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マーサの昔話

デジカメでの景色や花、動物などの写真
海外体験談、今日の一品、糖分控えめ?なおやつ等‥‥‥

真珠腫性中耳炎の日記  (32)

2009年10月08日 | M Ear Cholesteatoma 
                   入院日記(3)

2009年 9月24日(木)
                    


(朝食)ご飯200g・味噌汁(わかめと舞茸)・ミニ魚の塩焼き・大根ときゅうりの
    サラダ・ドレッシング(香味和風)・海苔風味ふりかけ・牛乳

 8時にもこみち先生の診察があった。「耳の中は、良くなってきていますね。明日
退院されますか?」「そうですね。明日だと、会計も済ませられますし、はい、そう
させて頂きます。」「点耳薬を出しますので、それを朝夕に点して下さい。そして
2週間後、外来に来て下さい。その時に、聴力検査しますので。」「そうですか。
解りました。」

 去年を思い出します。副部長先生が、もこみち先生に外来を代えて、2年続けて
診察して頂いた私に言った言葉を、じっと目を見つめて「又、お目にかかりましょう。」
 何故、何故と思いましたよね。1回目の手術後から半年経ったある診察日に
左耳2回目手術の後、1週間身体を休めてから、右耳もします。と言われた時は
正直、ご辞退しようと思っていました。まさか私のブログは、見ていらっしゃらない
とは思うのですが、いざ、2回目手術前になると、急に「やはり、一つずつしま
しょう。」と言って下さったのです。

 結局、主治医であるご自身が転院されるので、できる事なら最後まで治療・確認
しておきたかったという事ですよね。でも、私が納得できていない態度というか
何かを感じられたのか解りませんが、もこみち先生に、外来も代えられた
という事だと私は勝手に推測しているのですが、、、

 でも、副部長先生、本当にご信頼申し上げておりましたので、転院というのが
解るまで、ショックでしばらく自暴自棄になっておりました。  「又、お目に
かかりましょう。」
、、、今となっては、お別れのメッセージになりました。

 一口、50回噛んでいますか ? 

(昼食)ご飯200g・炊き合わせ(常)・きゅうりとエノキのサラダ・わんもの

 14時から、シャワーに行く。戻ってきたら、私の隣のベッドに4日ぶり(連休中
だった為)に入院患者が入って来られた。明日、鼻の手術だそうだ。全麻だから
術後がかなり辛いかもしれないなあ。吐き気に気管支をやられるから、咳も出る
だろうし、楽な手術ってないよね。

 

 入院してから、雨の日はなく、ずっと快晴でした。こんな時でも、晴れ女です。向かいのビルは、きっと30F以上だなあ。

 この病棟から見る最後の夕日です。


 何を食べても味が無いです !?

(夕食)ご飯200g・蒸し魚の香味ソース掛け・ボイル野菜・ラーメン

 味覚神経って、いつ頃、復活してくれるのかな。何食べてるのか、解らない。
 目で見て味を想像し、臭いで確認。そんな感じの食事の仕方です。

 味覚神経は残してあるとおっしゃっていた。なので、術後のしびれかなんかで
平常になるのは、もう少し先なんだろうね。きっと。それよりも、今日は耳鳴りが
全くしない。これは、素晴らしい。左の方は、小さな耳鳴りがずっと続いているが
手術した方の耳鳴りがしないのは、本当に嬉しい。私の最大の恐怖。両耳から
耳鳴りが絶えず生じていたら、次は、神経科のお世話になるだろうと思っていた
ので、それだけは免れそうだ。  今日は、久々にぐっすり眠れるかな?

真珠腫性中耳炎の日記  (31)

2009年10月07日 | M Ear Cholesteatoma 
                    入院日記(3)

2009年 9月23日(水)



(朝食)ご飯200g・味噌汁(おつゆ麩)・プチ玉子トーフ・キャベツとコーンの
    サラダ・ドレッシング(中華)・海苔の佃煮・牛乳

 9時30分もこみち先生が「診察しましょうか?」って、尋ねて下さった。2年前の時は
11月でしたので、靴下はいて、ガウンを着るのを廊下で待っていて下さって
一緒に診察室へ、お話しながら行ったものだが、今は、さっさと先に診察室へ
行かれ、私が来るのを、未だかな?って感じで、廊下に出てきて待っていて下さる。
 2年前は、今のY先生の様によく残業?されていたが、今は、直ぐに帰られるし
休日出勤も、患者を診察したら、すぐ帰られる。 これが、普通だと思う。

 あの頃、本当に毎日、出ずっぱりで、しかも遅くまでいらっしゃったので
ついつい、お体を心配して、退院間際にお手紙を渡したものだが、もうこれで
心配する事も無くなった。本当に良かった。このペースでいかないと、いくら
お若いとはいえ、ご自身の体調管理ができなくなる、と思った。

 いつもの様に、丁寧に耳のガーゼを取って下さって、薬を塗って、又、ガーゼを
入れて下さる。部長先生に似てきはった。耳マスクをナースにして頂いて、終了です。



(昼食)ご飯200g・カレイのおろし煮・五目煮(常)・白菜の胡麻和え

 昼過ぎ、10日間ぶりにシーツ交換してもらった。普通は、1週間に1回なんですが
私が、直ぐに退院するとナースは読んだのか、エアコンの設定が高めなので、結構
暑くて汗かくんですよ。それで、溜まりかねて、今朝、ナースに事情を話したら
「もっと、早くに言えば良かったのに」で~す。連休中なので、ナースは少ないし
ベッド掃除もなし、シャワーもなしで、衛生的に良くないですよ。

 

 

 連休最後の院内ウォーキングです。

 ウォーキングから戻って、ベッドで横になっていますと、向かいのおばあさんが
いきなりいつもの様に、私のカーテンを大開きにして、「これが、私の次女です。」
って感じで紹介するのです。別に、いちいち紹介してもらわなくても、退院したら
関係ないのだから、何の為に?娘を自慢したいのでしょうか?3人の娘と孫を来る度に
「OOさん、開けていい?」って言葉なしに、いきなり、カーテンをザッと開けて
紹介するんですよ。ナース、医師ならいざ知らず、寝ている時もありましたし
カーテンはいわば、ドアの様な役目で、一応4人部屋と言っても、プライバシーって
いうのがあるでしょうに、あのおばあさんには、まるでない。

