団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

年末年始に思うこと

2013-01-04 11:01:04 | Weblog
 結局、まともに紅白歌合戦は見なかった。白組が勝つ前の2~3の歌は聴いたが、あまりに歌われている歌が縁遠かった。出場者の半分以上の歌手は知らないし、歌も聴いたことがない歌だった。紅白も遠くになりにけり、という感慨だ。
 年末年始のテレビを観ていても、テレビコマーシャルがよく分からくなってきている。なんのコマーシャルと思って観ていると、パチンコやパチンコメーカーだ。仰々しいコマーシャルの多くは、ゲーム屋だ。
 パチンコはしないし、ゲームもモバイルではやらないから、縁がない。スマートフォンも使っていないから、それに関わるコマーシャルもよく分からない。
 テレビの番組自体も、バラエティやお笑いはまず観ない。バラエティに出てくるお笑いのタレントを知らないから、観る気も起きない。それにしても、テレビの番組はひどいものだった。観たい番組はほとんどなかった。
 だから駅伝などのスポーツ番組を観ることになってしまう。どこから観てもいつ観ても楽しめるから便利なものである。
 元旦の新聞は分厚かった。ドアの郵便受けから出すのに苦労した。それでも、紙面の半分はくだらない企画記事で、ほとんど読まずに捨てた。
 あんなに沢山記事を書いて、どれほど読んでくれるだろう、と思っているのだろうか。元旦だって、いつもの新聞で十分だ。中の広告も、企業の都合のいいメッセージ広告で、つまらないことに金を遣っているものである。経営が傾いている家電メーカーの広告なんかまったくなかったが、新聞社にとっては元旦の広告は貴重な収入源なのだろう。
 折り込み広告はたっぷりだが、近所のスーパーの初売りなどは、ゆっくりと点検するから、これは大切なのである。
 メディアは年末年始だから、という理由で、いろいろな利権が絡んでいるだろうが、できるなら特別なことは大晦日・元旦ぐらいにして、あとは正常モードで十分なのではないだろうか。
 ともあれ、団塊の世代がこの齢になってくると、世の中との接点の数が徐々に少なくなってくる。仕事の関係先はまだ関心があるし、趣味としているものはまだまだ興味が失われているわけではないが、新しいことに対しては、やはり以前よりは熱意が醒めているような気がする。
 だから年寄りになっていくのだろうが、まあ、ここまで生きてきた時間の重みは背負っている。そこから出てくる経験から、世の中をじっくりと見るようにしたい、と思っている。そういう余裕をいつも持っていたい、というのが現在の心境だろうか。 

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