I believe

間違いに気づいたから、やり直そうと思います。

再会

2013年04月10日 | 四方山話
先月実家に帰省したおり、私が女子部時代に折伏した友人と再会した。
彼女も現在は家庭をもっている。
お互い婦人部にあがってからは未活動で、新聞購読・選挙・財務の3本柱だけやっていた。
何度か書いているが、この3点が創価の組織においては命綱。
ふだんの会合やらに出なくても、カネと票さえ供出していれば口うるさく言われる事はない。
いまになって思えば、こういう会員が全体の3割でも存在すればOKと大本営は考えていそう(苦笑)。

友人(仮にA子)は、結婚のさいご主人に組織の事はやんわりと話していた。
ご主人の実家は一般的仏教徒。
A子がやるだけなら文句はいわないと了承してくれた。
結婚後のA子は公営住宅に住んだのだが、そこでの組織に辟易したと話してくれた。

A子は専門職についており、かなり忙しい。ワークという区分なので最初から活躍は期待されて
いなかったとのこと。
ある日、しらゆり長から生協をやっていることを咎められてドンビキしたと。
生協は共産党系の企業だから、悪に加担することになる。悪を肥やすような事をしてはならない・
生協購買はやめてほしいといわれたのだと。
私はA子に聞くまで生協=共産党系なんて知らなかったのでビックリした。
生協はとても便利で、A子のように帰宅時間が日によって違い・スーパーでの買い物も大変と
いう主婦には、なくてはならないサービス。
そこを、信教の事情(?って事に、組織ではなっているっぽい)で利用を制限されるなんて。
非常識にもほどがある。
A子はあいた口がふさがらなかったという。
その場では「考えます」と言って追い返したが、便利なので結局利用は止めなかった。
選挙の時期になって、しらゆり長がもうひとつ上の婦人幹部を連れて家庭訪問にやってきた。
そこでも生協の話が出て、まだ購買してるというと、票を頼まれても絶対入れちゃだめよと念を
おされたとのこと。だけど、当たり前に生協のドライバーは票を頼んでくるような事はなかった。
偏見にみちみちたオバサン集団という印象をもち、他のこともいろいろ重なってA子は婦人部が
大嫌いになったと言っていた。
正常な判断だと思う。

また、A子の子供が保育園に入園したとき、たまたま組織婦人部の人と同じ園だった。
園で仲良くなったママさん(外部)に向かって、その先輩婦人部ママが
「A子さんも一緒なの(創価)」と、A子自身は組織の事を黙っていたのに勝手にカミングアウトされ
物凄く迷惑だったとも。
先輩婦人部ママは組織に誇りをもっている厄介なタイプ。
A子も組織の一員なんだよって勝手なカミングアウトは、婦人部総会の結集のための利用。
特に熱心にやっているわけでもないA子からすれば、仲間にされるのは大迷惑。

こういうの、ある。あの人もこの人もメンバーなんだよと言って、数の多さで安心させようと
するというか。取りこもうとするの。関係ないんだけど、数なんて・・・。

現在のA子は財務も新聞も断り、家庭訪問もしないで欲しいとハッキリ伝えたとの事。
もともと主人が未入会で「厳しい」と言ってあるので、しつこくされることもないらしい。
近々家を購入予定で、引っ越す際に会員カードを新居住地にまわされたくないので
どうしたものかと悩んでいたところに、私が電話を入れて脱会の意向を伝えたので
「以心伝心かと思った」と喜んでいた。

私がA子と再会するにあたって不安だったのは、
「あなたが信じて間違いないと言っていたから入会したのに、どうして脱会するなんて言えるんだ?
 自分にすすめてきたときの熱意あれはいったい何だったんだ?」と詰め寄られる事だった。
それに対するアンサーを日々考えていた。
キレられても仕方ないし、呆れられても、罵倒されても、馬鹿にされても、仕方が無いと思っていた。

