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マーサの昔話

デジカメでの景色や花、動物などの写真
海外体験談、今日の一品、糖分控えめ?なおやつ等‥‥‥

ローマ 一気に・・・観光

2009年07月11日 | Europe
 ナポリで、かなり陽気に飲み明かしまして、明くる日は、ローマ行きのバス中で
夜更かししたメンバーが殆ど、景色も見ず寝たままでした。 そのメンバーに入って
いなかったAさんが、私達の寝顔を勝手に撮って、帰国したら送ってあげるなんて
言っております。 どこにでも、頭の軽い奴はいるものだ。 Aさんと同室だった先生が
飲み会のメンバーに入っていたのですけど、Aさんとは同じ学校の先生で、旅行中
ずっと相部屋で、一緒に行動されていたのですが、余りに無礼な態度に嫌気が差し
たそうなんです。

 とうとう昨日、旅行中に溜まったストレスを解消する為に、私達と合流して
飲みに来た訳なのです。
 彼女曰く、Aさんは最初の日にバスルームを水浸しにしてしまい、寝室まで水が流れた事
貸したお金は返さない、挙句の果てはAさんの寝様の悪さ、いびき、歯軋り、寝言
のオンパレードらしい。 まあ、一度嫌な面を見てしまうと、寝様まで腹が立つ?らしい。

 こんなひどい教師もいるんですよって、言ってる本人も教師なんですけど・・・
 でも、せっかくリフレッシュに来た旅行なのに、ここで又、違うストレスを
溜めてしまうなんて、非常にお気の毒です。 だから、昨日は、思いっきり、私どもが
先生を陽気にしてさしあげたのでございます !?

 フィレンツェで倒れた先生ではありませんでしたが、結構、夏休みとかに旅行すると
教師の方が多いのです。 まあ、世の中には、いろんな人がおられますので。 ハイ。

 昼過ぎにローマに着き、ラザニアを食べてから、市内観光を楽しみました。
 クイリナーレ宮殿は、1574年に法王グレゴリウス13世が建設を始め、ローマにある
7つの丘の中で一番高いここを法王の夏の住居としたそうです。
 1870年にイタリアが統一されてから、王宮、続いて大統領官邸となりました。

 コロッセオは、ヴェスパシアヌス帝が紀元72年に着工した円形競技場です。
 80年彼の息子ティトス帝により完成されました。 
 こちらも想像していたより小さく感じました。
 よく甲子園球場へ応援に行っているので、どうしても比べたがる。
 球場は、芝生だけで何もないから、きっと広く感じるのですね。

 真実の口は、ハンドマジックで有名です。 
 私もやりましたけど、大きなサイズのジャケットが必要です。 
 私が行った時は夏だったので、カーディガンで試しましたが、やはり上手くいきません
でした。
 あれは、大きめのスーツを着た男性がすると、上手くいくようです。
 しかも今や、ローマに行かなくても、大阪でも真実の口があります。
 勿論実物大で、そこで写真をとって、ローマに行ったんだと言っても誰も解らないです。
 さて問題です。 上の写真は本物でしょうか?

 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂は、広いヴェネチア広場の南に建つ大きな建物。
 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世はイタリアを統一した初代国王です。
 ヴェネチア広場の近くは、博物館や美術館が沢山あります。

 ナボーナ広場、古代ローマのギリシャ風競技場の跡です。
 広場中央にある有名な3つの噴水を見て行くが、真ん中のオベリスクが立つ噴水
  (ベルニーニ作) が人気の様でした。 
 ゆっくりと歩いて、南の端からパンティオンの方へと抜ける。
 静かな裏道の角をいくつか曲がって、パンティオンの裏手へと出る。
 石垣に腰を下ろし、持っていたミネラルウォーターをイッキ飲み。
 実はグラッパでした。 酒臭!

