真夏の朝は早い。
隆裕は酒の残った頭を重たく持ち上げて、早朝の空気を吸い込んだ。近頃は朝でも気温が高いが、さすがにまだ日が昇る前のほの明るい公園は涼しい。
池を見渡せるベンチに座り、缶コーヒーを一気に呷った。池では水鳥が鳴き声を立てている。
朝の公園は意外と賑やかだ。
眠い目をしばたかせるとまるで糊でも付いているように粘り気があるような気がした。
朝まで飲んで、語り明かして、語り尽くした気もするが全然足りない気もする。結論も出なかった。
友人の助言も、酒の勢いも、堂々巡りにしかならない。結局は自分が決めることなのだ。
とりあえず眠い。自分の部屋に帰るのももどかしいほどに眠い。もう頭も働かない。
今日は仕事は休みだ。ちょっとここで寝ていってもいいかな。
隆裕はベンチの上に横になった。膝から下をベンチの端から下ろし、仰向けに寝転がる。腕で瞼を覆うと一気に眠りの淵に引きずりこまれた。
暑い。
何時間くらい眠っていたのだろう。
脚がじりじりと焼け付き、全身から汗が滲んでいるのを感じて隆裕は目をうっすらと開けた。
あ、星。
黒いドーム。ちらちらと輝く星。
プラネタリウムみたいだ。
頭がはっきりしてくると、それが黒い布地の日傘で、星はレース模様の隙間から漏れている日光だということに気付いた。次に、何故自分の頭の上に日傘があるのかという疑問がようやく湧いた。
視界を巡らせると、自分の頭の上──隆裕の頭側に少し空いたベンチに、誰かが座っている。その誰かが、隆裕の頭が日陰になるように日傘を差してくれているのだ。少し頭をもたげて見てみると、それは若い女だった。
真っ直ぐの長い黒髪がさらさらと微かな風に揺れている。真夏だというのに長袖の白いブラウスを着て、ロングスカートを履いている。こんなに暑いのに彼女だけが避暑地のように涼しげだ。すごく若くも見えるし、落ち着いた大人の女のようでもある。とりあえず美人だ、と思った。ただ好みのタイプ、というには少し違う気がした。身も蓋もない言い方をすれば抱きたくなるタイプではなく例えば美術品のように眺めていたくなる美しさだ。こんな下の角度から見上げているのにこの美しさなら正面から見ればきっともっと美しいのだろう。
女は隆裕が目覚めたことに気付く素振りも見せず、まっすぐに池を見つめている。気付かれないのをいいことに、隆裕は女の顔を下から眺めていた。
汗をかいたせいか、眠る前には残っていた酒も随分抜けたように思える。
腕時計を見ると、まだ9時過ぎだった。それにしては暑い。
隆裕が動いたのでさすがに女はそれに気付いたらしく、ようやく隆裕に目を移した。そしてにっこり微笑んだ。
「おはようございます」
思った通りだ。さっきの角度の何倍もいい。
のろのろと身を起こすと隆裕はベンチの上に座り直した。今度は横顔を見る。うん、綺麗な横顔だ。鼻の形がいい。
「すみません、なんか……」
「だって、暑そうだったんですもの。でもよくおやすみになってたから」
上品な言葉遣い。隆裕の周りにはこういう話し方をする女はいない。言葉は丁寧でもテキパキと厳しいか、だらしなくて親爺くさいか、姦しくて下品か、頭は悪そうでも可愛いか。隆裕の現在の彼女は最後のパターンだ。もっとも最近仕事が忙しくて距離が開いてしまっている。
「お気になさらないで。時間はありますから。それにわたし、あなたのこと知ってます」
「え?」
なんで?
