風景居酒屋 ごじゃ満開

2011年03月11日14時46分、東日本大震災発生
(since 2007/8/15)。

2860)立丸第一トンネル開通(大震災から92ヶ月)

2018年11月11日 | 東日本大震災
 以前の当店で「復興道路と復興支援道路」に触れました(2015年5月11日)。復興道路はいわゆる三陸自動車道、復興支援道路は宮古横断道路(国道106号)と東北横断自動車道(釜石道)ですが、このほかにも東日本大震災の復興支援道路として利用された道路が幾本もあります。本日御覧いただく陸前髙田から北上山地を縦貫し青森県八戸へ至る国道340号線もその一つで、後方支援基地だった遠野市と沿岸各地を結ぶ道路として大きな役割を果たしたそうです。

 このうち宮古市(旧川井村)と遠野市の境にある立丸峠(たつまるとうげ)は未改良区間で冬季は倒木や雪崩で通行止めになる事が多いのですが、震災を機にそれまでもあったトンネル掘削の話が動き出し、2015(平成27)年7月に「立丸第ニトンネル(920m)」が開通、今月29日には立丸第一トンネル(1,839m)が開通し、立丸峠の改良区間が全通します。先日の帰盛の折り、旧道を辿ってみました。



 旧川井村内を湯沢川に沿って南下し、大槌町からの県道26号線が合流すると、立丸第二トンネルが現われます。開通して3年経ちますが、まだ真新しい雰囲気を残していたのは、行き交う車がさほど多くなく、汚れていないからでしょうか?


(立丸第二トンネル川井側 -宮古市小国 2018/11/3-)

 トンネルを抜けても改良区間が続きますが、立丸第一トンネル手前で旧道に戻ります。工事開始前の写真はありませんが、きっとこんなに空は見えなかったことでしょう。


(立丸第一トンネル川井側 -同上-)

 旧道に戻ると幅1~1.5車線の旧坂となります。ギアをこまめにかえながらハンドルを右に左に切ることしばし、時折対向車にドキドキしながら立丸峠のサミットに至りました。この道を支援物資を運んだトラックや工事車両が行き交ったのでしょうか?今の静かさからは想像つきません。


(峠の市境 -同上-)

 約2週間後には足下の立丸第一トンネルが開通し、旧道は役目を終えるのでしょう。かつて歩いて越えた峠道を車で越えられるようになり、更に足下のトンネルで快適に峠越えの時代へ・・・。願わくば復興支援道路というお役目は発生しないことを願います。

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