 パンティオンの正面を行くと、前は広場になっており、とてもにぎやかでした。
 入り口には、行列ができてました。 正面の列柱に、三角の破風を乗せた建物の中は
とても大きな一個のドームで、天井の中心には、大きな丸穴(直径9m)が開いている。
 雨が降れば、水が入らない工夫でもしているのであろうか。
 先へと進むと仕切り柵の奥に祭壇がありました。
 とにかく中は広いから、祭壇には雨のしずくも届かないのかしら。
 この建物はローマ時代の建築そのままらしい。

 カブール広場は、ローマの裁判所があった所です。
 サン・ピエトロ大聖堂は、最初にローマに来た日、バチカン美術館と共に見学しまして
首が非常にだるかったです。

 スイスの衛兵さん、暑い中、ご苦労様です。 奇抜な色の衣装が忘れられません。

 とりあえず、パックツアーですので、時間が余りないのです。 
 恋をしている暇もなく、明日は、ダ・ビンチ空港からベルギー、オランダヘ行くのです。
 ああ、パックツアーは、嫌ですね。
 せかされて、旅のムードも何も味わえないぞ~。



ナポリ・ポンペイ編

2009年07月04日 | Europe
 朝、フィレンツェから、ナポリ・ポンペイ方面にバスで行く。 この日は、快晴です。
 ローマも暑かったので、いつもミネラルウォーターのペットボトルは必需品でしたが
ポンペイの遺跡を見学した時も、相当な暑さで、現地のイタリア人が日本人を見るなり
「 暑い。 」 「 暑いね。 」を連発していました。 きっと、この地を訪れた
日本人が、汗を拭きながら、そう言って歩いていたのであろう。
 
 

 フォロは、ポンペイの中心だった広場。  向こうにポンペイを破滅させた
ベスビオ火山が見えるので、ポンペイといえばここからのアングルの写真が多い。
 建物がたくさんある遺跡の中をのんびり歩きます。
 避難途中に亡くなった親子の遺体の石膏像が沢山ありました。
 表情まではよく分かりませんでしたが、海老の様に身体を折り曲げていたので
さぞかし苦しかったんだろうと思いました。 この当たりは人が少なくて
とても静かでしたので、しばし時間を忘れて、見つめていました。

  

 

 2時間ほど遺跡を見学した後、又バスに乗り、観光に出ました。
              
              

 卵城は、ノルマン王によってサンタ・ルチア港の埠頭に建てられた城。
 正式名称はカステル・デローヴォ。 城を築く際、基礎に卵を埋め、「 この卵が
割れる時は、城はおろかナポリの街まで危機が迫る。 」 と呪文をかけられたという
伝説から通称卵城と呼ばれているそうです。

              

 “ ナポリを見て死ね ” のナポリ湾です。 正直、これを見た位で死ねないです。
 日本の鹿児島にも桜島や開聞岳があって、そこをドライブした時に、ナポリより
美しいな~ と思ったものです。 ナポリは港町ですが、何かごちゃごちゃしていて
私的には、何も感じなかったので、わざわざ見晴らしのいい所まで行かなくても
街を通っただけで分かるというもの。 日本にも美しい所は、数知れずございます。
 皆様、ETCをどんどん利用して、美しい日本を再発見しましょうよ・・・
 なんて言っておりますが、私の場合、夜景を見ていないので、あまり本気に
取らないで下さい。 夜は、殆ど飲みに行っておりましたので、何とも・・・ アル中! 

              

 話を戻しまして、少し昼食が遅くなったのですが、レストランに入って、ランチ
コースメニューを注文する。 ちょうど、前菜を食べている時に、楽器を持った
イタリア人が3人、私達のテーブルにやって来て、“ サンタルチア ” “ フニクリ
フニクラ ” “ オー・ソレ・ミオ ” 等を演奏して歌ってくれました。 
 お仕事なので、他も回らないといけないので、テンポはめちゃくちゃに早かったけれど
テンションはあがりました。
 この瞬間だけイタリアに同化してました。 これは実に最高のエンターテイナーでした。
 これがなかったら、きっと、ここへ来るんじゃなかったと、文句言っていたのに
違いないと思いましたよ。  単細胞人間 !  ですから、チップは張り込みました。

 それから最後に、一応コース料理だったのですが、フルーツがメロンじゃなくて
スイカでした。 でも、外が異常に暑かったので、スイカがおいしく感じられました。
 このスイカなんですが、種が日本の数倍もある大きな種で、とても食べやすかった
のですが、帰国後、イタリアの友人、カルメンにその種の事を聞いたのですが
そんなの聞いたことがない・・・ でした。 ナポリへ行かれた方は多分、ご存知だと
思いますが、日本も改良すればいいと思います。 でも家は、すいかは食べないんだ。
 まあ、どうでもいいか・・・ 書くだけ書いて、この無責任女! 

