足の裏にサラリとした石の感触がよりそう。目の前に広がる石の空間は、独特の音響効果を発揮し、かすかな物音もよく響かせ、それが静けさを拡大していく。靴を脱いだ時に鎧まで脱いできてしまったのか、目の前にあるもの全部が内側に入ってきて乱反射が止まらない。
豊島美術館(てしまびじゅつかん)は瀬戸内海の豊島にある美術館だ。
美術館というと、絵や彫刻を展示する建物というイメージだったけれども、豊島美術館はそれ自体が作品といえる。
建物の中では「母型」という名前の作品を展示していることになっているが、それは床の上の水滴や水たまりなどによる作品で、この建物ありきで成立している。
やはり、豊島美術館そのものが作品という捉え方がしっくりくる。
建物の外観は、流線型の白い大きなボウルを、緩やかな斜面に伏せて置いたような形で、内側は約40×60mの広さ、天井は高いところで4.5mほど。柱は一本もなく、角も直線もほとんどない滑らかなドーム型。天井には二つの大きな丸い穴が開いていて、そこから外の風や鳥の声、蝉の声、雨、雪、落ち葉、日光などが入ってくる。
足元には、小さな白いお皿や、丸い玉のようなものがぽつぽつと置いてあったり、床に開いたあちこちの小さな小さな穴から水が沁みだしてきて、その水滴は徐々に膨らみ、自重に耐え切れずわずかな傾斜を滑り出し、細い穴に落ちてコロコロと水音を響かせたり、別の水滴と合流しながら、窓の下の大きな水たまりに集合したりする。
写真で見る豊島美術館は、どこか未来的でひんやりとした印象だったけれど、実際に入ってみると、光も床もどことなく柔らかい。
その日は人もまばらで館内はとても静かだった。友人と二人で訪れたけれど、中では別行動。それでも、目の端に映る友人の姿がどうしても気になってしまい、けっきょく交代で鑑賞することに。
改めて一人で入ってみる。
入り口から見ると何もない空間のようだけれども、ひたひたと歩いていくと、足元の水滴やお皿や玉などが目に入る。天井から糸が垂らされていたりもする。迷い込んだアリンコとすれ違いながら空間を一巡り。お気に入りの眺めのところで静かに腰を下すと、ポケットの中の鍵が小さくシャリンと鳴って、一瞬「しまった」と思うけれど、思いのほか音はふわりと広がって、その響きまで作品の一部になったよう。
キラキラした水滴を眺めていたら首が疲れてきたので、その場で横になってみた。水滴の光が目の高さにギュッと圧縮されて透明感が増したみたい。
目の前で湧き出る水に誘発されたのか、自分の目からも勝手に涙が出てくる。そのしずくが、作品の水のようにみんなと合流できないことが寂しいような、作品の水が代理で合流してくれて安心するような、空気に溶けて最後は全部一緒になれるような、不思議な感覚。
そのままコロンと仰向けになると、その日は晴れていて、窓から入った日光が、大きな水たまりで反射して、天井に波の模様を描いていた。
少し離れたところで同じように仰向けになっていた外国人と「キレイだね」と目だけでやりとり。短いけど、とても豊かな交流だった。
いつの間にか、内側の乱反射もしずまっていて、あとはひたすら緩やかな時間が過ぎていった。
豊島美術館の中ですごした時間は、とても特別な時間になった。
今は、自分の中にあの美術館がある。
「また行きたい」よりも「かえりたい」、そんな言葉がぴったりくる場所。
だにゃあ