内分泌代謝内科 備忘録

糖尿病合併妊娠

糖尿病合併妊娠の管理についての総説
JAMA 2019; 321: 1811-1819
 
妊娠に 1型糖尿病または 2型糖尿病をともなう場合、妊娠高血圧症 (preeclampsia) 、帝王切開 (caesarian section) 、早産 (pre-term delivery) 、巨大児 (macrosomia)、先天異常 (congenital defect) などの母体または胎児の有害事象のリスクが高くなる。米国では 400万の出生のうち 0.9%は糖尿病がある母親から生まれてくる。
 
糖尿病合併妊娠は児の発達に対して長期的な影響を及ぼす可能性がある。成人した時点での糖尿病や肥満の頻度が高く、代謝や循環器の問題を抱えることが多いかもしれない。また、入院のリスク、薬物治療の必要性、死亡率も高くなるかもしれない。
 
最近の研究では、児の神経発達にも影響を与える可能性が指摘されている。糖尿病の母から生まれた児は糖尿病ではない母から生まれた児と比較して、長期的な認知機能が低く、学業不振となる頻度が高い可能性がある。また、自閉症 (autism) や注意欠如/多動症 (attention deficit/hyperactivity disorder: ADHD) のリスクも高い可能性がある。
 
1型糖尿病でも、2型糖尿病でも母体および胎児の有害事象のリスクは高くなり、(リスク軽減のためには)どちらも同様の治療が必要になる。先天異常のリスクを最小化するためには計画妊娠を行うことが非常に重要である。
 
主な先天異常、死産、新生児死亡のリスクについては 1型糖尿病と2型糖尿病とで変わらない。一方、周産期死亡は 2型糖尿病で多く、糖尿病ケトアシドーシスと帝王切開の頻度は 1型糖尿病で多い。
 
受胎 (conception) 時の HbA1c の目標は <6.5%であり、妊娠中の目標は <6.0%である。網膜症や腎症などの合併症のスクリーニングと管理も重要である。アンジオテンシン変換酵素阻害薬 (angiotensin converting enzyme inhibitors: ARB) やスタチンなど妊娠中に安全に使用できないことが知られている薬剤は中止するべきである。
 
肥満女性では睡眠時無呼吸症候群 (obstructive sleep apnea) のスクリーニングを行う。睡眠時無呼吸症候群はしばしば見逃され、悪い転帰になることがある。
 
血圧の管理目標は慎重に考えるべきで、腎症が存在する場合は治療閾値を下げる必要がある。
 
妊娠中に持続血糖モニター (continuous glucose monitor) を行うことで、1型糖尿病の女性では血糖コントロールが改善し、胎児の転帰が改善する。
 
糖尿病合併妊娠の治療薬の第一選択はインスリンである。インスリン注射とインスリンポンプのどちらも効果的である。
 
重症低血糖の頻度は妊娠中は高くなる。そのため、グルカゴンを携帯させ、使用方法を練習させるべきである。妊娠高血圧症の予防のために妊娠 12週を過ぎたら低用量アスピリンを服用することが推奨されている。
 
適切な計画妊娠を行うために、妊娠前後で可逆的な避妊具の長期使用について話し合うことの重要さは強調し過ぎることはない。
 
Box 1. 糖尿病合併による母および児における有害事象のオッズ比
 
母における有害事象
妊娠高血圧: オッズ比 3.48 (95%信頼区間 3.01-4.02)
帝王切開: オッズ比 3.52 (95%信頼区間 2.91-4.25)
 
児における有害事象
心臓以外の先天異常: オッズ比 2.34 (95%信頼区間 1.44-3.81)
心臓の先天異常: オッズ比 4.64 (95%信頼区間 2.87-7.51)
早産 (37週未満): オッズ比 3.48 (95%信頼区間 3.06-3.96)
死産: オッズ比 3.52 (95%信頼区間 3.19-3.88)
巨大児 (4000 g 超): オッズ比 1.91 (95%信頼区間 1.74-2.10)
新生児低血糖: オッズ比 26.6 (95%信頼区間 15.37-46.11)
新生児呼吸窮迫症候群: オッズ比 2.09 (95%信頼区間 1.55-2.83)
新生児黄疸: オッズ比 2.82 (95%信頼区間 1.60-5.00)
周産期死亡率: オッズ比 3.39 (95%信頼区間 3.02-3.81)
 
