たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子31

2019-02-03 00:05:44 | 日記
毎夜、酒を浴びるほど飲んでは草壁が暴れると噂が宮中に広まった。

天皇、皇后から「第二皇子として恥ずかしくない態度をとるように」と忠告されて朝堂では大人しく返事をしても自邸に戻ると仕えるもの達に当り散らした。
流石に妃の阿部には手を出さなかったが。

心配した皇后が不比等を宮中へ密かに招き「草壁を見守ってやってほしい。そなたの父は我の父天智の一番の腹心であった。天武さまの手前もある。しかしそなたなら草壁に第二皇子の立場を理解させるのは容易いことと思い頼む。」と命じた。
不比等にとっては千載一遇の機会であった。

確かに不比等の父藤原の鎌足は天智天皇の一番の腹心であり懐刀でもあった。ただ皇后にとっては先の近江朝との戦いは鎌足の死後、まだ不比等は幼く、さらに自分の父天智天皇の後継をめぐって夫、天武と天智天皇の息子大友皇子との戦いであったことから不比等に対してはなんの憎しみもなく、むしろ不憫にも思っていた。機会があれば不比等に何かの役目を授けたいと思ってもいた。
天武は不比等に対しては鎌足のこと、兄である天智天皇との確執もあることから素直に首を縦に振ることは出来ないだろうという皇后の配慮でもあった。


不比等は草壁の自邸を訪ねた。昼過ぎだったがもう酒を飲んでいた。
「そなたが我に何の用件ぞ。」草壁は不躾にも言った。
不比等は「草壁さまにおかれましては…」と挨拶しようとしたが「機嫌なぞうるわしいこともないのはわかっておるであろう。」と草壁が遮った。
「酔うておいでですか。」不比等は淡々と聞いた。
「まだ酔うてはおらぬわ。」
「まず、人で払いをお願いいたします。」
「そんな重大なことか。」
「はい。軽々しく申し上げるためここまで参ったのではございません。」
草壁は仕える者全て引き払わせ二人だけにするようにと命じた。
「これでどうじゃ。」と草壁は不比等に聞いた。

不比等は大きく頷き「では、草壁皇子に申し上げまする。皇太子が持っているもの全てを奪うと言うのは如何でしょうか。」と眉ひとつ動かさず草壁に言った。「ついでに斎王さまも。」
草壁はびっくりして不比等の顔を見た。

「そんなことがまことに叶うのか。」
「はい、皇太子、次期天皇も草壁さまの旨ひとつにございます。」不比等は堂々と答えた。