俺はきみみたいな人は初めて会った。多分どこかで会ったら絶対覚えてる。
一気に頭に浮かんだ言葉が声になる前に、女は立ち上がって深呼吸をした。片手に黒い日傘を持ったままである。日傘の蔭が外れると午前とはいえすでにきつく降り注ぐ日差しが一瞬女の姿を朧にした。
「出版社の方でしょう?わたし、こう見えても作家志望なんです。持ち込みに伺った時に、別の雑誌の編集部で何度かお見かけしました」
「あ……そうなの?担当は誰?」
「広田さんです」
女が出した名前は、純文学を担当している編集者である。ただ──
「なにか新人文学賞に応募するとか、もうデビューが決まっているとかなの?広田さんって──」
「退職されるんですよね、近々」
そうだ。
隆裕が勤める出版社でも細々と発行していた文芸雑誌の廃刊が決まった。その編集長でもあった広田はそれを機に退職するという。会社はもっと大衆向け、若者向けの雑誌の創刊を考えていて、その立ち上げに広田も参画させる予定だったがそれを断ったのだときいた。純文学の強い他社に引き抜かれたのだとかいや大学の講師に呼ばれているのだとか様々な噂が飛び交っているが、実のところはわからない。
「デビューの道筋がついてるならいいけど、ちゃんと引き継いでもらわないとこれまでの広田さんとのやりとりが無かったことになってしまうよ」
彼女がどういう作品を書いているのか、プロになれる実力があるのか、まったくわからない。しかし、広田が担当についていたということはおそらく、きっと良い作品を書くのだろうという気がした。広田の新人発掘の眼力について、その程度は認知している。実際、この出版社で売れた数少ない新人の大半は広田が目を付けた作家だったという。
もし、広田が他社に引き抜かれたという話が本当だったなら、彼女も連れていくかもしれない。
彼女はそうですね、と小さく呟くと再び隆裕の隣に腰を下ろした。長いスカートの裾がその動きに寄り添って揺れる。
「あのさ」
彼女を逃がしてはならない。正体不明の焦りが隆裕の背中を突き飛ばすように押した。
「俺、今度創刊の若い子向けの文芸雑誌の立ち上げをやるんだけど───そういう雑誌には興味ない?」
言ってしまってから、ああ、と心臓が収縮した。
広田の雑誌の廃刊に伴って創刊されると決まった若者向けの雑誌。小説──所謂ライトノベルが主になるのかもしれない──だけではなく漫画や漫画風のイラストをふんだんに取り入れて、というのが会社の意向である。その雑誌の編集長にならないかと打診されていたのだ。
隆裕はずっとスポーツ雑誌や男性向けファッション誌の編集部にいた。正直言って小説は門外漢だと思う。自社が出版した話題の小説くらいは目を通しているが全部ではない。漫画も、アニメ化されているような流行りの少年漫画くらいしか読まない。ライトノベルなど読んだこともない。だから、迷っていた。そんな自分がその雑誌の責任者になったところで何が出来るのだろうか、と。
相談した友人と朝まで飲みながら語り明かしても出なかった結論。やるか、やらないか。断るならこの会社を辞めるくらいの覚悟は必要だろうと思っても、それでも結論は出なかった。
なのに、俺ときたらモノになるかどうかもわからない、作品を読んだこともない作家の卵に、人生の重大な決断を思いつきで話してしまった──
そんな隆裕の内心の葛藤を察するわけもなく、女は少し困ったように笑った。
「わたしの書いたものが若い人に受けるかどうか自信はないですけど……もしあなたが読んでみて下さって、その雑誌に合うなら」
女は再び立ち上がって日傘を閉じると、丁寧に、上品に、頭を下げた。長い黒髪が揺れる。
「よろしくおねがいします」
あああ、決めてしまった。
あんなに悩んだのに、こんなにあっけなく結論を出してしまった。
女は肩に下げていた花柄の大きな布のトートバックからクリップで留めた紙の束を出して隆裕に手渡した。
「広田さんに言われて直していたものです。本当はお辞めになるって、もう見てあげられないよと言われてしまって途方に暮れていのですけど、良かったら一度目を通していただけますか」
「あの、言っとくけど、デビューの約束をしたわけじゃないよ」
「わかってます」