1. 妊娠前の指導と血糖管理目標
 
近年は意図しない妊娠は減ってきているが、それでもおよそ半数は計画されていない妊娠である。器官形成は妊娠のごく初期に起こるので、先天奇形のリスクを下げるためには計画妊娠が最も重要な対策である。
 
米国糖尿病学会 (American Diabetes Association: ADA) は受胎時の HbA1c <6.5%を推奨している。また妊娠中は低血糖が避けられるなら、HbA1c <6%を目標にしている。低血糖が避けられない場合は HbA1c <7%に目標を緩和しても良いかもしれない。
 
糖尿病発症時または思春期に、意図しない妊娠にともなう先天性奇形のリスクと効果的な避妊方法について話し合いを始めるべきである。
 
近い将来に妊娠を望んでいない女性では、プロゲスチン徐放インプラント (implantable progestin) や子宮内避妊具 (intrauterine device: IUD) などの長期間有効な避妊法 (long-acting reversible forms of contraception: LARC) が最も効果的な避妊法であり、第一選択として推奨するべきである。
 
(妊娠を望む場合は、)患者は担当医に避妊を止めることを伝え、血糖コントロールを最適化するために毎月診察することが望ましい。
 
さらに、母体胎児医学専門医 (maternal fatal medicine specialist: MFM specialist) (あるいはハイリスク専門産科医: high risk obstetrician) にコンサルトできると良い。MFM specialist は母体胎児の有害事象のリスクが高い場合、妊娠中に胎児の精密な観察が必要な場合に相談できる。
 
2. 体重と栄養
 
肥満は 2型糖尿病患者では一般的で、1型糖尿病患者でも増えている。肥満は先天奇形、特に心奇形の独立した危険因子である。そのため、妊娠前には血糖管理に加えて、体重の最適化も行うべきである。
 
Persson らの最近の研究によると、大動脈弓の異常心房中隔欠損、動脈管開存症 (patent ductus arteriosus: PDA) の頻度は母親の BMI が大きくなるにつれて高くなる。また、大血管転移症 (transposition of the great arteries) の頻度は、 BMI >40 kg/m2 の母親から生まれた場合では非肥満の母親から生まれた場合と比較して 2倍近くになる (調整後有病率比 (?) adjusted prevalence rate ratio: PRR 1.85, 95%信頼区間 1.11-3.08) 。さらに、肥満女性は脂質異常症や高血圧症、睡眠時無呼吸症候群などの合併が多く、予後に影響しうる。
 
睡眠時無呼吸症候群の有病率は欧州では 5%、米国では 20%だが、しばしば見逃される。睡眠時無呼吸症候群は妊娠高血圧症、早産、新生児のアプガースコア低値、新生児集中治療室入室と関連している。さらに、インスリン抵抗性と血糖コントロール不良との関連も指摘されている。したがって、過体重または肥満の女性が妊娠を計画している場合、臨床医は睡眠時無呼吸症候群をスクリーニングし、診断が確定した場合は持続的陽圧換気を開始するべきである。
 
全ての糖尿病の女性は妊娠前または妊娠早期に栄養士にコンサルトされるべきである。特に過体重または肥満をともなう糖尿病患者では、妊娠前に非妊娠時の体重を元に体重 5-10%減を目標に食事指導することが推奨される。
 
神経管閉鎖障害を防ぐために、妊娠の 1ヶ月以上前から葉酸 400 μg/日以上を摂取するべきである。また、新生児の骨形成のためにカルシウム 1000 mg/日とビタミン D 600 IU/日摂取も勧められるべきである。
 
3. 糖尿病の合併症
 
糖尿病女性は妊娠前に網膜症と腎症のスクリーニングを受けるべきである。網膜症は妊娠と急速な血糖コントロールで増悪し得る。
 
急速な血糖コントロールによる網膜症の増悪は非妊娠時には見られ、しばしば一過性だが、妊娠時についてはよく分かっていない。妊娠によって誘発される網膜症 (または妊娠前から存在する網膜症の増悪)は永続性ではなさそうだが、妊娠中の視力低下の恐れがある。
 
全ての 1型糖尿病または 2型糖尿病の女性 (特にもともと網膜症がある場合) は理想的には妊娠前または妊娠初期に眼底検査を受けるべきである。妊娠中または産後に追加で眼底検査を行うかどうかは網膜症の進行の程度による。
 
