ウィーンで研究留学!

以前はウィーンでの留学生活を綴っておりました。今後はクラッシック音楽を中心に細く長く続けていけたらと思っています。

ワイン!

2009年05月22日 07時54分40秒 | ウィーンの生活
最近自分が心がけていたこと、それは余計なお酒を飲まないこと。基本的にお酒に強くない私ですが、特に三十代も半ばになってきて飲んだ後、ずいぶん体にダメージが残るようになってきています。こっちではみんなまずビールを飲みますしオーストリアの料理は基本的に味が濃いですから自然とビールが飲みたくなります。未だにこっちでは自分の好みのにぴったり来るビールを見つけられないでいるのですが、やっぱり一杯目のビールはおいしいのです。でも空きっ腹にビールはすぐに回ります。普通に盛り上がれば別に酔っぱらわなくてもいくらでもしゃべる性格だし、飲み過ぎるとすぐに寝てしまうのでそういうところで慌てて飲まなくても問題ない、ということにある時気づいたのです。特にこちらでは別に食事で飲みものは個々人で好きなように選ぶわけで、お酒を飲まないとひんしゅく、なんてことは全くありません。で、最近はまず一杯目の飲み物はだいたいレモン入りソーダ水、それなりに食べてから料理によってビールかワイン、ということにしていました。こうしてからはとっても楽で、忙しいときに疲れがたまるのがいやで誘いを断るようなこともしなくて済みます。

ところが!こういう境地に達して一年もしないうちに意外なことが起こりました。というかまあ普通なんですけど、オーストリアワインでもものすごくおいしいのがあるということに気づかされてしまいました。もともとワインは大好きなんですが、ここ10年ほどすっかり遠ざかっていました。そもそもまだビールも飲まないころから、親とフレンチレストランに行くときはを少しですが結構高級なワインを飲ませてもらっていました。とくに一流のソムリエさんが選んでくれるワインは料理と絶妙なハーモニーを奏でるものです。赤でも香り豊かでお魚にも合うものもあるし、何より後味というものは本当にそれぞれのワインで違うものです。学生になってからは安いワインとチーズを買い込んできてみんな作った料理と一緒に楽しんだものですが、どうも買ってくるワインは記憶の中に有るものと違う。安売り店がいけないとおもって三越で買ってみたりいろいろしてみていたのですが、ほとんど記憶に残るようなものは有りません。そんな時に家族でパリに旅行して、現地で沢山ワインを飲んで、お土産に買って帰ったものも飲んで、どうやら現地のものは同じラベルがついていても全然違うと言うことに気づいてしまったのです。おそらく船便で延々揺すられて運ばれるうちにどんどん状態が変わってしまうのでしょう。なんだか逆にばからしくなって、そのうちヨーロッパに留学してから現地でがんがん飲もうと思いました。

ということでいまそういう状況にいるんですが、オーストリアワインについては全然知識がなかったこともあってこっちで本当にワインを楽しもうと思ったことはなかったんです。同僚の家がワインを作っていてそこのワインがかなり美味しくてそれには関心していたのですが、それくらいのものです。Gruner Veltlinerというオーストリア特有の品種の白はいいものはかなり美味しい。香りが独特のちょっとスパイシーな感じがあります。でもそんな細かいことはどうでも良くて本当に凄く美味しいワインをたまたま偶然味わってしまいました。しかもそのワインセラーで。作り手の目の前でワイン畑を眺めながら味わう最高級のオーストリアワイン!うーん、これはこっちに居るうちに楽しまないともったいなさ過ぎます。

封印していた趣味が復活して行くこの生活。ウィーン、どんどん離れがたくなっていきます。

「駒の動かし方コースター」(LPSA)

2009年05月19日 04時07分38秒 | 将棋
これいいですね。
こっちの人間に将棋について説明を試みたことは何度か有るんですが、やっぱり問題は駒の名前です。友達は自分からドイツ語のサイトを検索して将棋のルールについて勝手に勉強してくれていましたが、こんなのがあったらこれを片手にやれば考えやすいですよね。基本的にチェスとのアナロジーでそんなに難しくはないはずです。やっぱり鬼門は金と銀ですか。
ということで僕みたいな方向から興味を持つ人は少数派だとは思いますが、外国人向けという意味では、折角真ん中は英語で書いてるんだし、駒の名前の読み方を是非入れて欲しいものです。ただコルクなので写真で見る限りでは駒の文字もちょっと掛けちゃったりしているようだし、これ以上は詰められないかなあ。

別にLPSAの回し者でも何でもありません。でも今度帰国したときには是非買って来よう。

運命の流れの行き着くところ

2009年05月10日 08時38分13秒 | 雑記
そもそも「運命」なんて言葉を使ってる時点でまともに頭が働いていないのですが、この記事を書いてから1年余りたってどうやらその行き着くところがはっきりしそうです。

このときに書いた「運命の流れが強すぎて」というのは要するにとんでもなく大変な状況に陥っている時の話で、そろそろ逆も有ってもいいんじゃないかと思い始めて書いていたような気がします。二十歳前くらいまでは自分はラッキーな人間だと信じて疑っていなかった私も厳しい現実にさらされて、すっかり悲観的な思考回路が身について、ちょっと良さそうなデータがでてもそう簡単には信じなくなっています。これは実験科学者としてはしかるべき姿だとは思うのですが、たまにはびっくりするようないいデータ、というか思い通りのいいデータがとれることがあってもいいんじゃないか、とは思います。でも振り返ってみてもあんまりそういう経験が有りません。というかいいデータになった頃には、そこに到達するまでに過程ですっかり疲れてしまってそんな感慨がないというところです。今かなり期待してやっているプロジェクトもそんな感じで、ずうっと半信半疑、でも当たりだったらすごいのでやってみていると言う状態が続いていて、本当はとっくに白黒付いていなくてはいけないのですが、なかなかそうも思ったようには行かないものです。