だけど、A子は聡明で冷静だった。 そこは本当に感謝する。
そして「今だからいうけど」と本音を語ってくれた。

「しょうらんの言ってくれる事に励まされたし、この信心はすごいっていうのも伝わってきた。
だけど時々ついていけないこともあったし、絶対にわかりあえない部分あるなって常々思ってた」と。
A子としては、御本尊様へ祈念することについては一点の曇りもなく、信じようと思えたんだと。
だけれども、特定の政党を応援することや、消息不明じいさんのろれつのまわらないスピーチを
見るために、決まった日時に開館に足を運ばされ・いかなかったら出席率に関わるのにと
組織の人から咎められることは、全く理解できなかったのだと。
言われたから仕方なく投票にも出向いたし、誘われるから仕方なく同中にも出かけていたけれど
組織で言う「自発能動」で、自分からすすんで他人に票を頼んだり・同中に行こうと思った事は
なかったと。
そりゃあそうだよね、って思った。
A子はじゅうぶん分別の付く大人になってからの入会だったし。アホらしくて出来ないとか
いったい何のために?と思う事が、山ほどあったって不思議じゃない。

A子は私に対して「一緒に気付いてよかったじゃんね」と笑顔で言ってくれた。
私はそれを聞いてA子の朗らかな表情を見た時泣いてしまった。
これを友情っていうのなら、友情って素晴らしい。

組織命の私であれば、A子が組織を辞めるとか言い出したら、友情なんてないも同然の扱いを
したと思う。
それが人の道に反することであっても、組織を離れて行く奴は「忘恩の輩」と切って捨てたと思う。
そんなのの、どこが人道主義なんだろうか。 馬鹿だよね・・・。

A子の退会は私より一足早くなりそうだ。




幸福価値

2013年04月03日 | 四方山話
先月、実家に戻ったときのこと。
母が”メーラーがおかしいから見て欲しい”というので、PCをたちあげて
どうなっているのかを見た。
単純な操作で消えたアイコンがあり、それを復活させた。
母は喜んで、じゃあついでだから@@さんのメールだけ抜きだして見れるようにしてほしいと。
設定をいろいろ弄っているうち、メールの内容を読んでしまった。

70を過ぎた母だが、学生時代の同窓会連絡などPCのメールでやりとりをしている。
相手がたは全員、組織外の人たち。
母は選挙のために同窓会事務局を20年ほど前から引き受けている。
@@さんは、現在は隠居生活をおくっているが事業をしていた人。
その方の自宅で行われた食事会の写真を見せてもらった事があるが、いわゆる富裕層で
うちとは世界がまるで違うな、と感じた。
そんな@@さんに向かって母は、メールで仏法対話をしかけていた(笑)。
勝手に内容を見てしまってそこは申し訳ないのだけど、呆れてしまった。
相当な「上から目線」で語っていたからだ。

いくら財産があっても、お金はあの世に持って行けない。どれだけ心が充実しているか、
人生が輝いているかで幸福価値は決まる・・・というような事を書いていて、
永遠の指導者(笑)の指導も引用したりしている。
私は、とっても恥ずかしくなった。 母は、世間知らず過ぎないかと。相手に笑われてるぞと。

@@さんからしてみたら、母からそんな言葉をかけられてもね、って感じだろう。
同窓生のよしみでつきあっているだけで、メールなんてリアルな用件だけ読んで、一方的に
押しつけの「幸福価値」についての話など一笑にふしておしまい。 
だけど、はっきり拒絶されないから母はわかっていないようだ。

@@さん夫妻のほうが、母よりよほど充実し・輝いた人生を送ってると私には思える。
少なくとも母より広い世界、世間でものを見聞きしている方たち。
そんな人に向かって、自分が所属している宗教団体は素晴らしいんです。すごいんです。
この仏法で幸せになって欲しい、なんて言えるってほんとに母はお花畑の住人だと思った。
何も見えていない。
まず、自分の立ち位置が全然見えてないしわかって無い。
それってある意味、幸せなのかもしれないけど、組織どっぷりな人間の盲目さって怖い。
私も、同じような部分は大いにあった(女子部時代)。
このメールの件について私は何も母に言わなかった。


