「目的意識」とは、目的を意識する事。
このブログの目的は、
「書く事は考える事を実感・痛感」する事である~
ならば、「書く事」を意識し、「考える事」を意識し続けて、
ブログを書き続ける事が、「目的意識」の達成への道であろう。
しかし…
本当にそれだけの目的意識で満足してよいのだろうか?
先ほど洗濯物を干しながら以下のような事を思った。
この洗濯物干しの目的は、
濡れた衣類…等を乾かす事、である。
この目的を達成にするなら、早く的確を干せれば完了。
いつもなら、(こう考えて・思って?)
無自覚にサッサと急いでハンガーに掛けて終了の私だったが…
しかし今日は、旧・心に青雲ブログの読後だからだろうか…
『ここは膝を意識して張りつつ…』と思いやってみた。
これは、目的意識の二重化である。
一つは、洗濯物を干す為の目的意識行為。
一つは、その行動過程での膝・下半身を鍛える為の目的意識。
もっとも…効率的な洗濯物干しの為なら、
一つ、洗濯物干しの目的意識。
一つ最短・最速を目的とした手足の動作意識。だろうが…
これは、言うなれば
全体的目的意識と部分的目的意識。
生きている人間の目的は、
一つ、生存の為に今を生きる
一つ、未来創造の為に今を生きる。
一つ、生物として今を生きる事。
二つ、人間的(or動物的)に今を生きる事。
洗濯物干しを目的としたの行為にも、
① 、効率的な洗濯物干しの為の行為・動作。
② 、身体の部分的鍛錬を目的した動作。
の二通りの意識が可能である。
ただし…②を選択した場合…
例えば、
下半身なら膝や足首…等の部分を意識する必要から、
全体的にぎこちない動作になり得るだろう。
最近の私は、加齢・運動不足の為か、
身体の固さを痛感するようになった。
そんな私は、日常生活・勤務中に可能な限り
五体・手足を伸ばす動作をしている。
しかし…忙しい日常では、
「『身体・五体を伸ばそう』と意識する事」
を思い出すのはなかなか難しいモノである。