意を決して始めた遺伝子組み換えを駆使した材料の準備がやっとおわって(一度は終わったと思っていたのが勘違いで数ヶ月ロス)、先日ついにはじめのデータがとれたのですが、これがほとんど予想した通りのデータ。余りに都合が良すぎるので信じられない状態で、次の結果でconfirmされるかどうか、内心びくびくして実験しています。過去にこういう状況で裏切られたことが沢山あるのでそんな可能性ばかり考えているのですが、まあどう転ぶのか、人生たまにはいいことがあるかなあ、研究者やってるのも悪くないのかなあ、という問いに力強くYes!と言ってくれるといいのですが。こういうときこっちの人間はもっと強いんですよね。データが明らかに仮説を否定しているのになかなかそれを信じようとしないような人もいます(笑)。

ブーレーズ指揮・ベルリン国立歌劇場管弦楽団のマーラー交響曲8番「千人の交響曲」

2009年05月01日 07時01分03秒 | 音楽(クラシック)
千人の交響曲は人を集めるだけで大変だと思いますが、それを考えるとかなり頻繁に演奏されているような気がします。が、今まで一度も生で聴いたことが有りませんでした。録音はいろいろ持っているのですが、この曲は余りに音量の幅が大きすぎて基本的に録音では辛いような気もします。実際普通にCDを聴いていても第二部に入った後で必ず寝てしまうような感じです。

去年から今年のシーズンでなぜかブーレーズとバレンボイムが分担してベルリン国立歌劇場のオケとマーラーのサイクルをやっています。やはり結構人気で早めにチケットを買ったのですが、何が入るか分からない日常のため余り沢山買うわけにも行かず、結局6番か8番で迷ったあげく8番を選びました。6番は2度ほど生で聴いたことが有ります。といってもブーレーズのマーラーは5番と6番の録音を聴いた限りバーンスタインの演奏になれた耳には感性が欠如しているような音楽に聞こえるのでそこまでの期待が有ったわけではありません。バレンボイムはまああり得ないし。

ということでキャストは以下のように。これだけでも凄く長い!

Staatskapelle Berlin
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Slowakischer Philharmonischer Chor
Wiener Sängerknaben
Pierre Boulez, Dirigent
Ricarda Merbeth Ricarda Merbeth, Sopran
Camilla Nylund Camilla Nylund, Sopran
Adriane Queiroz Adriane Queiroz, Sopran
Michelle DeYoung Michelle DeYoung, Alt
Jane Henschel Jane Henschel, Alt
Robert Dean Smith Robert Dean Smith, Tenor
Hanno Müller-Brachmann Hanno Müller-Brachmann, Bariton
Robert Holl Robert Holl, Bass

結論から行くと、凄い数でしかもかなり良く訓練されたレベルの高い合唱のパワーで時々びりびり来るような感触は覚えたものの、なんというか全くうねりの無いブーレーズの音楽と、この曲の特殊性でなんというか冷めて聴いてしまうような感じでした。周りを見ているとみんな一生懸命歌詞を追っているのでやっぱりドイツ語が分かって意味を理解しながら聞くと違うんだとは思いますが、やっぱり第二部の途中から20分ほどは寝てしまいました。第一部はなんというかいつもクライマックスのような感じで、全体がつかめないし、第二部は冗長で音楽だけを聴いていると本当に難しい曲です。最後の盛り上がりがオケだけなのも結構謎です。

舞台は本当にいっぱいいっぱいで、使えるスペースはとにかく使うような状態。ソリストは第一部では合唱の前に入って、第二部では指揮者の横に来たのですが、第一部では彼らですら狭そうでした。合唱団のおじさん達は肩と肩が接しているような感じ。バルコニーの少年合唱団はまあ余裕が有りそうでしたが。通常の舞台では足りないので舞台を客席側に継ぎ足していて、サークルと呼ばれている席は舞台になってしまっていました。それに舞台と同じ高さのバルコニー席の1番は鍵盤楽器に占拠されていました。バルコニーの2番の席の人は辛いだろうなあとか余計なことを考えてしまいました。打楽器群も近いし。

ブーレーズの指揮はなにかの映像で見たとおり、何の変哲も無く感情表現などまるで無し、かといってテクニックが有るわけでも無いという感じでしたが、まあ基本は作曲家ですからね。全然キューが入らないオケがしっかり入っていたのはさすがという感じです。まめにキューが出ていたのはやはり合唱団に対してで、特に少年合唱団にはとても丁寧に出していました。それでも第一部のはじめの方の複雑なところは合唱団のソプラノが走り気味でオケとだいぶずれていたようにきこえました。まあ本当に規模が大きいので一人の指揮者では大変すぎます。

ブーレーズも初めて生で聴いたわけですが、まあ予想通りというか今度は別の曲で聴きたいところです。彼が指揮者として復活した時のはじめのCD、ストラビンスキーのペトルーシュカと春の祭典、が衝撃的だったのでちょっと期待したのですが


最後に付け加えておくと終了後の観客の盛り上がりはかなりのものでした。やっぱりブーレーズは現代的にはスターなんだなあと思わされました。他のお客さんが盛り上がっていて乗れないのは寂しいものが有りますが、この前は周りが冷めていて叫びたいんだけどちょっと遠慮するようなことも有りました。やっぱりウィーンの聴衆もネームバリューに弱い気がします。