 しかも、自分の物を、部屋中にバラまいている。例えば、トイレに“ニオイその後に”を
タンクの上に置き、ここのトイレは、脱臭機能が付いている最新のトイレなのに
それも知らないのか、それ以上にもっと臭いのか(爆)洗面所にはアメニティグッズを
置いている。洗面所の椅子の上に、足拭きマットを乾かして置いているもの。
 だから、洗面所に座る事が出来ない。 自分の部屋にしてしまっている。
 一番ひどいのは、テレビをイヤホーンなしで平気で聞いている。マナーなんて
言葉は、この人には無いようだ。人が嫌がろうがお構いなしだ。私も、無視しているが
今まで、こんな人はいなかったので、むしろ (-_-メ) より、あきれている。

 病院側の最初の説明は、全然聞いていない様です。



(夕食)ご飯200g・とんかつ洋食屋風(常)・三度豆のソティー・人参塩茹で
    冷奴・和ドレサラダ

 消灯10時まで、イヤホーン無しで、カラオケ番組見ていて、鼻歌を歌ってま~す。
 完全に、ホテルと勘違いしております。

真珠腫性中耳炎の日記  (30)

2009年10月06日 | M Ear Cholesteatoma 
                   入院日記(3)

2009年 9月22日(火)



(朝食)主食200g・味噌汁(若布と麩)・ミニまあじ塩焼き・大根と若布のサラダ
    ドレッシング(ゆず)・瀬戸風味ふりかけ・バナナ・牛乳

 9時30分もこみち先生がインターホーンでお呼び出しです。すぐ、診察室まで行く。
 「子供さんがインフルで大変ですね。」「そうなんですよ先生、今、感染すると
最悪ですよね。」「そうですね、今は大切にしないとね。耳の中見ますよ。・・・
今日、少し外耳道の粘膜が腫れているようなので、もう少し、様子見ましょうか。」
 「ぜひ、お願いします。」  明日、退院でなくて良かった。。。



(昼食)主食200g・豚の味噌漬け焼き(常)・キャベツの梅味浸し
    茹でブロッコリー・ひじきの炒め煮(常)

 

 食後の院内散歩です。外は、相変わらず夏日和ですね。 9月も半ば過ぎたというのに、、、



(夕食)炊き込みご飯200g・ほうれん草の和え物・三平汁

 昨夜から、恐れていた脈音の耳鳴りが、始まりました。去年よりも遅かっただけ
ラッキーだったのか、手術した方の右耳の奥から、気持ちの悪いドクドクという
大きな音が聞こえております。消灯になっても関係なし。私の頭内は工場の様です。
 真夜中の12時過ぎに、咳をしながら試験勉強している息子に、勉強妨害のメールを
送っている悪~い母親です。
 
 眠れない夜

大きな脈音の耳なりで全く眠れません。安静にしていると、益々ひどく
耳の中に工場がある様で、頭中に響き渡っています。これは、相当、辛い。


 Re:同じ『眠れない』でも状況がちがうもんなあ。

それは困ったね。起きていたら疲れるし、寝ようとしても寝られない。
本当は、自然に眠気が来るのが一番いいんだけどねえ。僕も起きて
頑張ってるってことじゃ励みにならないか・・・


そんな事ないよ。ママの辛い気持ち聞いてくれているのは、すごい励みに
なっているよ。結局、試験勉強妨害しているのは、ママなんだなあ。
何も言う資格無いよね。今、若がくれた iPod で耳鳴りを消している所
です。カーペンターズの歌が安らぐよ、でも結局、脳が疲れるだけなんだけど
中々いい具合です。 1ヵ月位 ? 続くでしょうが、仕方ないわね。
 若も、こんな病気にならない様にしなくてわね。


Re:そんなことないよ返し。

 本当に気をつけないとね。ママは寝るためにカーペンターズ
僕は起きる為にTUBU、パパは、木の葉のそよぐ音ってとこかな(もう寝てます。)

真珠腫性中耳炎の日記  (29)

2009年10月05日 | M Ear Cholesteatoma 
                   入院日記(3)

2009年 9月21日(月)



(朝食)主食200g・味噌汁(竹輪麩)・うの花・ボイル野菜・海苔風味ふりかけ
    ドレッシング(焙煎胡麻)・牛乳

 3日ぶりなので、ナースに頼んで、9時からシャワーさせて頂いた。髪の毛も
洗って、気分は爽快です。髪の毛を乾かし終わったら、担当医 R先生の呼び出しで
診察だった。もこみち先生お休みでした。中のガーゼ交換、今日は先生が変わったので
又、緊張するが、雰囲気がリチャード・ギアの R先生に、そんなに恐がらなくても
痛くないからと言っておられた通り、全く痛くなかった。ああ、ラッキー。

 

テープの左下のピンク色のあざが、耳を覆っていた時の太いテープ跡の炎症です。
肌が弱いというか、薄いのでしょうね。消毒液をかけられて、赤くなっています。
でも、その痛みも、もうなくなっています。

 

(昼食)主食200g・焼肉・コールスロー・ピーマンソティー・コーンの塩茹で
    若布のスープ

 昼から、又、いつもの様に同室の患者さん達と話していました。2人を比べると
あきらかに、依頼心がとても強い向かいのおばあさん。耳マスクのつけ方を教えても
聞こうとしない。 いつ、何時でも、勿論こちらが食事中であろうと、ずれると
「つけて~」何日も洗っていない髪を触るのだから、又、手を消毒しに行かないと
駄目だし、そんな事お構いなしだ。Hさんは、最初に教えたら、2回目から御自分で
つけていらっしゃる。それが、普通でしょう。私だってナースじゃない。患者だ。
 しかも、65歳まで、准看護士やっていたっていうじゃな~い。本間かいなと思う。

 そして次はこうだ。「あなた、髪上手に洗うから、明日、私のシャワーの時に
髪の毛洗ってよ。」いささか、このあつかましさにあきれはて、「2Fに美容室が
あるので安くて、私より上手にシャンプーして下さるわよ。」って言ってあげた。

