たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 38

2019-02-11 19:35:44 | 日記
皇后はさらに「大田の姉上は普段は美しいだけでなく清麗で明るく魅力的なのに…大伯を生んで産後身体が思わしくなくて、やつれてしまった。それがまた艶があって美しくてのう。妹の我でもぞっとするような美しさであったわ。しかし、天武さまは一時も衰弱していく姉上をお放しにはならなかった。」と話を続けた。

女官長は「しかし、大田さまがお隠れになられたその後は、皇后さまだけを天武さまはお頼りになさったのでございましょう。まぁ産後思わしくないのに大津さまをお産みになられたのは御不幸でございましたが。」と言うと皇后はハッとして「まぁ、のう。お二人がお選びになられたことじゃしのう。」と気のおける女官長との会話を楽しみながらも大田の姉上が大伯しか産めなかったことを伝えることはしなかった。

「まぁ、その後の天武さまのたかが外れたような妃選びはなんじゃ。」と皇后は不貞腐れ言った。十市の皇女の母、離縁した額田にまで、紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも…皇后もやっておれぬわ。」と拗ねて甘えるように女官長に言った。

「しかし最高の伴侶は皇后さまだけ。それを証拠に政務や律令に参加を請われている女人は皇后さまだけ。歌が得意でも参加は無理ですわ。皇后さまもおわかりでしょう。あとは全部戯れ、うたかたですわ。」
「女官長は、我に素直な気持ちを話しても安心させてくれる術を持っているの。」
「皇后さまが本当のお気持ちを私めにお話くださるからですよ。」と女官長は微笑みながら伝えた。

「草壁もこのように不比等に話して、気持ちを整理して前向きに生きていく術を得て欲しいのじゃがのう。」皇后は不器用な草壁を心配していた。

その頃草壁と不比等は酒をくみかわしていた。

「大津は大津本人が思うように生きていると思うか、不比等。」と草壁が聞くと

「ほとんどの人間がそうだと答えるでしょう。」と不比等は答えたが「草壁さまは違うとお思いですか。」
「まぁの、あやつは自分から人の上に立とうすることはない。周りから望まれて上に行く。権力に誰よりも貪欲ではない。天智、天武両天皇のような貪欲さは勿論ない。」と草壁は言った。
「草壁さまは。」と不比等が聞くと「我は上から見下ろしていたいだけじゃ。政治など興味はない。そちに任せる。ただ見下されぬのはもう我慢ならぬ。」と素直に言う草壁を見て不比等はほくそ笑んでいた。

我が背子 大津皇子 37

2019-02-11 19:33:10 | 日記
大伯は「皇后さまのお加減がよろしくなられたから我に何か不思議な力があると勘違いされたのではないのか。馬鹿らしい。」と乳母に言った。

乳母は「皇女さまほどお美しいのも、不思議な力でございますよ。」と言ったが大伯は「我が美しいとは…都には美女ならたくさんいるのではないか。ただこの地にいるから珍しいだけじゃ。それに噂はいろんなことがついて回るもの。」と不愉快そうに言った。

「皇女さまはご迷惑と仰せですか。」と乳母が聞くと「我は皇族のくせに両陛下に配慮がない人は苦手と言ってるだけじゃ。しかも我が何故このような寂しい地でどんな思いで斎王を努めようと精進しているかも知らない。そんな人に魅力は感じないのは確かじゃ。」と大伯は真顔で答えた。
「確かに…そうでございますわね。皇女さまのなさりようを鑑みれば軽々しく言えない言葉ですわね。」と乳母はため息を漏らした。

「あ、でも嫌々この土地にいるわけではない。我には我だけに与えられたお役目を授かりここにいるのだから。それはそれでしあわせなことだと思っているのよ。他の皇女には体験出来ぬことだし、この国の幸せ、天皇家の安泰と民、百姓(おおみたから)の幸せを祈るのはいろんなことを考えさせていただいているつもりよ。だからと言って乳母のそなたにも寂しい思いをさせてすまない。」と大伯は乳母を労った。

