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海老蔵の景清―七月大歌舞伎

2016-07-09 10:48:20 | 観劇
鎌髭の海老蔵が花道からの出のとき、
故団十郎の声そっくりなのに、驚きました。
歌舞伎十八番「壽三升景清」を復活、本当の意味での甦りを果たした海老蔵へ魂がのりうつったかのように、
団十郎がそこにいました。
満足そうに微笑んでいるのでしょう。

景清も海老蔵ならではの、エネルギーのみなぎった平家の武将ぶり、荒事の美を見せてくれました。
ご家族の思いを背負って、一回り大きくなって、
表舞台を飾ってくれている、そのことのみでも、感動なのですが、
歌舞伎十八番は、何と言っても、成田屋、と思わせてくれました。

荒川の佐吉でも、南北風の悪の美を感じさせる、成川郷右衛門を演じて、
そのニヒルな処世に、納得させられます。

その荒川の佐吉ですが、
猿之助の佐吉、を作ろうとするその努力は大いに買うのですが、
仁左衛門の佐吉を10年前?見ているので、
どうしても比較してしまうのですが、
仁左さまの、しがない三下から、剣豪の成川を討ち果たす任侠者への豹変ぶり
が見どころとなっていたように思うのです。

猿之助&佐吉は、その変わり方がいまひとつ、メリハリがなかったように思います。
佐吉の自己への正当な評価がなされてなくて、
刀を振り回しているうち、偶然、おのれの力に気づく、
という筋の通し方に、とらわれているように思う。
佐吉独特の哲学、それに猿之助はこだわっている、
任侠の世界に憧れる、勝った者が強者、成川の悪の美とマッチングしたのも、その人生哲学。

でも、7年の間、卯之吉を男手ひとつでどうやって育ててきたのか、
腕のいい大工だったのに、堅気になっていたわけではなさそうですよね、
組にも属さず、一人でやくざ稼業で生きてきたのなら、その間に強くなっていった、
というのが自然です。
7年の歳月が勝てる強者にした、仁左衛門の佐吉は、そういうふうに思わせていたように思います。

荒川の佐吉は人情もの、というのが売りなのでしょうか?
子を捨てた親のわがままに振り回される、
親の後悔の念が本物、だから自分は身を引く、
どうも説得力に欠ける、
可愛い子に、因果なやくざの道を歩ませたくない、だから堅気の親の元に、
というのなら、わかる…
幡随院長兵衛、も女房に言い遺したではないか、やくざにはしてくれるな、と。

とはいうものの、猿之助・佐吉VS海老蔵・成川、
ひところはなかなか成立しなかった、
海老蔵と猿之助のコンビ、いいですね。

それから夜の部のハイライト、景清の立ち回りに津軽三味線、
素晴らしかった、上妻宏光さんの演奏の日ではなかったのが残念ですが。


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