 追記:ナポリまで来ていながら、カプリ島の“ 青の洞窟 ” に行かなかったのが
残念で~す。 快晴だったのにもかかわらず、きつ~いグラッパを飲みすぎ
ナポリで1泊して、その明くる日、ローマに戻ってしまったのです。  めでたい女! 
 最近、野次コメントが多くて困っております。  ジキルとハイドの女版! 
 いつまで経っても野次が止まりませんので、投稿押して休むことにします。

フィレンツェ症候群

2009年06月27日 | Europe
 イタリアに入ってミラノ、ローマ、バチカンに続いてフィレンツェを訪れる。
 フィレンツェの大聖堂へ見学に行った時です。 ツアーで知り合いになった
中学校の先生が、ちょうど母位の年齢 (45歳位) だったと思うのですが
急に気分が悪いとおっしゃられて、その場で、回りも気にせず横になられていました。

 びっくりした添乗員さんも救急車を呼ぶべきか、悩んでおられましたが、本人が
少し横にならせて欲しいと言われたので、様子を見て10分位休まれて、何とか
立てるようになられて、そのまま観光を続行することができたので、まあ、一安心
だったのですが・・・
  
 確かに、ヨーロッパを旅していると、教会、大聖堂、宮殿等の壁面や天井画に
素晴らしい絵が描かれてあって、ずっと見続けますと首が変になったり、肩が
こったり、しんどい時がありますよね。 じっと見上げて鑑賞する時間が長いため
首の両脇を通る血管が圧迫され、流量が絞られて血栓ができるのではないか
という説があるそうなのです。

 この原因については諸説あるようですが、一般的に言われているのは
 ・長旅をして体力が落ちている時に、あちこちで天井画を見上げたために
首の血液が流れにくくなった。
 ・日常の生活と離れて、あまりにもきれいなものを、連続して見すぎて
脳内がパニックになった。

 などが原因とされています。

 1800年代にフランスの文豪スタンダールがイタリアを観光したときに
この症状を訴えていたことから、この奇病は “スタンダール症候群” と
名付けられたそうです。

 上の写真は、“ スタンダール症候群 ” が起こる原因にもなった サンタ・マリア
デルフィオーレ大聖堂の天蓋のフレスコ画、ジョルジョ・ヴァザーリによる
最後の審判です。

 地獄絵でしょうか・・・ 思わず吸い込まれそうになりました ! 
 キリスト教の熱心な信者でなくても、息を呑んで天井を見てしまいます。

 今日は、この “スタンダール症候群” について、もっと詳しく書きたいと思います。

 このフィレンツェで、突然発症した先生のめまいが、気になっておりまして
帰国後、偶々、新聞の記事で、埼玉の主婦が、美容院で 『 スタンダール症候群 』に
かかり ( いつもの美容院で髪を切り、店を出ようとすると、突然、頭痛と吐き気
さらに手の先のしびれを訴え、その場で気を失ってしまったというのだ。 )
 その美容院と頭痛、吐き気の因果関係を調べていましたら、東京医科大学の
遠藤健司医師の記事にたどり着いたのです。
 
 美容院で髪を洗うため、首を長時間後ろに反らしていると、『 血栓による卒中 』を
起こす可能性があるという。 首の両脇を通り、小脳や脳幹、後頭葉などに血液を
供給している椎骨動脈という血管があるが、この血管は、椎骨と非常に密接に
つながっている。 そのため、首を後ろに強く反らすと血管が圧迫され、血流が一時的に
少なくなる。 すると、血小板の流れも滞るようになり、小さな血の塊、『 血栓 』が
できる。 再び首の位置を戻すと、せき止められていた血液が一気に勢いよく流れ出し
血管内にできた血栓も押し流される。

