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新・悟りを求めて~

自由が故に退屈化し得る現代社会での日々へ、
新たな刺激を与えるべく、新たにブログ開設を…

「感覚と感情」の話

2025-04-01 10:58:12 | 「わたし事・学」
「感覚と感情」の話

「感覚とは神経の働き、感情とは認識活動」なので、
これは「神経と認識」の話…とも言えようか…



今は花粉症の季節、今年は例年より時期的に早く、より多くの花粉飛散だそうである。
私は、毎年、三月初めに「今年こそ花粉症の克服だ!」と意気込んで、
その強烈な「目の痒みに耐えよう!」と頑張り続けているが…
今年も例年の如くに…また惨敗であった。

あの強烈な痒みを思いっ切り搔いて~
痒みが消えて行く過程の快感(全身的なゾクゾク感)がたまらなく好きだ…

だから…毎年毎年、その搔きまくった後の赤く荒れた目の周り…白目が充血した赤目…そんな結果から…悔やみ続けている。


この「痒みが感覚」で、その搔いた結果を「快感を求める認識が感情」。

子供の頃の私は、よく転んだ!転んで脛や膝を怪我して流血…
でも…遊びに夢中で…結果的に、そこに瘡蓋が出来る。
そして時が経過すると…その瘡蓋が痒くなる。
そんな時、私はそこを搔いてしまって…まだ流血!

初めの「痛い時には、決して搔かないでも、治りかけの瘡蓋は搔いてしまう…のは何故?
その理由は、明白である「痛い所を掻く触れると痛みが増す」~
でも…痒い所を掻くと「快感と共にに」痒みが痛みに変り(気になりない)、それ以上は「搔きたくなくなる」から~。



痛い所に「触れたくないが感情」なら、痒い所を「掻きたいも感情」。
今年の私も、理屈・理性では「搔くな!搔いてはいけない!」と分かっている…

だから非常な努力で「痒み」を我慢し続けた。
その方法は、我慢しながら何かをする・何かに夢中になる事。

外出・買い物・移動中の片目の痒みなら、思いっきり片目を閉じ力んで我慢しながら歩行・移動…だったが…
今年は、買い物・移動中に、何と「両目・同時の強烈な痒み」に襲われた…

両目閉じての移動は不可能…結局~
誘惑・感情に負けて…搔きまくり…結果は例年と同じく真っ赤な惨敗!


因みに、20代の頃の私は、その痒み軽減為に、眼科へ行って薬を貰っていた。
そんな中で、段々…薬を飲んでいる時に「頭ボー感」を感覚するようになり、
それから、医師に頼る事も薬も止めめ一時期は疲れ目用の軽い市販の目薬を差していたが…

ある時に以下のような事に気付いた。

薬で、痒みを抑えるとは,痒みを鈍くする事。
それは、痒み限定ではなく、感覚全般を鈍くする事。
だから…20代の頃の私は「頭がボー」感が、あったのだろう…

花粉症で服薬している息子に、「頭ボー」感を話をしたら…
「今の薬…よくなっていて…そんな事ないよ!」と一笑に付された。


因みに、強烈な痒みを、搔きまくる超快感を未体験な者には、花粉症は無縁であろう。
しかし、この快感の結果には、赤くスリ散れた顔・目の周り、充血した白目…そして強烈な後悔感情連続…

まあ~[益は害]・「害は益」、「快は不快」・「不快は快」…
全ては、「陰と陽」・「陽と陰」なのだろう~


そこで「神経体力・認識体力」?!

痒みを消そうと、目を閉じ必死に停めよう・消そうとするのは「認識体力」。
痒みを痒みとして、掻かずに、平気でいられるのは、「神経体力」。

ただ…あの強烈に痒い所を搔いた時の快感を未体験だから「平気な神経体力」と体験しても「平気な神経体力」の相違は?



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