たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子33

2019-02-06 08:15:40 | 日記
「それだけ。」初めて大津は語気を強め言った。
「それだけなのか草壁。恥ずかしくはないのか。」大津は草壁を睨んで立ち尽くし続けて言った。

「そなたに斎王はふさわしくない。大名児もじゃ。皇太子の立場が欲しいならくれてやる。そなたが民を思いやり心を寄せて少しでも共に歩もうという気があるのならな。そなたがそうであれば我はいつでも自由になれる。勝手に我に競おうとくだらない妄想を抱くのならそのぐらいの気骨を見せよ。そなたがしっかりとしないせいでどれだけ周りに迷惑をかけているのかがわからないのか。皇后さまのお気持ちを考えたことがあるのか。情けないことを言わせるな。」

一瞬草壁はたじろいたが「そなたなら斎王も大名児も皇太子もお似合いか。そういう見下す態度が許せぬのじゃ。そなたはわしのものを欲しがる癖がないか。」と負けじと言った。

「今申したものどれ一つとしてそなたが選べればそなたのものではないか。それを我のせいだと…くだらないことを申すな。これ以上我を、天皇、皇后両陛下を失望させることがないよう、そなたはそなたの人生を歩んだらどうだ。自分を省みず、人のせいだと言い続けている限りお前は他人の人生を歩むしかないのだぞ」
大津の咆哮に草壁は圧倒されていた。
しかし「大口を叩けるのも今のうちだろうよ。わしから奪ったものは必ず奪い返すよってな。」と草壁は歩いて言った。

草壁はなぜあんなにも自信満々でものを言うのだろうと大津は不思議でならなかった。

その時不比等が大津に一礼して通り過ぎて行った。

お前か…草壁の自信を支えておるのは。


不比等が草壁に何やら話しかけていた。

草壁に不比等は「毅然と…草壁様らしくあれば良いのです」と伝えた。
草壁は「おおぅ、わかっておる」と背筋を逸らし答えていた。

我が背子 大津皇子32

2019-02-05 06:13:16 | 日記
「そなたを信じぬわけでない。そんな国体をも変えることまでは我は望んではおらぬ。」と草壁は不比等に言った。
「幼き時父鎌足に聞いたことがあります。大津皇子さまとあなた様草壁皇子は同母兄弟と。」
「何と。」草壁は驚愕していた。

「私は皇太子が天皇になれば斎王さまを解任させ大津さま…天皇の妃として斎王さまを入内させ天皇家を揺るぎない高貴な存在としてこの国を統治していくでしょう。それが皇太弟となられる、同母弟であらせるあなた様がして何の遜色がありましょう。」
「なぜ父上も母上も大津と我は異母兄弟と言うのだ。」
「後継者争いが起きることを望まれなかったのでは。天智天皇と今上天皇である天武天皇のあいだに起こったことを繰り返させないためかと。皇后さまの姉上大田皇女さまの第一男子であらせられる大津さまを皇太子にすれば同母弟もいず、もう国を二分とする戦もないと思われたのでは。」不比等は草壁から視線を外すことなく答えた。

「そうか、そうか。あはは。愉快…こんな愉快な話は久しぶりじゃ。大津に何の遠慮がいろう。あー愉快じゃ。不比等飲もうぞ。」と草壁は下がらせていた仕いの者を呼び不比等に酌をさせた。
「そなたは、楽しい酒の飲ませ方を知っておるのう。」
「皇子さま、父鎌足から聞いた話をしただけでございます。きたる時が来るまで酒は嗜み程度になさいませ。両陛下の覚えもありますから。」
「わかった、わかった。今後も頼んだぞ」草壁は上機嫌で言った。

仕える者には何が起こったか理解出来ないでいたが、とりあえず主人である草壁皇子が機嫌よくしてくれているだけで胸を撫で下ろしていた。
不比等は心の中で愚かな人間ほどすぐ信じがたると草壁の喜ぶ様をみてほくそ笑んでいた。とともに、再び藤原を中央に戻し、天武の好きなようにはさせませぬとも亡き父鎌足に誓っていた。
またどんな悲劇が起こるのかこの皇子はなんとも思わぬのか。敵を斃す痛みを斃された者以上に勝者は痛みを被らなければならいというのに。全くわかっておらぬ。まぁその方が都合良いが。