 血栓は脳内の細く枝分かれした血管の先まで運ばれ、そこで詰まってしまい
『 卒中 』 を引き起こしてしまう可能性があるというのだ。 この卒中の症状は
軽い場合は頭痛や吐き気、めまいなどを引き起こし、重い場合は手の先がしびれ
失神したりするという。 ただし、後遺症として意識障害などが残るケースは少ない。
 
 そして遠藤医師によると、なんと 『 スタンダール症候群 』 と美容院における
卒中症状は、原因が同じ可能性があるという。 そこで、『 スタンダール症候群 』が
発生した場所について検証してみると、全ての場所で見上げるような高い位置に
彫像や壁画が飾られており、それらの芸術作品を鑑賞するためには、長時間上を
見上げていなければならないということが判明したのだ。

 さらに、遠藤医師によれば、観光客のほとんどが上を見上げたりしているのに
全ての人に症状が起きないのは、血栓が出来やすくなる 「条件」 がいくつか
あるためだという。例えば、大量に汗をかくなどして血液の成分がより濃くなって
いたり、5分以上の長時間、首を反らしたままでいることで、血液の流れが極端に
悪くなっている場合などである。 つまりスタンダール症候群は 『メディチ家の呪い』
などではなく、首への圧迫で血栓が出来、卒中を引き起こしていた可能性が高いの
である。しかし、マゲリーニ博士を中心とした研究チームでは、まだ明確な答えを
出してはいない。

 この首への圧迫で血栓ができ、卒中になるという症状は決して特別なことではなく
いつ、誰が同じような症状を引き起こしても不思議ではない
 という事です。
 例えば、以下の状況は、充分に注意が必要だという。

天井の電球の取り替え作業・・・血栓による卒中を避けるには、ソケットまで
ギリギリ届くような足場ではなく、余裕を持って取り替えられるようにする。

草むしり・・・草むしりをする時は一ヵ所に止まって手を伸ばさずこまめに移動して
手元の草だけを取る。

映画館 ・・・時々、首を元に戻し血の流れを改善するか、首に負担なく見られる
スクリーンから離れた席で見るようにする。

                                 以上でございます。

 皆様、くれぐれもお気を付けられて、下さいませね。









 

ローマの誘惑

2009年06月20日 | Europe
 前回、時間的にはぎりぎりの状態で、無事ホテルをチェックアウトする事ができ
ジュネーブから列車に乗り、ミラノ、ローマを訪れることになった。
 目的は観光と買いもので、ブランドあさりの・・・殆ど買い物ツアーでした。

 ローマ市内観光では、トレビの泉がビルの横にあったのを意外に思いました。
 もっと、広い場所にあるものだと思っていたのです。 
 泉は広いけれど、前の道が観光客が多かった為か、結構狭く感じられました。
 スペイン広場で、あのシーンを思い出して、イタリアンジェラートを買って
食べたものです。  ちなみに現在は、飲食禁止ですよ。

    
  
 スペイン広場の近くに、イタリアのみやげ物店が沢山あって、ツアーで寄る店が
決まっているようです。 皮製品やスカーフを扱っているブティックに入って
何品か品定めをしていますと、その店の店長が私にイタリア英語で (ミックス)
話しかけてきて、最初は、商品を勧めに来たのかと思っていたら

 「 君のホテルはどこ? 」 

 「 HOTEL PALATINO.」

 「 今晩6時に、ロビーで待っている。」

 「 Pardon? 」

 「 カネロニの美味しいレストランがあるから、食事に行こう。 」

 「 夜、ツアーの人達と食事するので、行けません。 」

 「 寿司ばかり食べないで、たまにはカネロニも食べなさい。 」

 「ええ~」      

  ・・・どこかで聞いた様なセリフだ・・・


  → → → → → 

いきなり、速攻やね、ラテン系は抜け目がないなあ、ロッサノ・ブラッツィ似なら行くかも!?
どちらかというと、スーパーマリオ系だ。 何か、髭がおかしくて、、、プップップ
しかも、このブティックの店長に思えない。 花を売ってる方が似合うかも・・・
もう、言いたい放題。 この時の恋は、目に宿っていたので、、、無理っぽい
 