夏の日差しに日灼けすることがないのだろうかと思うほど透き通った白い肌を少し紅潮させて彼女は笑った。彼女は自分との出会いが隆裕に人生最大かもしれない決断をさせてしまったことは知らない。
あ、可愛い。
美術品みたいだと思っていた顔が、途端に可愛らしい生きた人間に見えた。照れくさくなって暑さとは無関係に汗が吹き出る。それを隠すかのように隆裕は慌ててポケットの財布に数枚挟んでいた名刺を探りだすと彼女に手渡した。
「名刺、まだスポショ編集部になってるけど。下岸です。よろしく」
女はそれを両手でおそるおそる受け取る。
「三月ゆうりといいます。一月二月三月の三月と書いてみつき」
「みつきゆうり……ペンネーム?」
「いえ、本名……です」
ペンネームのような本名が恥ずかしいかのように、ゆうりは少し俯いた。隆裕は立ち上がり、ゆうりが脇に挟んでいた黒い日傘を拡げて渡してやる。日差しが強い。渡す時に、またレースの模様から光が星のように漏れた。
「今日は俺休みだから、明日以降電話して来てよ。それまでには読んどくようにするから」
「はいっ」
ゆうりはおっとりした動きでもう一度頭を下げると、何度も振り返っては会釈をしながら立ち去って行った。
それをじっと見送っていると、隆裕の腹の底がなにやらざわざわと落ち着かなく沸き立ち始める。立ち上がると大きく伸びをした。
じっとしていられない。
広田に連絡を取って、ゆうりがどんな作品を書くのか、どんな可能性を広田が感じていたのかを訊いてみよう。
あと、会社が門外漢の俺に何故その雑誌を任そうと考えたのかもう一度じっくり訊いてみたい。それから、とにかく色んな作品を片っ端から読まなければ……
まずはどこかこの近くの喫茶店にでも入って、モーニングを食べながらゆうりの作品を読んでみよう。
決断してしまえば、やる事はおのずと決まってくる。
隆裕はもう一度深く息をして、ゆうりが去ったのと反対方向へ足を踏み出した。
大きく、一歩。
禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina
これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「朝のプラネタリウム」で登場人物が「決める」、「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。
隆裕は酒の残った頭を重たく持ち上げて、早朝の空気を吸い込んだ。近頃は朝でも気温が高いが、さすがにまだ日が昇る前のほの明るい公園は涼しい。
池を見渡せるベンチに座り、缶コーヒーを一気に呷った。池では水鳥が鳴き声を立てている。
朝の公園は意外と賑やかだ。
眠い目をしばたかせるとまるで糊でも付いているように粘り気があるような気がした。
朝まで飲んで、語り明かして、語り尽くした気もするが全然足りない気もする。結論も出なかった。
友人の助言も、酒の勢いも、堂々巡りにしかならない。結局は自分が決めることなのだ。
とりあえず眠い。自分の部屋に帰るのももどかしいほどに眠い。もう頭も働かない。
今日は仕事は休みだ。ちょっとここで寝ていってもいいかな。
隆裕はベンチの上に横になった。膝から下をベンチの端から下ろし、仰向けに寝転がる。腕で瞼を覆うと一気に眠りの淵に引きずりこまれた。
暑い。
何時間くらい眠っていたのだろう。
脚がじりじりと焼け付き、全身から汗が滲んでいるのを感じて隆裕は目をうっすらと開けた。
あ、星。
黒いドーム。ちらちらと輝く星。
プラネタリウムみたいだ。
頭がはっきりしてくると、それが黒い布地の日傘で、星はレース模様の隙間から漏れている日光だということに気付いた。次に、何故自分の頭の上に日傘があるのかという疑問がようやく湧いた。
視界を巡らせると、自分の頭の上──隆裕の頭側に少し空いたベンチに、誰かが座っている。その誰かが、隆裕の頭が日陰になるように日傘を差してくれているのだ。少し頭をもたげて見てみると、それは若い女だった。