 又、私一人の時に、「知人がバチスタの(下)も持って来たので、あなたに
借りた本を返す。」と持って来た時、「チーム・バチスタの犯人は誰?」って
聞くのです。 最初に、私に貸してくれた時から、自分は読まないで、結果だけ
聞くつもりだったのかもしれない。でも、答えを言う気になれなくて、何故なら
そのおばあさん、心臓に4ヵ所、ステントを入れているんです。バチスタ手術の
方がはるかに致死率は高いけれど、同じ臓器の手術で、ある意味似ているじゃない
ですか、1泊2日のカテーテル手術とはいえ、大変な手術であった事には間違い
ありません。・・・で「犯人はいませんよ。医療ミスですよ。でも、どうして
読まないのですか?」・・・「目が悪いの。」

それにしては、デイルームで、何冊もの週刊誌をメガネなしで読んでいたのは
不思議な事です。それに、後で、誰かに聞いて犯人が解ってもいいんです。
私が、どうして嘘をついているのか、どうして言いたくなかったか、解ってくれれば
それでいいのです。 それは、下に書いております。


 淋し~い夕食です。敬老の日だから、仕方ない?

 (夕食)主食200g・おでん(常)・和からし・チンゲン菜の炒め煮・敬老の日の
     デザート(広島の紅葉饅頭)


 チームバチスタの犯人、麻酔科医の氷室が言ったセリフです。

“病に倒れるということは無に還れという天からの指令です。
それをヒトの力でねじまげようとする方が傲慢だ。”


 病に倒れたら、それまでって事だよね。

それにしても、その本をおばあさんの見舞いに持って来た
という知人の気持ちが、私には理解できなかった。


真珠腫性中耳炎の日記  (28)

2009年10月04日 | M Ear Cholesteatoma 
                   入院日記(3)

2009年 9月20日(日)



(朝食)ご飯200g・あられ麩の味噌汁・プチ玉子豆腐・キャベツとコーンのサラダ
    ドレッシング(サウザン)・瀬戸風味ふりかけ・牛乳

 10時半にもこみち先生が呼びに来られて、診察室へ行く。今日は、耳中の
ガーゼ取りの日だった。去年は、副部長先生、患者が多くて焦っていたのか
相当痛かったのだ。ひたすら耐えていたが、汗と表情で解ったのだろうか
先生は、「痛くてご免ね!」を2回言ってらした。その言葉がなければ、もっと
痛かったかもしれないなあ。

 今回も、目をつぶって痛みが走るのを絶えようと構えていたが、全然、痛くなかった。
 もこみち先生、腕あげはったんやわ。1回目の部長先生の時もそうだったけど
1枚、1枚時間かけてゆっくり剥がして下さったので、無痛でした。途中で、吊り
あがった肩を、そっと落しました。そして、薬を塗って又、ガーゼ、綿球を入れて
終わりでした。もこみち先生は「きれいに、治っていますよ。」と言って下さった。
 
さすが~もこみち先生の腕がいいからやわ~本当にお疲れ様でした。



(昼食)ご飯200g・南蛮漬(唐揚げ)(常)・炒り豆腐・春菊のお浸し

 

  休日の耳鼻科外来で~す。当然誰もいません。       同じく休日の産婦人科外来で~す。

  食後のウォーキングです。誰もいないのに、照明は全てついていました。

 

  外来待合室から中庭を覗くと、変わったオブジェがある。  脳外科の待合室です。

  昨日からここをゆっくり30分間、ウォーキングしています。普段は患者さんで
 いっぱいの外来ですが、休日の日に、ここをウロウロできるのは、入院患者の
 特権かな?誰もいないのも、なかなか、いいもんですよ。実は、沢山いたりして!?


 ポテト美味しかったどっせ。

(夕食)ご飯200g・八宝菜(常)・大学芋・春雨の中華サラダ

 スリムになりはったなあ。

 夕食後デイルームで、スポーツ新聞を読んでいると、ヨン様の記事が出ていた。
 ヨン様が肺血症で入院していたことが分かった。ヨン様が17日に血糖と血圧の
急激な低下で倒れ、ソウル・カンナムの病院へ入院したと明らかにした。
 肺血症の初期段階で、過労とストレスで免疫力が低下していたと診断されたと
いう。疲労がたまり、体重が10キロ以上落ち、体も弱くなっていたようだと
事務所側はコメントしている。現在、点滴を受け安静にしているという。事務所は
22日までには退院できる見通しだとしている。

 早う、元気になっておくれやす。私も頑張りますさかいに。 

真珠腫性中耳炎の日記  (27)

2009年10月03日 | M Ear Cholesteatoma 
                   入院日記(3)

2009年 9月19日(土)

 朝6時40分、向かいのおばあさんが起こしに来た。と言っても、私は早起きして
もう、本を読んでいる所で、病院で借りた“チームバチスタの栄光”を読み終え
ようとしていた。
 そこに、タイミングよくおばあさんが来られたので、2日前借りた“チーム
バチスタの栄光(上)”を返すついでに、「これでは、犯人が誰か、解らないで
しょう?」と言って、「よろしかったら、この本1冊で、全てが解りますので
お読みになりますか?」と聞きましたら、「じぁ、読んでみようかな。」って
言われたので、又貸ししました。



(朝食)ご飯200g・大根のサラダ・梅びしお・ドレッシング(香味和風)・牛乳
    焼き魚・麩の味噌汁

 今日から、病院が5連休でして、少し不便になるのです。例えば、シャワーが
毎日入れなくなる。ベッド掃除もない。ナースの来る回数も減る。私の場合、大分
回復しているので、この点は問題ないが、衛生的に少し問題が生じます。

 隣のおばあさん、9時半に退院されました。この部屋に来てたった1日でしたけど。
 
 9時40分、もこみち先生の診察があり、ガーゼ交換と傷口の消毒をした。未だ、2回目
なので染みわたる。ひたすら、耐えるのみ。それにしても、やはりお医者様は大変だ。
 休日でも、自分の患者がいたら、出て来られるのですよね。去年は、手術後
もこみち先生が休暇に入られたので、副部長先生が、担当してくれたのですが
3日間、ガーゼ交換なしだったもの。誰か、休日に来られている別の医師に頼んで
欲しかったなあ。淋しかったなあ。その前の年は、もこみち先生、13日間休まず毎日診て
下さったのに、、、やはり、期待しますよね。でも、仕方ないか。 それとは関係
ないとは思うのですが、取り合えず、耳鳴りはひどかったです。今回は、今の所
耳鳴りなしです。このまま、順調にいってくれれば、いいのですが、、、