 二人で話しているのを見た添乗員さんが

 「 ちょっと、ちょっとこっちに来て。 」と言って、私は連れて行かれ

 「 00さん、店長に何言われたの? 」 

 「 ホテルのロビーで、6時に待っているって。 」

 「 00さん、まさか、行かないでしょうけど、もし行ってしまったら、最後まで・・・
   解るよね。 食事だけで済まないわよ。 」

 「 でしょうね。 私もそう思いました。 他に沢山、女性の客人がいるのに、どうして
   私だけ誘われるのかな? 男好きに見えたのかしら? 
   こう見えても、結構固いのに。 フフフ。 」

 「 心配してるのよ。 大事な日本の娘さん達を預かっているのだから。 」

 「 大丈夫。 断りますから。 」

 「 ほら、来たわよ。 私、行くわね。」

 「 今、私のお姉さんが来て、やられるから  (おい、おい、そのまんまじゃない。
そんなにズバズバ言っていいの? いいの) 
行っちゃ駄目って。 」

 「 Oh~そんな事、あの人、あなたのお姉さんじゃない。 00ツーリストの添乗員だ。
   よく知っている。 君自身が決めればいい事です。 」

 「 御免なさい。 日本に婚約者がいるので二人きりで食事には行けません。 」

 「 そうですか、それは残念。 セニョリーナ。 今度、新婚旅行でローマへ
   このお店に又、来て下さい。 」

 「 有り難う! 彼ときっと、又来るわ。 」

 「 Vi auguro tanta felicita` !  」と言って私の手の甲にキスをしてくれた。

 女性を誘うのは、きっとこちらでは、挨拶の様なものだったのでしょうね。

 そのお店で、私はかなり奮発して沢山のお土産を買って、バスに乗り込みましたが
最後に、店長から薔薇プリントのスカーフを頂き、荷物も運んでくれて、バスが
発車した後も、優しい眼差しでいつまでも手を振ってくれました。
 

        

レマン湖の大噴水

2009年06月13日 | Europe
                               

 今日はスイスに行った時の話しです。 旅行の目的は買い物と観光でした。
 ジュネーブ滞在3日目に、ツアーの添乗員さんに 「 モンブラン日帰り観光の
オプショナルツアーがありますけど、参加しますか? 」 80%の人が参加で
残りは、自由行動だった。 私は、山に興味もないし、苦手なので不参加組だった。
 ツアーの中で、気の合った友人ができて、その方と行動を共にする事になった。

 先ず、レマン湖まで来て、湖面から140mの高さまで噴き上がる大噴水を見物する。



 公園内の花時計を横切って、小さなオルゴールの博物館へ行く。 博物館を出た所にも
オルゴールのお店があったので、手動式のオルゴールを2,3点買い、ローレックス本店
その他老舗を見て回る。 その後、ちょうどお昼になったので、レマン湖の近くの
レストランで、私はオイル・フォンドューを、友人は、チーズ・フォンドューを注文した。
 値段が同じでも、私のは、お皿に山盛りのフィレ肉が盛られていた。

          

 友人は、「 これは、ミスったかな。 」 と言われたので、「 どうぞ、召し上がれ。
 私は、肉派だから、いくらチーズが美味しいと言われても、どうしても肉を
注文してしまうので。 」 「 いや、同じ値段なら、ミートの方がいいですよね。
じゃ、お言葉に甘えて頂きます。」「どうぞ。」「良かったら、チーズも食べて下さい。」
 「 有り難うございます。 では、頂きます。 」 こんな風に、分け合って食べるのも
いいのかも知れません。 やはり、行動する時は、一人より二人ですね。

