参加者は半数以上が高齢者だったので、もっと若い人達(学生さん)にも興味、関心を持って参加していただきたいと痛感しました。これはとても悲しいことです。
・和牛のルーツとたたら製鉄と農業の根源を学ぶ、良い機会となりました。
・才人、牧畜の博士、板垣先生の軽妙な「話術」はとても分かりやすく、新鮮でした。
・会場は少し堅苦しいムードだったのが、やや残念でした。
・私たちが平凡に感じている身の回りの近代的制度の意義についての再考という視点が新鮮でした。また、動態保存の活用について、大人たちが楽しんでいる姿を子どもたちに見せることが大切なのだというお話を聞いてなるほどと感じました。
・転勤で新見に来ました。新見の歴史、文化を学ぶうえで参考になる講演でした。今後もこのような機会を多くつくっていただき、継続して参加したいと思います。参加者の年齢制限を設けられたらいいと思いました。
・新見地域や中国山脈の歴史や文化が知れて、大変興味深い内容でした。
・新見に生まれ住んでいても、歴史的な事柄を知らないことが多いなと思いました。とてもわかりやすく頭の中に入ってきました。「博物館ではなく、動的な関りが大切である」という板垣先生の視座に感銘を受けました!
・歴史的価値を地域資源としてどう生かすのかを考える一助となりました。
・グループ「つなぐ」の存在を初めて知りました。活動目的を達成するためのPR活動を進めなければならないのではと思いました。
・蔓牛の発生(竹の谷蔓牛)は、その当時から日本の原点であることを改めて知り、感動しました。
・地名からも歴史が分かることや流通経路など詳しくお話を聞くことができました。
・たたら→木材→原野→放牧(牛)が中国地方の一大産業としてつながっていることに改めて感動しました。
・牛の預託慣行の考えは初耳でした。(社会保障制度)
・パネルディスカッションでは、それぞれが意欲を持たれ、歴史を大切にした取り組みをなされていることに感動しました。
・子どもたちに伝えていくことが大切だと思いました。
・大変参考になりました! あとは実践あるのみでしょうか?
・血統を守っていくのは大変だと思いますが、これからも続けていただきたいと思います。
・板垣先生のおっしゃっていた「動態保存」が実現することを楽しみにしております。
・講演内容が分かりやすく、もっと長時間聞きたかったです。
・板垣先生の話が大変興味深く、できればまた講演していただきたいです。アイデアもいただきつつ、新見が盛り上がりますように!
・新見ならではの歴史と文化を学び、未来へ活かすために何ができるのかヒントをいただけた時間でした。ありがとうございました。
・新見市民ですが、ここまで詳しく牛のことも、たたらのことも知りませんでした。また、地道に活動されている団体があることも初めて知りました。
・全体的に興味あるテーマで、参加して良かったです。パネルディスカッションでは、パネラーの活動内容の紹介はそれなりだったが、ディスカッションという面では難点を感じました。
・講演会を聞いて、今の新見市内にある牛の恵みには大変な長い歴史があり、時代的背景の影響を受けながらも現代まで繋がっているということが分かり、大変勉強になりました。また、牛とたたら製鉄の関係が想像できなかったのですが、役牛が物資の運搬に大変活躍していたことや、そのためにも牛の品種改良が中国山地周辺の地域で積極的に取り組まれていたことを知り、理解することができました。パネルディスカッションでは、パネラーの皆さんの取り組みや、そこにかける思いを知ることができ、感銘を受けました。竹の谷蔓牛を通した今後の活躍に期待したいです。とくに「動態保存」によって100%の魅力が引き出された取り組みが行われたら素晴らしいと思います。
・新見に住んで50年、知らないことばかりでした。いい勉強になりました。今後に期待しています。
学生
・授業でも何度かたたら製鉄が出てきたので、興味を持ち、今回参加しました。普段聞けない内容を聞くことができ、いい勉強になりました。
・牛を多頭飼いしていた時代があったこと、大変驚きました。林業、農業、工業が一体化していた本来の産業を今一度振り返り、復活させようと行動することが、現在世界で話題となっているSDGsの実現への近道だと感じました。「牛」という1つの要素から、過去の人々の生活や未来の経済までを熟考するという斬新かつ面白い講演会でした。体験型の和牛施設が新見にできたら、全国から注目され、大変楽しい場所になるだろうなと思います。
・たたら製鉄の過程を初めて知りました。地下へ熱が逃げないよう、長い棒で叩きつけているシーンが豪快で、大迫力で、とても印象に残っています。現在では行われていない、大変貴重な製鉄方法が、新見に残っており、かつ今なお体験できるというのはとても素晴らしいことです。全国に知られるといいなと思います。
・新見市に日本最古の蔓牛が現存していることをとても誇らしく感じました。「千屋牛」と「竹の谷蔓牛」はどう異なるのかが気になりました。この二つの牛は何がどう違うのか? この貴重な文化財が残っている新見市に住んでいる間に、いつか蔓牛と触れ合う体験ができたらいいな、と思います。
・大変貴重かつ有意義な時間を過ごすことができました。このたびは参加させて頂き、本当にありがとうございました。
・新見がある中国地方の歴史と今までの発展について、資料などを示して説明されていて、分かりやすかった。これらの歴史を若い人にどのように伝えていくかが課題だと思いました。
この記事についてブログを書く
« 地域共生「鳴滝塾」Ⅳ | トップ | 地域共生「鳴滝塾」Ⅵ »