(昼食)ご飯200g・白身魚の唐揚げ・菜の花のソテー・焚き合せ(常)・吉野汁

 昼ごはんが終わってから、私の斜め前のHさんが日記を書くらしくて私の名前を
聞きに来た。

 御主人と仲良い~素敵な奥様です。

 2人で話していたら、向かいのおばあさんも入ってきて、3人でずっと椅子と
ベッドに座って、身の上話や病状のことやら、世間話、よくまあこれだけ話すわと
思う位、話したおして気がついたら4時過ぎになっていた。 ちょうどHさんの
ご主人が来られて、おひらきになりましたが、何と、絹ごしプリンを頂いた。
 とてもおいしゅうございました。アップする前に食べちゃった。



(夕食)ご飯200g・すき焼き風煮(常)・キャベツの辛子和え・デザート
    (ミニ鯛焼き)

 夜は、家族とのメールタイムで、息子が学校のインフルの状況を毎日伝えてきて
いた。3クラス学級閉鎖、、、隣のクラスも7人感染、そして、若のクラスも1,2人と
増えてきていた。10月始めの修学旅行が危ないらしい(中止になる可能性大だそう)
若本人の状態もよくない。咽喉が痛いと昨日のメールに書いていましたから、どう
しようもない。今の私は、帰る事も出来ず、でも内心、今、帰るとインフルにかかる
かもしれない恐怖感を拭い捨てきれない。薄情な様だけど、超複雑な心境です。

 手術後のデリケートな中耳内にインフルエンザの強力な菌が入り込むと、考える
だけで、今は病院から出たくない。帰宅したくない。ここの方が、無菌とはいえ
ないが、未だましだと思う。

 

 しかも、この6畳空間の中でカーテンを引き、昼間の面会の多い時間は一歩も
出ず、ひたすら引きこもり、本を読みまくり、ゲームもして時間を潰す。食事も
全て、ベッドで頂く。面会時間が終了した後に、院内をウロウロ散歩する。
 これが私の日課。私も今まで、息子から、インフルエンザを2回うつされて
いますから、今は本当に恐い。

 助けて~(-_-;)困った(>_<)ウェーン(ToT)です。

真珠腫性中耳炎の日記  (26)

2009年10月02日 | M Ear Cholesteatoma 
                    入院日記(3)

2009年 9月18日(金)

 今日、朝から私の隣に他の部屋からおばあさんが移ってきた。院内引越しが多い
ですね。71歳、向かいのおばあさんと同年だから、気が合うようでよくお話していた。



(朝食)ご飯200g・焼き魚・麩の味噌汁・キャベツと胡瓜のサラダ・バナナ
    ドレッシング(中華)・海苔風味ふりかけ・牛乳

 8時15分、もこみち先生が、呼びに来て下さり、診察室へ行く。耳の上を被っていた
ガーゼが取られた時、先生が「あ~あ、テープにより皮膚が炎症していていますね。
少し我慢して下さい。」「は~い。(-_-;)」ぐぐぐ、消毒されて、どれだけ痛いねん。

   

 お坊さんと違いまっせ。 まあ、後ろから見たら、男はんみたいどすなあ。
 耳の後ろの切開跡には、未だテープが張られています。
 よく見たら、血溜まりができないようにドレーンもさしたままやわ。
 朝食と昼食の間に、グロイものをアップしまして、すんまへんなあ。




(昼食)ご飯200g・カレー炒め煮(唐揚げ)・大根ときのこの和え物
    ベイクドポテト・茹でブロッコリー

 13時半から、ナースによる洗髪です。どれだけ、お待ちしてましたか。
 この病院に来て未だ半年のフレッシュ・ナース。 でも、洗髪は、とても
お上手でした。ドライヤーで髪乾かして、14時から、シャワーでした。
 ああ~ \o(^o^)o/ 気持ち良かった。

 

病室前の長い廊下。         最上階の廊下から中庭を見る。



(夕食)ご飯200g・鮭の塩焼き・豚のうどんすき(常)・野菜とじゃこの炒め煮

真珠腫性中耳炎の日記  (25)

2009年10月01日 | M Ear Cholesteatoma 
                   入院日記(3)

2009年 9月17日(木)

 今日は、目覚めが今一悪い。昨日の娘に続いて、母親も少し、問題ありそうだ。
 昨夜、皆、熟睡している頃に、大声で起こされたのだ。夜中の2時頃でした。
 私のカーテンを開けて「奥さん、どうしはったん?」と隣の奥さんが、起こしに
来たから、私は「ええ~、何もないですけど、よく、寝てましたが・・・」すると
前で叫んでいる声が聞こえた。向かいのおばあさんが叫んでいる。「誰か来て~」
っと・・・「あ、向かいか・・・」と言って隣の奥さんは、様子を見に行って
くれた様です。ところが、3分も経たない内に又、「誰か、来て~」と叫んでる。

 先程、隣の奥さんが行った筈なのに、おかしいなあと思って、私は起きて行って
みた。おばあさんは、何かパニクッテいるようだった。でも、何を言っているのか
理解できないので、取り合えず、私のベッドのナースコールを押した。ナースが
2人駆けつけてきて、私に「どうしたの?」というから、「私もよく解らないので
向かいのおばあさんに、直接聞いてみて下さい。」と言う。何をしたのか知らないが
ナースが、「あ~あ、紙おむつがびちゃびちゃやわ・・」ええ~、紙おむつしてるの?
ここって、介護病院かいな。去年、80歳のおばあちゃんが同じ真珠腫で手術してた
けど、紙おむつはしてなかった。歩いてトイレ行ってましたよ。入院する時に
自分でトイレ行けますかとか、質問あったよね、確か、自分で出来なければ、ここでの
入院は不可能だったと思うのですが・・・よく解りません。