 その友人は、人間ナビゲータの如く、地図を片手に 「博物館はこちら 」 と言う風に
すごく正確で、ガイドにピッタリの方でしたので、ホテルからずっと、この方だけを
頼りに、付いてきたのです。 なので、、、 一緒に行動している時は、安心して
ずっと、任せ切りにしていたのが、大変な事の始まりだったのです。

 食後、“美術館へ行こう。” という事になり、二人で、坂道を上がって、尋ねてみた。
 中は、お城の様に深紅の絨緞がしかれ、大理石の螺旋階段から、降りる所は
まるで、姫にもなった様な気分で、一時間程、鑑賞する。 そこで、自分に似た人が
描かれていたので、しばらく、じっと見つめていたのです。 何分見ていたのか
解りませんが、魅入ってしまいました。



 ふと、我に戻って、回りを見ると誰もいなくて、友人の姿もなかったのです。
 それから、鑑賞どころではなくなり、その友人を探し回り、結局、館内で見つける事が
できず、一旦外へ出たのです。外で、待っていれば、出てくるだろうと思っていたのです。

 何故、そんなに慌てなければならないかと言うと、ジュネーブ2泊後の18時に
つまり、この日にミラノへ行く列車に乗る為、ホテルに16時30分集合だったの
です。 私が、外に出た時14時過ぎでしたから、普通なら慌てなくても、ホテル迄
ここから、車でも2,30分でいける距離なのですが、、、 但し、ホテルの名前が
解ればの話です。 これが、ツアーの落とし穴と申しましょうか。 「見知らぬ土地で
自由行動をする時は、ホテルの場所、名前位覚えておきなさいよ。 」 です。

 しかも、スイスの言葉はフランス語が主流。 2時間30分しかない。 
 美術館の外をあっちウロウロ、こっちウロウロ。 友人を当てにしていたので
完全にお手上げ状態です。
 スイス在中の日本人男性が、心配そうに声をかけて下さったが、横で奥さんが
「あなた、大人だから、大丈夫よ。 行きましょう。」 だって・・・男性は、頭を下げて
「お役に立てなくて、すいません。 」   最悪、鬼嫁!・・・



 20分経過・・・もう待てない。 先ず、レマン湖に戻ろう。 
 回りを見回すと大噴水が見えた。 それを目標に、ひたすら坂道を下りて行く。 
 昨日の夜の事を思い出したのだ。 ツアーの方達と夜、ホテルを出て、レマン湖の近くへ
飲みに来たのを・・・確か00番のバスに乗ったよね。 
 殆ど勘で、レマン湖から出ているバスに乗り込む。

               

 窓の外を眺めるが、ホテルがなかなか、見つからない。 終点まで来てしまった。
 途方にくれて、バスを下りない私の所に、黒人の運転手が、近づいてきた。 
 私は、英語で、日本人の観光客だが、ホテルの名前を忘れた事を伝えた。
 運転手は、フランス語しか話せなかったが、どうやら、私の危機感? を理解して
もらえた様で、これは、信じるか信じないかは別として、日本ではあり得ない行動を
この運転手さんは、実行して下さったのだ。

 本当は、終点の停留所で休憩をして、時間になったら、バスは出発するのだが
何を思ったのか、急にバスは動き出し、何と、私のホテル迄、行ってくれたのだ。
 ホテルに着くと添乗員がいて、運転手さんから事情を聞き、二人でお礼をして深々と
頭を下げてお見送りしました。 
 私は、添乗員に何故、あのドライバーさんは、このホテルが解ったのか聞いてみた。
 どうも、この頃のジュネーブで、日本人の団体が宿泊するホテルは、殆ど
ペンタ・ホテルだったそうだ。

 ジャポンとホテルだけが、彼に解った言葉の様で、日本人なら、このホテル
しかないと思い、しかも、ご自分の休憩時間まで無くなってしまい、本当にご迷惑を
かけたと思います。 同国の人は冷たいのに、異国の人の方が、ずっと思いやりが
あると思った。 バスをタクシーの様に使用し、交通局に解れば違反行為で罰せられる
所だったのかもしれないのにと思うと、ただ、ラッキーで済ませられない、重大な
事をさせてしまったという、自己嫌悪に陥った私でした。 