乳母は「皇女さま…私は若い時子どもを亡くし…皇女さまにお仕えして参りました。寂しいことなどありませぬ。皇女さまの乳母にならなかったら今頃どんな人生を歩んでいたかと…我ながら怖い時がございますのよ。」と慈悲深い表情で淡々と大伯を見つめ言った。
大伯は瞳を潤ませ乳母を見つめた。

飛鳥浄御原では…
皇后は腹心で良き話し相手の女官長に「大名児は大津を好いていたのじゃなぁ。でも、大津はどうなのであろう。山辺とそれは仲睦まじいと聞いておったし、何故あえて大名児なのであろう。」と話をしていた。「相手が違うのではないかと思うのじゃが。」

女官長は「草壁皇子さまが斎王さまを妃にするからと両陛下に申し上げたからにございましょう。」はクスッと答えた。

「やはりそなたもそうおもうか。」
「はい。男の意地ではないかと。皇太子さまが大名児を妃にするとすれば草壁皇子さまは斎王さまを差し置いてでも大名児を奪うかとお思いなられましたが…」
「当てが外れた。」と皇后が言った。「しかしのう、大名児は美しく賢い女子であるがのう。」

「それは皇后さま、それは斎王さまが大名児をはるかに凌駕されていたのでは。」と女官長は言った。
「確かにのう…大伯は大田の姉上は美しかった。妹のある我でも嫉妬を覚えるほど。いや…嫉妬よりも憧れ…ただ同じ人を夫に持つ身としては嫉妬なのかもしれない。」と皇后はしみじみと言った。

我が背子 大津皇子36

2019-02-09 11:35:09 | 日記
高市皇子の想い人は十市皇女であった。
近江朝の2代目天皇として即位するはずであった大友皇子の妃で、天武天皇と額田大王との間の皇女であった。
お互い心を通わせていたが、大友皇子に譲らざるをえない形で引き離されたと聞く。

流石に高市には大津も川嶋も聞けない。

そして大友皇子亡き後、高市皇子が妃として迎入れようとした時急に亡くなってしまった。病気というわけでもなく、朝、布団の中で絶命していたという。
それが自殺だの噂になっているのだが。

今は御名部皇女と仲睦まじくし幸せそうだが。

もしかしたら誰しも本当に愛している人とは添い遂げられないのかもしれない。愛おしく心をかき乱されもがくような思いをする人とは結ばれないのかもしれぬ。例え運良く結ばれても心を砕かれるような別離が待っているのかもしれない。

いつ、どんな形で人生は終わるかわからない。そう思うと大津は無性に大伯に会いたくなった。

川嶋が「影の功労者の息子が現れたら誰だって脅威に思うのは当たり前じゃな。いくらなんでも斎宮を妃にとホラをふくやんごとなき皇子でもな。」と笑った。
高市も「たまげたの、大津。」と言い笑った。大津もつられて笑った。

そうじゃ、姉上のことで草壁に我は腹を立てていたのだ、いや草壁に嫉妬をしていたのだ。つまらぬ奴は我のことじゃな、しっかりせねばなと思うと同時にあの不比等に絡め取られそうな不安感も拭えなかった。

伊勢では大名児という郎女を大津が草壁から取り上げたと噂が届いていた。

どんな娘なのかしら…少し大伯は嫉妬も感じたが、大津が何かを考えた結果ならいたしかないわ…それを含めて大津なのだから…少し強がっているかしらと自問自答していた。
山辺皇女が送り届けてくれた布地も目の前にあった。山辺皇女もきっと我と同じ気持ちでいるわね…

乳母が「皇女さま、お聞きになられましたか。草壁皇子は皇女さまを妃にしたいと公言しておられるのを。」と大伯に言った。大伯は嫌悪と憎悪の感覚を初めて覚えた。大伯が沈黙をしているのを見て乳母は「皇女が斎王でなく還俗されるのは天皇がお亡くなりになることを示すのに迂闊な皇子でいらっしゃいますわね。」と慌てて言った。