(朝食)ご飯200g・若布の味噌汁・大根と人参の温野菜・味かつおふりかけ・牛乳
    ミニまあじの塩焼き・ドレッシング

 8時にもこみち先生が、呼びに来られて、診察室へ行く。ガーゼ交換でした。今日も
結構、浸出液がついていました。9時半にベッド掃除が終わって、10時から、最後の
点滴でした。

  ピンボケで~す。



(昼食)ご飯200g・白身魚の漬け焼き・がんも、野菜のやわらか煮(常)・吸い物

 14時からシャワー20分だけ、浴びる。戻ってきたら、隣の奥さんが退院の挨拶に
来られた。この奥さんも私が入院してから、ほとんど昼間は、外出していたので
お話はできなかったが、その向かいの人もいつの間にか退院していて、昨日から
Hさんが入っていた。Hさんは、今日の昼から、真珠腫の手術だそうだ。昨夜は
睡眠薬飲んで、爆睡していたので、おばあさんの一件は全く知らずでした。

 5時半、旦那が様子を見にきてくれた。もう、点滴も終わりましたし、大丈夫よ。
 後は、日にち薬だよ。おとなしくしてるから、勿論、適当に院内ウォーキング
しているしね。もう、来なくてもいいよ。来週1回、荷物を取りに来てくれたら
それで、いいわよ。何か私に言われるままに?、安心して帰った。と思う。。。



(夕食)ご飯200g・豚肉の生姜焼き・ピーマンソテー・ポテトサラダ・付け合せ
    胡瓜のおかか和え

 夜、おばあさんは、私のカーテンを開けて、「昨日は大変やったわ。この本
読みますか?」と言われて、「一応お借りします。」と言っておいた。
 でも、大変やったわ。の前に昨日は迷惑かけてすいませんだろう。常識ないなあ。
そう言えば、娘も謝りもせず知らん顔だったものね。親が親なら子も子やね。

真珠腫性中耳炎の日記  (24)

2009年09月30日 | M Ear Cholesteatoma 
                  入院日記(3)

2009年 9月16日(水)

 6時45分、ナースが脈、体温を計りに来てから、洗顔。

 ピンボケで~す。

(朝食)全粥300g・麩の味噌汁・プチ玉子豆腐・キャベツと人参のサラダ・牛乳
    梅びしお・ドレッシング(サウザン)

 8時5分、もこみち先生が来られて、診察室へ行く。固定バンドを取って、耳マスクに
変わった。捨てられたガーゼには、結構、血が付いていた。 頭、洗いたいなあ。
 部屋に戻ると、ベッド掃除がされていた。

 10時から、朝の点滴(フルマリン1gキット)30分だった。今日担当のナースは
やたら、点滴注射が上手で、「いつも、チクッとします。」と言われるが、全く
注射針を刺した感覚も無く、無痛。終わった後もいつ針を抜いたのか、解らない
ほどだった。「上手やわ~」と散々、褒め倒していたのも束の間、、、刺した所が
時間が経過する度に青紫に変色してきたのだ。昨日に続いて2回目の失敗です。

 

上の左腕が点滴失敗。(本当はもっと青紫の内出血だった。) ずっと右腕で点滴していたが普通でしょう。

 まあ、血管注射するには、血管が浮き出ていない難しい腕かもしれないので
あまり、言いたくはないが、昔、超美人のナースが点滴を6回失敗して、あまりの
痛さに、思わず切れまして、婦長さんに頼んだ事があった。ふと、そんな事を
思い出したりしていた。

 向かいの空きベッドに、隣の部屋から、おばあさんが移って来た。今日の昼から
手術だそう。何か、話好きな人のようだ。

 全粥が欠けてま~す。
 
(昼食)全粥300g・ほっけの塩焼き・炊き合わせ・豆腐の田楽味噌かけ・大根と
    エノキの卸し煮

 今日から、シャワーが可能なので、昨日14時に予約しておいた。早速、シャワー
室へ行く。但し、所要時間は20分だけ。本当にからすの行水だ。せめて、30分欲しい。
 戻ってから、本を読んでいた。向かいのおばあさんは、16時40分に戻って来て
主治医Y先生の話を聞いていたら、鼓膜穿孔だけの様で、真珠腫はなく、耳の中は
きれいと言っておられた。少し目が疲れたので休んでいたら、急に強烈な西陽が
私の顔にふりかかった。最後にオーロラを当ててから、未だ日が浅く、肌を日光に
当てることができないので、ブラインドをずっと、閉めっぱなしにしていたのに
向かいのおばあさんの娘(といってもおばさんですよ)が、勝手に開けていたのだ。

 私が「何するんです?」というと、謝りもせずに「どうやっていいのか解らへん。」
だって。 解らへんのやったら、勝手に触るな!って言いたい所だった。
 起きて、西陽を思いっきり浴びた後で、ブラインドを元通りにした。  

 惣菜皿の並べ方が悪いですね。

(夕食)全粥300g・鶏の竜田揚げ・野菜ソテー・菜の花の和え物・スパサラダ

 夕食後、7時から30分、点滴があり、安静です。いよいよ、明日の午前中で
点滴終了です。かなり、自由になれます。


 


真珠腫性中耳炎の日記  (23)

2009年09月29日 | M Ear Cholesteatoma 
                    入院日記(3)

2009年 9月15日(火)

 夜中2時にナースが来て、小便をするように言われたので、「私はベッド上では
できませんので、トイレでします。」と言って、点滴をスタンドに吊ってもらって
ナースに付き添われて、用を足す。1回目の時も、こうして行ったものだが、去年は
ナースに、「駄目です。あなたは、昨日の手術で脳を触っているから、歩く事は
許されていないのです。」と言われて、思わず本当かいなと思って、ベッド上で
させられたのですが、できないと思っていただけで、ナースの言われる通りに
したら、意外とできてしまった。(-_-;)ナースによって、やり方が違うのだ。