腎症については妊娠前はアルブミンクレアチニン比、妊娠中は 24時間蓄尿による蛋白クレアチニン比で評価するのが標準である。
 
腎症をともなう妊婦は妊娠前および妊娠中は MFM specialist と腎臓内科医を含む多職種チームによって観察されるべきである。
 
もともと腎症がある場合、周産期合併症、すなわち妊娠高血圧症、早産、在胎不当過小児 (small for gestational age infant: SGA infant) や帝王切開のオッズが高くなる。
 
軽度の慢性腎臓病 (eGFR >60 mL/min/1.73 m2) がある女性については妊娠中に腎機能が低下する可能性は高くない。一方で、より腎機能が低下しているあるいは蛋白尿を認める女性については、特にコントロール不良の高血圧があると、腎機能が低下し得る。終末期腎不全 (end stage renal disease) の女性では、腎移植をした方が透析を行うよりも妊娠の成功率が高く、合併症が少ないことから、腎移植を待ってから妊娠した方が良いかもしれない。
 
腎臓病がもともとあることを知っておくことは、子癇前症の観察においても重要である。子癇前症のスクリーニングは尿蛋白によって行っているからである。したがって、腎症がある女性では、密に血圧を確認することが極めて重要である。
 
糖尿病と慢性的な高血圧がある女性については ADA は胎児の発育不全を避けるために収縮期血圧 120-160 mmHg, 拡張期血圧 80-105 mmHg を管理目標とすることを推奨している。ただし、血圧の管理目標については意見は一致していない。2015 の CHIPS study では、収縮期血圧の目標を 100 mmHg とした場合と、85 mmHg とした場合で、流産 (pregnancy loss) と新生児有害事象の頻度には差がなかった。ただし、100 mmHg を目標とした群の方が重度の高血圧 (160/110 mmHg 以上) が多かった。事後解析 (post hoc analysis; post hoc は事後という意味のラテン語) では、重度の高血圧となった母親では、流産、早産、低体重児のリスクが高かった。さらに、この緩めの血圧管理を妊娠 28週前から行うと、28週後から緩めた場合と比べて、優位に重度の高血圧と早産の頻度が高くなった。これらの結果に基づいて、カナダのガイドラインでは降圧薬の使用を開始する血圧の閾値を引き下げた (血圧 >90 mmHg であれば薬物療法を開始し、血圧 >85 mmHg を目標とする)。英国のガイドラインでは収縮期血圧 <90 mmHg で管理する根拠としては臓器障害を防ぐためだと認識している。
 
CHIPS study では糖尿病患者や蛋白尿を認める患者は組み入れられていない。また、妊娠糖尿病患者は 6%しか含まれていない。そのため、これらの結果を 1型糖尿病患者や 2型糖尿病患者に対して当てはめることはできない。しかし、糖尿病患者ではもともと腎症があり、高血圧に関連する有害事象のリスクが特に高いことを考えると、厳格な血圧管理が望ましいと考えるのは理にかなっている。これについてはまだ ADA のガイドラインには反映されていないが、腎症をともなう糖尿病合併妊娠では厳格な血圧管理を行うことが望ましい。
 
妊娠中に降圧薬を使用する場合は、催奇形性 (teratogenic) があるアンジオテンシン変換酵素阻害薬 (angiotensin-converting enzyme inhibitors: ACEI) やアンジオテンシン受容体拮抗薬 (angiotensin receptor blockers: ARB) は中止するべきであり、妊娠中でも安全に使用できるラベタロール、ニフェジピン、クロニジンなどの降圧薬を使用するべきである。いくつかの研究では、非ジヒドロピリジン系カルシウムチャネル拮抗薬のジルチアゼムは尿蛋白を減らすので、妊娠中の尿蛋白をともなう高血圧症の治療ではジルチアゼムの使用を考慮しても良いかもしれない。ただし、妊娠中のジルチアゼムの使用については分かっていることは少ない。
 
糖尿病合併妊娠は子癇前症のリスクを増加させるので、リスク低減のために妊娠 12-28週 (理想的には 16週未満) で低用量のアスピリン (60-150 mg/日, 一般的には 81 mg/日) の使用が推奨されている。いくつかのメタ分析では、100 mg/日以上のアスピリンの使用で子癇前症のリスクは最小になることが示されているので、アスピリンの最適な用量についてはまだ意見が一致していない。
 