その数日後皇后から不比等に「礼を申す。そなたには今後草壁の力になってもらいたい。」と仕えの者から伝言を預かった。
不比等は皇后への覚えが良くなったことが嬉しかったが言伝というかたちで天武天皇には疎んじられていることがはよくわかった。


大極殿に向かう廊下を大津が歩いていると草壁が「そなたにはやられっぱなしだなぁ」と声をかけてきた。「はて、我がそなたに何かしたであろうか。」と大津は惚けて見せた。「わからぬのならそれでも良いわ。今のままでやっていけると思うなよ。私が言いたいのはそのことじゃ。」

我が背子 大津皇子31

2019-02-03 00:05:44 | 日記
毎夜、酒を浴びるほど飲んでは草壁が暴れると噂が宮中に広まった。

天皇、皇后から「第二皇子として恥ずかしくない態度をとるように」と忠告されて朝堂では大人しく返事をしても自邸に戻ると仕えるもの達に当り散らした。
流石に妃の阿部には手を出さなかったが。

心配した皇后が不比等を宮中へ密かに招き「草壁を見守ってやってほしい。そなたの父は我の父天智の一番の腹心であった。天武さまの手前もある。しかしそなたなら草壁に第二皇子の立場を理解させるのは容易いことと思い頼む。」と命じた。
不比等にとっては千載一遇の機会であった。

確かに不比等の父藤原の鎌足は天智天皇の一番の腹心であり懐刀でもあった。ただ皇后にとっては先の近江朝との戦いは鎌足の死後、まだ不比等は幼く、さらに自分の父天智天皇の後継をめぐって夫、天武と天智天皇の息子大友皇子との戦いであったことから不比等に対してはなんの憎しみもなく、むしろ不憫にも思っていた。機会があれば不比等に何かの役目を授けたいと思ってもいた。
天武は不比等に対しては鎌足のこと、兄である天智天皇との確執もあることから素直に首を縦に振ることは出来ないだろうという皇后の配慮でもあった。


不比等は草壁の自邸を訪ねた。昼過ぎだったがもう酒を飲んでいた。
「そなたが我に何の用件ぞ。」草壁は不躾にも言った。
不比等は「草壁さまにおかれましては…」と挨拶しようとしたが「機嫌なぞうるわしいこともないのはわかっておるであろう。」と草壁が遮った。
「酔うておいでですか。」不比等は淡々と聞いた。
「まだ酔うてはおらぬわ。」
「まず、人で払いをお願いいたします。」
「そんな重大なことか。」
「はい。軽々しく申し上げるためここまで参ったのではございません。」
草壁は仕える者全て引き払わせ二人だけにするようにと命じた。
「これでどうじゃ。」と草壁は不比等に聞いた。

不比等は大きく頷き「では、草壁皇子に申し上げまする。皇太子が持っているもの全てを奪うと言うのは如何でしょうか。」と眉ひとつ動かさず草壁に言った。「ついでに斎王さまも。」
草壁はびっくりして不比等の顔を見た。

「そんなことがまことに叶うのか。」
「はい、皇太子、次期天皇も草壁さまの旨ひとつにございます。」不比等は堂々と答えた。





我が背子 大津皇子 30

2019-02-02 14:40:39 | 日記
山辺皇女に大名児のことを伝えた。
「何も情けをかける筋合いはないのかも知れぬ。しかしこのままではあんまりにも不憫でな。」と大津は苦渋に満ちた表情で言った。それは本心だった。ただ姉上のことがあるだけに余計に気持ちが抉れているのは事実だった。
天武天皇に万が一何かあった時、草壁は本気で斎宮の任を解かれた姉上を妃にするのではないかと焦ってもいた。姉上が応じることはないにしても…

山辺皇女はクスっと笑い「大名児がお気に召された…でよろしいのに。」と言った。
「天智天皇の父上も、天武天皇の義父上もたくさん妃がいるというのに私だけが大津さまを独占出来るなど思っていませんでしたよ。跡継ぎのお子は大切。大津さまの妃となってからは当たり前だと思っておりました。でも少しだけ嫉妬はいたしますわ。私は大津さまだけなので。」
「山辺…女人として気になったとか簡単な話ではないのだ。」
大津は抱き寄せた。
山辺皇女は理由を知りたくはなったが大津に任せると決めたことと聞かなかった。