 朝の5時には、自分で点滴の袋を高くあげながら、トイレに行く。片手でかなり
慣れてます。患者の言いなりになるナースか、ナースのやり方を通す人か、性格に
よって、これも様々ですね。1回目の時は術後の口内を潤すのに、氷を紙コップに
入れて持って来てくれた。去年は、氷ではなくて水でした。 今年は、なし。
 朝、起きてみたら、紙コップと綿棒のお化けみたいなのが2本が、置いてあった
だけ。3回目だとこんなもん?少し、淋しい思いをするのでした。今回が終わりで
本当に良かった。4回目だったら、全て、セルフサービスですなんてね。

 「君、髪の毛バサバサだよ。」「文句ある?」

 6時20分に点滴を外し、血液検査があった。10分後、別のナースが来て、「OO
さん、先程の血液は、駄目なので、もう一度、採血させて下さい。」「失敗ですか?」
・・・m(-_-)m・・・「どうぞ。」 頼むよ~失敗しないで。青あざができるから
 その後、血圧、体温、脈拍、血液中の酸素濃度のチェック。それらが終わって
洗顔、歯磨き、7時30分には、朝食が運ばれてきた。

 手術は、咽喉じゃない つうーの

(朝食)全粥300g・麩の味噌汁・魚のそぼろ・牛乳

8時15分、もこみち先生が来て下さった。昨日の手術内容の再確認と「聞こえますか?」
と言われるので 「大丈夫です。よく、聞こえています。」と簡単な診察を終えてから
診察室へ戻られた。8時40分、担当医の R先生も来られて、診察室まで呼ばれました。
今日は、眼鏡をかけていらっしゃいました。「もこみち先生が朝、診察されているので
別に、呼ばなくても良かったのかな? 取り合えず、右耳は1回で済みました。
 耳内は左に比べ症状は軽くて、凹みがあまりなかったので、2回目はいいだろうと判断
しました。」 「そうですか、本当に浸透していなくて良かったです。」 「何か
気になることがあれば、、、」「退院後、ランニングしてもずれたりしないですか?」
「それは、術後、外来で再度、お聞きになって下さい。基本的には、ある程度
期間をあければ、飛行機にも乗れるし、プールにも行けますからね。」

 「という事は、普通通りに行動できるのですね。」  「そういう事です。」
「ああ、嬉しい!これから、この新しい耳を大切にしていきます。どうも、有り難う
ございました。」 R先生は、にっこり笑って話して下さった。年齢は、もこみち先生と
変わらないと思いますが、話し方がとてもお上手で、外来におられても全く違和感
ないのに、、、でも、それだけ、優秀な先生が多いって事なんですよね。 まあ
この病院に来られて未だ浅いですので、外来デビューは、もう少し後かな?

10時から、熱いタオルによる身体拭き、10時30分ベッドの掃除、11時、向かいの
娘さんが退院の挨拶に来られた。12時には、昼食が運ばれてきた。

 鮭のムース美味しかったです。

(昼食)全粥300g・玉子かまぼこの卵とじ・大根の甘煮・鮭のムース

 17時15分、部長回診があり、本を読んでいたら、いきなり“白い巨塔”の再現?
耳鼻科の医師全員が、部長の後ろに続き、ぞろぞろとやって来られた。
もこみち先生が説明をして、部長先生が私の右耳を指でコンコンとはじいて
「聞こえるだろう。」「・・・はい、聞こえます。」で笑いながら、医師団体さんは引き
上げられました。 それにしても、指でノックでした。 

 玉子のムースは黄白に分かれていました。

(夕食)全粥300g・麩の玉子とじ・玉子のムース・じゃが芋のグラタン

 夕食後18時55分から、点滴30分。体温は36.9度、血圧は異常無し。



 















           

真珠腫性中耳炎の日記  (22)

2009年09月28日 | M Ear Cholesteatoma 
       
                    入院日記・手術(3)

2009年 9月14日(月)

 6時に起床、トイレ、洗顔を済ませ、すぐベッドに戻って又、横になる。
やはり、睡眠薬のせいで、頭がフラフラ状態、立っていられないのだ。
 7時に朝食も運ばれて来たが、まるで食べれる気分じゃない。じっと横になって
いた。7時10分頃、カーテンをさっと開けて、「OOさん、お早うございます。」
「あら、もこみち先生! お早うございます。先生、帰って来られたんですね。ゆっくり
休まれましたか?」「十分に休んで来ましたので、バッチリですよ。今日、頑張り
ますので。」「先生、宜しくお願いします。」「では、、、」

 ああ、先生、帰ってきてくれて、爽やかな笑顔で「頑張ります。」って言って 
下さった。私も、フラフラしている場合じゃない。取り合えず、朝食を食べないと
ベッドで頂く朝食、やはり、食べる事ができなかった。味噌汁と牛乳だけ。
 それを物語るのは、几帳面な私が朝食の写真を撮ることができなかった事です。
 汁気だけ、いただく。8時半には、理容院に行って、耳周りの毛剃りに行かないと
と思いつつも、めまいがひどい。ナースが来たので、その事を伝えると、看護助手の方が
来て、車椅子で理容院まで連れて行ってもらった。1050円で毛剃りが済み、病室へ戻る。

 9時半頃から、シーツ交換があった。1日しか寝ていないのに、交換してくれた。
 しばらく、寝ていたら、もうお昼になっていた。ナースが来て、慌しく私の血圧
脈、体温、血液中の酸素の数値をチェックされる。心配して主人も来てくれた。
 セーフティボックスのキーを主人に渡し、1時間前の注射 (アタラックスP液
ペチロルファン液) 30分前の注射(ホリゾン液)をされて、次第に私の意識は
薄れていく。必死で、薄目を開けていたら、主人が見送ってくれていた。謝々。

 13時ちょうどに、ベッドで寝たまま、手術室へ行く。ベッドから手術台へ移動
して頂いた ? 意識が朦朧状態で記憶が殆どない。去年はあんなに鮮明に覚えて
いたのに、意識があったのに、ブログを書かなければならないのに、今回の私は
麻酔が効きすぎて(1回目と同じ)どうしようもない事なんですが、不甲斐無くて
自分自身、麻酔に負けまいと頑張っていたのに、ショックで溜まりません。

 強いて言えば、側頭骨をドリルで開けている時の振動で、一瞬、意識が戻ったのと
耳の奥の方で、時々、強い痛みが走った事と、部長先生の声が2回聞こえた事
ああ、側に部長先生がいらっしゃる。 安心して、又、意識がなくなり、その後
何回となく、胸の上に手のようなものが置かれて、今、何してるのかな?って
感じ、、、胸の上だから、心電図の装着かなんかでしょうね。お腹には、毛布が
置かれていたと思います。とても、暖かかった気がします。手術が終わった直後
もこみち先生が「これは、何の音か解りますか?」と聞かれた事位。 こんな事
ちんたら書いても、仕方ないか。今回は、手術中の話は、これだけ。残念 !