冠動脈疾患 (coronary artery disease: CAD) を妊娠中に発症することは一般的ではないが、CAD は母親の死亡率と関連する。そのため、臨床医は CAD のリスク因子 (すなわち、高齢、慢性腎臓病、高血圧、喫煙、早発冠動脈疾患の家族歴) を考慮し、ハイリスクの場合は心電図と運動負荷心電図で CAD のスクリーニングを行うべきである。
 
妊娠を計画している場合にはスタチンは中止するべきだが、データ上はスタチンには催奇形性はなさそうである。
 
1型糖尿病患者が妊娠を計画する場合には、自己免疫性甲状腺疾患のスクリーニングのために、甲状腺刺激ホルモン (thyroid stimulating hormone: TSH) を確認するべきである。
 
4. 妊娠中の血糖モニター
 
妊娠中の血糖モニターの強化は課題になり得る。インスリン頻回注射 (multiple daily injection: MDI) を行っている女性では、少なくとも空腹時、食前、食後(1 または2時間後) の計 7回は血糖モニターを行うことを勧められる。
 
推奨されている血糖管理目標は空腹時で <95 mg/dL 、食後 1時間で <140 mg/dL かつ/または食後 2時間で <120 mg/dL である。
 
密に血糖モニターを行う目的は、1. 血糖管理目標を達成できていることを確認するため、2. 薬物療法と食事療法を調整するため、3. 妊娠中のインスリン必要量の生理学的変化をとらえるためである。
 
一部のデータには齟齬があるものの、血糖モニターに持続的血糖モニター (continuous glucose monitoring: CGM) を併用すると血糖コントロールと予後が改善することが報告されている。
 
最近の CONCEPTT study では、215名の 1型糖尿病の妊婦が CGM か標準的な血糖モニターにランダムに割り付けられた。CGM 群では、妊娠 34週の時点での HbA1c が、組み入れ時 (平均 7.43%) と比較してわずかではあるが有意に低下した (-0.19%, 95%信頼区間: -0.34~-0.03%, P = 0.021)。さらに、CGM の使用は 'time in range' を増加させ (68% v.s. 61%(対照群), P = 0.003)、巨大児の頻度を減らした (オッズ比 0.51, 95%信頼区間 0.28-0.90, P = 0.0210)。
 
この研究では、介入群における CGM の遵守率が想定より低く、そのためにHbA1c の低下が小さかったのかとしれない。それでも、CONCEPTT study は糖尿病合併妊娠において CGM は有用なツールであり、胎児の予後を改善させる可能性があることを明らかにした。
 
CGM を使用する場合に考慮するべき点としては、センサーを常時装着する不快感、センサーの正確さ、センサーの種類によってはアセトアミノフェンの使用によって測定に影響を受けることがある。
 
5. 妊娠中のインスリン需要
 
糖尿病合併妊娠では妊娠初期が最もインスリン感受性が高い。低血糖は意識変容、痙攣、母体の外傷だけでなく、低体重児のリスクとなるので、密な血糖モニターが不可欠である。低血糖のリスクについては 2型糖尿病よりもインスリン感受性が高く、無自覚低血糖が多い、1型糖尿病では特に注意が必要である。
 
グルカゴンは妊娠中でも安全に使用でき、身近な人 (close contacts) には重症低血糖時のグルカゴン投与を指導するべきである。
 
糖尿病合併妊娠では、妊娠 16週からインスリン抵抗性が増大し、インスリン需要は週単位で変化していく (リンク参照)。したがって、密な血糖モニターが極めて重要になる。
 
インスリン需要は妊娠を経る毎に増大するかもしれない。Skajaa らは 1型糖尿病の妊婦では、出産回数 (parity) が増えるに従い、年齢、BMI、HbA1c で調整したインスリン必要量が増加することを示した。初回の妊娠時と比較し、インスリン必要量は、2回目で 13%、3回目で 20%、4回目で 36%増加した。したがって、出産回数が多い妊婦では、血糖コントロールを達成するために必要なインスリン量は多くなると予想することは理にかなっている。
 
