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さりげない日常とつぶやき、雑感日記です。

パラオの話題・・・

2015年04月13日 | 日記

りゅう様のお父様が、パラオの戦争体験を話され、地元新聞に掲載された事を

「隆さまのブログ」で知りました。

Fb(フェイスブック)でも、パラオの話題が出て、一人でも多くの人に知ってもらいたいとの事なので、

シェアさせて頂きました。

とてもいいお話しで、胸がジーンとしてしまいました。

楽園を思わせる美しいパラオの島々・・・・↑

 

日本人こそ知らねばならぬ「パラオ国旗」と「ペリリュー島」の物語

天皇皇后両陛下には、8日からパラオ共和国をご訪問になり、レセプションや晩餐会に臨まれた後に海上保安庁の巡視船に御宿泊になり、

明9日にはペリリュー島の「西太平洋戦没者の碑」と「アメリカ合衆国陸軍第81歩兵師団慰霊碑」へ御供花になり現地の戦没者を御慰霊になりました。

現代に生かされる日本国民の一人として、この意味を理解した上で、両陛下の御供花・御黙祷の時刻に合わせて尊い犠牲を払われた先人に感謝と敬意をの誠の黙祷を捧げたいと思います。

さて、そのパラオでは熱烈な歓迎ムード。

ペリリュー州では慰霊が行われる4月9日を「天皇皇后両陛下ご訪問の日」として今後も州の祝日とすることが法律で決定されました。


何故これほどに東南アジアやパラオ国民は親日的、いや愛日的なのか…
それを理解する上でパラオ国旗にまつわる話しと、ペリリュー島での激戦について識っておく必要があります。

お時間のある方は、是非以下もご一読下されば幸甚に存じます。

1919年(大正8年)、第一次世界大戦の戦後処理をする「パリ講和会議」により、パラオは戦勝国である日本の委任統治領になりました。
この委任統治時代に、日本はドイツの植民地時代にはほとんど行われなかった学校・病院・道路などインフラの整備も重点的に行ないました。
このペリリュー島では、当初米軍は3日で制圧させる自信をもっていましたが、日米両軍による壮絶な戦闘は実に73日間にも及びましたが、民間人にはただの一人の犠牲者も出ませんでした。

米軍は、日本軍の兵力の約4倍・航空機200倍・戦車10倍・重火砲100倍以上の軍事力を有していました。
戦闘が終局に達していた11月24日、生き残った日本将兵はわずか60人足らずとなり、ついに日本軍総司令部陣地の兵力弾薬もほとんど底をついたために司令部は玉砕を決定しました。最期に打電された言葉は『サクラ サクラ…』

ペリリュー島の戦いが終って島に戻った住民は、多くの日本兵の遺体を見て泣いたそうです。

「アメリカ人は日本人の遺体には見向きもせず、自国兵の遺体だけを整理した。ここに征服民族の本性を見る」
住民はこぞって日本兵の遺体を葬りました。
そして日本の人達がいつ来てもよいようにと、その後も墓地の清掃に心掛けました。


【「貴様ら土人と一緒に戦えるか!」の意味に込められた慈愛】

米国との決戦を前にしてその島には日本軍が進駐し陣地が作られました。村の殆どの者が日本軍と共にその作業に参加しました。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりもしたそうです。
やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況となり、島民と話し合った数人の代表が日本の守備隊長のもとを訪れました。


「自分達も一緒に戦わせて欲しい…」

それを聞くなり隊長は「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」と叫んだそうです。
「日本人は我々の仲間だと思っていたのに…。見せかけだったのか…。」
裏切られた想いでみなが悔し涙を流しました。


船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人として見送りにも来ません。


村の若者達は、ガックリと船に乗り込み、船が島を離れたまさにその瞬間、なんと日本兵全員が浜に走り出てきました。

そして日本兵と島民が一緒に唱った日本の歌を歌いながらちぎれるように手を振って彼らを見送りました。

先頭には笑顔で手を振るあの怒鳴った隊長が。


その瞬間、あの「貴様ら土人と一緒に・・・」の言葉は自分達を救うためのものだったのだということが分かったそうです。

大東亜戦争終結後、パラオなど南洋の島々は米国の統治領となりました。
戦争終結により日本軍が立ち去った後、パラオの公用語は英語に変わり、アメリカによる目に余る反日教育が行われました。歴史の授業では、米国で作られた教科書が使われ、日本人による「パラオ人虐殺事件」などの掲載された、反日的歴史教科書もありました。


ところがパラオの年長者が「そんな話しはない!」と否定したためにこの疑わしい史実はパラオには浸透しませんでした。


【パラオ国旗の意味】

パラオがアメリカから独立した際に定められた「国旗」は、パラオ国民から公募した約70点の中で「青い太平洋に浮かぶ、黄色い月」が一番人気で選ばれました。

「月(パラオ)は太陽(日本)があってこそ初めて輝くことが出来る」という意味が込められています。


更に驚くべきことに、その「月」は国旗の中心から少しズレています。

これは「日本に敬意を表し、同じでは日本に失礼だから」とわざと中心から外されているそうです。
パラオの人々は、日本軍は私たちを命に代えて守ってくれたという感謝の気持ち。そして、強力な米軍と戦った日本人の勇敢さと純粋さに敬意を今もって抱いているのです。


【パラオ語になっている日本語】

チチバンド(ブラジャー)
センプウキ(扇風機)
デンワ(電話)
ツカレナオス(ビールを飲む)
アジダイジョウブ(美味しい)
アタマグルグル(混乱する)
スコオジョウ(飛行場)

何百語あるのでしょう…
名前にまで日本名をつけるそうです

親日国、いや日本国民以上の愛日国家であり愛日民族です!

 (こういう事をメディアで取り上げて欲しいですね)

 

                     

 アクセスありがとうございました。

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