 手術から戻って来た直後。

 すごい眉間に皺が! 起きたいのに、睡魔に負けて起きれなくて、何か辛そう。

 息子に起こされました。

 私が、病室に戻ってきた時は、18時でした。な、な、なんと5時間もかかって
いました。戻って来た時、ナースが「先程まで、こちらにいらっしゃったのですが
デイルームでお待ちかも、見て来ますね。」 しばらくして、主人と息子が来た。
 時間を聞いて、5時間かかった事が解った。もこみち先生も来られて、「今回は
キヌタ骨に真珠腫が取り巻いていたので、骨を一旦外して、きれいに真珠腫を
削って、元に戻しましたので、自骨のままです。それに、真珠腫の浸透具合も
其れほど深くなかったので、2回目は致しません。これで、終わりです。」
 思わず、心でやった~と叫んでおりました。2人で深く頭を下げて、「有り難う
御座いました。」もこみち先生は、説明を終えて戻られました。

 部長先生、もこみち先生、R先生本当に、お疲れ様でした。
 もこみち先生、キヌタ骨に張り付いた真珠腫を時間をかけてきれいに削って
取り除いてくれたのですね。休暇明けそうそう、お手間をかけさしてしまって
申し訳ございませんでした。治して頂いた両耳、再発しないように、いたわって
大切にしていきたいと思います。

 



真珠腫性中耳炎の日記  (21)

2009年09月27日 | M Ear Cholesteatoma 
                    入院日記(3)

2009年 9月13日(日)

 家族には、午後1時からの手術なので、3時半から4時頃に来てもらう事にした。
 息子は学校が終わってから、ちょうど4時、主人にも迷惑かけるけど仕方ない。
 病室に戻って来た時、主治医からの話を聞き漏らさない為にも、側には必要だ。
 私は、多分、未だ麻酔が効いているだろうから、主治医の話を全て聞き取る事が
できるのか、あまり自信がない為である。
 2人分の夕御飯を作ってから、ケリーバッグ1つで病院へ戻る。 日曜なので
正面玄関の裏側から入らなければならない。

 休日の正面玄関ホール

 最上階エレベーター前

 私の向かいのベッド(火曜に退院した後、撮った)

そっと、自分のベッドに戻る。向かいの娘さんは、金曜日、扁桃腺の手術の後
すごく大変そうだったが、すっかり元気になっていた。ニコッと会釈してくれた。
何でも、火曜には、もう退院だとか、、、

 デイルーム前半分

 私は、パジャマに着替え、夕食まで本を読んでいた。夕食になると、今日だけ
デイルームで食べますと、自分の食事の乗ったトレイを運んだ。最上階からの
素晴らしい夜景を見ながらの夕飯だった。

 量も味も健康に良さそう

(夕食) 豚ロース肉のソテー・春雨サラダ・ご飯200g・フルーツゼリー

 食後、部屋へ戻り、ナースから明日の手術に向けて、簡単な話があった。
 体温を測り、21時~22時に飲むように睡眠薬2錠(ユーロジン錠)を渡される。

 ところが、去年朝から手術だったのですが、気分は最悪できつい二日酔いの様に
フラフラ状態だったのを思い出した。きっと、この睡眠薬のせいだと思って、私は
1錠だけ飲んで休むことにする。ところが、11時になっても眠れず、おまけに1人又
1人と、次第に大きないびき音?が聞こえてきだした。さすがに、あせってしまって
11時過ぎにもう1錠飲む。やはり、2錠と言われたら2錠なんだ、、、(-_-)zzz
  










真珠腫性中耳炎の日記  (20)

2009年09月26日 | M Ear Cholesteatoma 
                    入院日記(3)

2009年 9月11日(金)

 12:30 2階受付に行く。今回は金曜日という日の為か、他科に入院される
患者さんも含めて、人数は非常に少なかった。
 12:50 2名だけ名前を呼ばれ、耳鼻科病棟のある最上階に案内される。
ナースステーション前で、お決まりの体重を量り、各ルームへ案内される。
 今回私の部屋は、西部屋だった。4人部屋で左の窓側。早速、神経質な私は
きれいな雑巾でベッドの柵・セキリュティーボックスの付いた引き出し・大小の
ロッカーを念入りにお掃除してから、荷物を所定の場所へ入れる。

 ベッドの枕もとの上に名前が書いてあり、主治医はやはりもこみち先生
担当医 Y先生 は全く存じませんでした。

 同室の方に、あいさつをする。窓側の向かいの人は、ちょうど手術中でした。
家族の方に挨拶をしてから、後2名の方にも挨拶。2名さんは、私と同じく真珠腫
でした。

 主人と息子に部屋番号をメールしていると、看護士さんが「別部屋でお話聞かせ
て下さい。」と言われ、血圧・血液中の酸素量、病歴があるかとか、持参の薬
他いろいろと質問された。入院計画書を渡され、手術は14日の1時である事が解った。
 「術前の説明が終われば、日曜の夜まで帰宅しても構わないですよ。」
「そうなんですか?じゃ、外泊します。」「では、届けを書いてから、帰宅なさって
下さいね。」「はい、解りました。」

 夕方5時以降、Y先生 から話があるので、部屋で家族と待機するようにと
言われる。デイルームで、新聞読みながら2人を待つ。息子が4時過ぎに、主人は
5時寸前に来院した。5時ちょうどに、若かりし頃のリチャード・ギアを思わせる
様な素敵なお医者様が、今回の私の担当医でした。但し、セクシーなイメージは
全く感じさせませんよ。 という事でこれからは、R先生と呼ばさせて頂きます。

