気ままな日記~弘前にて~

日々の雑多な出来事や印象深かったいろんな思い出など

受験

2016年03月04日 | 「健康」掲載コラム
(10年ぶり掲載)  私が生まれた昭和41年は60年に一度の「ひのえうま」年であった。ひのえうま生まれの女性は気が強く嫁に行っても夫を殺すという迷信があるため、出生数が明らかに少なかった。小学校のときも1学年上や下に比べ学級数が少なかった。さて、昭和57年私の高校受験の時がやって来た。県立高校の平均競争率は1.11倍(当時の新聞記事より)で「ヒノエウマ入試による広き門」と呼ばれ、各中学校の事前の . . . 本文を読む

雪に想う

2016年02月29日 | 「健康」掲載コラム
(10年ぶり掲載)   今年も結構大雪だった。しかし地球温暖化の影響か年々少なくなっているようだ。子供の頃も毎年雪は降っていたのだろうが、雪で大変だったという記憶はない。無邪気にソリやミニスキーで遊んでいた。少し大きくなって親父の雪かきを手伝うようになってから、「何でこんなに降るのか」「雪国の人は余計な労働をしている」などと考えるようになった。以来冬が来る度、降り続く雪にうんざりしながらの雪かきに . . . 本文を読む

未来のこと

2016年02月01日 | 「健康」掲載コラム
 (10年ぶり掲載)   いつだったか子供と話した時のこと。 「お父さんやおじいちゃんが育った時代と違って、今の世の中は科学や文明がある程度発達してしまっているので、10年くらいたって僕らが大人になっても今とあんまり変わってないんじゃないかなあ?」 「そんなことはないと思うよ。今から10年くらい前のお前たちが生まれたばかりの頃は、街の様子も物の値段も今とそんなに変わりなかったけど、当時から見れば夢 . . . 本文を読む

夏の終わりに

2008年04月28日 | 「健康」掲載コラム
 8月最後の週末、中堅医師交流集会実行委員会に出席するため、私とI先生、事務のK氏と3名で八戸へ出かけた。暑い日だった。午前中の浪岡での会議終了後に出発し青森道とみちのく有料道路経由で八戸をめざした。小川原湖にさしかかった時に「小川原湖はしじみとワカサギ、白魚が有名だが、実はウナギの隠れた名産地だ」という話になった。もう1時過ぎで、そろそろ休憩も考えていたので、「昼は小川原湖でうまいウナギでも食べ . . . 本文を読む

友を送る

2008年04月28日 | 「健康」掲載コラム
春は出会いそして別れの季節と言われる。この春、学生時代からの友人であり同志である内科のK先生が当県を去った。 K先生は弘大入学時には僕の1級上であった。留年のため3年生の時に同級生になった。それまでも医学生ゼミナールや新入生歓迎企画などで一緒に活動する機会はあったのだが、4年生の時(1988年)に僕が学生自治会の委員長になる際に副委員長になってもらい、以後さまざまな活動をともにしてきた。お互い悩み . . . 本文を読む

夏休み前夜

2008年04月28日 | 「健康」掲載コラム
やっと夏がやって来た。長い冬を耐えて迎えた夏の喜びは北国に暮らしている者でなければわかるまい。7月も半ばを過ぎ、梅雨が明ける頃になると子供達の夏休みが始まる。小学生の頃、夏休みが近くなると夏休みの予定表をつくらされたものだったが、子供らを見ていると今も同じ事をしているようだ。 予定表には2種類あって、一日の時間配分を書いたものと、日程表のようなものがある。 朝6時起床6時半ラジオ体操に始まって、9 . . . 本文を読む

食べ物の好き嫌い

2008年04月28日 | 「健康」掲載コラム
食べ物の好き嫌いはどうしてできるのだろう?子供の頃は野菜全般がきらいだった。特に苦手だったのがピーマン。苦くてだめだった。野菜がゴロゴロ入っている野菜炒めやとろみをつけてご飯にかけた中華飯などとてもおぞましい食べ物のように思えていた。小学校の給食も「残さず食べるように」言われていたが、守れたためしはなかった。が、大学に入って一人暮らしを始めてから、少し変化が生じた。自炊しても外食にしても自分でメニ . . . 本文を読む