我が背子 大津皇子 35

2019-02-08 10:08:22 | 日記
大津、川嶋、高市と男3人揃ったため酒、肴をあてに語り始めた。

「え、そなた草壁に皇太子の地位をくれてやるまで言ったのか。」と高市はびっくりして言った。

「本来なら父上の長子は高市さまですよ。我には父天武天皇のような皆を安堵させるような信頼感はない。かといって天智天皇ような統率力もない。」と大津は言った。

川嶋も「父、天智も悩みながらだったらしい。鎌足を頼りに。だからと言って不比等が草壁の忠臣顔は気にくわないな。」と言い高市は「そんなに若い歳で天智、天武二人の天皇を追い越そうとするのが厚かましいのじゃ。」と笑った。

大津は「もしかして不比等は皇后の忠臣か。それなら納得がいく。天智天皇は皇后の父親であるし、皇后唯一の息子に不比等をあてがうのは心情的にわからないでもないわ。それじゃな。」と閃いたように言った。

高市「それでどうなるのじゃ。とがすかさず聞くと「我の廃太子。」と大津は言った。

「まさか、そうさせないための大津の立太子じゃ。考え過ぎと言うものじゃ。」と川嶋は言い「何のために先ほどの大乱で近江朝も我らも沢山の犠牲とともに血を流した。運命が変わり泣くものも数知れずいたのじゃ。そなたならと皆が納得し皇太子になった。それは忘れないでほしいぞ。」と高市は間髪を入れずに言った。

高市皇子は父の長子であったが、母が皇女でなく九州の豪族である宗方の娘、尼子娘であるため卑母とされ9才上であるが皇位継承は第3位の位置にいる。宗方氏は皇族ではないが由緒正しき家柄である。

川嶋とて父天武が近江朝を倒さなければもっと優遇された立場であったに違いない。

「そなたには巨勢太益須らもいる。巨勢太益須はそなたは若き日の父に似ていると申していた。わしが父と先の大乱で活躍した時はもう少し歳を召されていたし、近江朝から逃れるため吉野に隠遁された時のままの坊主頭であられたからのう。そんな時から皇后さまは父と連れ立ってご苦労なされた。皇后さまとて草壁のことは気にされるのは仕方のないことかもしれんな。」高市は遠い目で言った。


我が背子 大津皇子34

2019-02-07 10:10:07 | 日記
大津が自邸に戻ると川嶋皇子がしばらくして訪れた。

大津が草壁と不比等との関係の見解を川嶋に伝えた。

川嶋も感じていたようで「不比等に草壁のことを皇后が指南してやって欲しいとは聞いた。」

「そうか。皇后は我より草壁の立太子を期待しているのか。」大津は唸った。

「なるほど。大津、それは早計ではないかと思うがな。大津、早く子どもを作れ。そうすれば長子で皇統は繋げる。草壁の出る幕はない。」

「こればかりは、天のみ知ること。草壁は阿部との間に最近皇子が生まれた。賢い皇后はそこに目をつけられたのではないか。我はそれならそれで譲る。血生臭い争いは沢山じゃ。誰かの犠牲で賄われる立場ならもう未練はない。」大津は本気で思っていた。なんとでも生きていく方法ならある。

「いくら、皇后に権力があろうとも最高権力は天皇じゃ。そこを間違える方ではないと思うがの。」
川嶋は再び権力争いにこの天皇家がまみれるのはたくさんだと考えていた。

大津の自邸の仕い人が「高市皇子さまがお訪ねに参られました。お会いになられますか。」と大津にたずねた。

大津は快く高市を招いた。

「川嶋皇子もおられたか。大津、ちょっとそなたに愚痴りたくなってな。川嶋も付き合ってもらおうか。」と高市は大きな軀で床に座った。

「今まで草壁の補佐を天皇から任されていたが藤原の鎌足の息子…不比等が任せろというのだ。別に構わぬが天皇より託されたもの、勝手に譲れないと言うと皇后から許可を得ていると譲らぬ。
皇后に直接お目にかかり話すと順序を間違え申し訳ない。先にそなたにいうべきであった。天皇、大津とともに律令の完成に力を尽くして欲しいと言われるのだ。」と高市は語った。

「高市の義母兄とされたら、せめて天皇からと。」と大津は言った。

「それもあるが、急にあの不比等がな現れたことに動揺はしているのう。」と高市はあご髭をさすりながら言った。