1型糖尿病では糖尿病ケトアシドーシス (diabetic ketoacidosis: DKA) の頻度が特に高いが、全ての糖尿病合併妊娠で DKA が起こりやすくなっている。妊娠中はインスリン抵抗性が高くなり、脂肪分解が促進され、余剰の遊離脂肪酸がケトン体に変換されるからである。ヒト絨毛ゴナドトロピンの濃度が高いと嘔気·嘔吐を誘発し、妊娠初期に糖尿病ケトアシドーシスを起こしやすくなる。一方、妊娠後期にはインスリン抵抗性と代謝需要が増大し、高血糖と相対的な飢餓により糖尿病ケトアシドーシスを起こしやすくなる。さらに、妊婦でアシドーシスを来しやすい主な理由のひとつとして酸緩衝能の低下がある。すなわち、妊婦では呼吸性アルカローシスを代償するために重炭酸イオン濃度が低下している。
 
妊婦では高血糖をともなわない糖尿病ケトアシドーシスを来し得る。妊婦で正常血糖ケトアシドーシスを来す理由のひとつは糸球体における過濾過 (hyperfiltration) により尿糖排泄が亢進するためかもしれない。血糖が高くならないことは、患者と医師に誤った安心を与えるので注意が必要である。
 
妊娠中あるいは妊娠を計画している糖尿病患者ではケトン測定の方法を教え、自身で尿ケトンまたは血清ケトンが測定できるようにするべきである。
 
糖尿病合併妊娠 (特に 1型糖尿病患者) で嘔吐、飲食できない、体調が悪い、血糖 >250 mg/dL が続く場合は尿ケトンを測定するべきである。尿ケトンを認める場合は、速やかに対処すべき医療上の問題がないかを確認し、母体と胎児のリスクを減らすように努めるべきである。
 
6. 妊娠中の食事運動療法
 
非肥満の妊婦でも妊娠中に推奨を超えた体重増加は巨大児や肩甲難産 (shoulder dystocia) 、新生児低血糖などの周産期有害事象と関連する。そのため、妊娠中は厳格な血糖コントロールを達成するためのみならず過剰な体重増加を防ぐために食事摂取量に注意を払うべきである。ただし、妊娠中に飢餓によるケトーシスを来さないように、十分量の糖質を摂取するように注意する。食事摂取基準 (dietary reference intakes) による推奨は 175 g/日以上であるが、食事療法については個別に計画するべきである。
 
7. インスリン治療の実際
 
糖尿病合併妊娠では、血糖管理目標を達成するためには basal-bolus therapy が必要になる。食事療法単独、経口血糖降下薬内服 ± 基礎インスリンで治療を行っている 2型糖尿病の女性では、妊娠前および妊娠中の血糖管理目標を達成するためにインスリン強化療法の指導が必要になる。
 
インスリンは妊娠中の糖尿病治療の要石 (cornerstone) であり続けている。それは血糖降下作用だけでなく、胎盤を通過しないので安全であることが示されているからである。
 
多くの場合、基礎インスリンは新しいインスリンアナログからよく調べられているデテミルか中間型インスリン (neutral protein Hagedorn: NPH) に切り替えられる。
 
速効型 (short) /超速効型 (rapid) インスリンのレギュラーインスリン、リスプロ、アスパルトについてもよく調べられている。
 
妊娠中にグラルギンを使用した場合でも安全であったという報告が複数ある。
 
グラルギンもデグルデクも胎盤を通過しないと考えられており、特に良い血糖コントロールが達成できている場合は敢えて切り替えるべきだとする根拠はない。
 
インスリン頻回注射 (multiple daily injection: MDI) とインスリンポンプ療法 (continuous subcutaneous insulin infusion: CSII) はどちらも妊娠中のインスリン治療としては効果的である。CSII の方がインスリン投与量の調節性に優れることは明らかだが、CSII と MDI のどちらがより勧められるかについてはエビデンスは十分でない。
 
CSII を行う場合は、操作方法に慣れ、妊娠前に厳格な血糖管理ができるように妊娠前に導入するべきである。また、CSII に不具合が生じた場合に対応できるようにインスリン皮下注射もできるようにしておく必要がある。
 
CONCEPTT 試験において 1型糖尿病患者で組み入れ時点で CSII または MDI を行っていた場合の血糖コントロールおよび周産期合併症を比較した前向き研究がある。これによると、MDI の方が CSII に比べて血糖コントロールが良好で、妊娠高血圧症、新生児低血糖、新生児の新生児集中治療管理室入室が少なかった。ただし、この研究ではランダム化は行われていない。
 