真っ直ぐの長い黒髪がさらさらと微かな風に揺れている。真夏だというのに長袖の白いブラウスを着て、ロングスカートを履いている。こんなに暑いのに彼女だけが避暑地のように涼しげだ。すごく若くも見えるし、落ち着いた大人の女のようでもある。とりあえず美人だ、と思った。ただ好みのタイプ、というには少し違う気がした。身も蓋もない言い方をすれば抱きたくなるタイプではなく例えば美術品のように眺めていたくなる美しさだ。こんな下の角度から見上げているのにこの美しさなら正面から見ればきっともっと美しいのだろう。
女は隆裕が目覚めたことに気付く素振りも見せず、まっすぐに池を見つめている。気付かれないのをいいことに、隆裕は女の顔を下から眺めていた。
汗をかいたせいか、眠る前には残っていた酒も随分抜けたように思える。
腕時計を見ると、まだ9時過ぎだった。それにしては暑い。
隆裕が動いたのでさすがに女はそれに気付いたらしく、ようやく隆裕に目を移した。そしてにっこり微笑んだ。
「おはようございます」
思った通りだ。さっきの角度の何倍もいい。
のろのろと身を起こすと隆裕はベンチの上に座り直した。今度は横顔を見る。うん、綺麗な横顔だ。鼻の形がいい。
「すみません、なんか……」
「だって、暑そうだったんですもの。でもよくおやすみになってたから」
上品な言葉遣い。隆裕の周りにはこういう話し方をする女はいない。言葉は丁寧でもテキパキと厳しいか、だらしなくて親爺くさいか、姦しくて下品か、頭は悪そうでも可愛いか。隆裕の現在の彼女は最後のパターンだ。もっとも最近仕事が忙しくて距離が開いてしまっている。
「お気になさらないで。時間はありますから。それにわたし、あなたのこと知ってます」
「え?」
なんで?
俺はきみみたいな人は初めて会った。多分どこかで会ったら絶対覚えてる。
一気に頭に浮かんだ言葉が声になる前に、女は立ち上がって深呼吸をした。片手に黒い日傘を持ったままである。日傘の蔭が外れると午前とはいえすでにきつく降り注ぐ日差しが一瞬女の姿を朧にした。
「出版社の方でしょう?わたし、こう見えても作家志望なんです。持ち込みに伺った時に、別の雑誌の編集部で何度かお見かけしました」
「あ……そうなの?担当は誰?」
「広田さんです」
女が出した名前は、純文学を担当している編集者である。ただ──
「なにか新人文学賞に応募するとか、もうデビューが決まっているとかなの?広田さんって──」
「退職されるんですよね、近々」
そうだ。
隆裕が勤める出版社でも細々と発行していた文芸雑誌の廃刊が決まった。その編集長でもあった広田はそれを機に退職するという。会社はもっと大衆向け、若者向けの雑誌の創刊を考えていて、その立ち上げに広田も参画させる予定だったがそれを断ったのだときいた。純文学の強い他社に引き抜かれたのだとかいや大学の講師に呼ばれているのだとか様々な噂が飛び交っているが、実のところはわからない。
「デビューの道筋がついてるならいいけど、ちゃんと引き継いでもらわないとこれまでの広田さんとのやりとりが無かったことになってしまうよ」
彼女がどういう作品を書いているのか、プロになれる実力があるのか、まったくわからない。しかし、広田が担当についていたということはおそらく、きっと良い作品を書くのだろうという気がした。広田の新人発掘の眼力について、その程度は認知している。実際、この出版社で売れた数少ない新人の大半は広田が目を付けた作家だったという。
もし、広田が他社に引き抜かれたという話が本当だったなら、彼女も連れていくかもしれない。
彼女はそうですね、と小さく呟くと再び隆裕の隣に腰を下ろした。長いスカートの裾がその動きに寄り添って揺れる。
「あのさ」
彼女を逃がしてはならない。正体不明の焦りが隆裕の背中を突き飛ばすように押した。
「俺、今度創刊の若い子向けの文芸雑誌の立ち上げをやるんだけど───そういう雑誌には興味ない?」
言ってしまってから、ああ、と心臓が収縮した。
広田の雑誌の廃刊に伴って創刊されると決まった若者向けの雑誌。小説──所謂ライトノベルが主になるのかもしれない──だけではなく漫画や漫画風のイラストをふんだんに取り入れて、というのが会社の意向である。その雑誌の編集長にならないかと打診されていたのだ。