「草壁から相手にされなくなったでなく、我から誘ったと言うことにしても良いか。」と大津は山辺皇女に聞いた。
「ええ、存分に。」山辺は大津からの愛情に満たされているためか慈しむように大津に言った。

しばらくして大津から石川の郎女に大名児が歌が送られた。

あしひきの山のしづくに妹待つと 我立ち濡れぬ山のしづくに。

相聞歌として大名児も大津に送った。

吾を待つと君が濡れけむあしひきの 山のしづくにならましものを。

官人達は騒然となった。皇太子は山辺皇女と仲睦まじいので他に妃なぞ持たないかと噂していたからだ。
「実に羨ましいのう。あの大名児を妃にするとは。」
「草壁皇子は斎王さまなぞ手に入らないものを望み過ぎて、大事なものを失われましたなぁ」
と笑う者もいた。
草壁は以前大名児がどうしたら我の要求をのむかと津守の占いに亀トさせたことがあった。
それを逆手にとり

大船の津守の占に告らむとは まさしく知りて我が二人寝し

とまで詠んだ。

草壁皇子は一方的に恥をかくことになった。
「二人とも許さぬ。山辺皇女もしっかり者でないわ。戯けが。」

我が背子 大津皇子29

2019-02-01 22:39:17 | 日記
川嶋皇子が「大津、聞いたか。草壁が伊勢に行って斎王さまに懸想していると。」と声をかけてきた。
「らしいな。川嶋、斎王を見たことがあるか。」大津はまんざらでもない気持ちで聞いた。

「斎王としてみたのは伊勢に行かれた日だったな。綺麗じゃった。我の妃として迎え入れられぬものかと少し自分の身分を呪った。なにしろ御主の同母姉じゃしな。近江にいる頃大伯皇女は可憐で、でも気丈な不思議な雰囲気をもちいつも憧れていた。まぁ、草壁なら普通に好意を持つだろうな。」川嶋皇子は遠い目をして言った。
大津は「なにがあったのじゃ。」と少し余裕をもち聞いた。大津はその大伯と心を通わせ姉の言う奇跡を信じ、生きているのだから。

「まぁ、それだけなら誰しもわかる話だが、天皇皇后両陛下に斎王の任が解かれた暁には草壁の第一妃に迎えたいと談判したそうじゃ。斎宮の任が解かれるのは斎王としての行動、資質がなかった時、また天皇が薨御された時と決まっておると両陛下の逆鱗に触れたそうじゃ。それでも草壁は我と斎王は異母姉、なんの不思議もないはずです、と喰い下ったそうじゃが。」と川嶋は面白そうに言った。
「当たり前じゃ。では件の大名児は諦めたのか。」
「大名児はそなたが袖にしているだろう。大津に袖にされた女なんぞ、魅力もない、大名児が大津のものであれば奪いがいがあるものとも言っているそうだぞ。」
「それは大名児をなんとかしろと言う妖言か。馬鹿らしい。」
大津は呆れた。怒りを通り越し呆れた。
あの不可侵の女神にそんな不埒なことを公言する気持ちが理解出来ない。
それとともに大名児がそんな辱めを受けているのが申し訳なかった。
華のような美しい容姿を持ち、どこか強さを秘めている。そんな大名児が草壁と我のせいで、あることないことを言われ枯れていく姿はいたたまれない。

参内すると、少しやつれた大名児が大津の装束、靴など整え仕えてくれた。

大津は「大名児、息災か。」と自分でも残酷なことを聞くと思った。
大名児は、美しい顔立ちをやや悲しそうに見せ「酷いことをお聞きになりますのね。」と顔を伏せた。
そんなにも我を待ってくれていたのかと思うと愛おしさが急に大津を包み始めた。
「山辺皇女にも聞かなくてはならないが、我の元に来るか。存じておると思うが我のとこには行き場のない児の世話を山辺がしておる。そなたも手伝ってもらえぬか。草壁に求められているそなたに我が言うのもおかしな話だが。」といつものお人好しが出てしまった…と少し慌てた。

「それは大津さまのそばにいてもよろしいのですか。」と華が咲いたような驚きを見せた。
「女人として私を見てくださいますのね。」と大名児は嬉しそうに聞いた。
「人間としてもじゃ。」と大津は言った。