と言うよりもまだ悩んでいる。
とはいえ書かないでもいられないが、まるでとりとめの無い文章になるとは思うが、とりあえず書いてみる。
今回の話の中でポイントになるのは、
アンデルセンを倒しながらも泣き崩れるアーカード
対照的に死を寸前にしながら穏やかな表情のアンデルセン
両者を目の当たりにしながら無表情を崩さないインテグラ
この3者に集約されると思う。
アーカードはなぜアンデルセンに対し「おまえは俺だ」と言ったのだろうか?
何故他の、過去に倒した敵では無いのだろうか?
アンデルセンと他の吸血鬼との違い……それはやはり「諦め」なのだと思う。
他の吸血鬼達は吸血鬼化するという事に「生」を見ている。
老いも病も無い永遠の命、人間離れした身体能力、特殊能力といった表面的な部分に目が向き、嬉々としてそれに飛びついている。”それ”に「明日」を見ているのだ。
本当は死んでいるのに。
2巻、バレンタイン兄弟襲撃後、ウォルターが”生き残ったのは自分とインテグラだけ”と言ったのが頭に浮かんでくる。
インテグラ「セラスとアーカードが数に入っていないようだが」
ウォルター「はい あの2人は……既に死んでおります故に」
アンデルセンが「釘」を使う際、その意識には「生、明日」など無かったと思うのだ。化物となることで人間としての自分は死ぬと理解しながら、なお自分に釘を突き立てたのだと思うのだ。その意識の底にあったのはやはり「諦観」だろう。
アーカードが「やめろ人間」「馬鹿野郎」と言ったのも言い換えると、アンデルセンに「死ぬな」と言っていたのではないだろうか。
アーカードもアンデルセンも望んで化物になった訳ではない。
死ぬ事で引き下がるわけにはいかない「何か」の為に「諦めを踏破」したのだ。
アーカードは神父を「救った」。
我々は「死」を知らない。想像を廻らす事はあっても理解する事はできない。当然だ。死ねばそこで終わりなのだから。
そして「永遠に生きる」と言う事も。
先代ヘルシング卿はモノローグでアーカードに対しこう言っている。
「もはや彼には何も無い。」
全て失い、全て捨て去りながら闘い続け絶望の中を歩き続ける存在。
なんという孤独
アンデルセンが釘を使う直前と今号の最後に見せた表情のなんと穏やかな事か。
アーカードはアンデルセンに自己を投影させ、アンデルセンを「生き続け、闘い続けるという地獄」から「倒す」事で開放したのだ。
そしてそれを理解しているが故にインテグラは何も語らず表情を崩す事も無くその様子を見続ける。見届けるのが義務であるかのように。
化物であるアーカードが他の化物を倒し続ける……アーカードはまさに「救う為」「救われる為」闘い続けているのかもしれない。
この後にはまだ少佐達が控えている。
そんな感傷、歯牙にもかけない者達が残っているのだ。
まさしく戦場、地獄、煉獄、死都ロンドン
次回はまた2ヶ月後。
待つのが辛い。