                              この続きは又・・・


28年来の友人カルメン

2009年04月17日 | Europe
        

    5年前にイタリアの友達から、届いた写真です。 娘さんのジュリアは 
   今、 elementary school に通っています。 食生活の影響の為か
   パパの遺伝子をもろ受け継いだのか、身体が大きくて (小児肥満)
   ダイエットしないとこの先メタボの症状が出てくると思いますが・・・

    去年のXmasカードを見て、超驚いたのは、服を着た男女の力士?
   の間に子力士がいる感じの写真でした。 残念ながら、今回、ブログにのせる
   許可が、メール先のカルメンから、下りなかったので  (メール送る方も
   送る方、本人もかなり、気にしているようでして・・・ 気にしている位なら
   もっと散歩して~ ) 5年前の痩せていた時の写真ならOKと許可が出た
   という訳で、少しぼかしめにアップさせて戴きました。
         
    ケンブリッジ留学以降、ずっと、メールや手紙のやり取りをしているのは
   今やカルメンだけになりました。 カルメンとは、ケンブリッジで学部が
   違った為に、別のクラスでしたが、大学以外で、いろんな所で出くわすというか
   不思議とよく逢いましたね。 街角の雑貨店で買い物している時とか
   様々なパブ・パーティ・公園とか、不思議な位、バッタリよく合うのです。
    なので、お互い、いつの間にか顔見知りになって、今では、親友です。

    偶然によく合ったのは、カルメン以外では、スコットランド地方の
   エディンバラで知り合ったアイルランド人の記者、エディ・ビンセントの
   二人だけです。 エディの事は Scottish Romance で詳しく書いて
   おりますので、お暇な時に読んで笑ってやって下さい。
   90%ノンフィクションのストーリです。 

    今の若い世代には、今どき古くさ~いなんてね。 でも、私達の時代では
   結構、新人類 ( これも古~い言葉になりましたね。 その時代の新しい
   考え方をする人と申しましょうか・・・ 確か、1984年位に今は亡きN Kの
   筑紫哲也さんが若者達と討論した時に使われた言葉だと思うのですが )的な
   方だったと自分で思っているのですが・・・ “若気の至り” と申しますか
   お恥ずかしい次第で・・・・・
   
    余談になりまして、話は元に戻ります。  現在、彼女は高校の先生を
   しています。  私生活でのカルメンは、かなりの晩婚でしたので
   未だお子さんが小さいのです。  高年齢で産んだ子供だから尚更、とても
   可愛いいのでしょう。  毎年、何枚かの子供の写真を送ってくれます。
    そんな写真を見ていると、月日の流れの早いことに驚かされますね。

    帰国して、一番最初に、私が手縫いのゆかたをプレゼントしましたら
   早速、ゆかたを着た写真を送ってきてくれまして、丈がかなり短くて
   ハワイアンムームーのようでした。 やはり、体型の違いがありすぎでした
    着物関係はもうやめた方がいいと決めたのに、10年後、半纏を送って
   しまった。 家でガウン代わりに着てねと贈ったが、暖房がバッチリ
   効いていて、家では着れないそうだ。 外でも、当然着れないし、結局
   無駄なギフトだった。 私って、どうして気が利かないのだろう。
                                        
    又、お返しのプレゼントが、グッチの財布だったから、しばらくプレゼント
   合戦が続きましたね。  カルメンが一番喜んでくれたのは、二人が大学の
   *許された芝生の上 で並んで本を読んでいた時の写真(雄一君撮影)を
   ジクソーパズルにしたもの。  カルメンのお家の居間の壁に、フレームに
   入れて、飾っているそうな・・・  (この時、髪の色黒いよね)

    二人が居間でくつろいでいる時、ご主人にいつも言ってるのでは
   「 見て、私も若いときは、あんなにスレンダーだったのよ。 」って・・・




   * ケンブリッジ大学の中庭にある芝生は、芝生内に入れない所もある。