CGM のデータと CSII を統合するクローズドループシステム (closed loop insulin delivery system) は妊娠中の糖尿病の管理方法として有望かもしれない。しかし、現状では目標血糖の変更はできず、妊娠中の目標血糖としては高すぎる。たとえば、Medtronic Minimed 670G (Dublin, Ireland) はハイブリッドクローズドループシステムである "オートモード" を機能があり、平均血糖 120 mg/dL を目標とするアルゴリズムを使っている。この目標血糖は妊娠中の空腹時血糖の目標 <95 mg/dL を大きく超えているので、多くの場合は妊娠中の血糖管理の方法としてクローズドループシステムは不適切である。
 
さらに最近、Tandem Diabetes Care 社の t:slim X2 pump with Basal IQ technology (Sandiego, CA) に予測低血糖自動注入停止機能 (predictive low glucose suspend: PLGS) が実装された。このシステムは Dexcom センサー (San Diego, CA) と t:slim X2 pump を統合したものである。
 
PLGS は血糖を予測し、30分以内に血糖 <80 mg/dL になることを予測する、あるいは現在の血糖が <70 mg/dL になるとインスリンの注入を中止する。PLGS は低血糖の予防には役立つが、妊娠中の低い血糖管理目標には対応していない。
 
目標血糖を変更できないという制限はあるものの、患者によってはクローズドループシステムは低血糖を避けつつ、比較的良好な血糖コントロールを達成できるかもしれない。しかし、妊娠中の血糖管理にクローズドループシステムをルーチンに使うことについて結論を下すにはより規模の大きい研究が必要である。
 
8. インスリン以外の薬物療法
 
妊娠中の血糖管理については経口血糖降下薬は第一選択としては推奨されていない。2型糖尿病においては妊娠中に増大するインスリン抵抗性に対応できず、1型糖尿病ではそもそも効果的ではない。さらに、インスリンは胎盤を通過しないのに対し、メトホルミンとスルホニルウレアは胎盤を通過する。
 
妊婦に対するメトホルミンの使用については意見が分かれている。ADA のガイドラインではメトホルミンで治療している 2型糖尿病患者では妊娠したらメトホルミンをインスリンに切り替えるべきだとしている。しかし、多嚢胞性卵巣症候群 (polycystic ovarian syndrome: PCOS) や肥満の患者では妊娠初期はメトホルミン治療が継続されていることが多い。
 
複数の観察研究では、メトホルミンで治療すると主に妊娠糖尿病 (gestational diabetes) や 2型糖尿病で、母体の体重増加が少ないことが示されている。しかし最近、妊娠中にメトホルミンで治療された女性の子どもを調べた 2件の研究で、メトホルミンの児に対する影響は長期に続くことが示唆された。妊娠糖尿病では、子宮内で (in utero) メトホルミンに曝露された子どもはインスリンで治療された場合と比較して、 9歳の時点で複数の測定方法で体が大きかった。また、PCOS の女性では、胎児期にメトホルミンに曝露された子どもは 4歳の時点で偽薬投与群と比較して BMI が高く、肥満の頻度が高かった (32% v.s. 18%)。
 
現在、2型糖尿病患者に対してインスリン治療にメトホルミンまたは偽薬を追加し、周産期および新生児のアウトカムを比較するランダム化比較試験 (MiTy trial, Clinicaltrials.gov.) が進行中である。メトホルミンの児への長期的影響を見極めるにはさらなる研究が必要である。
 
スルホニルウレアの使用は糖尿病合併妊娠の治療には勧められない。最近の Senat ( e にはアクセント符号がつく) らは、妊娠糖尿病を対象にインスリンまたはグリブリドで治療した場合の新生児アウトカムを比較した。その結果、グリブリドは巨大児、新生児低血糖、高ビリルビン血症の複合アウトカムの非劣性を示せなかった (インスリン治療群 23.4% v.s. グリブリド治療群 27.6%)。
 
スルホニルウレアは妊娠中の使用を支持するデータがない。また、メトホルミンは体重を増やさないのに対し、スルホニルウレアは体重を増加させる。チアゾリジンも体重を増加させ、妊娠中に安全に使用できるかどうかについてはデータがない。
 