隆裕はずっとスポーツ雑誌や男性向けファッション誌の編集部にいた。正直言って小説は門外漢だと思う。自社が出版した話題の小説くらいは目を通しているが全部ではない。漫画も、アニメ化されているような流行りの少年漫画くらいしか読まない。ライトノベルなど読んだこともない。だから、迷っていた。そんな自分がその雑誌の責任者になったところで何が出来るのだろうか、と。
相談した友人と朝まで飲みながら語り明かしても出なかった結論。やるか、やらないか。断るならこの会社を辞めるくらいの覚悟は必要だろうと思っても、それでも結論は出なかった。
なのに、俺ときたらモノになるかどうかもわからない、作品を読んだこともない作家の卵に、人生の重大な決断を思いつきで話してしまった──
そんな隆裕の内心の葛藤を察するわけもなく、女は少し困ったように笑った。
「わたしの書いたものが若い人に受けるかどうか自信はないですけど……もしあなたが読んでみて下さって、その雑誌に合うなら」
女は再び立ち上がって日傘を閉じると、丁寧に、上品に、頭を下げた。長い黒髪が揺れる。
「よろしくおねがいします」
あああ、決めてしまった。
あんなに悩んだのに、こんなにあっけなく結論を出してしまった。
女は肩に下げていた花柄の大きな布のトートバックからクリップで留めた紙の束を出して隆裕に手渡した。
「広田さんに言われて直していたものです。本当はお辞めになるって、もう見てあげられないよと言われてしまって途方に暮れていのですけど、良かったら一度目を通していただけますか」
「あの、言っとくけど、デビューの約束をしたわけじゃないよ」
「わかってます」
夏の日差しに日灼けすることがないのだろうかと思うほど透き通った白い肌を少し紅潮させて彼女は笑った。彼女は自分との出会いが隆裕に人生最大かもしれない決断をさせてしまったことは知らない。
あ、可愛い。
美術品みたいだと思っていた顔が、途端に可愛らしい生きた人間に見えた。照れくさくなって暑さとは無関係に汗が吹き出る。それを隠すかのように隆裕は慌ててポケットの財布に数枚挟んでいた名刺を探りだすと彼女に手渡した。
「名刺、まだスポショ編集部になってるけど。下岸です。よろしく」
女はそれを両手でおそるおそる受け取る。
「三月ゆうりといいます。一月二月三月の三月と書いてみつき」
「みつきゆうり……ペンネーム?」
「いえ、本名……です」
ペンネームのような本名が恥ずかしいかのように、ゆうりは少し俯いた。隆裕は立ち上がり、ゆうりが脇に挟んでいた黒い日傘を拡げて渡してやる。日差しが強い。渡す時に、またレースの模様から光が星のように漏れた。
「今日は俺休みだから、明日以降電話して来てよ。それまでには読んどくようにするから」
「はいっ」
ゆうりはおっとりした動きでもう一度頭を下げると、何度も振り返っては会釈をしながら立ち去って行った。
それをじっと見送っていると、隆裕の腹の底がなにやらざわざわと落ち着かなく沸き立ち始める。立ち上がると大きく伸びをした。
じっとしていられない。
広田に連絡を取って、ゆうりがどんな作品を書くのか、どんな可能性を広田が感じていたのかを訊いてみよう。
あと、会社が門外漢の俺に何故その雑誌を任そうと考えたのかもう一度じっくり訊いてみたい。それから、とにかく色んな作品を片っ端から読まなければ……
まずはどこかこの近くの喫茶店にでも入って、モーニングを食べながらゆうりの作品を読んでみよう。
決断してしまえば、やる事はおのずと決まってくる。
隆裕はもう一度深く息をして、ゆうりが去ったのと反対方向へ足を踏み出した。
大きく、一歩。
禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina
これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「朝のプラネタリウム」で登場人物が「決める」、「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。
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