 3人で、手術前の説明を聞く。私は先生の前だったので、話しやすかったせいか
質問しまくりでした。1回目のもこみち先生、2回目の副部長先生共に、立って
黒板に書きながら説明されたので、そう、まるで大学で講義を聴いている様な感じ
でしたので、質問しにくかったのですが、今回は3回目という慣れも加わり、しかも
本当に、50cm目の前にいらっしゃるので、親近感が増したのかも知れませんね。

 一通り説明が終わると先生は、私が今まで疑問に思っていた事を、私のカルテを
見ながら、一つ一つ丁寧に、全ての質問に的確に答えて下さいまして、大満足の
説明会となりました。「他にご質問がなければ、ここに署名、捺印を押して、後で
詰め所に持って来て下さい。」と言われました。

 それから、R先生 は、耳を診察をしたいと言われ、診察室に入ると、ちょうど
部長先生が来られて、最初に耳を見て頂く。「1回で済むといいな。開けて見ないと
解らないから、何とも言えないなあ。」「そうですか。先生、手術宜しくお願いします。」
部長先生は、軽く頷かれて行かれました。その後、R先生 にも診察していただきました。
もこみち先生は、14日月曜に帰って来られます。」「14日って、私の手術日
ですよね。間に合うのかな?・・・」ぶつぶつ小声で言っております。
 R先生 は「14日頑張って手術に望みましょう。」「はい、先生、宜しくお願いします。」
 

 という事で、この日は一旦帰宅する事になりました。6時過ぎていたので、病院
近くの中華料理店で、食べて帰る事にしました。しかし、手術の気持ち悪~い話
聞いたばかりで、今一いつもの食欲湧かず、二人は定食にしたようでした。

 主人注文 海老天定食

 息子注文 唐揚げ定食
 
 私注文 中華丼



真珠腫性中耳炎の日記  (19)

2009年08月25日 | M Ear Cholesteatoma 

 2009年 8月25日(火)
 今日、9時予約で手術前の健康診断に行きました。胸のレントゲン・採血・心電図
検尿が9時40分に終わり、外来待合室で待つこと3時間20分でした。 診察できたのは
何と13時でした 。朝食抜きで、ずっと待っていました。途中で、食事に行きたいと
受付に申し出たのですが、聴力検査があるから、なるべくいる様に言われ、買って
来たドラ焼き1個とお茶だけで済ませたのですが、それだけで足りる訳がない。

 さすがに13時に呼ばれた時は、いつもの元気はなく、だらっとしてました。
 もこみち先生に「今日、診察中にお腹が鳴るかもしれません。」と申し上げた。
 もこみち先生は、笑っていらしたけど、 2食抜きはかなりきついですよ。
 診察予約時間は11時から12時までと印字されているのですから、なるべく時間
厳守して欲しいものだ。

 もこみち先生は、「健康診断の結果はOKなので、予定通り、来月O日手術
しましょう。」と言って下さいました。 「入院する日迄、風邪等引かないようにして
下さい。」との事でした。 それから、耳の診察と味覚と顔面神経の検査をした。

 電気味覚検査というのは、舌に弱い電流を流し、味に似た刺激を与えます。
 この検査は、感じ方の程度を判定するもので、甘味はよく感じるが、塩味を
感じにくいというような、味質についての異常はわかりません。
 
 電気神経検査は、顔面神経本幹を耳下部で電気刺激して表情筋の筋電位の振幅を
みる。健側の10%以上の低下では予後は良くないらしい。
 神経興奮性検査は、顔面神経本幹を耳下部で電気刺激する際に、表情筋の収縮を
起こす最小閾値を測定する。 健側より3.5mA以上高いと予後は良くないらしい。

 もこみち先生は、よく私の顔をじっと見つめられるのですが、顔が麻0さんの様に
ゆがんでいないのかを見ているのです。 決して、気があって見つめているのでは
ありません。 顔がゆがんできたら、顔面神経が侵されている事ですので、かなり
重症という事になります。 そうなる前に、いやな手術をするのですから。

 ともかく9月O日からブログは又、2週間ほどお休みとなります。
 退院後、又、日記を載せたいと思います。



真珠腫性中耳炎の手術について

2009年06月05日 | M Ear Cholesteatoma 
 真珠腫性中耳炎に対しては段階手術が行われている。初回手術で真珠腫の摘出を
行い、6ヶ月から1年後に計画的に第2回手術を行い、中耳腔の安定化した状態で
遺残真珠腫の確認、摘出と伝音連鎖再建による聴力改善を図る。初回手術前には
まったく含気の認められない中耳腔が第2回手術前に正常化することが理想であり
このような状態となれば聴力改善も容易となる。

 一方で段階手術は2回の入院(初回:約2週間、第2回:約10日間)を要することで
患者側の負担になることには違いない。以下の3点の基準を満たす症例では一期的に
伝音連鎖の再建まで行っている。この基準に該当するものは真珠腫性中耳炎新鮮例の
約3分の1である。

一期的に手術で終了する基準
1) 手術時に真珠腫上皮の完全摘出が確信できること
2) 中・下鼓室の粘膜が正常であること(耳管機能が正常であること)
3) 真珠腫より末梢側の乳突蜂巣粘膜が正常であること(粘膜換気が保たれて
いること)

「真珠腫性中耳炎の問題」
 真珠腫性中耳炎では耳小骨が消失している例や残存耳小骨の可動性に問題のある
例が多く、聴力改善という点では慢性化膿性中耳炎での手術には及ばないのが実情
である。前述の耳科学会の判定基準ではⅠ型手術で81.8%、Ⅲ型変法手術67.0%
(一期的手術:58.6%、段階手術:74.2%)、Ⅳ型変法手術(一期的手術50.0%
段階手術:47.4%)の成功率に留まっており、さらなる伝音連鎖再建の工夫が必要と
考えている。

 もう一つの問題点として、再発の問題が挙げられる。遺残性再発や再形成再発のため
3回目以降の手術が必要となる例が存在することも事実である。遺残真珠腫上皮を
標的としての遺伝子治療なども研究されているが実用には未だ遠く、手術手技の
向上のみが現状での解決手段である。

                          耳鼻科関係資料より引用