翌日、今度は母の携帯に頻繁に迷惑メールが入るというのでこれも設定変更することになった。
弄っている最中に入ったメールが、唐突な書きだしの長文で
私は「あ、こういうメールも怖いよね。騙しだよ絶対」と、全文を開いてみたところ
”新聞はいりません””マインドコントロール”という文字が目に入り、「えっ?」と声を出してしまった。
横から母が携帯を取り「ああ、これは違うのよ」とバツ悪そうな様子。
なんなの?と聞くと、趣味サークルで知り合った人に新聞を贈呈で入れさせて欲しいと頼んだが
断りの返事とのこと。
相手はやはり、(母のメインターゲットの)独居老人。
「この人、すごくさびしがりで、しょっちゅう電話してくるから相手してあげてたのに
 組織のことを話したら、とたんにてのひら返しちゃってね」と、相手の悪口を言い始めた。
こうしてハッキリ断ってくる人がいることに私は内心感謝した。
そして「逆じゃない?そうやって、新聞とってほしいから・選挙で票を入れて欲しいからって
親しげにしておいて。あなただって同じだと思うけど。逆恨みもいいところじゃない?」と
言ってやった。
母、そんなことない!これは仏道修行なのだ!という内容の反論。
「でもね、普通の人付き合いでそんなのってないよ。なにもかもが(組織の手玉となる)手段に
なってるって、そりゃ一般の人から疑われたり嫌われたりしても仕方が無いよ」と私は諭した。
以前の母なら激しく応戦してきたが、最近思う所あるのか、今回は違った。
ぽつぽつと、愚痴を言い始めた。
主に、周囲の外部がわかってくれないのと・風当たりが最近きついという話だった。
贈呈であっても新聞を断られることが増えたとの事。

高齢の母にあまりきつい事も言えないので、やんわり言ってみた
「組織内部の、周囲を見渡してみて。豊かで幸せな人達ばかりなの?
 そして組織外部の友人さんを思い浮かべて。違うでしょう」と。
母の顔が強張った。
思い当たる節が、山ほどあるのだと思う。
だけど母は言った
「物質、金銭面だけ豊かでも心が貧しかったらどうしようもないでしょ。
同志はみんな、物質面では恵まれて無くてもとにかく楽しそうにしてる。だからいいのよ!
それこそ、幸福価値観の違いよ」と。

本人がよければ、それでいいのかもしれない。
何もかもそういう事なのか。 騙される方が悪い的な。

私は、物質面で恵まれている方が全然いいので、やっぱり組織には向いてないと実感(笑)。


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今日、買い物に出かけたスーパーで
レジで私の前に会計をしている老婦人、かごの中身が全て見切り品。
すさまじいなぁ、と思っていたら、老婦人が「ここに(品物)入れてちょうだい」と
店員に向けて広げたトートバッグの中に、よれよれの大白蓮華が入っていた。


そうして切り詰めて、ご供養をすることこそが「幸福への直道」と信じて疑わないタイプなのか・
たんに倹約家なのか・現に置かれている状況下でそうするよりほかないのかは、解らない。

見てはいけないものを見てしまった気分になった。
悲しい気分に。


幸福価値観は人それぞれ、とはいうけど、
「心こそ大切なれ」をていよく組織を肥やす為に利用してもらいたくない。

ただ、もうそろそろ、組織で言う「信心」に励めば幸福に~などという幻想は消えうせそうな気がする。
現実が追いつかなくなって行ってるのは、地元地域の疲弊っぷりを見ても、現住地域のそれを見ても
明らかだから。