ジペプジルペプチダーゼ-4 阻害薬 (dipeptidyl peptidase-4 inhibitors: DPP-4 inhibitors)、グルカゴン様ペプチド-1 受容体作動薬 (glucagon-like peptide-1 receptor agonist: GLP-1 受容体作動薬)、ナトリウム·グルコース共輸送体阻害薬(sodium glucose cotransporter 2 inhibitors: SGLT-2 inhibitors) などの新しい血糖降下薬については安全性のデータがないので、妊娠中に使用することは勧められない。これらの薬剤を服用している女性は効果的な避妊法を行うべきであり、妊娠の 3か月前には服用を中止すべきである。
 
興味深いことに、GLP-1 受容体作動薬のエキセナチドが胎盤を通過するのはごく微量のようである。胎児への GLP-1 受容体への曝露は少ないようであり、薬剤への曝露よりもコントロールされない高血糖に曝されるリスクの方が高い場合には、臨床医はインスリン治療を併用することなく突然 GLP-1 受容体作動薬を中止することについては慎重であるべきである。
 
9. 胎児のモニターと分娩の計画
 
糖尿病の女性が妊娠した場合は胎児モニターの頻度を増やす必要がある。妊娠 18-20週の時点で詳細な解剖学的な精査を行うべきであり、(特に HbA1c >6.5% では) 胎児の心臓超音波を検討しても良い。
 
妊娠後期の胎児の発育の評価には一般に超音波が行われるが、適切な時期と頻度については明らかになっていない。
 
ほとんどの臨床医は妊娠 32週から正式に (しばしば 1-2週毎に) ノンストレステスト (nonstress test: NST, リンク参照)、バイオフィジカルプロフィール (biophysical profile: BPP, リンク参照) 、または修正バイオフィジカルプロフィール (modified biophysical profile: modified BPP) などで胎児モニターを行う。
 
血糖コントロールに問題があったり、胎児の健康状態に懸念があるために予定よりも早く娩出する必要がある場合がある。米国産科学会 (American Collage of Obstetricians and Gynecologists) は血管障害 (vascular complication) がなく、血糖コントロールが良好な場合には 39週 0日から 39週 6日に娩出することを推奨しており、血管障害をともなう場合や血糖コントロールが不良の場合はより早く、 36週 0日から 38週 6日に娩出することを推奨している。
 
10. 分娩後
 
施設にもよるが、陣痛 (labor) 発来後は多くの女性はインスリン静脈注射で管理される。胎盤が娩出されると速やかにインスリン感受性となる。特に 1型糖尿病ではインスリンの必要量は 50%程度まで低下する。したがって、(産後は)出産後の血糖値やインスリン静脈注射の用量、食事摂取量を参考にして妊娠中のインスリン用量の 50-90%を使用すると良い。出産までのインスリン必要量を記録しておくと、外来担当医が産後のインスリン用量を調整するのに役立つ。
 
11. 授乳
 
授乳の利点としては 1. 母親の体重増加を抑える、2. 母子の絆 (mother-infant bonding) を育む、3. 児が将来糖尿病および肥満になるリスクを低下させることがある。
 
授乳中は母乳中に糖が排出されるため低血糖になりやすくなる。そのため、授乳中はインスリンを減量したり、補食を指導することがある。
 
肥満のない女性では、授乳中は妊娠以前のエネルギー量に 500 kcal/日を追加することが一般に勧められている。
 
12. 避妊
 
ほとんどの女性は産後 1年以内に妊娠 (conceiving) しようとは思わないが、授乳をしなければ 6週間以内に妊娠可能になる。したがって、妊娠直後は LARC を導入する好機である。
 
産後も LARC は安全に行え、早期にプロゲステロン投与を開始することは血糖コントロールや授乳、児の発育に悪影響を与えない。
 
将来児を持つ計画がない場合や糖尿病合併症のために妊娠は危険だと判断される場合は永続的な避妊のために卵管結紮 (tubal ligation) を検討しても良い。
 
ノンストレステスト
https://www.mayoclinic.org/tests-procedures/nonstress-test/about/pac-20384577
 
バイオフィジカルプロフィール
https://my.clevelandclinic.org/health/diagnostics/21013-biophysical-profile
 
妊娠中のインスリン需要
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6657017/
 
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6657017/
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