秋の音色

2008年04月28日 | 「健康」掲載コラム
8月終わりの頃、青森にいる父が鈴虫を持ってきてくれた。何でも昨年飼育していたものが産卵し、孵化してたくさん増えたのだという。飼育箱の中で、木片の陰に隠れたりしながらちょろちょろと数匹動き回っている。小さな体に似合わずリーンとびっくりするくらい大きな音色で鳴く。あまりによく鳴き、夜など少しうるさいくらいだったので玄関先に置いた。鈴虫の音色と庭先のコオロギのコロコロという鳴き声が遠くに聞こえよい塩梅で . . . 本文を読む

文武両道

2008年04月28日 | 「健康」掲載コラム
古くは和歌をたしなみ武芸にも優れているという武士の理想をあらわしたものらしいが、現代では勉強もスポーツも両立させるという意味で、進学校(特に公立の)のうたい文句として使用されているようである。昔と違う所は、武士にとって武が本職で文がたしなみであったのに対し、進学校では文(勉強)が本分で武(スポーツ)が課外活動である点か。 かつて私自身も中学高校と部活をやり続け、かつ勉強もそれなりに努力したつもりだ . . . 本文を読む

八戸までの列車の旅

2008年04月27日 | 「健康」掲載コラム
 子供の頃青森市に住んでいた私は、祖父母のいる八戸へ何度となく遊びに行った。我が家には自家用車がなく、移動はいつも列車だった。父母と離れて初めて自分だけで列車に乗ったのは小学校5、6年の時だったか。その後は夏休み、冬休みと休みの度に弟と二人だけで八戸に遊びに行くようになった。  八戸までの旅は子供心にはちょっとした冒険である。青森駅のホームまで母に送ってもらい、ジュースとお菓子をキヨスクで買い込ん . . . 本文を読む

子供の頃の夢

2008年04月26日 | 「健康」掲載コラム
 幼稚園の頃は、将来コックさんになろうと思っていた。粉をといてこね回すのがすごくたのしそうで、煮たり焼いたりするのにもとても興味があった。泥でつくった生地をおさがりでもらったフライパンに乗せてみたが、物足りず、小枝を集めてマッチで火をつけ焼いてみた。「火遊びして!」と大目玉をくらった。我が家には車がなかったので家族旅行はもっぱら列車だった。国鉄(現JR)にとても親しみがあったせいか、小学校の時は車 . . . 本文を読む

野球あれこれ

2008年04月26日 | 「健康」掲載コラム
 プロ野球ではヤクルトのファンである。もともとアンチ巨人だったため、テレビでは巨人と対戦するチームならどこでも応援していた。ヤクルトは今でこそ時々優勝などしているが、80年代までは万年Bクラスの弱小チームだった。池山や栗山といったイケメンプレーヤーが一部の女性ファンに注目されている程度だったが、忘れもしない1990年の開幕戦。前年優勝の巨人に対しなぜかヤクルトが3対1で終盤までリードしていた。9回 . . . 本文を読む

カラオケ考

2008年04月26日 | 「健康」掲載コラム
 今から約20年前、私が大学に入学したばかりの頃には、カラオケも今と違い(当然通信カラオケなんてない)、歌詞がモニターに出るような高度なシステムは学生が飲みに行くようなとこにはなかった。「与作は125ページです」みたいに歌詞カードをめくって歌っていた。音楽に合わせて、テンポをずらさずに歌えるだけで「結構うまい」と評価されたものだ。よそのおじさんが2テンポほど遅れて調子っぱずれで歌っている光景は日常 . . . 本文を読む

鮎のドブ釣り

2008年04月25日 | 「健康」掲載コラム
7月1日といえば、言わずと知れた鮎の解禁日。4月1日の渓流釣りの解禁日とともに太公望たちが待ち望んだ日である。鮎釣りといえば友釣りが主流だが、私は少数派のドブ釣り(毛鉤釣り)派。釣りは子供の頃からの趣味だが、鮎のドブ釣りを始めたきっかけは、釣り場が弘前市内(仕事で呼び出されてもすぐ病院に駆けつけられる)で、準備や片付けに手間がかからない(友釣りだとオトリ鮎の確保やらいろいろ手間がかかる)という条件 . . . 本文を読む